033話 狡猾な罠
昨日は、この世界に来てから初めての休日だった。
今日からまた気持ちも新たに冒険の日々だ。
ベッドから起きて窓を開ければ、昨日と変わらない晴天に恵まれている。
艶やかな光の中で、眩しいまでの人々の日常。
色とりどりの鮮やかな光景は変わらずとも、そこにあるのは間違いなく重ねて行った日々の彩。
今日はまず騎士団に行く用事がある。
あの赤毛の大男が、伯爵に言ったことの真相を聞かなくてはならない。
顔を洗って歯を磨き、朝ごはんもそこそこにして、鎧と剣と鞄とを持って1階に降りる。
今日の受付は女将さん。
相変わらず恰幅が良い。
「鍵をお願いします」
「あいよ~、今日も仕事かい」
「ええまあ。仕事の前に騎士団の詰所に顔を出してきますけど」
「なんだい、入団試験の申込でもしようってのかい?」
入団試験とは何のことだろうか。
それ以前に、僕は騎士になる気なんて毛頭ない。
力試しに試験を受けるぐらいならしても良いが、あのむさ苦しい男の園で働くよりは、自由な冒険者で居たい。
それに冒険者として一人前になれば、そのうち元の世界の事も、何か手がかりをつかむきっかけ位は拾えるかもしれない。
がむしゃらに探そうと言う気も無いが、だからと言って気にならないわけでもない。
騎士になると、色々しがらみが多そうだ。
何より赤毛の団長にこき使われそうな予感がする。
「騎士になる気はないですよ」
「そうなのかい。若い奴らにはなりたがる人間も多いのに珍しいね」
「騎士なんて、なったらなったで大変そうですから」
「まあどんな仕事でも大変な事には違いないだろうけどね」
どこかのソバカス野郎を見ていると、仕事が大変というより、書類仕事を押し付ける上司が面倒なだけのような気もする。
しかし、確かにどんな職業にも辛いことは有るだろう。
冒険者だって魔物に襲われたり、野犬に襲われたり、狸ジジイに襲われたりする危険がある。
同じようなものだろう。
「それじゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい。頑張っておいでよ」
明るい大通り。
賑やかな喧騒は相変わらずで、冒険者ギルドの前を通りながらそのまま騎士団の詰所に向かう。
気のせいだろうか、騎士団の詰所の方向に向かう人が多い気もする。
特に怖そうな人たちが多い。
首をかしげつつ騎士団詰所に付くと、いつもの見習い騎士が立ち番をしていた。
僕を見るなり警戒するところは、仕事熱心と褒めるべきところなのだろう。
「お早うございます。良い天気ですね」
「騎士団に何の用だ?」
「ちょっと団長殿に聞きたいことがありまして。御取次ぎ願えますか?」
「悪いがそれは出来ない」
取次が出来ないとはどういう事だ。
まさか団長が雲隠れでもないだろう。
雲の方が怯えて隠れそうな図体をしているのだし。
「それはまた何故でしょうか」
「今は騎士団員募集の第1次予備選考中だ。それに団長は今ここには居られない」
「どちらに行かれたか、教えて頂けませんか?」
「部外者には教えられない」
それもそうだろう。
この騎士さんの言う事も尤もな話だ。
部外者に、偉い人の行動が筒抜けになれば、良からぬことを考える人間も利することになる。
さし当たって予想するとするなら、お城だろう。
我儘に振り回されているとしたら、可哀そうな話だ。
ここに居ても仕方が無い。
問いただす相手も居ないのに粘っても、不審人物として別の意味で騎士団の厄介にならないといけなくなる。
「それじゃあ、今度居られる時に来られるよう、頑張ってみます」
「うむ、そうしろ」
そうしている間にも、詰所に入っていく人間をさばく騎士。
入っていく人間の方が強そうだが、腕っぷしだけで騎士が選ばれていると言うわけでは無いと言う事だろうか。
いや、それも当然だろう。
憧れになる様な職業なら、やはり力だけでは無く内面の人格が大事に違いない。
外面は強面の赤毛でも、内面が大事。なるほどね。
踵を返して、騎士団の詰所から冒険者ギルドに向かう。
ここに居ても仕方が無いのなら、今日も仕事に精を出そう。
行く途中、向かい側から何度もすれ違う男たちは、皆自信にあふれた顔をしていた。
種族も色々で、一番多いのは普通の人間に思えるものの、目立つのはエルフで間違いない。
