045話 はぐれゴブリン討伐依頼
「がはは、ご苦労だったな」
いきなり声を掛けられて驚いた。
心臓が口から飛び出すかと思った。
何事かと思えば、この事件の黒幕と思しき人物が僕の後ろから声を掛けながら歩いてきた。
「一体何だったんですか?」
「まあ無事に終ったことだ。気にするな」
「気になりますよ。説明してください」
「わはは、大したことじゃねえよ。王女殿下が、ここ2~3日この辺りを散策と言いつつ歩き回って、何かやろうとしていたのに気付いてな。やたらと卵料理を作り出したと思ったら、お前に宛てた手紙だ。こんなこったろうと思っていたんだよ。まあ直感ってやつだな」
随分都合のいい直感もあったものだ。
いや、この団長の事だ。この辺りが警備の目から死角になっていることぐらい御見通しのはずだ。
だとすれば、あえて泳がせたという事だ。
警備として、それでよいのだろうか。
「そんなので万が一があったらどうするつもりだったんですか?」
「それがねえように、手を打っていたんだよ。姫様が卵の取れる場所なんてのを聞いて来たから、林道を教えて、その上先回りで危険が無いか確認していたりな」
「そこまで分かっていて、何で止めなかったんですか」
えらく手の込んだ仕掛けだ。
そこまでするなら、止めることも出来たはずだ。
むしろ止めてくれれば、僕が疲れることも無かった。
「……姫様には、ここに居る間だけでも楽しい思い出を作らせてやりたかったのさ」
「それはどういうことですか」
「王女殿下は、王位継承権を持つとはいえ、いずれは誰かに嫁ぐ身だ。それは王家の務めとして、政略の道具に使われる。他国に人質代わりに出されるか、身内に褒美代わりに与えられるか。どちらにしても成人すれば遅かれ早かれ望まぬ道を歩むだろう。だから今だけでもと思って居たんだよ。単に外で遊びたいだけなら危険なだけだから止めもするが、そうでないなら、ささやかな望みぐらいは叶えてやりたかった」
「……そうですか」
どこか遠いところを見る様な団長の顔に、浮かんでいたのは複雑な感情のようだった。
言葉から感じるのは、王家への忠誠でも、恋慕の情でもなく、娘を思うような親愛の情だ。
まるで父親のような顔をしている。
案外さっきの土煙は、この団長がおこしたものだったのかも知れないと思った。
「悪かったな、ハヤテ。面倒かけちまって。これは手間賃だ。受け取れや」
「ありがとうございます」
ピンと親指だけで、何かを弾いてきた。
キラキラと光りながら、緩やかな放物線を描く物体。
銀色をして、丸いものがくるくると回りながらも飛んでくる。
咄嗟に受け取ってしまったが、受け取ってしまった以上はお礼を言うべきだろう。
落ち着いて見てみれば、それは銀貨だった。
たかだか半日の手間賃としては、納得も出来る金額だ。
そのまま今回の経緯を聞いた後、団長とは別れた。
これからもし何かあったら、よろしく頼むと言われてしまった。
もちろん、全力で拒否しておいた。
まだ昼にもなっておらず、この分だと宿でだらけるにしても時間を持て余しそうだ。
などと気まぐれに考えて冒険者ギルドに足を向けた。
特に深い考えがあったわけでは無い。
単に、城から宿屋に帰る通り道にあったから、覗いてみるだけでも良いかと思ったからだ。
冒険者ギルドの中は相変わらず賑やかで、色んな人が大勢集まっている。
ポニーテールを結んだドリーが受付に居たので、軽く手を振って挨拶しておいた。
笑顔を向けてくれるのは嬉しい。
挨拶は人間関係の潤滑油だ。
こういうこまめな挨拶が、人と人が付き合っていく上で大事な事なのだろう。
暇つぶしだと思って、適当に依頼を眺めてみたところ、本当に面白い依頼も多いと感じる。
やれ怪盗を捕まえろだの、やれ巨大ゴキブリを退治しろだの、いつの間にか居なくなった女房を探してくれなんていう依頼もあった。
奥さんに逃げられるとは、よほど甲斐性なしの旦那なのだろうか。
ゴキブリなんて相手にするのもおぞましい。
あの黒光りするGの物体は、生理的嫌悪しかない。
それが巨大だと言うなら、体中に鳥肌が立ちそうなほどだ。
そんな中、ふと1つの依頼が目についた。
