041話 2次選考の結末
高らかに自分の勝利を叫ぶ。
明らかな有利を確信し、自己の絶対を信じる男。
その勝利の確信をもたらす手段は、己が信じる道そのもの。
人にはそれぞれの道がある。
しかし、その道が正道とは限らない。
自らを磨き、鍛え、高みに在ろうとする道を正道とするならば、対峙する相手を貶め、諮り、騙す道こそ邪道と言える。
自分がより強く、より速く、より賢くなることを諦めた者。
そんな下卑た発想のもたらす道は、穢れ、汚れ、賤しい道であるだろう。
僕は、そんな汚らしい手段を持って、人をただ貶めようとする相手に相対している。
背を曲げる姿勢は厭らしく、頬骨が張り、驚きながらも細める眼のついた顔は酷く醜く歪んでいる。
「な、何故だ。間違いなく刺さったはずだ。どうして毒が効かねえんだ」
「さあ、何故だろうね」
邪道に足を踏み入れたものは堕ちていく。
自らを高めることを忘れた者は、停滞する。そして停滞の先には衰退あるのみ。
だからこそ余計に邪道の深みにはまり、本来高め合うべき相手と対したときさえ、自分が強くあろうとは思わず、相手を弱めようと苦心する。
如何に弱めるかに頭を悩ませ、如何に身動きを封じるかに苦心する。
その悩みや苦労は、もっと違った使い方が出来たはずだ。
足の引っ張り合いの負の連鎖は、互いを高め合おうとする騎士道とは相容れない。
そんな悲しみと憐れみを持って見据える僕とは対照的に、怯えと恐れの声で何故だと繰り返す眼前の醜男。
何もこんな奴に、僕の事を丁寧に教えてやることは無い。
単に耐性の魔法があるだけの事だが、それにすら気が回らない様子を見せる彼奴。
「そうか、分かったぞ。お前も俺と同じで毒を使うんだ。だから解毒の魔道具か何かを持ってやがるんだ。そうだろう。ははは、俺にはそんなことお見通しだ」
何とも見当ハズレな答えを捻りだしたものだ。
人は、自分の物差しでしか相手を測れない。
だから、自分がすることは他の人間もするだろうと思う。
人の欠点を探すとき、それは自分自身が嫌だと思っている自分の欠点である場合も多い。
勝手に納得しやがったゲス野郎が、距離を取るように離れる。
身軽な様子で、軽く跳ね跳ぶようにして剣の届かない所まで逃げた。
追い打ちをかけるべきかとも思ったが、近づくとまた針のような姑息な手を打ってくるかもしれないと躊躇してしまう。
さっきまで絶望の極みに遭ったような顔をしていた敵が、筋違いの推論に納得したことで自信を取り戻してしまったらしい。
厭らしげな目つきを向けてくる。それも僕の全身を舐めるようにして。
思わず背筋に悪寒が走った。
「ひゃひゃ、残念だがお前は、解毒が出来ても俺には勝てねえ。多少すばしっこいらしいが、それだけじゃ俺には勝てねえってことを教えてやる……よっ」
負け惜しみの口上を言い終わるが否や、馬鹿の一つ覚えのように飛び込んでくる猫背野郎。
流石に僕の反撃を警戒しているらしく、片手のナイフを逆手に持って僕の小剣とナイフの動きをけん制してくる。
厄介なフェイントを織り交ぜながら、かなりの速度で近づく奴の目には、良からぬ光が宿っているように思えた。
頭の中で咄嗟に閃く。
この男は、まだ何かを隠している……と。
そもそも散々切り傷を付けられて尚、真正面から向かってくるのはおかしいではないか。
僕の方が素早い動きであることは体で覚えたはずだ。
あちこちで滲んでいる、奴の血がそれを思い出させるはずだ。
何故向かってくるのか。
何かある。
この男は、無鉄砲に向かってくる猪武者ではない。
それはさっきの毒針でも分かる。
姑息ながらも、用意周到に準備されている。緻密な計算と彼奴なりの合理性。多少は頭が回るだろうことはすぐに思いつく。
