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水の理  作者: 古流 望
3章 新たな敵
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047話 パーティー結成

 初夏を過ぎ、夏の始まりを予感させる気怠さの中。

 まだ夜も明けきらないうちから、僕は不快な目覚めをした。


 一昨日はゴブリンとの死闘を済ませ、流石に疲れて翌日は休みにした。

 素晴らしきは自由な冒険者。

 時間に縛られない生き方は、何にもまして代えがたい。

 思い切りだらけた休日を満喫した昨日。


 おかげで就寝も早めで、今日はたっぷりと眠れると思って居た。……はずだったのに。


 「何で2人がここに居るのさ」

 「すまんハヤテ。口を滑らしてしまった」

 「ハヤテが悪い」


 目の前に居るのは、一昨日散々ゴブリン達相手に暴れまわった金髪の男前。

 朝も早くから、襲撃を仕掛けてきたアントだ。

 いい加減、夜明けすらしていない時間に部屋へ押しかけるのはやめて貰いたい。


 そしてもう1人。

 髪の毛は伯爵様と同じようにさらさらとしているものの、色は脱色したかのような茶色。

 さっきから不機嫌さを隠そうともしないで、目の前に居座っている。

 メルクマーン侯爵とやらの娘。アクア嬢だ。


 何故ここに彼女が居るか。

 それは語るも馬鹿らしい話になる。


 昨日、ゴブリンとの戦いを終え、お昼ぐらいに町に戻ってきた僕とアントだったが、その後は別行動になった。

 僕は依頼を達成した旨を伝えにギルドに行き、伯爵殿は真っ先に家に帰ったらしい。

 てっきり教会に向かうかと思えば、さにあらず。

 一晩連絡なしに家を空けて、妹や家人に心配をかけているだろうからと、帰宅していった。

 そのために別れたところまでは僕も覚えている。


 問題はその後だ。

 なんでもそこで、心配していた人たちに連絡が回っていたらしい。

 聞けば、そのうちの1人がだれあろう侯爵令嬢様だった。

 昨日の夜遅くに駆けつけてきて、伯爵殿の無事を確認した。……までは良かった。

 やはりライバルという事もあったらしい。

 ついつい、アント自身のレベルが上がった事を、自慢してしまったと言う話だ。


 これでただ黙っているような人間なら、そもそも張り合うはずがない。

 案の定、彼女もレベルを上げると息巻いて、僕の所へ押しかけようとしたらしい。

 だけれども、そこは流石に女の子のこと。夜中に男が1人で居る部屋に押しかけるのは幾らなんでも非常識だと説得が入った。

 それを受けて、一旦は引き下がったアクアだったが、結局我慢しきれずに、こんな朝早くに押しかけたと言うのが真相だ。実に真実とは馬鹿馬鹿しいものだ。


 アントも、僕の部屋までの案内をさせられたらしい。これは自業自得だろう。

 結局、被害者が居るとしたら、安眠を妨害された可哀そうな僕ぐらいだ。


 「それで、何で僕が悪者にされている訳なのさ」

 「ハヤテがボクに内緒にした」


 内緒も何も、そもそも何でアクアにわざわざ仕事の事を言わなければならないのか。

 そこがまず分からない。

 前の仕事なら、書類にサインしてしまった以上、同行するのは半ば義務だった。

 今回は、完全にフリーで受けた仕事だった。

 誰と行くにしても、本来は自由なはずだ。


 「いや、おとといの仕事は、別にアクアに言わないといけない理由も無かったし」

 「ずるい。アントばっかり」


 駄目だ。

 一向に機嫌の治る様子が無い。

 さっきから、無表情な顔をより一層無表情にしている。これは間違いなく怒っている。

 怒られる理由は無いはずなのに、何故か悪いことをしてしまったかのような気にさせられてしまう。

