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水の理  作者: 古流 望
2章 一人前の冒険者に向けて
27/79

027話 初ダンジョンと岩塩と

 「お前には手伝ってもらいたいことがある」

 「手伝い?」

 「そうだ。何も難しいことじゃない。単に持ってきて欲しいものがあるだけだ」

 「持ってきて欲しいもの?」


 この団長が出してきた条件は、何かを持って来いと言うもの。

 具体的に何かを言ってもらわなければ、良いも悪いも無い。


 「ああ、お前、この町の南には何があるか知っているか?」

 「草原でしょう」

 「その先だよ。草原を越えた所には何があるかって話だ」

 「確か、ダンジョンがあるとか」


 草原なら昨日行ったばかりだ。

 昨日買った地図に書かれていたのが正しいとすると、確か南に数時間ほど行った所あたりに、なんとかというダンジョンがあったはずだ。


 「そうだ。そのダンジョンから、塩を持ってきてもらいたい」

 「塩? あの料理とかに使う?」

 「舐めるとしょっぱい奴だよ。知らないのか?」

 「それぐらいは知っていますけど、何故ダンジョンで塩なんですか」


 ダンジョンから持ってくるものなんて、普通はお宝だったり、レアな魔物の身体の一部だったりするものではないのか。

 何故ダンジョンで塩になるのかさっぱりわからない。


 「そりゃお前、ダンジョンには塩があるからに決まっているだろうが。もっと詳しく言うなら、岩塩だな」

 「その岩塩を取ってこいということですか?」

 「そういう事だ。話が早いな」

 「危険なことは無いのですか?」


 ダンジョンだなんて、如何にも危険な魔物が居そうな所だ。

 この赤毛のおっさんは、危険がある場所にでも平気で人を行かせるタイプに違いない。

 むしろ面白がって率先してやる。


 「危険があると言えばあるが、無いと言えば無い」

 「どういう事ですか」


 なぞなぞか?

 あると言えばあって、無いと言えばないもの。果物ならナシで決まりだ。

 ダンジョンの危険は、そんなに気にするようなものではないのか。


 「そもそもお前、ダンジョンって何か知っているか?」

 「いいえ、知りません。魔物が出てきそうな場所のことではないのですか?」

 「まあ魔物が出るっちゃ出るんだが、それが本来の定義ではない」

 「本来の定義……」


 ダンジョンとは何か。

 それを明確に他の場所と区別する根拠。

 本来の定義。

 気になるのは確かだ。


 「ああ、俺たちが使っている魔法は、マナを魔力にし、それを基にして発現する。それは知っているな」

 「はあ」


 仮に知らなくても、知っているように振る舞うのも大事だ。

 下手に無知を晒してボロが出れば、この団長様はどんな噂を流すか分かったものじゃない。


 「マナは綺麗な空気だったり、澄んだ水だったりに溶けやすいとされている。そんな空気や水が、流れ漂ううちに洞窟や窪地なんかで自然と溜まってしまうことがある」

 「なるほど」

 「そんな溜まってしまった水や空気は、段々と魔力やマナが濃密になっていき、結果魔力の塊としての魔物や魔獣、凶暴な野獣の魔力核なんかの基になってしまうことが多々ある。そんな場所を、ダンジョンと呼んでいる」

 「よく分かります。それがダンジョンの本来の定義というわけですか」


 向こうの世界で言うところの、鍾乳洞のようなものだろうか。

 あれは炭酸カルシウムだったかが溶けだした地下水が、洞窟の中で鍾乳石を作ることがあるらしい。

 マナとやらが溶けている水なら、その塊が出来ることだってありうるだろう。

 そこが空気の吹き溜まりだったり、水溜りだったりするのはむしろ当然。なるほど、それがダンジョンというわけか。


 「ああ、元々この町は塩の採掘で栄えたのが始まりでな。ベーロのダンジョンはその時から岩塩窟だったんだ。そこが何時からか魔物も出るようになって、そいつらを狩って、生計を立てる者やらも集まるようになった」

 「そこら辺の町の歴史は興味深いですが、何でまた塩を?」

 「がははは、良い質問だな。近々、恒例の演習の為に王都へ遠征することになっていてな。そのための準備をしているんだが、この間商隊が来た時に塩を買い付けて行ったらしいんだ。やはり他の町でも、遠征準備に塩を必要としているらしくてな。情けないことに、競り負けちまったんだよ」