すれ違ったのは2人ほどだが、どちらも輝くような髪をしていた。
顔の作りも、全男性の敵であることは疑いようの無い顔。
途中で1人、珍しい種族を見かけた。
頭の上からちょこんと尖った耳を出し、体は陽気を一層暑苦しく感じさせるほどの毛深い様相。
何処か鋭い肉食獣を思わせる顔つきは、まさに獣の人と呼ぶような姿形。
なんという種族なのだろうか。獣っぽいから獣人とかで良いのだろうか。
この世界に来て初めて見かける。
異世界ツアーを逆走し、僕は冒険者ギルドに着く。
住民に広く開放された入り口から、数日振りの仕事場に入る。
最初のころはギロリと先輩たちに睨まれていたものだったが、顔を覚えてもらえたらしくそれも減ってきた。
逆に誰かのせいで、遠巻きにされている気もするが、気にしてしまっては思う壺だろう。狸の。
早速今日も良い仕事が無いか探そうと、並んだ掲示板の群れに飛び込もうとした時だった。
僕を呼び止める声が聞こえた。
「ハヤテ=ヤマナシ様、お早うございます」
「お早うございます」
声を掛けてきたのは、いつだったか見かけたぽっちゃりとした受付嬢だった。
肉感的な体つきが、美人というよりは愛らしい雰囲気をかもし出している。
背は低めだから、より可愛らしい印象を受けるのだろう。
「突然変な事をお聞きしますが、今日これから何かご予定はおありでしょうか?」
「いいえ、特にこれといってやることもありませんから、大丈夫ですけど」
やはり男たるもの、女性に予定を聞かれた場合は、例え先約があろうとも空いていると答えるものだ。
先約が男との約束なら、迷うまでも無い。
男子たるもの約束は命がけで守るべき、といった硬派な漢にも憧れるが、僕には無理だ。
そういうのは騎士団の人間のほうが似合う。
特にそういうものとは真逆の軟派野郎には、教え込んだほうが良い。
金髪の奴なんて、特に重点的に叩き込むべきだ。
……なるほど、だからしこたま書類に叩きのめされていたのか。
「それでは少しついて来てほしい所があるんですが」
「はい、分かりました。良いですよ」
女性からのお誘いとは嬉しい。
どこに連れて行かれるのだろうか。
体育館裏というのがあるのなら、期待できるシチュエーションだろう。
実に柔らかそうな彼女は、僕をギルドの奥へ誘ってきた。
違った意味で期待してしまいそうだ。
いきなりではなく、やはり順序だてたものが大事ではないのだろうか。
段々と奥へ進む道すがら、僕は既視感を覚えていた。
何処かで見たことのある廊下のような気がしてならない。
前にも見たことがあるような通路。
きっと、左右にふれて魅惑の誘いを振りまく彼女のお尻が、そう見せているに違いない。
美術鑑賞は何もここだけで経験したわけではないのだから。
芸術の奥深さを堪能していると、突然彼女が立ち止まるのが分かった。
思わず美術品に手を触れてしまいそうにつんのめったが、美術品は手を触れずに鑑賞だけに留めるのがマナーだ。
ふくよかな彼女が立ち止まったのは、高級感のある細かな細工がされた重そうな扉の前。
木で出来たこげ茶色の扉で、鈍く光るそれはまるで、中に居る者の性格を表していそうな重厚感がある。
何処かで見たことがあるとは思っていたが、本当に過去に見ていた。
これは、あの人にしてやられた。
美人局とは、さすがに汚い手を使ってくる。
悪辣な腹黒い狸ジジイの罠に嵌ってしまったことを後悔しつつ、自分の迂闊さは棚の上に重ねておいて、扉をノックする可愛らしい受付嬢を眺める。
軽く数回扉が叩かれた後、艶のある伸びやかな声で中に居るであろう腹黒い爺に声を掛ける。
「支部長、ハヤテ=ヤマナシ様をお連れ致しました」
「開いとるぞ。入りなさい」
「はい、失礼します」
スっとごく自然な振る舞いで扉を開けて中に入った彼女。
何度となく経験しているであろうことを伺わせる手際の良さだ。
ここら辺は、やはり経験の差が受付嬢同士にもあると言う事なのだろうか。
僕は、そのまま彼女の後ろからついて入り、最低限の礼儀で相手に挨拶する。
狸とはいえ一応はこのギルド支部のトップなのだから。
「よう来たのう。お前さんが来るのを待っておったのじゃ。まあ座りなさい」
「失礼します」
前にも勧められた黒い高級そうな革張りのソファーに、僕は腰を掛ける。
