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水の理  作者: 古流 望
3章 新たな敵
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039話 選考されるモノ

 大きな声が聞こえた礼拝堂

 そこに飛び込んだ僕たちが見たものは、2人連れの冒険者に殴られる見習いシスターの姿だった。


 「貴様ら、アリシーに何をする」


 激昂を隠そうともせず、いきなり飛び掛かって行くアント。

 一体何事かと状況把握に努める僕。


 2人連れの冒険者は見た感じではかなり腕の立つ雰囲気。

 いきなり飛び込んできた僕たちにも平然としている様子からそれが伺える。

 片方の男は小柄で猫背。もう片方は大柄で少し太り気味。


 アントが剣を体の左に、それも水平に構えたまま跳ぶのが見えた。

 十分に力と速度が乗っているのが分かる。

 そのまま寸分もぶれることなく、大男の足元に向けて勢いよく突きを繰り出す。

 伸びる手に握られた鉄剣が、相手の体に当たるかと思った刹那、甲高い音が響く。


 小太りの大男に襲い掛かった伯爵のつるぎを、猫背の男が間に割って入って止めたのだ。

 鈍く光る短剣と、ナイフのような物を手に、猛るアントの切っ先を受け止めていた。


 「おい兄ちゃん、いきなり襲ってくるとはどういう了見だ」

 「やかましい、貴様ら、アリシーに手を出しておいてタダで済むと思うな」


 流石に剣を突きつけ合うのはやりすぎだろう。

 僕は、アントをそっと押しとどめ、冒険者らしい二人組を睨み付ける。


 「アント、落ち着きなって」

 「邪魔をするなハヤテ、こいつらのそっ首叩ききってやる」

 「貴方達、何故彼女に手を上げたんですか」

 「そいつがそこの餓鬼を庇ったからだよ」


 その言葉にアリシーの方を見れば、未だ涙に濡れた眼を腫らした子供が居た。

 アリシーの腕の中で、必死にしがみつくようにして怯えている。

 どう見ても10歳にも満たない子供のようだが、抱きかかえられつつも震える様子は、子供らしい快活さが微塵も感じられない。

 見た所女の子らしい。

 僅かにしゃっくりのように、息を詰まらせながらもすすり泣いている子供を見れば、いい大人が子供を泣かせることに義憤を覚えてしまう。

 そんな怒りから、僕は声を荒げて男達に抗議する。


 「この子が何をしたと言うのですか」

 「俺たちにぶつかって置きながら、詫びもしねえのさ。子どもを躾けるのは大人の役目だろう」


 猫背の男はニヤけながら、子どもを見据える。

 ニヤける男の身長は160㎝もないだろう。やけにひらひらとしたマントを着込み、怪しく光るナイフと短剣を、僕らに見せびらかすように持っている。

 潰れたような鼻に、頬骨の張った顔形。

 細い目をしていながらも目つきは鋭く、蛇のように粘つく視線。

 その目に見つめられ、更に怯える子ども。見習いシスターの服を握っていた小さく白い手に、一層力が込められたのが分かる。


 「その辺にしておいてもらえるかな」


 そんな言葉が僕の後ろの方から聞こえてきた。

 声から察するに、神父の声だ。

 有無を言わさないだけのプレッシャーを感じる。


 「わあったよ。おい、行くぞ」

 「ああ」


 そのプレッシャーを感じたのだろうか。

 猫背野郎に促され、二人連れだって教会を出て行った。

 いきり立っていた男前の貴族様も、剣を鞘に納めて落ち着いてきたらしい。

 未だに鼻息も荒いが、とりあえずは状況判断を出来る程度にはなったようだ。

 早速想い人の傍に駆け寄って行った。


 「アリシー大丈夫か」

 「大丈夫です~こんなことは慣れっこですから~」


 大丈夫という言葉に安堵する伯爵。そして、慣れっこという言葉に大いに懸念を感じた僕。

 そのまま尋ねてしまったのは不注意だったのかもしれない。


 「あいつら一体何者ですか」

 「この教会に保存してある、魔法書を見せて欲しいと来られていた冒険者の方々です」


 僕の言葉に、答えてくれたのは神父様だった。

 さっきの騒動に、やはり怒りを覚えたのだろうか。多少険しい表情を残したまま教えてくれた。

 さっきのあいつらは、やはり冒険者だったのか。

 同じ冒険者として、か弱い子どもや女性に暴力を振るうのは許せないことだ。


 「冒険者ですか」

 「ええ、近頃私どもの保管している魔法書が、非常に貴重な物であると噂が流れているらしく、最近ではしょっちゅうあのような方々が魔法書を見せろと押しかけてくるのです」

 「魔法書ですか」

 「ええ、そうです。冒険者ギルドの方にも対策をお願いしている所ではあるのですが、何分来られる方を拒むことは教会として出来ない物で、閲覧と持ち出しを禁止することに納得しない人も多いのです」