『はぐれゴブリン駆除 報酬:1人につき400Y 依頼人:ガラナ 依頼内容:モラポ村の村長からの依頼。村の近くをうろつくゴブリンの排除。村への被害は出ていないものの、行動範囲が広く捕捉が困難とのこと。捜索を含む依頼の為、複数人での依頼受諾が望ましい。詳細は依頼受諾後に村まで出向いて聞くこと。 特記事項:依頼は同時に6人まで可』
Gランクだと流石に魔物やら魔獣やらとの戦闘が前提らしい。
それも相手がゴブリンときている。
ゴブリンと言えば、あまり強そうなイメージは持てない。
気になるのは同時に6人まで受けることが可能な依頼だと言うことだ。
依頼人が村長だから、予算的なものもあるのかもしれないが、1人で行くよりは連れの居た方が楽になるのは経験済みだ。
何より、連れて行かないと五月蠅そうな人間に心当たりがありすぎる。
依頼の紙を持って受付のカウンターに向かう。
宿屋でだらけようと思って居たのに、いつの間にか仕事をしている。
こういうのも、貧乏性と言うのだろうか。
「こんにちはドリー」
「ハヤテさん、こんにちは。依頼ですか?」
「うん、お願いできるかな。これ、冒険者カード」
「はい、預かります。それじゃあちょっと待っていてください」
そう言えば、ドリーの顔を見るのも数日ぶりだ。
見たくもない団長の強面やら、尻尾の生えたお姉さんやらの顔なら見ていたが、やはり癒しは大事だ。
心の休養には、宿屋で寝ころぶよりは芸術鑑賞が良い。
どう考えても人間、だらけるよりは働いた方が良い。ずっと前からそう思って居た。
スタスタと戻ってきたドリーは、笑顔でカードを返してくれた。
何か含むところがありそうな顔だが、何も言わない。
何も言わないのなら、何もできない。
笑顔が少し怖い気がした。
「ねえドリー」
「はい、何でしょう」
「このはぐれゴブリンって、どういうものか教えて貰って良いかな」
「普通は30ヤールドですが、細かいことだと、もう30ヤールド要ります」
情報にも色々あると言う事か。
ゴブリンと言えば、小鬼とか邪悪な精霊の事だったはず。もしかすれば、この世界では人間以上に強いことだって十分考えられる。
魔法だって使ってくるかもしれない。
情報を集めるのなら、もちろん細かい所まできっちり聞いておくべきだろう。
「それじゃあこれで。御釣りはドリーが好きに使って」
そう言って、僕はさっき団長が投げて寄越した銀貨を渡す。
どうせあぶく銭だし、そもそも厄介ごとを押し付けられた対価なら、すぐに使ってしまった方がよさそうだ。
御釣りをもらうと、おまけで厄介ごとまで戻って来そうな雰囲気がする。
気のせいであってほしいものだ。
「良いんですか?」
「良いの良いの。いつもの笑顔のお礼ってことで。それで、ゴブリンについて教えて貰えるかな」
「ちょっと待ってください。奥の資料を持ってきますから」
いつもの栗毛ポニーテールを揺らしながら、機嫌良さそうに奥へ入って行ったドリー。
良かった。さっきは不機嫌そうに思えたが、機嫌を直してもらえた。
笑顔を褒めたからだろうか。
それとも、偉大なるは金の力なのだろうか。
分厚い図鑑のような本を抱えて戻ってきたドリーは、少し額に汗を浮かべている。
やはり空調の無い世界では、建物の中といえども、夏の日は暑い。
このままもっと季節が進むにつれて暑くなるかとおもうと、気持ちもうんざりしてくる。
「えっと……ゴブリンですね。群れを作る習性があり、性格は凶暴。人や家畜を襲ってその身を喰らう魔物です。集団行動を取れる知性を持っていて、武器を使うゴブリンも居るそうです」
「苦手とか、弱点とかないかな。それか得意なことか」
図鑑らしきものをぱらぱらと捲って中の文章を読み上げるドリー。
単に性格だのを聞いても意味はない。
ゴブリンが武器を持つだろうことは前から知っている。
問題はそれ以外に何があるのかという事だ。
「魔法は総じて苦手にしているらしいです。ただ、ゴブリンメイジやゴブリンセージには魔法を使えるものも居るそうです。弱点も魔法全般です」
「ふ~ん。はぐれゴブリンというのは何」
「ちょっと待ってください。ああ、これですね。ゴブリンは群れを成すものの、種々の本能から、稀に個体で生息するものが居る、らしいです」