それを見届けた支部長様は、さりげなくドアの傍に立っていた受付嬢に退室を促した。
「ご苦労じゃったな。もう行ってよろしい。例の件は頼んだぞい」
「はい、失礼致します」
軽く膝を曲げるようにして、部屋を辞する挨拶をして出て行ったぽっちゃり系の受付嬢。
出来れば、目の前に居る好々爺と僕とを二人きりにするは避けて欲しかった。
今回は流石に支部長の部屋だ。
外に声が漏れ聞こえることも無さそうだし、とりあえず何かを企んでいることは無さそうだ。
「それで、私を待っていたというのは何ですか?」
「ほっほ、大したことではないぞい。まずは1つ教えておこうと思っての」
「何をですか?」
「お前さんが騎士団の仕事をしたという報告を受けての。その事後査定を希望するじゃろうと思って査定しておいた。まあHランクの依頼と言った所じゃの」
なるほど、そういえば個人で受けた仕事には、希望すれば事後に審査してもらえるとか、ドリーが言っていた気がする。
簡単な仕事から始めた方が良いとか言われた時だったかな。
希望するかどうかなら、当然希望する。
死ぬかもしれない思いをしてこなした仕事なら、評価をしてもらうのは嬉しいことだ。
気になるのは、目の前にいる謀略家が、何を企んでいるかだ。
「希望します。Hランクの依頼をこなしたと言うことになるんですよね?」
「単にダンジョンから塩を持って帰っただけじゃと聞いておるからの。それが妥当なところじゃろ」
なるほどね。
ということは、案外あの片思いな伯爵殿は口が堅いと見える。
てっきり、自分が大蛇を倒したことにして周りに吹聴するかと思っていたが、そこら辺は弁えているらしい。
誠実な所は、とても好感がもてるが、空回りしているのが残念だ。
そうなると、支部長にこの件をリークしたのは騎士団の誰かと言うことになる。
今日不在だった誰かが怪しい。
「それで構いません。何か手続きは要りますか?」
「本来なら、細かい事情を聴きとりしたりするんじゃがの、今回は依頼者直々の話が聞けたで、特に要らんのう。ほっほっほ」
依頼者直々ですか。
前から薄々と気づいてはいたが、やはり騎士団のトップとギルド支部のトップにはつながりがあるらしい。
腹黒と赤毛が混じっても、綺麗な色にはならないだろう。
「お手数をおかけします」
「何、これぐらいお安い御用じゃて。ところでお前さん、今日は時間があるんじゃろ?」
ほら来た。
ここからが本番と言った所だろう。
迂闊に相手の手に乗ってたまるものか。
「いえ、これからちょっと予定がありまして」
「ほっほっほ、予定があるなら連れてこんで良いと言い渡してあったのじゃがの」
やっぱり罠だったか。
美人の餌にまんまと引っかかってしまった。
モテない男の純情を弄ぶとは、許せない爺だ。
「少しお金が欲しい事情がありまして、これから仕事に励もうと思っていたんですが」
「なら問題ないじゃろう。儂の用件もまさに仕事の話じゃからの」
「仕事の話?」
「そうじゃ、お前さんに頼みたいことがある」
来た早々に連れ込んでおいて、頼みというより脅迫ではないのか。
仕事と言うのなら、せめて選ぶ権利ぐらい欲しい。
受けるとしても条件次第だ。
「先に条件と仕事の内容を聞いても良いですか?」
「ほっほっほ、お前さんならそう言うと思っておったよ。仕事と言うのは簡単な事じゃ。川の上の方を少し調べてきてもらいたい」
「調査ですか?」
「うむ、そうじゃ」
川の調査とはどういう事だろうか。
何を調べるのかも分からないし、そもそも川の上流と言っても範囲が広すぎる。
「川の何処で、何を調べれば良いのか、もう少し詳しく教えてください」
「ほっほ、そう急くでない。川の上といっても、この町から辿って行けば、森から延びてきているのは知っておるじゃろう」
「はい。知っています」
「その森の入口辺りに、最近妙な魔物が居るという噂が流れておっての。その噂の真偽を確かめてきて欲しいのじゃよ」
魔物の噂か。
居るかどうか分からない魔物だから、Hランクの依頼にすると言うのも確かに分からなくもない。
噂の確認だけなら、調べてきて居ませんでしたという話でも良いわけか。
爺様の顔色は相変わらずの喜色満面といった顔だが、疑うにしても簡単な仕事じゃないか。
「魔物の噂を具体的に教えてください」