 貴重な魔法書とやらに、例えばすぐにでも活かせる魔法の使い方や、或いは有用な知識が載っているのなら見てみたい気持ちはよく分かる。

 それが冒険者達の実力を底上げするのなら、悪いことばかりとは言えないだろう。

 何故それをしないのだろうか。


 「さっきの冒険者は、それで暴れていたんですか。そこの子どもがぶつかったと言うのは?」

 「アタシぶつかってないもん」


 泣き止んだ子が、ぶつかっていないことを主張してきた。

 この子の言い分が正しいとするなら、単なる冒険者の言いがかりだ。

 ただ弱いものに手を上げるだけでなく、でっち上げでそれを行うのは許せることでは無い。


 「じゃあなんでさっきの2人はあんなことを?」

 「えっと~この子があの人たちの傍を通ろうとしたときに、あの人たちが足を引っかけたみたいなの~」

 「それで殴られるところを、アリシーが庇ったということ?」

 「そうなの~料理中に大きな音がしたから駆けつけたんだけど、つい……」


 アントを止めなければよかった。

 どう聞いても悪いのはあの冒険者達だ。

 涙の跡が残る少女の、充血した眼を見れば僕が鉄槌を下してやりたくなる。

 ゲスな連中は、何処にでも居ると言う事か。


 「それにしても、冒険者に魔法書を見せないのには理由でもあるんですか?」

 「それについては答えにくいのだけれど……そういえば話の途中だったね。それと合わせて聞こうじゃないか」

 「分かりました」


 泣き腫らした目を、右手で擦る女の子の頭を撫でる。

 そうしておいてからその場を離れた。

 ガラの悪い連中に腹立たしい思いはあるが、それは脇に置いておいてやるべきことがある。

 神父が言っていた、良い方法を聞きださないといけない。


 さっきまで居た部屋に戻った僕たちは、めいめいが椅子に座る。

 あくまで静かに座る神父の落ち着きと、それとは対照的に荒々しくどさりと腰を下ろす伯爵。

 僕はそれを見ながら腰を落ち着ける。

 やはり怒っているのか、口をへの字に曲げて仏頂面をしているアント。気持ちは僕もよく分かる。


 「お恥ずかしい所を見せてしまったかな」

 「いえ」


 初老の神父が、落ち着き払って口を開く。

 恥ずかしいと言うなら、冒険者の行動の方が恥ずかしい。

 弱い者いじめは最低の行いだ。

 恥を感じるべきなのはあいつらであって、神父が感じる必要は何処にもない。


 「さっきの話の続きだったね。何だったかな」

 「えっと……騎士団の選考を受けるにあたって悪い考えを持っている人間を、見つける方法は無いだろうかお聞きしたいのです」

 「そうだった、そうだった。その方法なんだがね、これを君たちに貸してあげよう」


 スッと立ち上がった神父は、物の少ない中で唯一置いてある机から1本のガラス棒のような物を出してきた。

 透明で、学校のチョークほどの大きさ。人差し指ぐらいの太さで、手のひらに乗せるとガラスよりは重たい気もした。

 ひんやりと冷たいそれは、どことなく以前冒険者ギルドで手に持った水晶玉を思い出す。

 とても綺麗で、宝石のようにも思えるほどの輝き。

 それ自身が光を発しているかのように、美しさを煌めかせている。


 それを持って、何故かじっと僕の方を見た神父。

 しばらく無言だったが、やがてまた元の席に戻ってきたあと話しかけてきた。

 そのまま僕に、透明チョークもどきを手渡しながら。


 「これは何ですか?」

 「それは私たちがこの大地に生まれ出てから、積み重ねてきたものが分かる魔道具だよ。教会は色々な人々が相談事や悩みを持ってくる場所でもある。それらを口で伝えることが出来ない人たちの為に、こういった物もあるのだよ。それは今では使わなくなったものだけれども」

 「積み重ねて来たものですか」

 「そうだよ。犯した罪が重く、そして重ねた罪が多いほど色が濁っていく。他にも色の違いや、浮かび上がる模様の違いで、その人間の悩みや苦しみ、喜びや大切な物も分かる。まあそこまで読み取るためには、かなり修行が要るけどね」