種々の本能とはなんだろうか。
食欲であれば、食料が少なくて耐え切れずに群れを出るとかだろうか。
昔の口減らしのようなもの。
或いは繁殖欲なら、群れを出て自分のハーレムを作ろうとするとかだろうか。
猿やライオンの世界が確かそんな感じだったはずだ。
群れを離れたものは、より過酷な生存競争に晒される。
「その本能って何?」
「えっと、特に書いていません」
ということは、とりたてて個別の何かに駆られて群れをはぐれるわけでは無いと言う事か。
つまりは、今回の依頼は、まず原因調査からしなくてはならない。
やはり人手が要りそうだ。
「それで、この依頼には1人で受ける必要は無いようなことを書いていたけど、そのパートナーは冒険者でなくても良いの?」
「それは構いません。代表して受けるのがGランク以上の冒険者であれば受けることが出来ます。もちろん、ハヤテさん1人で受けて貰っても構いません。ただし、どういった場合でも、問題が起きた場合は代表して受けた冒険者のみに責任があります」
「そっか」
どこかの向上心豊かな貴族様を誘うのに、問題は無いと言う事だろう。
いや、問題があるとするなら、トラブルメーカーの責任を丸ごと背負い込む可能性があることだ。
これは、拙い。
念のために、錦の御旗を借りに教会に行っておいた方が良い。
多分、目当ての相棒もそこに居るだろう。
「他に何か重要な情報とかってある?」
「詳しくは現地で聞いていただければ良いとのことです。これが村までの地図と紹介状です」
「分かった。じゃあ行ってくるか」
そう言って、早速準備に取り掛かろうとしたところで、後ろ髪を引く様な声が掛かった。
どこか戸惑いを感じるような声。
「は、ハヤテさん」
「何? ドリー」
「えっと……その……何でもありません。頑張ってください」
「ありがとう」
今度こそ目的地に向けて出発する。
多少後ろを気にしつつも、折角なので労働に勤しむことにする。
とりあえずの目的地は教会だ。
この依頼の人手を集めに行く。ついでに、その人手を大人しくさせられる言質を貰いに行く。
人ごみの賑やかさをかき分けつつ、どこか質素な教会に着く。
表の扉から入ろうかと思ったが、別に礼拝に来たわけでもないから裏に回る。
店舗と住居を併設した家では、店舗の側からの来客は紛らわしいから避けるべきだとか聞いたことがある。
教会も似たような物だろう。
「こんにちは~」
「は~い」
奥から年配女性の声が聞こえた。
パタパタと足音がして、裏口から出てきたのはシスター然とした白髪の女性だった。
「どちら様かしら」
「あ、私はハヤテという冒険者です。今日、こちらにアレクセン伯爵が見えていないかと思って伺いました」
「まあまあ、彼のお友達ね。今孤児院の方に居ると思うから呼んできてあげる」
「お願いします」
孤児院に居るとなると、何か手伝いでもしているのだろうか。
きっとあの茶髪ロングストレートのシスター見習いに、良い格好を見せたがっているに違いない。
気持ちはとてもよく分かる。
男なら、好きな娘の前で格好付けたくなるのは当然の事だろう。
年配のシスターが去って何分か待った頃合い。カップラーメンなら程よく伸びきったほどの時間。
奥の方から、見慣れた背の高い男が歩いてくるのが見えた。
近づいてくるなり、ぶっきらぼうに語りかけてくる。
「おお、ハヤテ。どうしたんだこんなところに来て。何か事件か?」
「いやアント。幾ら僕でもそうそう事件ばっかりじゃないからね」
「違うのか。何だつまらん」
颯爽と現れていきなりだ。それにこんな所と言うのなら、冒険者が教会に居る事より、貴族様が教会に入り浸る方が不自然だろう。
分かっていたことではあるが、この男前は事件がある方を喜ぶ稀有な性格らしい。
よほど血の気が多いのだろう。
蚊の群れの中に放りこんだら、きっと蚊は狂喜乱舞するに違いない。
「それよりアント、ちょっと手伝って欲しい仕事がある」
「おい、それを早く言え。どんな仕事だ。ドラゴン退治か? それとも盗賊団の殲滅か?」
「そんな仕事Gランクの僕が受けられるわけないだろう。ゴブリンだよ。モラポ村って所で、詳しい話を聞くことになっている。群れからはぐれたゴブリンを捕まえるのに、人手が要りそうなんだよ」