だとすれば、狙いは何だ。
猫背野郎の思惑が掴めないままに、僕は疑心から、近づいてくるそいつから離れるように動く。
それでも更に追いかけてくる敵。
相手を見据えながら、バックステップの要領で後ろに下がる。
これは誘い。
単にその場で動かないでいるより、多少動きを見せた方が疑念も少ないだろう。
ある程度下がった所で立ち止まれば、単に待ち構えるよりも、隠し玉を使い易いはずだ。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
いつ来るか分からない手をただ待つだけでは、相手のペースに乗せられてしまう。
危険であっても、相手に手の内を明かさせる。
持久戦で体力を削られた後、何かされる方が厄介だ。
軽く弧を描くように下がり続ける。
しかし、後ろ向きに、しかも曲線で進む僕に比べ、相手は僕の方にだけ直線として進めば良い。
段々と距離が詰められる。
剣が届く距離まで詰め寄られた所で、僕は一気に立ち止まる。
そのまま剣を左から右に、薙ぎ払う草刈り鎌の如く振るう。
空気を切り裂く音と共に、鋭く光る鉄剣の刃。
その刃先が敵を切りつけると思われたその時だった。
ピタリと動きを止める切っ先。
それは僅かに相手から離れた所で固まった。
今にも破顔しそうなニヤケ面を、向けてくる猫背男。
何をされたか分からない。
剣が動かない。
いや、そもそも身体が動かない。
「うひゃひゃひゃ、どうだ動けねえだろう。俺の最後の奥の手さ。お前、どうしてそうなったか分かるか?」
ニタニタと口角を持ち上げた男は、右手にナイフを持って僕に歩み寄る。
そのままナイフの刃を、僕の頬に当ててくる。
何故体が動かないのか、さっぱり分からない。
僕は悔しさが募っていく。
男はそのまま、僕の顔に当てたナイフを、思いっきり引いた。
頬に感じる皮膚が切れる感触と痛み。
咄嗟に顔を動かそうとしても、やはり顔すら動かない。
僅かな水滴のようなものが、頬を伝って顎の下まで流れて行くのが分かる。
恐らく僕の血なのだろう。
奴はそのまま、僕にそっと耳打ちをしてくる。
他の誰にも聞こえないような小さな声。
「俺はな、動けない人間をいたぶるのが大好きなのさ。だからあの方からも特別に魔道具を貰った。見えるか? お前の影に刺さっている針が」
そっと目くばせをしてきた奴だったが、その目線の先がかろうじて見えた。
僕の影の心臓の所あたり。
そこに極僅かに光るものがあった。
「これからお前をじっくりと切り刻んでやる。大丈夫だ心配するな。あの魔道具は5分しか効果が無い。おまけに影の心臓にピンポイントで刺してないと意味が無い。出来れば使いたくなかったが、効果が切れるころには勝負がつくぜ。ひゃひゃひゃ」
そういって下種野郎は、さっき切られた方とは逆の頬にナイフを走らせた。
今までと同じように感じる痛みと、ぬるりと生暖かい何かの滴り。
奴のナイフに僅かに残る赤色が、何をしたかを雄弁に物語る。
僕は強い憤りを、相手に向ける。
「いいぜぇ、その目。その黒い目が痛みで歪むところは最高だぜ。もっと見せてくれ。俺にその苦痛の表情をよぉ」
僕の体が動かないことを良いことに、チクリちくりと剃刀で傷をつけるようにナイフで遊ぶ不細工男。
気色の悪い声で笑いながら、人の身体を弄ぶ。
他人の動きを止めて、自分が絶対有利の条件で他人を痛めつける。
そこには情けも憐憫も無い。
こいつは普段は毒で動きを止めてから、他人をいたぶってきたのだろう。
僕には毒が効かないとなると、今度は魔道具。とことん芯から腐っているらしい。