 「なるほど」


 占いの道具のようなものだろうか。

 それでなくても曖昧な依頼だ。

 結果として出てくるものが曖昧でも、それは最初からすれば参考になるだけでも儲けものといったところか。

 これも魔法か。魔法とはとことん便利な物らしい。


 「使い方は、知りたい人間の顔を見ながら、知りたいと念じれば良い。【上級鑑定】の魔法が掛けられているから、大抵の事は分かる」

 「【上級鑑定】ですか?」

 「ああ。最近では知人が使える魔法だからこの魔道具も使っていなかったのだが、役に立てるだろうか」

 「勿論です。ありがとうございます」


 知人と言うのに物凄く引っかかるものを感じるが、この魔道具にかけられている魔法は【上級鑑定】というわけか。

 となれば、その知人の誰かさんは他人の過去の罪だの悩みだのといった物まで覗く趣味があると言うことになる。

 何という悪趣味な人間だ。

 きっと腹黒くて、偉そうな肩書きが付いているに違いない。


 「ははは、そんなもので良ければ何時でも貸すよ。……君たちはさっきの冒険者と違って、魔法書に興味は無いのかな?」

 「無いと言えば嘘になりますが、見せられないと言うなら仕方が無いでしょう」

 「いや、君なら見せても良い」

 「え?」


 さっきの冒険者には見せられない物が、僕たちには見せて貰えるのか。

 どういう理由があっての事なのか。

 アントが伯爵の財力で寄付を続けているからか。

 それとも、誰かの悪巧みに乗せられているのか。

 はたまた、さっきの暴漢から女の子2人を守ったお礼のつもりだろうか。


 秘蔵の魔法書。

 冒険者ギルドの支部長が、魔法について相談するように言っていたのも、もしかしたらそれが理由なのだろうか。

 だとしたら、その書物を見てみたい。


 「見たいと言うなら持ってくるけど、どうする?」

 「お願いします」


 即答だった。

 何だかワクワクしてくる。

 一体どんなものなのだろうか。

 仏頂面の貴族様も、秘蔵の書物とあっては流石に興味を引かれたらしい。


 部屋を出て行った神父の背中が、閉められたドアで見えなくなった時だった。

 あしなが貴族様が話しかけてきた。


 「ハヤテ、お前は魔法書なんてものに興味があったのか」

 「今までは存在すら知らなかった。けど、もし他の冒険者が見たがるような物を見せて貰える機会があるなら、断る理由も無いよ」

 「まあそれはそうだな」


 アントと他愛もない四方山話をして時間を半刻ほど潰した後だっただろうか。

 一冊の古めかしく分厚い本を抱えて神父が戻ってきた。

 見た所、紙も茶色に変色していて、少なくとも新品には思えなかった。

 僕たちの目の前に、大きな音をさせながら置いた神父の顔には、何処か不安と期待を感じさせる表情が浮かんでいた。


 「これがその魔法書だよ」

 「これがそうですか。分厚いですね」

 「この本には、教会の先人達が地道に研究を続けてきた魔法について、あらゆる事が載っている」

 「え、そんなに凄い物だったんですか」


 それは凄いものだ。

 きっと長い年月をかけ、調査や研究を続けてきた成果が載っているとすれば、確かに冒険者からすれば喉から手が出るほど欲しい物だろう。

 それこそ見る為に手段を選ばない輩が出てもおかしくない。


 「ああ、そうだよ。けど、魔法は奥が深いものだ。今まで続けられてきた研究や調査だけでも、まだまだ調べつくせたとは言えないのが現状だ」

 「へ~そんなものなんですか」

 「それに、魔法は悪用しようとすればとても大きな被害をもたらすものだ。だからこの内容を見せられる者は選ばれる」

 「誰にですか?」

 「本そのものにだよ」


 どういう事だろうか。

 本が選ぶとは、本が生きていると言う事だろうか。

 まさかそんなおとぎ話のようなことも無いだろうが、この世界なら有りうるのかも知れない。


 「この本には防護の魔法がかけてある。実はその魔法も教会が20年ほど前に定着させる技術を開発してから広まった魔法でね。魔法を悪用することが無い者のみ、この本を開くことができる。だからそもそも開けない人間には、この本を力付くで破られたりしないように、見せられないと言うことにしているんだ」