「はっはっは、それならこの私に任せておけ。ゴブリン程度物の数では無いわ。先の事件で振るい損ねた正義の鉄剣、そいつらに喰らわせてくれる」
全く、捕まえると言っているのに、何で剣が出てくるんだ。
どう考えてもオーバーキルだろう。斬るだけに。
このテンションはどうにも不安に思えてきた。
大丈夫だろうか。
話を受けてくれただけ感謝すべきなのだろうか。それとも早まったと嘆くべきなのだろうか。
「あらあら~、これから二人でお出かけかしら~」
おっとりとした声が奥から聞こえてきた。
間延びした調子でどうにも気が抜けてしまう。
睡眠効果でも持っているのではないだろうか。
ロングヘアーをなびかせながら、にこやかにほほ笑んできた。
シスター見習いのアリシーだ。
「おぉ愛しのアリシー。これからしばらくの間離れ離れになってしまう。だが悲しまないでくれ。君と私の間には深い絆がある。私は今よりも強くなって帰ってくるから、その絆を持ち続けていてくれ。きっと君の愛に応えて見せる」
「まあまあ~そう、怪我だけはしないようにね~。アレクセン伯爵も、無理しちゃダメよ」
確かに怪我だけはしないで欲しいものだ。
回復させるにも、切り傷程度ならともかく手が千切れ跳ぶような怪我なら、治せるかどうかが怪しくなってしまう。
だが、アントに無茶をするなと言うのは無理な話だろう。
短い付き合いだが分かったことがある。
この貴族様に無茶をするなと言うのは、猫に爪とぎを止めろとか、犬に散歩を止めろと言うに等しい。
まあ一応釘を刺して貰えたから良しとするか。目的は果たせた。
相変わらず口説き文句も流されているわけだが。
「それじゃアント、早速で悪いけど行こうか」
「分かった。任せておけ」
教会を出て、それでもしきりに後ろを気にしながら歩く相棒を連れ、僕はモラポ村に向かう。
地図によると、商業都市から北東に歩いて半日ほどの距離。
途中、商店街で泊りがけの準備をしておく。
素晴らしきは収納鞄。本当に幾らでも物が入りそうだ。
食材、毛布、水筒などなど。
今回の仕事が一人前になってから初めてのギルド請負だ。
失敗すると後々まで尾を引きそうな大事な一歩。躓くわけにもいかないので、念入りに準備をしておく。
水と火は、いざとなれば僕の魔法がある。
それでも準備しておくのは、MPを使い果たすこともあるかもしれないからだ。
「ねえアント」
「うん?」
「孤児院なんかで何をしていたのさ」
「何だそんなことか」
そんなことでも気になる。
この国の貴族制度なんて良く知らないが、周りがそれなりの敬意を持っている様は何度も見た。
それだけに、政治の重責を担う立場の人たちであろうことは察しが付く。
何でまた孤児院に居たのかが気になるのは当然の事だろう。
貴族の義務とやらかもしれないし、知っていても損は無いはず。
「あそこの孤児院は、私の曽祖父が作ったものなのだ」
「へぇ~」
「我がアレクセン家代々が国家への貢献として、戦争で親を亡くした孤児や両親不明の捨て子を養育している」
「立派なことだね」
やはり貴族の義務か。
高貴な義務という奴だろう。
これでもう少し思慮深ければ、素晴らしい人物になれることだろう。
なんとも勿体ない話だ。
「それに、孤児院の子ども達がどうにも他人とは思えなくてな」
「え? それはどういう意味さ」
「ハヤテ、お前には前に話したと思う。私たち兄妹は親と死に別れた。親を亡くして辛い思いをする子達が、昔の自分と重なって見えてしまうのだ」
「だから放っておけないわけか」
「ああ、少しでもあいつらには楽しい気持ちを持ってもらいたい。私が将来自分で領地を守っていく時には、1人でもあいつらと同じ境遇の子ども達を減らしたいと思って居る」
目標を持っているのは良いことだ。
それに、親を亡くす子供たちを減らしたいという思いは素直に応援できる。
むしろ僕も手伝いたいぐらいだ。
その立派な志を、いつまでも持っていてもらいたい。
この男なら、自分の言ったことは守り続けるはずだ。
東の門を潜り、一路モラポ村へ。
冒険者が門を通るときには、手続きが楽で助かる。