だが、口の軽い奴で助かった。
影に針を刺していないと効果が無い魔道具。だとすれば、僕にはこれに対抗できる手段がある。
奴の奥の手が影に刺した針だと言うなら、僕には影を操る方法があるのだ。
今、その手を使わないわけにはいかない。
――【ファイア】
念じた途端に、弾ける様な熱風が部屋の中に吹き荒れる。
手加減を忘れたせいか、かなりの威力のまま魔法を使ってしまったらしい。
立ち上る火柱に照らされるのは僕の影。
炎の揺らめきと共に、影もまたその身をくねらせる。
そしてそこにあった魔道具が効果を失う。影は僕の魔法で、動いたのだ。
彼奴が二度絶望の顔色を見せた。
既に奴は自分の最終手段だと漏らしていた。
このまま一気に畳みかける。
恥も外聞も無く逃げるように背を向ける男の猫背に向かい、僕は思いっきり切り付けた。
小剣を頭上から斜めに振り下ろし、彼奴の背中のキャンパスに、斜め一文字を刻み付ける。
響き渡る男の絶叫。
まるでこの世の終わりだと言わんばかりの、腹の底からの大声を上げる。
切られた強い痛みから、猫背をぴんと真っ直ぐ伸ばすように背面を広げ、その後地面に倒れていく。
ばたりとうつ伏せに倒れる男は、白目を剥いて気絶していた。
背中を、どす黒い赤色に染めながら。
「うっし、勝負あり。そのままそいつを治療しろ」
おっさん騎士の声が、戦いの中で疲れた僕の耳に届いた。
途端に湧き上がる周りの歓声と罵声。
流石にさっきの時よりは罵声も少ない。これは喜んでいいことだろうか。
駆け寄ってきた二人の騎士が、倒れ込んだ野郎の傷に【回復】をしていくのが分かる。
徐々に塞がる傷口と、元には戻らない朱の汚れ。
僕は、皆の目が倒れている人間に向いているうちに、そっと彼奴の魔道具らしい針を床から抜いてしまっておいた。
「そいつはさっきのドワーフと並べて置いておけ。次の試合やるぞ」
「いきなりですか。ちょっとは休憩をくれませんか」
「馬鹿を言うな。条件は皆同じだ」
それは無いとは思うが、やはり休憩なしのノータイムで次の試合が始まるらしい。
おっさん騎士が容赦ない言葉を掛けてきた。
どう考えても休憩を取れた大男の方が有利ではないか。
連続の休憩なしで戦う方がつらい。
いや、それを分かった上で組み合わせも決めているのだろう。
もしかしたら、そこら辺もオッズのうちなのかもしれない。だからこその歓声だったと思えば、納得もいく。
のっそりと、騎士たちの輪の中に進み出てくる小太りの男。
重たそうな金棒を手に持ち、憤怒の表情を浮かべている。
眉間に皺がより、歯を壊さんばかりに食いしばっているのが見える。
仲間が倒されれば、悔しさもあるのだろうが、それにしても異常にも思える。
歩いてくる足取りも、体つきと手に持つ金棒のセットなら一際重たそうに見えてしまう
「うっし、それじゃあ早速……始めっ」
おっさん騎士の号令と共に、身構える僕。
小剣の先を相手に向け、ナイフは背中に隠すようにする。
体はやや半身で、じっと相手を睨み付ける。
さっきの猫背野郎はいきなり襲いかかってきた。
この相手も油断していれば襲い掛かってくるだろう。
じりじりと、お互いの間合いを探るような神経戦が始まるかに思えた矢先のことだった。
「よくもアニキをぉぉ……お前はここで俺が殺してやる」
まるで肉食獣の咆哮の如く大声を上げる男。
金棒を肩上に振り上げ、大きな足音をさせながら大股で向かってくる。
さっきの猫背野郎と比べると、ナマケモノとサラスカニクイザルほど動きが違う。
まるでスローモーションのようにトロくさく見える。
だが、相手が振り下ろした金棒は、その威力が物凄いものであることをあからさまにアピールしてくる。