 「私は大丈夫だな。そもそも魔法なんて使う気が無い」


 アントが自信満々に言ってきた。

 確かにこの男なら悪用以前に、取得することすら考えていなさそうだ。

 剣のみであれだけ戦えるのなら、魔法なんて要らないかも知らないが、仮に覚えても活かせるとは限らないだろう。

 例えば火玉とかを飛ばしでもすれば、剣で飛び掛かった時に火玉を追い抜いて、自分のお尻を燃やすぐらいのことはしかねない男だ。

 是非ともやって貰いたい。


 案の定と言うべきだろうか。

 伯爵が笑みを浮かべつつ本を手に取れば、あっさりと開いてしまった。

 ぱらぱらと捲った後、僕に本を渡してきた。


 「僕は大丈夫でしょうか」

 「開いてみれば分かりますよ」


 神父の言葉に僕は頷く。

 中に何が書いてあるかは知らないが、見ていて損は無いはずだ。

 古ぼけた表紙に手を掛け、そのまま本を開いてみた。


 「あ、開いた」

 「はは、良かったよ」


 中を見てみると、確かに詳しい魔法の説明が載っていた。

 例えば【ファイア】についても、興味深いことが載っていた。

 【ファイア】は目に見えている所しか燃やせないとか、水の中に【ファイア】を発動させることは出来ないとか。

 色々な状況で試した結果であったり、統計的に試した色々な実験結果であったりといったものが、魔法毎に詳しく書かれていた。

 それに、魔法の数もすごく多い。

 魔法の名前だけが書かれた目次だけでも、5ページ以上はある。

 一体幾つあるのか、数えるだけでも面倒くさい。


 「これだけいっぱい魔法があると、自分が魔法を覚える時に逆に迷ってしまいそうですね」

 「そういう時は、私に相談してくれればいいよ。多少のアドバイスはしてあげられると思うから」

 「本当ですか? ありがとうございます」

 「君ほど、この本を必要とする人も居ないだろうしね。ははは」


 アントが横で頷いている。

 まあこいつには、僕が2系統の魔法が使えると言うことになっているのだ。

 多くの人間が大抵1種類の系統しか使えないとするなら、使える系統が多い僕は他の人間よりもこの本の重要性は大きいだろう。


 「それじゃあ早速アドバイスって貰えませんか。これから僕がどうすれば良いか」

 「ん、そうだね。君は、これからどうしたいのか。1人で冒険者を続けたいのかい?」

 「1人で戦えることが理想だと思っています」


 僕はまだ決まったパーティーが居るわけでは無い。

 それに、1人で居る方が何かと気楽だ。

 好きな時に休めるし、依頼の責任も自己責任で完結する。

 信頼出来る人間と一緒に冒険するのは、確かに楽しいかもしれない。いや、楽しかった。

 だからこそ、それに甘えていてはいけないのではないだろうか。


 「おいハヤテ、何を言っているのだ。約束が違うぞ」

 「え?」


 そう考えていた僕に、伯爵が突っかかってきた。

 少し機嫌を悪くした風で、僕に文句を言いだす。

 約束とは何のことだろうか。