「うむ、当然じゃな。最近、森の入口あたりに蟹の魔物が出るという話が複数寄せられておる。その蟹は、夜行性で昼間は淵の深い所に居ると言う事らしいのじゃが、何せ目撃者も皆夜にしか見ておらん。本当に魔物かどうかも怪しいのじゃ。じゃから、もし見つけた時が夜でも良いように【鑑定】が使えるお主に頼みたいのじゃ」
それで僕が来るのを待っていたのか。
仮に昨日から待っていたのなら、かなり待たせたことになる。
昨日は、体調の悪いドリーの気晴らしに付き合っていた。
声を掛けてもぼーっとしていたり、身体も熱っぽくて顔も赤かった。人ごみでふら付いていたのなんて、僕に掴まるぐらいだった。
あれは多分風邪の引き始めだ。
それでも休みを楽しみにしていたのだろうから、風邪が酷くなったら休みをそんな体調の悪い時にあてた、目の前のジジイが悪い。
いっそうつしてやれば、ドリーの風邪も早く治るだろう。
「ちなみに、その付近に噂以外の魔物や魔獣、野獣の類が要るとの情報は有りますか?」
「野獣として野犬が出たらしいことは確かじゃが、これは死骸があったという報告も上がっておる。そのほかに居るとしたら、森の奥に居るらしいと言う事じゃな。今回はそこまで奥に行ってもらう必要は無い」
僕が切り伏せた野犬の事だろうか。
リベンジを果たせたのは良かったとも思うが、本来の依頼は薬草採取だったはずだ。
今の僕なら、また野犬が襲ってきても、返り討ちにできる自信がある。
前にリベンジしたときよりも、レベルが上がっているのは間違いないし、魔法の使い方にも慣れて来た。
どうせなら、そろそろ魔法の事を詳しく調べた方が良いかもしれない。
今の魔法に慣れてくれば、新しい魔法を覚えても良いだろうし。
「ちなみに、報酬は幾らになりますか?」
「1000ヤールドと考えておる。銀貨10枚じゃな。Hランクの依頼としては、かなり良い方じゃと思うが?」
「折角なので、もう一声上げて貰えませんか?」
「ほっほ、お前さんも中々やるのう。よし、なら1050ヤールドでどうじゃ」
どうじゃと言われても、そんな消費税のようなおまけの金額を足されても、嬉しくない。
ここはもっと出してもらえるかとも思ったが、支部長は意外とケチらしい。
「それは幾らなんでも上げ幅が少なすぎるでしょう」
「う~む、なら、ここにサインしてもらえれば、1200まで出そう」
そう言って、支部長は書類を1枚目の前のテーブルに置いてきた。
綺麗な花の活けてある花瓶を避けるように、そっと出された書類。
細かな文字で、色々な条件が羅列してあるように見える。
「これは何ですか?」
「契約書じゃよ。如何に儂が支部長と言う立場にあるとはいえ、何もないのに口約束で金をやるわけにもいかんでの。まあ注意書きみたいなものじゃから、それにサインしてくれれば、儂としてもお主に便宜を図ってやれる」
言い分は尤もだ。
支部長が自分の裁量だけで、贔屓の冒険者にほいほい金を渡していれば、公私混同も甚だしい。
リーダーは公平性が大事だ。
確かに、書類にサインさせて、金額分はしっかりした信用を得た分なのだという言い訳があれば、長としての立場でも動きやすくなると言う話だろう。
筋は通っている。
問題は内容だ。
「書類の中身を確認しても良いですか?」
「おお、もちろん構わんぞい」
「それでは拝見します」
一行づつ、確かめつつ読んでいく。
内容をかいつまんで要約すれば、およそ3点に集約される。
まず1点目、何があっても自己責任だということ。
何行か、色々細かくは書いてある。
魔物が出てもギルドは責任を取らないとか、ギルドとしては必要最低限なサポートしかしないとか。
それをまとめれば、自己責任と言うことに尽きる。
これは冒険者になるときから覚悟もあったことだから、問題は無い。
次の2点目、調査の正当性の確認だ。
噂の調査内容が正当であると、僕とギルドの双方が確認できる方法をギルドが用意し、それに僕が同意すると言うことになっている。
これもギルドからすれば当たり前の事だろう。
僕が幾ら噂を確かめたと言い張っても、所詮は噂だ。証明する手段なんて、難しいだろう。
僕としてもありがたい話で、問題は無い。
そして最後の3点目、調査費用の事だ。
調査について、報酬とは別途に200ヤールドの必要経費と別途の現物支給を認めるそうだ。