周りを巻き込むような、唸る風切音は、低い重低音を奏でる。
掠っただけでも、僕ぐらいの人間なら飛ばされそうなほどのプレッシャーを感じる。
下手にかわして飛び込もうにも、振り回される金棒が酷く厄介だ。
体の動きはのろまでも、武器の動きは別問題だ。
掠る事さえ危ない、触るな危険の物体が、止まることなく動いている。
幾ら素早く動けたとして、そのタイミングを計るだけでも相当の勇気が要ることだろう。
大縄跳びの縄に飛び込むとき、縄は見えているのに飛び込む勇気が持てない人間も居る。
しかも、縄では無く殺意を持った金属の塊ともなれば、これを掻い潜って飛び込む勇気は如何ばかりか。
……僕は馬鹿か。
こんなのろまな動きを恐れていて、これからどうやって冒険者として生きていけると言うのだろうか。
恐れるな、と自分を叱咤する。
小太りな男の、恐ろしいほどの金棒の先が目の前を通り過ぎた瞬間。
背中に流れる冷たい汗を感じながら、一思いに飛び込む。
相手の懐になだれ込み、一気に間合いを詰める。
慌てて僕に金棒をぶつけようとする男だったが、流石に振り切ってしまった物を戻すのには数瞬の間があった。
それだけで僕には十分な時間だ。
小剣の柄を真っ直ぐに相手にぶつける。
喉元に切っ先を突きつけつつもピタリと寸止めをし、目を見つめる。
輝く剣先の向こうに、いつでも致命傷を与える覚悟を持って。
刃物を突きつけられては観念したのだろう。
小太りの男は動きを止め、金棒を静かに降ろした。
「そこまで、勝負あり」
わっと沸き立つ歓声の群れの中、膝を折り、地面に腰を落とす小太りな男。
敵であったそいつは、人生の終焉を見たような目で床を見つめ、ブツブツと呟きだした。
危険な兆候だ。
このまま狂人となりそうな雰囲気さえ漂い、しかも目が虚ろになっている。
奴さんを見ていた僕の傍に、おっさん騎士が近づいてきた。
実に良い笑顔で、厳めしさが何処かに飛ばされたかのような親しげな態度。
どうやら、こっちの姿勢の方が普段通りの行動らしい。
「お疲れさ~ん。いや、流石だったな」
「いえいえ、偶々組み合わせが良かっただけでしょう」
「いやいや、お前がここで前に来ていた時よりも動きに磨きが掛かっていた」
「まあ色々ありましたからね、あのあと」
確か前にこの練武場を借りたのは、アントとベーロダンジョンに潜る前の事だ。
レベル一桁だったときと比べるなら、動きも多少良くなっているはずだと自分でも思う。
それに、もし【解毒】か【毒耐性】を持っていなければ、嬲られていただけだろう。
運が良かったとも言える。
或いは相手の運が悪かったのかもしれない。
「それじゃあさっきの控えの部屋まで戻っていろ。後始末が終わったら、この後のことを説明してやる」
「分かりました」
ドワーフのおっさんとか、さっきの細目野郎の試合はもう良いのかとも思ったが、良く考えればドワーフのおっさんが不戦敗な時点で僕の全勝が確定した。
つまりは、4人のうちの成績上位1名勝ち抜けのルールで行けば、僕がその1人に決定と言うことだ。
少なくとも、サディストを合格させることは無かったらしい。
これでアントも多少は溜飲を下げるだろう。
そこではたと思い出す。
そうだ、アントが今頃待ちくたびれているだろう。
意外と手ごわかった相手だったが、きっと今頃相棒はそんなことを思いもせずに、僕が帰ってくるのが遅いと不満を募らせているに違いない。
さっさと控室に戻ろうと、僕は騎士たちに挨拶しながら出て行った。
騎士団の団員たちの間を通り抜ける時、やたらと頭やらをもみくちゃにされ、背中にも何発か平手を食らってしまった。