 「お前、次に何処かへ行くときには私も同行すると言っただろう。まさかお前、アクアばかりにレベルアップさせておいて、私を除け者にするつもりか。そうはさせんぞ」

 「ああ、そういえばそんなことも言っていたね」

 「忘れていたのか。酷い奴だな」

 「はは、ごめんごめん」


 確かにそんなことを言っていたのを思い出した。

 あれは伯爵が一方的に言い張っていただけのような気もするが、彼の中では確定事項なのだろう。

 僕にはこの世界の知人が少ない。

 特に一緒に冒険できる人間となれば、かなり偏ってしまう。アントと一時的にせよ組めるとするなら、確かにありがたい話だ。

 しかしそうなると、ソロばかりに目を向けるわけにもいかない。どうしたものか。


 「悩んでいるなら、こんな魔法を覚えるのを目指してはどうかな」

 「どれです?」


 悩みがきっと顔に出ていたのだろう。

 僕の苦悩を見かねて、神父が本の真ん中あたりをパラパラと捲って、幾つかの魔法を見せてくれた。

 そこに書いてあった魔法は、確かに面白そうだと思える物だった。


――【HP増強】 必要10

――【腕力増強】 必要10

――【敏捷増強】 必要10

――【知力増強】 必要10

――【回復力増強】 必要10


 説明書きによると、ステータスを向上させることが出来るらしい。

 その上昇量は知力に依存して、知力増強をした後に更に知力増強を重ね掛けしていくようなことは出来ないらしい。

 腕力増強は元々の基礎知力が影響する。

 知力増強はあくまで単純な攻撃魔法の威力が上がるだけらしいが、それでも十分だろう。


 消費MPは各々30ほどらしいが、一度使うと効果は1時間以上保つらしい。時間も知力に依存していて、知力が上がれば効果時間も伸びるそうだ。

 おまけに、他人にかけることも出来るらしく、その効果を試したらしい記述も書いてあった。


 実に素晴らしい。

 これを覚えられれば、確かにソロもパーティーも十分いけることになる。

 むしろ、あちこちのパーティーから引っ張りだこになるだろう。

 詳しい説明によると、火属性の人間が【腕力増強】で、風属性の人間が【敏捷増強】といった具合に、属性と向上させられるパラメータに強い結びつきがあるらしいのだ。


 そっとステータスを念じて、さりげなく僕の取得可能魔法を調べてみると、全部覚えられるらしいことが分かった。

 無属性という意味を、僕は今日初めて実感した。

 これからは、この魔法をすべて覚えることを目標にしつつ、更には知力に昇格値を重点的に割り振るようにするべきだ。

 そんな決意が固まった瞬間だ。

 単純な腕力を上げるより、【腕力増強】を覚えた上で知力を上げれば、腕力の上昇を実現しつつ、他の効果も大いに見込める。


 「ありがとうございます。僕、この魔法を覚えてみようと思います」

 「はは、この本が見たくなったり、また何か悩んだりするような事があればいつでも来ると良い。教会は、悩める人間には何時でも扉を開けています。それもまた神のお導きなのですから」