 この場合はどうするか。


 「じゃあ、アクアは僕にどうしてほしいのさ」

 「ボクも連れて行って」

 「それは僕の仕事に、アクアを一緒に連れて行けってことで良いの?」

 「良い」


 こくりと頷く茶髪の少女の、前髪がゆっくりと流れる。

 さて、困ったことになった。

 ここで彼女を連れて仕事に行くとどうなるか。

 まずは女の子を連れまわすことになると、僕が理性とも戦わなくてはいけなくなる。

 これが拙い。

 僕だって聖人君子では無いし、顔立ちを見れば整った顔をした、年下の女の子が傍に居れば、間違った選択をしてしまうかもしれない。

 アクアが男の子だと思って居た時ならいざ知らず、性別を知ってしまった以上、2人きりで居るのはどう考えても怪しい。


 それに、僕の男としてのプライドもある。

 野郎が一緒に戦う相棒ならば、背中を預けるのにも問題は無い。或いは矢面に立たせるのにも、躊躇なんて一切しないことは確信が持てる。

 特にモテる男なら、優先して矢面に立たせることだろう。

 だが、これが女の子なら違う。

 幾ら腕が確かであっても、女性を盾にすることがあれば、プライドが許さない。


 「でも、女の子と2人でってのは、拙いでしょう」

 「ボクは気にしない」

 「アクアが気にしなくても、僕や世間が気にするの」


 特に世間の目というのが恐ろしい。

 この世界は、誰が何処で見ているか分からない。

 どんな噂を流されるか、考えるだけでも恐ろしい。

 散々前科のある人間が、何人か居るわけだし、警戒はすべきだろう。

 女の子と2人きりで居ましたとかいう噂が流れれば、悲しいことになりそうだ。


 「なら、2人で無ければ良い?」

 「え? それってどういうことさ」

 「アントを付ける」


 そんな新聞のおまけみたいに、品数増やされても困ってしまう。

 だが、言いたいことは分かる。

 察しの良いアクアの事だから、2人きりだと拙いという意味をしっかり理解している。

 その上で、アントが一緒なら、そういう諸々の問題に解決策足り得ることを言っているのだろう。

 確かに、そうなれば僕も理性を信用できるし、世間の目や妙な噂も気にせずに済むだろう。

 何と言っても2人は幼馴染なのだから、一緒に居ても不自然さは無い。

 そこに僕が居たとしても、世間の目は僕をおまけと見るだろう。


 「ハヤテ、それでも駄目?」


 いよいよ追い詰められてしまった。

 上目遣いは卑怯だ。

 泣きそうな顔で見つめられると、敵うわけがない。

 僕の抵抗もここまでか。


 「……分かった。けど、良い仕事が見つかったらだからね」

 「ありがとう」


 渋面を作っているアントは自業自得で諦めて貰うとして、嬉しげにするアクアを見れば、許せてしまうのは不思議な話だ。

 女はズルい生き物で、男とは馬鹿な生き物だと言う事だろう。

 賢い人間なんて居やしない。


 「それじゃあ、まずは……どうしようか」

 「ハヤテ、私たちがすることで重要なことがある」

 「何さ、アント」

 「私とアクアの冒険者登録と、ハヤテを含めたパーティー登録だ」


 パーティー登録とは何のことだ。

 詳しい話をぜひ教えてもらいたいものだ。

 まさかこの場で、誕生日祝いとかをするわけでもないだろう。

 アントは、そこまで空気の読めない男ではないはずだ。多分。


 「パーティー登録って何?」

 「何だ、そんなことも知らんのか。ははは、それなら私が教えてやろう。良いか、パーティー登録とは、冒険者同士で相互扶助のメンバーを固定化する登録の事だ」

 「お仲間登録ってこと?」

 「そんなものだな。これの利点は3つある。1つは財産分与のもめ事が減る事。同じパーティー同士で得たものは、役割やレベルの強弱を問わず公平に分けるのが決まりになっているからな」