手荒いことこの上ない。
彼らなりの、後輩への激励と親愛の示し方なのだろうが、それをするなら僕以外にして欲しい。
僕は後輩になる気も無いのだから。
控室に戻った僕が、最初に見た者は、満面の笑みを見せる金髪の男前だった。
テーブルの椅子にふんぞり返り、大きな高笑いをしながら談笑しているアント=アレクセン伯爵殿。
その談笑の相手は、テーブルを挟んでアントと向かい合うように座っていた。
僕が部屋を出る時、座っていた場所だ。
相手は目深にフードを被り、おまけに口元や鼻先までマントで隠している。
早い話が目以外の全部を隠す黒づくめの相手。
「ただいま、アント」
「ははは……お、戻ったかハヤテ」
「何とか勝ったよ」
「わはは、私はお前が勝つと信じていたぞ。あのような下卑た輩に、我々の正義の剣が負けるはずがないのだから」
調子の良いことを言うものだと、僕は呆れた。
僕が部屋を出る時には、頭から湯気を出すほどに怒っていた人間が、すごい変わりようだ。
いくら彼が喜怒哀楽の激しい人間だとしても不自然が過ぎる。
自然に怒りが収まることは無いだろう。
となると、この相棒の怒りを鎮めたのは、ここにいる黒づくめの奴ということか。
「アント、こちらさんはどなた?」
「ん、この人はさっき話しかけてきた御仁でな。話を聞けば中々に人を見る目があると感心していたところだ」
そういう紹介を伯爵から貰い、慇懃に挨拶をしてくる黒づくめ。
さっきの2人組が団長の勘の原因だとするなら、この人はシロと言う事だろうか。クロ尽くめの癖に。
口元らしきところの布が僅かに動き、女性の声が聞こえた。
「初めまして。君も中々強そうね」
「……それほどでもありませんよ」
「謙遜だわ。私が見る限り、ここに居る連中の中で貴方達2人が一番強い」
「貴女ほどではないだろうと思いますよ」
スっと目を細めた黒づくめ。
恐らく女の人なのだろうが、年齢も不明だ。
声自体は聴いたことが無い声だった。
「これからの試験も、お互い頑張りましょうね」
「ええ」
そう言って椅子から立ち上がり、離れて行った彼女。
何のためにアントに近づいたのか。
単に人数が減ってきたから、ライバルの実力でも探りに来たのだろうか。
或いは何か別の目的があるのか。
僕はアントの向かいの席に腰を下ろす。
まだ彼女の体温が残る席は温かいものの、それがより強くあの黒づくめを意識させる。
それが為だろう。耳打ちをするように、見栄えだけは格好良い相棒に話しかける。
「アント、あの人と何を話していたんだ」
「大したことは話していない。ハヤテが出て行ったあとにそこに座ってな。私の事をしきりに褒めていた」
「褒めていた?」
「ああ、強そうだとか、目に力があるとか、素晴らしい素質を感じるとか」
褒めただけというのも妙な話だ。
もしかして、僕らが内偵だとばれたのだろうか。
だから探りに来ていたのではないか。
「他には何か聞かれなかった? 内偵のこととか」
「お前は私を侮辱するつもりか。この私がそんなことまで漏らすわけがないだろう」
「だよね、だとしたら尚更分からないな」
「悩むまでも無いではないか。私が強いのも本当の事だ。単に見る目があったというだけだろう。はっはっは」
お気楽な奴だ。
確かにこの相棒は頼りになる。
少なくとも剣の腕は赤毛の団長殿直伝なわけだ。実際の手合せこそないが、他の騎士団員の実力なら少しは分かる。彼らをまとめている以上、団長は半端な実力では無い。
それから学んだとなると、剣の腕はここに集まった連中の中でも群を抜いているというのは理解できる話だ。
それをあの黒づくめの彼女が見抜いたと言うなら、彼女もまた相当な実力者と言うことになる。