つまりはこれが、支部長殿の言っていた、図ってくれる便宜という奴だろう。
報酬としてでは無く、調査にかかる費用として別途支給か。
建前としては至極普通のものだ。
「特に、問題は無いと思います」
「うむ、それではそこにサインをしてもらえるかの」
「分かりました」
にこにことした爺様の見ている中、手ずから借りた高級そうなペンでサインをする。
自分が書くときにも有効な【翻訳】の魔法。ああ素晴らしきかな魔法。
書き終わった書類は、インクの匂いが漂っていた。
そのまま、目の前に居る老人へ渡す。
「うむ、これで大丈夫じゃな。報酬はさっき言った通りで渡してやれるじゃろう」
「ありがとうございます」
「何、お主には出来るだけ便宜を図ってやりたいと思っておるでの。これぐらいは何でもないわい。ほっほっほ」
えこひいき宣言というわけか。
えこひいきをされる方であるなら、特に否定するものではない。
問題があるとするなら、してもらえる相手がジジイだと言うことだ。
図って貰える便宜とやら以上に、問題事もセットにして押し付けてきそうな人だ。
「そういえばお主、たった数日でかなり成長したようじゃのう」
「え、そうですか?」
「うむ、レベルも12になっておるが、儂の見込み通り、中々濃い日々を過ごしておるようじゃの。結構結構。かなりレベルアップの速度が速いようじゃが、それだけ強敵と戦っていると言う事なのじゃろう。先が楽しみじゃ。ほっほっほ」
この後期高齢者は、ボケが来ているのではないだろうか。
僕のレベルは11のはずだ。
それに強敵と言うほどの敵は大蛇ぐらいだろ。
後は蜂だの犬だの虫だのだった。中々手ごわかったが、集団で来たからそう感じただけで、一対一なら強敵とは言えない気がする。
「いえ、私のレベルは11のはずですが」
「お前さん、儂が【上位鑑定】を使えると忘れてはおらんかの? 自分で見てみると良い。お主のレベルは12じゃよ」
「本当ですか?」
疑いながらも、ステータスウィンドウを開いてみる。
インフォメーションメッセージには、確かに書いてあった。
:
――クエレブレを撃退しました。
――レベルが上がった(11→12)
そうか、あの大蛇を倒したときに、レベルが上がっていたのか。
きっと、一か八かの賭けで興奮して、レベルアップのファンファーレを聞き逃していたに違いない。
爺様はボケてはいなかったらしい。
「確かに、レベルが上がっていました」
「ほっほ、儂の【上位鑑定】は確かじゃて」
そもそも何時の間にそんな魔法を僕に使っていたのだろう。
ちょっと油断すると、これだから困る。
僕よりも僕のレベルに詳しいのは、おかしいだろうと思う。
僕は少し悔しげに、レベルが上がっていたことを伝えると、爺様は軽く肩を振るって笑った。
大いに悔しい気持ちが湧き上がってくる。
「お前さん、今それに気づいたと言うことは、昇格値が残っておるのか」
「ええまあ。そういう事になりますね」
「どう使うかは決まっておるかの?」
「いえ、それはまだ決まっていません」
決めるにしても、新しい魔法を取ることについて、検討することを前向きに善処している所だ。
せめて、誰かに相談してから使い道を決めたいものだ。
今なら、王女様ファンクラブに襲われる心配も無いだろうから、町の中に居る時ぐらいでなら慌ててポイントを振ることも無い。
「ほっほっほ、儂が相談にのってやろうかの?」
「い、いえいえ。そこまでして貰わなくとも大丈夫です」
突然何を言い出すのか。
何が悲しくて、こんな腹黒い爺さんに相談しなくてはならないのか。
この老人に相談するなら、赤毛の団長か、宿屋の大将に相談するほうがまだマシだ。
「遠慮はせんで良いぞい?」
「遠慮なんてしていませんよ」
「そうか、まあもしも魔法で困ったことがあったなら、儂に相談すれば良いじゃろう。いつでも相談にのってやるぞい。それに、儂への相談でなくとも、教会に行ってみるのも良いじゃろうのう」
「教会ですか?」
何故教会なのだろうか。
教会なんて、神様に拝みに行くところではないのか。
でなければ、どこかのんびりした美人シスターに会いに行く場所だ。
「うむ、教会じゃ。あそこは元々魔法についての研究も行っておるでの。色々な書物もあるじゃろうから、一度いってみると良いじゃろう」
「へ~そうなんですか」