 「なるほど」


 確かに、仲間内とは言え大金が絡むと起きやすいのがもめ事という奴だろう。

 ただでさえ一攫千金が夢では無い職業だから、そういう生臭い話のひとつやふたつ転がっていても不思議では無い。

 ことによれば、肉親同士でも争ってしまうのがお金という物だ。

 他人同士なら、公平なルールに縛られるのは、ある意味で自分の取り分も守ることにつながる。

 分かりやすい理屈だ。


 「もう1つが連携力の向上だ。同じ人間同士が、いつも一緒に行動することで、嫌でも連携が上手くなる」

 「それも分かるよ」


 これまた分かりやすい理屈だ。

 同じ人間同士であれば、以前の失敗を糧にして連携に磨きをかけることも出来るだろう。

 僕とアントの連携のようなものだ。

 自然と身に着くコンビネーションプレイというものもあるだろう。

 或いは、お互いの得意分野を活かしあい、不得意分野を補えあえるというのも、コンビネーションと言えるだろう。


 「最後の一つが、最も大事だ」

 「何だろう」

 「良いかよく聞け。パーティー登録をすると、なんと」

 「なんと?」

 「依頼のランク上限がリーダーのランクに合わせられる。つまり、私やアクアが冒険者登録を済ませてすぐに、ハヤテと同じ依頼に行けるのだ」

 「それが目的か。このやろう」

 「ははは、だから私達の為に、ハヤテには是が非でもパーティー登録してもらわんとな」


 そういう事だったのか。

 やけにアクアも大人しいし、アントがしつこく粘ると思って居たら、それが目的か。

 早い話が、自分たちも依頼の内容やレベルを問わずに、冒険に出たいと言うことだ。

 良い仕事が見つかるも何も、パーティーを組めばどんな依頼でもいい仕事に早変わりというわけだ。

 道理でアクアが素直に引き下がったわけだ。


 自慢げにしている伯爵殿と、鉄面皮のまま無表情な侯爵令嬢。

 それを見ながら、僕はあきらめの境地だった。


 「分かった。じゃあ何時そのパーティー登録をしに行く?」

 「ボクは今すぐが良い」


 この活動的なお嬢様なら、そう言うと思ったよ。

 でなければ、こんな早朝に押しかけてくるはずがない。

 一刻も早く強くなりたいと言う焦りのようなものがあるのかもしれない。

 その表情からは窺い知ることは出来ないが、多分合っていると思う。


 朝ごはんもそこそこに、急かされるように宿屋から連れ出された。

 折角、今日は朝ごはんが豪勢な川の珍味だったのに、結局パンをテイクアウトの移動食だ。

 無理矢理に引っ張り出された大通りを進み、冒険者ギルドに3人で入る。

 よく考えれば、こうやって3人で入るなんて初めての事だ。

 こちらを伺ってくる冒険者たちの目も、いつもと違って見える。


 恐らくだが、パーティー色が強いと見られているのだろう。

 僕だって、冒険者が数人で固まっていればパーティーだろうと考える。

 そして、パーティーの数が多いほど、強いのは自明の理。水が高い所から低い所に流れるが如く当然の事。

 単純に手の数が増えるだけでも、強さはけた違いだ。

 それに、僕もアントやアクアと組んだことがあるから分かる。

 ただ単に人数が2人になれば戦力が倍になるというものではない。補い合ったり、助け合ったりすることで、数倍、数十倍の戦力になり得る。

 とすれば、当然1人で来た時とは違った目で見られるのもまた当たり前というわけだ。


 入口から一番近い場所の受付窓口。

 僕が最初にここに来た時に、ドリーが座っていた窓口だ。

 そこに座っているのは、エルフのお姉さんだ。

 明け方に来ると、ちょくちょく見かける。

 いつもの蒼髪のエルフさんとは違って、アントと同じような金髪をしたエルフさん。

 対応してもらうのは今日が初めてだけど、年齢不詳なのはエルフ共通なのだろうか。