商人には、荷物のチェックやら足税やらがあるらしい。
足税というのも最初は何のことか分からなかったが、聞いてみると面白い制度だった。
生き物の足の数で税金を決める仕組みらしい。
馬や牛なら4本分、人間ならその半分の2本分の税金を支払う。
この世界にイカやタコの魚人は居ないのだろう。居たら居たで、旅をするのに出費が酷いことになるのは間違いない。
ちなみに、赤ん坊が自分の足で立てない場合、それは足とも手とも言えないから無税だそうだ。これもまた良く出来た仕組みだ。
東門を出た先は、南門を出た時と同じく草原が広がっている。
夏の日差しを受けて輝く緑の絨毯。
どっかの赤絨毯より、もっともっと高級なものに思える。
昼の強い太陽の光が、肌をチクチク刺してくる気がした。
「アント、一応聞いておきたいんだけどさ」
「ああ、何でも聞け」
「今までゴブリンを退治したことってある?」
「一度だけ戦ったことがある。まあ私の敵では無かったが、そこらの犬や猫と比べると格段に強い」
そうか、強いのか。
犬猫よりも強いのがどの程度かは分からないが、舐めてかかって良い相手でもなさそうだ。
改めて気を引き締め直す。
「前に戦った時はどんな感じだった?」
「力が強かったのは覚えているな。確か、ナイフのようなものを振り回していたが、中々器用に扱っていた」
「全部が全部、ナイフを持っている訳じゃ無いんでしょう」
「無論だ。全部がナイフを持っているのなら、鍛冶屋は今頃廃業だろうさ。棍棒や金槌や剣を持って戦うものも居るらしい。偶に杖を持って魔法を飛ばすものもあるそうだ」
冒険者ギルドで聞いた話と変わらない。
やはり要注意なのは魔法を使うゴブリンというわけだ。
気を付けないと、蟹の時みたいな怪我を負いかねない。
あのレーザーもどきは物凄く痛かった。それに、当たり所が頭なら即死だった。
2度とごめんだ。
草原の中をしばらく歩いていると、だんだん木が多くなってきた。
始めはポツリポツリと立っているような感じだったものが、いつの間にか鬱蒼としたものになっていた。
手入れはされているらしいから、森と言うよりは林といった感じだ。
それに、馬車もよく通るのだろう。
林の地面にもくっきりとした2本の轍が続いている。
地肌の露出した平行線が、ずっと遠くまで続いていた。
時折、雨の跡が地面にあり、自然の習字を残している。きっとこの道路は、これから行く村の生命線に違いない。
村が近づくにつれて林の雰囲気が変わっていくのが分かる。
ようやくモラポ村が見えてきた。
林の間の道を歩き、気が付けば明るくなった場所を見つけた。
遠目からだとよく分からないが、柵のようなもので囲まれていて、開けた場所がある。
窪地のような場所にも見えるが、この様子なら人口はそう多くは無いだろう。
見た所、家が30軒強と言った所だ。
古ぼけた木の肌を晒した家々が立ち並んでいる。
一軒一軒の間隔は狭い所でも10m以上離れていて、個々がそれぞれ三角の屋根を並べている。
向こうの世界と違って、土地が有り余っているのだろう。
窓の向きはどの家も同じようで、南に向けて大きい窓を付けている家が多いようだ。
南に向けているのは、きっと採光を考えてだろうとは思う。ここら辺はどこでも似たようなものがあるものだ。
村に近づいてみれば、柵の下に1m弱ぐらいの深さと幅を持った溝が掘ってあった。
これは排水溝と言うよりは、外敵から身を守る堀のように思える。
よほど何か恐ろしいものが襲ってくるのだろうか。
ゴブリンも恐ろしいのは間違いないだろうが、それ以外の何かも襲ってくる可能性が高い。でなければここまで厳重な防備をしたりはしないだろう。
村に入った僕たちは、畑を耕していた御爺さんに、村長宅までの道を尋ね、その家を訪ねる。
他の家々と大して変わらない、極普通の民家と言った感じだ。
てっきり人一倍大きな家に住んでいるものかと思って居たが、そうでも無いらしい。
「こんにちは、何方かいらっしゃいませんか?」
「はぁい、今出ます」
可愛らしい声がして、ドアを開けてくれたのは小さい女の子だった。
くりっとした目と、子どもらしい柔らかそうな頬っぺたが可愛らしい。
おまけにその頬は、丸く赤みが掛かっていて、りんごのように思える。