「魔術師団とも縁の深い所じゃから、相談があるなら行くと良いぞい。もちろん儂に相談しても構わん」
「ありがとうございます」
ありがたいが、支部長への相談事の持ち込みは遠慮したい。
きっとお忙しいでしょうから、お邪魔になるといけません。
僕は支部長を気遣って、教会の方に相談することにします。
――コンコンッ
ふと、扉をノックする音が聞こえた。
誰かが来たのだろうか。
「開いておるぞい」
「失礼します」
僕と話し中だというのに、気にする風でも無い老人。
確かに大した話でもないから、中断しても気にはならない。
断りを入れて入ってきたのは、さっき別れたばかりのぽっちゃり系の受付嬢。
可愛らしい様子は分かれた時のままだ。当たり前だが。
そして、どうやら冒険者らしい若い人が一人連れだって入ってきた。
年は僕よりも間違いなく下だろう。
顔立ちはどこか中性的で、格好は身軽そうな鎧を身に付けている。
剣を横に佩いているが、その剣は僕のものよりも細い。
片手剣で、軽そうな剣だ。
背も僕より低いだろう。
髪は薄い茶髪。まるで脱色しているようだ。
丁寧に手入れされているらしい髪は、ショートカットになっている。
動きやすそうな白いズボンに、活動的で風通しの良さそうな長袖の上服。
「お主に紹介しておこうか。この子は儂の知人の子での。少々事情があってここに連れてきた」
そう言って爺様は、連れてこられた子に挨拶を促した。
その子は、声変わりもしていないような子供っぽい声でしゃべりだす。
僕も挨拶を返しておく。
「初めまして。ボクはアクアって言います。年は12歳です。まだ冒険者登録はしていませんが、いずれは冒険者になるつもりです」
「初めまして、ハヤテと言います。Hランクの駆け出し冒険者です」
お互いに礼を丁寧に交換し合う。
風体は子供だが、中身はしっかりしているらしい。
「ほっほっほ、この子は丁度ここに来ていてな。お主に紹介しておこうと呼んだのじゃ」
「え? それはまた何でですか?」
別に誰かを紹介する必要性なんて無いだろう。
何故そんなことをするのか。
「何、お主の仕事について行くことになっておるからじゃよ」
「何ですって?」
「この子が、お主の調査依頼について行くと言ったんじゃよ」
「……お断りします」
そんな話は聞いていない。
ただでさえ、一昨日の依頼で貴族様に引きずり回されて酷い目に遭ったのだ。
これがまた見知らぬ人間と、魔物が居るかもしれない場所に行けと言うのは御免蒙る。
どういう魂胆か知らないが、その話は胡散臭い匂いがぷんぷんと漂ってきている。
爺さんの思惑に、乗ってたまるものか。
「ほっほっほ、残念じゃがこれは決定事項じゃ」
「何でですか?」
「お前さん、この書類にサインしたじゃろう?」
「しましたけど、それがどうかしましたか?」
確かにサインはしたが、誰かを連れて行けなんて文言は無かった。
何を言いだすのか。
「ここに、必要なサポートをすると書いておるじゃろう」
「はい、確かに書いています」
「この子は剣の腕もたつし、魔法も少し使える。それに例の魔物を見たという証言者でもある。これ以上のサポートは無いじゃろう」
「でも……」
サポートというからには、情報をくれるとか、そういうものかと思っていた。
まさか情報源丸ごとというのは想定外だ。
「それにココじゃ。ギルドが調査内容を確認できる方法を用意するとあるじゃろう」
「ええ、書いていますね」
「この子がその方法じゃな。この子が見聞きしたことを、儂が聞いて確認する。お主も、この子に噂の調査内容を一緒に見せてやれば、納得も出来るじゃろう」
そう来たか。
確認する方法なんて、適当に見たことをしゃべるだけでも良いと思っていたが、まさか監視員を付けるとは。
「そして、調査については便宜を図るとある。ほっほっほ、この子は頼りになるぞい?」
「……分かりましたよ。連れて行けば良いんでしょう?」
「分かって貰えて嬉しいのう」
何が嬉しいのか。こっちは悔しいだけだ。
また爺さんにしてやられた。
まさかそんな落とし穴を掘っていたとは。
書類にまでそんな罠を仕込んでくるとは思わなかった。
そんな僕たちを、アクアと名乗った子がじっと見つめていた。
契約書にサインするときには、内容をよく確認しましょう。