 「こんにちは」

 「ようこそ、冒険者ギルド、サラス支部へ。本日はどういったご用件でしょうか」

 「連れの2人の冒険者登録と、僕たち3人のパーティー登録をしたいんです」

 「そうでしたか。それでしたらこちらで承ります。冒険者を希望される方は、こちらの用紙に必要事項をお書きください。後ほど冒険者カードを発行いたします」


 エルフの受付嬢から、ひったくるかのように紙を奪った金髪のイケメンが1人。

 注意深く聞き耳を立ててみると、ギルドカウンターの奥の方から聞こえてくる。今回は当たりだとか何とか。

 そりゃこんな男前で背も高い人間が、そうそう居て貰っては困る。


 気のせいか、アクアの事も当たりとか何とか言っているようにも聞こえる。

 これは恐らくだが、アクアの性別を男だと思って居る人間が、居ると言う事だろう。

 何と失礼な輩だろうか。

 こんな可愛らしい娘を男だと勘違いする奴は最低だ。

 そんな奴が居たら、きっと他の事でも鈍感な奴に違いない。


 「冒険者登録の際は、お名前以外は出来る限り埋めて頂ければ結構です。お名前は偽名でも登録は可能ですが、お勧め出来ません」

 「ふむ、それは何故だ」


 アントが疑問を口にする。

 相変わらず、思ったことはすぐに口に出るらしい。

 その疑問なら、僕でも答えられる。

 前に、ポニーテールの受付嬢から聞いたから。


 「偽名を書かれますと、犯罪性の有無を調査することがあり、拘束させていただく場合もございます」

 「む、ならやめておくか」


 いや、最後まで話を聞いた方が良い。

 特に貴族様は、偽名を書く必要があるかもしれない。


 だが、その心配は手遅れだった。

 悩むそぶりも見せずに、スラスラと自分の名前を書きやがった。

 それも綺麗な字で、おまけにフルネームだ。

 家名までしっかり書いている。


 ふと受付嬢を見てみれば、やはりアントとアクアの貴族ペアの家名を目敏く見つけたらしい。

 目の輝きが違って見えた。

 それは輝くというよりかは、ぎらつくと言った方が正しそうな光だった。

 これはまた何かありそうだ。


 伯爵様の属性が水だったとは実に意外だ。

 アクアが水魔法の属性なのは知っていたが、てっきりこの直情型の男は火魔法か土魔法だと思って居た。

 案外、性格と魔法の属性は関係ないのかもしれない。

 いや、間違いなく関係ない。でなければ、全ての属性が使えるらしい僕が、浮気性な性格とでも思われてしまう。

 それは心外だ。


 2人の昇格値も分かった。

 やはりライバルと言うだけあって、どちらも昇格値が2.25ポイントだ。

 一般的な人が1~2ポイントと聞いているから、そう考えれば2人とも才能豊かな人間なのだろう。

 いや、そうでなければ冒険者になろうなんて思わないはずだ。

 ある意味では僕よりも遥かにこの世界での冒険者の事を知っている2人だ。

 危険な事なんて、百も承知に違いない。


 「書き終わりましたら、ご提出ください。30分ほどでカードの発行は終わりますので、それまでお待ちください」

 「うむ、よろしく頼む」


 2人が書いた申請書を持って、奥へと入って行ったエルフさん。

 心なしか、見せつける様な腰の動きをしていた。

 あのサービス精神は素晴らしい。

 是非とも他のギルド職員も見習ってもらいたい。


 「アント、これからカードが出来るまで暇だけどどうする?」

 「どうすると言っても、待つよりあるまい。何、数十分ほどの事なら構わんではないか」

 「でもさ、そもそも何で今冒険者登録なのさ。もっと早くに登録していても良いだろう?」

 「ああ、それか。それはこいつのせいだ」


 そう言ってアントは、握り込んだ手から1本だけ指を伸ばし、アクアを指し示す。