「お嬢ちゃん、ここは村長さんのおうちだよね?」
「うん」
「村長さんを呼んできてもらって良いかな」
「分かった」
そう言って小さい足を懸命に走らせて、1人の男の人を連れてきた。
年の頃は30半ばのがっしりとした人だ。
この人が恐らく村長だろう。漂う風格が違う。
「どちら様かな?」
「冒険者ギルドから紹介されて来ました冒険者です。はぐれゴブリンの件で詳しい話をお聞かせ願えますか?」
「ああ、あの話か。紹介状はこれかね。まあ立ち話もなんだ。中に入りなさい」
「お邪魔します」
「邪魔するぞ」
僕とアントは部屋の中に通された。
靴を脱がずに中に入るのには、やはり慣れない物があるものの、椅子を勧められてしまっては仕方ない。
テーブルには、僕とアントが並んで座り、向かいに村長さんが座る形だ。
何かしら、観察されているような気もする。
「えっと、改めて、僕が冒険者ギルドから紹介されて来たGランク冒険者で、ハヤテ=ヤマナシと言います。そしてこっちが……」
「アント=アレクセン。今日はこいつが私に助けてくれという物だから、手伝いに来てやった。はっはっは」
余計なお世話だ。
やっぱり人選間違えた。
第一、次に行くときには自分を連れて行けと駄々をこねたのは、そもそもこの端麗な貴族様だ。
物事は正確に伝えるべきだろう。
見ろ、村長さんが驚いた顔をしている。
「いや、二人とも随分と若いのに立派だね。頼もしいよ。私が村長のガラナだ」
「よろしく。それで依頼は、はぐれゴブリンの駆除という事でしたが、詳しく聞かせて頂けますか」
僕は気を引き締めて村長に向き直る。
ここは大事な所だ。
依頼の情報を出来るだけ細かく聞いておくのは、自分の身を守ることになる。
この間の依頼で身に染みて分かった。
「この辺りは昔から魔物の出やすいところだったんだが、ついこの間この近くの森の中、水場の近くにゴブリンが巣を作ってね。その駆除を冒険者に依頼したわけなんだが、まだ残っていたようなんだ」
「その時の依頼が失敗したのですか」
「いや、巣の駆除自体は無事に完了したよ。ただ、普通なら巣が無くなった時点で離れて散るはずのゴブリンが、何故か1匹だけ巣のあった場所あたりから動かない。おまけに夜中にはそこらを徘徊していて、とても危険なんだ。魔物の生死は問わないから、くれぐれもこれ以上村を荒らすような真似をさせないでくれ」
デッドオアアライブと来たか。
まるで賞金稼ぎにでもなった気分がする。
生死は問わないとなれば、伯爵殿の出番だ。
案の定、隙あらば剣を抜ける格好をしている。
楽しそうな面をしやがって。何で期待のこもったような目で僕を見る。
しばらく村長に森の中の目印や、最近ゴブリンの目撃があった場所などを説明してもらっていると、1人の村人が駆け込んできた。
息も荒く慌ただしい。
とても焦っている様子が伺えたが、何かあったのだろうか。
「大変だ、村長。ヨハンが林の中でゴブリンの群れを見かけたって知らせてきた。ゴブリンメイジらしいものも居たらしい」
「何だって」
村人の言葉を聞いた瞬間に血の気を失い、立ち上がった村長。
そのまま僕らを見て、縋る様な言葉を投げてきた。
ぶつけられた音は、とても弱弱しい。だが、それでもしっかりとした意思は伝わってきた。
自分たちの村を守りたいという意思だ。
人を率いる者独特の、意思を持った強い目をしている。
「君たち、こういう事情になったが、今から使いを町に走らせても時間が掛かる。万一の時には手伝ってもらえるかな」
「ははは、無論だ。私たちにかかればゴブリン共の始末など、朝飯前の仕事だ。行くぞ、ハヤテ。私に続け」
「いや、一応この仕事は僕の仕事だからね。……って行っちゃった」
金髪をなびかせ、嬉々として森に駆けだした伯爵を追い、僕も現場に急行する。
確かに、万一の事があれば子どもたちを守ることに否は無い。
走る道すがら、畑仕事を取りやめて家に閉じこもる親子の姿や、でっかいフォークのような農具を持って村を守ろうとする村人が見えた。
思っていた以上に、事が大きくなってきた。
何事も無ければ良いけど。
と、僕は頭によぎった不安を振り払った。