 最高のアドバイスを貰えた僕と、魔法には端から興味の無い伯爵は、とりあえず今日の所はそれでお暇することにした。

 神父の穏やかな顔を見れば、目尻に年齢を感じさせる皺を刻みながらも、人徳を感じさせる笑みで僕たちを見送ってくれる。


 部屋を出た僕たちが、最初に通った裏口から出た所で、急にアントが立ち止まった。

 突然お腹でも痛くなったのだろうかと、不思議に思う。

 いや、この片思い伯爵がここで考えそうなことなんて、想像も容易い。

 貴族剣士様は、思い出したかのように僕に声を掛けてきた。


 「ハヤテ、私は大事な用を思い出した」

 「大事な用って何さ」

 「さっきの騒動で心を痛めたアリシーが、私が慰めに来てくれることを待っている」

 「あ、そう」


 この男なら言うと思った。

 そもそも大人しく神父の話を聞いていたことも驚きだ。

 途中退席して、彼女の元に走って行ってもおかしくないだろうと思う。

 何せ頭の中が桃色の花畑な人間だ。

 もう既に、団長からの依頼のことだって忘れているかもしれない。


 「そういうわけだ。私はこれから彼女の元に行かなくてはならない。悪いがここで失礼する」

 「念のため言っておくけど、依頼の事は覚えているよね」

 「ん? あ、ああ勿論覚えていたとも。当たり前ではないか。はっはっは……はは」


 どうやら忘れていたらしい。

 前世は鶏か何かではないだろうか。

 僕の顔を見ず、目を逸らしている様子を見れば、疾しいことがあるとよく分かる。

 ここで神父から借りた魔道具を使えば、きっと濁りに濁った色になるに違いない。


 「じゃあ明日の夜明け前に、騎士団詰所前で集合ってことで良い?」

 「おお、いいとも。安心しろ。私が居れば悪人の10人や20人、物の数では無い」


 10人も20人も潜り込むようなら、そもそも選考試験自体が疑わしい。

 流石にそんな数が潜り込んでいる訳がないだろう。


 アントにくれぐれもと念押ししながら、僕は引き上げることにした。

 なまじ長居をしても、失恋をした人間を慰める羽目になりかねない。

 そう考えて教会の敷地から大通りへ出る。


 既に日は高々と昇り、暑く刺す日差しは、夏が日に日に強く濃くなっていくことを実感させる。

 何だか、冷たい物が飲みたくなってしまった。

 宿屋に戻って、水でも飲むとしようと歩を進める。


 宿屋の扉を開け、外のそれよりも涼しい室内に入る。

 カウンターには、マスターが座っていた。

 丁度良かった。

 折角なので、さっきの決意を話してアドバイスを貰う心づもりだ。


 「ただ今戻りました」

 「ああ、お帰り。今日は早いじゃないか」

 「明日騎士団の選考に参加するので、早めに戻ってきたんです」

 「ほう、騎士になるのかい」


 またこの質問かと食傷気味な気分になってしまう。

 確かに、騎士団選考に参加しながら騎士になる気が無い奴なんて、普通は考えないだろう。

 試験に受かる気も無く受ける人間が異常なのだ。

 このマスターの考えは、普通の事だろう。


 「いえ、騎士になるつもりは無くて、仕事と言うか腕試しと言うか……」

 「ん、そうなのかい。まあ何にせよ怪我だけは気を付けなさい」

 「ありがとうございます。ところでマスター」

 「なんだい」

 「ステータス増強の魔法を覚えようと思うんですが、これってマスターはどう思いますか?」


 情報源を1つに限ってしまうと痛い目を見ることは経験済みだ。

 予め、色んな意見を聞いたうえで複合的かつ総合的に判断する。

 これこそ冒険者として正しい姿に違いない。

 いつだったかの先輩冒険者のように、颯爽と仕事をこなすために手を抜くわけにはいかないだろう。


 「そうだねえ、良い考えだと思うよ。君のように2系統の魔法を使える人間は希少だ。出来ることなら火と水のそれぞれで魔法を取るといい。誰とだって組んで仕事が出来るだろう」