 指された方も、何も言わずに平然としている。

 これだけでは今まで冒険者にならなかった理由が、さっぱり見えてこない。

 何でアクアのせいなのだ。


 「何でアクアのせいなのさ」

 「こいつの母君が冒険者だったのは知っているな」

 「ああ」


 確かに前聞いた気がする。

 アクアが、どうして知っているのかと言いたげな目で見てきたが、顎で軽くアント指す。

 それだけで伝わったらしく、ジト目で金髪野郎を見るようになった。


 「その母君が、こいつが冒険者になるには頼りになる仲間と一緒でなければ許さないとおっしゃっておられてな。しかしそんな人間が都合よく見つかるわけがない。そこで何を考えたのか、こいつはここの支部長に相談したそうなのだ」

 「相談? 何をさ」

 「実力間違いなしの冒険者で、しかもまだランクの低い奴を紹介して欲しいと」

 「……なんか嫌な予感がする」


 確かに、頼りにできるだけの実力がありながらも低ランクの冒険者なんて、そうそう居ないだろう。

 実力があれば高ランクで当然だし、高ランクであれば頼れる。

 ところが、それだとアクアが単に相手に寄生するだけになってしまう。

 相手が仲間として認めないだろう。

 低ランクだが高い実力。矛盾の様にも思える条件だ。


 とてつもなく嫌な予感がする。

 というより、嫌な事を思い出した気がする。

 何処からか高笑いが聞こえてきそうな、そんな思い出だ。


 「聞けば、それでハヤテを紹介されたと言うではないか。まあお前なら間違いはないと私も思って居たし、私が紹介しようとも思って居た。はっはっは、早いか遅いかの違いだな」

 「くそ~それであんな書類まで書かせたのか」


 色々思い返せば、怪しい要素はあった。

 確かに、間違いのない人間を紹介するとなれば、書類の1つも書かせるだろう。

 自分の責任問題になりかねないのだから。

 特に相手が侯爵妃やその令嬢となれば、それぐらいして当然。

 あの書類を書かせた時点で、そんな意図に気付くべきだった。


 それに、アクアにも不審な行動は有った。

 明らかに単なるお目付け役では無い実力に、僕を測るかのような言動と態度。

 あの時の行動は、そういう理由があったのか。

 気づかなかった僕は、なんて間抜けなんだ。


 「アクアが今まで冒険者になれなかった理由は分かったけどさ、アントはどうしてならなかったのさ」

 「こいつが私だけ冒険者になるのは許さないと言うのだ。妹を焚きつけられては勝てん」


 この伯爵様は、どっちの意味でもシスコンの気があったのか。

 確かに、聞いている限りだと大事な肉親が妹だけという話だ。

 そこを突かれると、弱点にもなるだろう。

 分かる気もするだけに、同情も出来ない。

 僕がアントの立場なら、やはり妹を攻められたうえで懇願されれば、聞いてしまっていただろう。

 アクアは意外に策士と見える。


 「お待たせしました。御2人の冒険者カードが出来ました」

 「おお、すまんな」

 「……どうも」


 2人が冒険者の証を受付嬢のエルフから受け取った。

 輝く文字で書かれたIの文字。

 どんな冒険者も、まずは愛をもって始めるのが決まりということか。洒落にしては粋な心遣いだが、まさかね。


 「早速パーティー登録をなさいますか?」

 「あ、はいお願いします」


 いきなり声を掛けられて驚いた。

 これからパーティー登録というわけか。

 さて、どんなことになるのか。

 僕も含めて、出来立て冒険者2人に、おまけが1人で説明を受ける。


 「パーティーは最大6人までの登録が可能です。登録されますと、パーティー名がカードに記入されます。パーティーメンバ同士には様々な義務と同時に、互いに行使できる権利があります。詳しくはこの冊子に説明されていますので、ご一読ください」