人は自分の物差しでしか人を測れない。
自分が分からないことを、どれぐらい凄いのか測るのは難しい。
やったことのあるスポーツだからこそ、プロの動きの凄さが分かるように、彼女もアントと同じように剣を持つのだろうか。
「よ~し全員居るな。これから今後について説明するから良く聞けよ」
考え込んでいた僕の思考を阻害したのは、おっさん騎士の声だった。
いつの間にか控室の扉を開けて入ってきていたようだ。
「ここに居る人間は全員2次選考合格者だ。おめでとうと言っておく。次の第3次選考は、聞いているとは思うが現騎士団員との模擬戦闘を行ってもらう。ただし、武器についてはこちらで用意したものを使ってもらう」
その発言に、部屋に居る全員が怪訝に思ったようだ。
幾人からどよめきのような物が聞こえる。
目立つのを避ける為に聞きたいことがあっても聞かずに置くべきだろう。
どちらにしろ合格する気も無いし、最終選考にとりあえず残った時点で依頼は終わったも同然だ。
「その武器とは何だ?」
空気の読めない人間が居た。
目立つことを避けるべき僕たちなのに、率先して手を上げて質問をするアント。
何でそこまでして目立つのだろうかと頭を抱えてしまった。
「良い質問だ。流石にここに居る人間だと戦闘能力だけを取れば騎士団の即戦力になりそうなのも居る」
ちらりと僕を見たおっさんと目が合ってしまった。
何で僕を見る。
これ以上目立たせないで欲しいと切に願う。
「俺たちもそうそう不覚を取るつもりはないが、一応騎士団員に怪我人が出ると、治安の維持やいざという時の都市防衛に差し支える。だからこちらで用意している木刀・木剣・木ナイフなんかで戦ってもらう。得物はその中から選んで良い」
なるほど、いう事ももっともだ。
受験生同士なら怪我をしようが元々居ないはずの戦力だから構わないのだろう。
だが、団員ともなると、それなりの任務やら仕事があるだろうから、怪我をされると困るわけか。
いや、回復魔法を使える人間も居たはずだ。
だとすれば、それで治らないような状況を危惧していると言う事。つまり、致命傷までもを懸念している。
それを出来るだけの受験生が、この部屋の中に居ると言う事だろう。
一体誰だ。
「あとついでに、パッシブ系以外の魔法も禁止だ」
その言葉に、周りで悲鳴にも似た声が上がった。
何人かが、既に選考から落ちたような悲しげな声をあげた。
多分、魔法で勝ち残ってきた人間なのだろう。
何故だと食い下がるものもいた。納得できないのも当然だ。
「お前たちは勘違いしているようだが、別に次の選考では勝たなくても合格する。単純にお前たちの実力を測りたいという選考だ」
語られる試験内容。
魔法を使わないでも合格できる可能性はあると言う事か。
と言うより、勝たなくても合格すると言うことは、勝ったとしても合格とは限らないという意味でもあるのではないのだろうか。
「今日はここで解散とする。明日、また今日と同じ時刻に集まるように。以上だ」
その言葉でぞろぞろと部屋を後にしていく受験者たち。
魚人のお兄さんも、最初よりかは幾分か和らいだ表情で僕に声を掛けてきた。
「お前も選考に来ていたんだな」
「ええ。お兄さんも明日、頑張ってください」
「おう、お互いに頑張ろうぜ」
そう言って、キュートでチャーミングな笑顔を見せてくれたお兄さん。
やはりこの笑顔は嬉しい。
是非とも合格してもらいたいものだ。
お互いに明日の健闘を祈りつつ、手を振って別れる。
そんな選考の受験生たちと一緒に、出て行こうとした金髪野郎の、首の後ろの服を掴む。
ぎゅっと首が締まり、後ろにのけ反る伯爵。