 「そうですか」

 「どんな冒険者や騎士だって、目に見えてサポートを実感できる相手と組みたがるものさ」

 「なるほど、参考になります」

 「選考、頑張ってね」


 ナイスミドルなマスターにお礼を言って、そのまま鍵を受け取る。

 軋む階段で無口なお姉さんとすれ違いながら、自分の部屋に戻った。

 部屋の鍵を開けて中に入り、早速水を飲もうと水差しに手を伸ばす。


 ここでふと思ってしまった。

 今の僕なら、コップに氷を作るにしても、中に注いだ水を丸ごと凍らせてしまえるだろうと。

 そうなると、いったん凍ったものが溶けるまで、冷たい水が飲めないことになる。

 つまりは威力の調整が出来なければ拙いということだ。


 それにもし明日選考会で戦う相手が想定以上に弱ければ、思わぬ怪我をさせてしまうことになる。

 僕が強すぎる相手にボロボロにされる可能性の方が高いかも知れないが、それでも威力を調整できれば戦術の幅も広がるのではないだろうか。


 そう考えて、色々と試してみることにした。

 とりあえずはコップに水を注ぎ、凍れと念じる強さを、心もち弱めにしてみた。

 意識して集中力を低める感じだ。


 だが、キンと甲高い音と共に、コップの水が全部凍ってしまった。

 これは失敗だろう。

 念じる強さでは、威力の調整は出来ないと言うことだ。


 試しに、今度は別のコップに水を注いで、コップの底の方だけ凍るようにイメージしながら【凍結フリーズ】を念じてみた。

 同じように金属同士を叩く様な高い音がして、コップの中には氷が産まれた。


 今度は成功したらしい。

 底の方に出来たらしい氷が、ぷかりとコップの口元に浮かんでくる様子が見えた。

 なるほど、威力そのものをイメージしながら念じれば、威力も変えられるらしい。

 多分、最高限度は知力に依存するのだろうが、それ以下であれば調整も出来ると言う事だろう。


 ちょっと考えただけでも、これで出来ることが増えるのは間違いない。

 例えば、さりげなく同じ大きさにそろえた形で【ファイア】を使えば、相手に有効射程距離を測られることを避けられるだろう。

 あの魔法の事を知っている人間ならば、当然距離が離れるほどに威力が弱まる特性を知っているはずだ。

 それを逆手にとって、同じ大きさの炎を使い続ければ、相手は有効射程距離を測れなくなるのは間違いない。


 或いは【ウォータースライサー】だって、威力が弱められることで出来ることが出てくる。

 例えば単に水が欲しい時に、極力威力を弱めて使うことで、MPと引き換えに飲み水を得ることが出来る。これが威力調整なしだと、例えば容器があった所で、容器ごと穴をあけてしまうだろう。


 色々魔法の威力について試し、時間も経った頃。

 外は日も傾いて来て、夕日が空を紅に染めて行くのが分かる時間。

 どこか哀愁も感じさせる空のオレンジは、どの世界でも美しいと思える物だ。


 それが沈む頃合いには、僕は夕食を終えて部屋に戻ってきていた。

 ベッドで寝られることの有難味を感じながら、早速僕は明日に備えて眠ることにした。

 僕は寝つきが良いからだろう。すぐに睡魔がやってきた。


◆◆◆◆◆


 朝起きた時、最初に目に飛び込んできたのは、明るくなってきた空だった。

 途端に昨日の約束がフラッシュバックする。


 しまった。寝過ごした。

次話

いよいよ選考会で主人公が大活躍?


…かも。

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