 「ありがとうございます」


 咄嗟に受け取ってしまった冊子。

 観光案内のパンフレット程度だが、内容は意外と充実している。

 パーティーメンバでは、手に入れた報酬や物品での利益を平等に分けることが義務付けられているそうだ。

 その他にも、リーダーが決めたことがパーティーの総意になるとか、そんなことも書いてあった。


 「パーティーの名称は如何されますか?」

 「名称ですか」

 「ええ、パーティーの名前です」


 決めていなかった。

 というより、決める暇も無かった。

 どうせなら格好良い名前にしたいものだ。

 名乗りをあげる時も、箔がつきそうな物が良い。


 名は体を表すとも言う。

 こういうことが意外と大事だったりする。


 どんな名前にするか、2人の方を向けば、どちらも真剣な顔で悩んでいた。

 今更ながら、僕も考えてみる。

 しかし出てくるのは、今ひとつピンとこない物ばかり。

 そもそも他の人たちがどんな名称なのかもよく分かっていない。

 ここはまず、この世界の常識を知る2人の意見から聞くべきだろう。


 「アント、どうしたい?」

 「むむむ、何にするか難しいが、私は『最強剣士団』が良いと思う」


 どんなネーミングセンスだ。

 まず自分たちで最強を名乗ろうという神経が驚きだ。

 この男の頭の中には、謙虚さという物が存在しないのだろうか。

 どう考えてもアウトだろう。

 自陣ゴールに蹴ったサッカーのシュートぐらい駄目なシュートだ。

 そもそも僕は剣士ではない。


 「アントの案は却下するとして、アクアはどうする?」

 「ボク、『殺戮機動隊』が良いと思う」

 「それも駄目でしょ」


 ……こっちもか。

 どれだけ物騒なネーミングセンスしているんだ。

 頭が痛くなってきた。


 何でそんな怖そうな名前にするのか。

 やっぱり、無口だからと言って大人しいとは限らないと言うわけか。

 最初の殺戮がじつにおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。


 しばらく2人でああだこうだと意見が飛び交った。

 ゴッドオブなんとかとか、デスほにゃららとか、史上最高のなになにとか、聞くだけでも恥ずかしくなりそうな名前しか出てこない。

 いい加減、頭痛薬を探した方が良い気がしてきた。

 当然、全て却下だ。


 「私たちの案が駄目だとするなら、ハヤテが案を出してみろ。どんな名前か興味がある」

 「う~ん、咄嗟には考えられないけど、ぱっと思いついたのは『アカビット』かな」

 「何だそれは? どういう意味だ?」

 「時間を掛けてじっくり作る、とても強いお酒のこと。僕たちも、これからゆっくりと強くなっていきたいな~って思ってさ」


 本当に、どこかで聞いたのをふと思い出しただけだが、それが案外いい方向に転んだらしい。

 気に入って貰えたらしいことは見ていればわかる。

 納得顔で頷くアクアに、満足げにそれにしようと言いだしたアント。

 まあそれで良しとしよう。


 「それでは登録をいたしますので、もう一度カードを全員分ご提出願えますか」

 「僕の分もですね。それじゃあお願いします」


 僕たちの喧々諤々の議論を、何処か微笑ましいものを見る様な、それでいて恥ずかしいものを見る様な、微妙な笑顔で見ていたエルフさんが話しかけてきた。

 騒がしくして申し訳ない。


 パーティー登録も、若干1名のテンションが上がりすぎたことを除けば無事に終った。

 やはりパーティーのリーダーは僕という事になるらしい。

 一応最年長ではあるし、ランクも高いからというのがその理由だ。

 厄介ごとだけを押し付けられた気がして仕方が無い。

 どうしてこうなってしまったのか。

 のんびりまったりの自由気ままな冒険者生活は、遠くに旅立ってしまった。


 ふと気づけば、服の裾を引っ張られていた。

 いつになく積極的な姿勢を見せるお嬢様が、依頼のある掲示板に行こうとしているようだ。