「ゲホっ、何をするハヤテ」
「僕たちが何しに来たか忘れているだろう」
「何って……選考を受けに来たのだろう。終わったのならもう帰らないといけない」
「違う、僕らは怪しい奴らが居ないか調べに来たの。忘れないでよ」
そう、僕らは別に騎士になりに来たわけでは無い。
騒動を起こしそうな怪しい奴が居ないかどうかを調べる為に来ている。
というより、既に騒動を起こしかけた人間が居た。
むろん1人は大騒ぎして選考以外で剣を抜きやがった誰かさんだが、他にも妙な事を口走った人間が居た。
ここは早く、依頼主に知らせなければならないだろう。
誰も部屋に居なくなったのを見計らって、僕らはこっそりと控室をでて、団長の部屋に向かった。
来た時には駆け足で走り抜けた廊下を歩き、極力何気ない風体を装いながら、扉の前に立つ。
僕が周りを警戒している中で、相棒が扉をノックする。
「開いてるぞ。入れ」
良かった。団長は中に居たらしい。
扉を開け、執務室然とした中に入る僕とアント。
軽く挨拶した後、いきなり赤毛の大男が本題を聞いてきた。
前置きすら省略する以上、よほど気になっていたらしい。
「で、怪しい奴らは居たか」
「はい、居ました。3人ほど怪しい奴がいて、そのうち2人は2次選考で落ちています」
「落ちた?」
「はい、僕と同じ組でした」
あの2人組は如何にも怪しかった。
如何にも疑ってくれと言わんばかりの目立ちよう。
どうにも臭い。
「その2人組のうち、1人はこんなものを使ってきました」
「これは……封影の魔道具か?」
「さあ、それは分かりませんが、その針を影に差してきて、僕は身動きを封じられました。誰かに貰ったものだと言っていました」
「なるほど、これは一般に出回るような代物じゃねえ。そいつらが怪しいってのは分かった。確かに怪しい。で、他には」
やはり団長も怪しいと感じるのだろうか。
手渡した針をしげしげと眺める男の目つきは鋭く、まるでさっきまでの選考で戦っていたかのようだ。
それに、一般には出回らない代物となれば、怪しさは倍増する。
不穏な動きがもしあるとするなら、アイツらはクロで確定だ。
「それはアントが詳しいと思います。僕の選考中に、近づいてきた人間が居るそうですから」
「ほう」
ここで伯爵殿に水を向ける。
急な話だったが、大分状況が飲み込めて来たらしい。
今更ながら、自分に近づいてきた人間の事を思い出そうとしている。
「私に話しかけてきたのは女だった。顔も体もマントとフードで隠していたが、声は間違いなく女の声だった。今思えば、確かに不自然に近づいてきたとも思える」
「それで?」
「私の事をしきりに褒めていたのだが、確か1つだけ聞いてきたことがあったのを思い出した。なんでも、誰の紹介で選考を受けに来たのかとか」
「なるほど、お前たち2人の言う通り怪しいな」
顔を隠すだけなら、怪しさは有るが確信は持てない。
問題は、僕の居ない間にアントに接触したと言う事実だ。
特に相手が女性だと言うのが引っかかる。
顔を隠すなら、女性であるのが理由になるだろう。下手に厄介なナンパを受けるのを嫌って、隠すのは心情的に理解も出来る。
例えば男性恐怖症とかの理由があるなら尚更だろう。
だが、もしそうなら自分から男であるアントに近づいたのが解せない。
しかも、幾らでも時間があったはずなのに、僕と居る時に近づかずに居たことが一層怪しい。
まるでアントが1人きりになるのを見計らっていたかのようだ。
「わかった。その女と、この魔道具を持っていた連中の事は俺が調べておく。ご苦労だった。明日も頼むぞ」
「はい」
明日の選考も荒れそうだ。
ふとそんな予感が頭をよぎった。