 無言でもその態度が雄弁に語っている。

 一刻も早く、冒険者としての活動を始めたいと言っているに違いない。


 早速掲示板に3人で向かい、迷うことなくGランクの掲示板に引っ張って行かれた。

 幾ら低ランクからじっくり行こうと言っても、聞く耳を持たない。

 もうあきらめた。

 そして、数ある依頼の中から、アクアが1枚の依頼書を指差す。

 こういう依頼を受けるかどうかの選択も、リーダーの仕事というわけだ。


 『森イノシシ駆除 報酬:1000Y 依頼人:トスカン 依頼内容:ノルデナウ村長からの依頼。村の近くに出没するようになった森イノシシを駆除して欲しいとのこと。畑を荒らされているために、出来る限り早めの対応を希望。詳細は依頼受諾後に村まで出向いて聞くこと。 特記事項:森イノシシがつがいである可能性あり』


 アクアが選んだ依頼は、またも討伐系だった。

 むしろ、他の採取や護衛と言った依頼は眼中に無い感じだった。

 これは間違いなく、一昨日受けたゴブリンの依頼を意識している。依頼の内容がそっくりだ。

 誰かさんへの対抗意識が怖いほどに感じられる。

 こういうのは、犬猿の仲とでもいうのだろうか。いや、別に仲が悪いわけでは無いから、適当では無い気もする。

 やはり強敵トモと呼ぶのが一番良い気がする。


 諦めのため息と共に、その依頼書を持ってカウンターに戻る。

 カウンターで手続きを済ませれば、依頼の受諾と共に紹介状を預かった。

 これも前の依頼と同じだ。


 「ははは、今日は記念すべき日だな。私が歩む偉大な剣士の道は、今日ここに始まる。刮目せよハヤテ。私は今、伝説となる場所に居る」

 「それは幾らなんでも大げさすぎるでしょう」

 「アントはいつもこう」


 相変わらず大げさな伯爵は置いておくとしても、早速ノルデナウ村と森イノシシについての情報を集めることにする。

 森イノシシの情報を含めて、冒険者ギルドでの情報収集はアクアとアントに任せ、僕は余所の村に詳しい人を探して、聞くことにする。

 心当たりは有る。

 この町以外からの人間が多く集まり、かつ饒舌になる場所。

 そんな所だ。

 歩いてすぐの場所にそれは有る。


 「こんにちは」

 「おや、食事ならもう済んだだろう」

 「いえ、ちょっと聞きたいことがありまして。あ、スープだけください」

 「ははは、お客さんの注文は断れないね。ついでに何でも聞いてくれ」


 僕が情報収集に選んだのは、酒場兼用の食堂。

 宿屋までおまけでついているという、勇気の騎士亭だ。

 ここの大将なら、何か知っているに違いない。

 そう考え、大将の居る食堂でのご挨拶だ。


 テーブルの上に置いた、情報料兼スープの食事代。

 チャリンと金属同士が叩きあう音がして、それを軽く目で流すマスター。


 「ノルデナウ村について教えてください。どんな村なのかとか」

 「ああ、あの村か。特に変わったことも無い村だね。この町から草原を抜けた所。半日と少し歩いたぐらいの場所にある村さ。特産は葡萄。今年は豊作だったと聞いている」

 「へ~葡萄が特産ですか」

 「ああ。あの辺りは物騒な魔物もあまり居ないらしいし、住みやすい所だろうね」


 ことりとスープを目の前に置いてくれるマスター。

 温かく湯気の立つそれは、食欲をそそる香りで鼻を刺激する。

 だがしかし、その物騒な魔物を退治しに行く身としては、不思議な気持ちだ。


 しばらくその村の事を聞いた後、詳しい道を教えて貰って食堂を出る。

 恐らくアントやアクアも、それなりに情報を集めているだろう。


 一度全員で改めて集まった僕たちは、お互いの情報を整理し、門へと足を向けた。

 いよいよ初めて、パーティーでの冒険をする。

 心躍る期待と、前途を思いやる不安の中。


 僕たちは、新たな冒険への一歩を踏み出した。


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