 「それで、買えないのなら取って来ようと言うわけですか」

 「そういうこった。物わかりが良いじゃねえか。わはは」


 大きな肩を震わせながら、赤毛の偉丈夫が笑う。

 塩の産地で塩が無いなんて、笑いごとでは無い気もする。

 まあ一時的な物なのだろうが、その一時期を見計らったように魔物が来ると言うことも有りうる。準備を怠らないと褒めるべきか、それともそもそも塩を切らすという失態を詰るべきか。


 「ダンジョンと言ってもそんな場所だから、実は昔っからそれなりに人の出入りがある所だ。だから安全と言い切れるもんじゃあねえが、まるっきり危険というわけでもねえ。冒険者としてやる気のある奴なら、まあ大丈夫だろう。調べたところじゃ、お前姫様に蜂蜜届ける時にも魔獣とやり合っていたんだってな」

 「まあ、それほどでもないですよ」

 「それを知った時の姫様の顔、お前に見せてやりたかったぜ。……まあ、それだけの気合があれば大丈夫とも言える。頼めるな」

 「なんで騎士団の人間に行かせないんですか?」


 町の人と、偏った親交を深めている騎士だっているぐらいだから、そういう連中に行かせれば良い。

 むしろ行かせるべきだ。


 「遠征前だからな。余っている人手なんぞあるわけないだろう」

 「そういうものですか」

 「そういうもんなんだよ。とりあえず明日の夕方までに5キロ分ほど集めて来てもらえば当座は間に合う。遠征には全く足りやしねえが、改めて調達するまでぐらいは保つ量だからな。この袋に詰めて持って帰ってきてくれや」

 「これですね」


 アラン団長は、そういって麻袋のような大きな袋を取り出して、僕に手渡してきた。

 籾を入れる米袋のような、ごわついた感触。

 これにプレゼントを入れて師走の街を歩けば、きっとサンタクロースになれるだろう。

 ……しかし気になる。


 「なんでまた、私にこんな仕事を?」

 「気になるか?」

 「ええ。冒険者なら他にも居るでしょうから」

 「理由は3つある。1つは報酬が安上がりだからだ。お前に練武場を貸すぐらい俺たちにはなんでもないことだが、それで受けてくれるならありがたい話ってわけだ。2つ目はお前が【鑑定】を使えるということだ。お前のことはちょいと調べたが、持っているよな?」

 「ええ、確かに【鑑定】なら使えます」


 さっきから気にはなっていたが、何時の間に僕のことを調べていたのだ。

 個人情報が駄々漏れだ。

 あの狸爺様は、とことん僕を苛めることが好きらしい。

 でなければ、目の前の大男がそれなりの権力を持っていて、それを使ったか。


 いや、どちらかと言えば後者だろう。

 良く考えれば、騎士団と言えばこの世界では警察のようなもの。

 だったら王族に近づく様な人間は、怪しんで調べて当然か。

 これだから、下手に王女に近づくと厄介なのだ。

 面倒事がそれこそサンタのように押しかけてきて、悩み事のプレゼントを枕元に置いて行くに違いない。


 「【鑑定】なんてもん使える人間はDランク以上の冒険者がほとんどだ。何せ戦闘には関係ないと考える人間も多いし、そもそも取得できない人間もかなり多いからな。岩塩といえど、見た目には石にも見えんこともない。素人なら適当な石を間違えて持って帰ることもあり得る。その点お前なら大丈夫だろう」

 「評価してもらえてうれしいですよ」


 この人は何処まで調べているのか。

 岩塩なんて見たこともないのに、探せるものなのか?

 直ぐに見つかるのなら嬉しいが。


 「最後の3つ目の理由だ。タイミングが単に良かった。冒険者ギルドに依頼を出せば、どうしたって時間が多少掛かってしまうし、そもそも冒険者が受けるかどうかも不確かだ。依頼金を弾めば受ける連中は増えるわけだが、そんな余計な金を払っている余裕はない」

 「それはまた何故?」

 「さっきも言ったが、遠征前だからな。金は幾らあっても足りやしねえ」


 団長と言うのも中々気苦労が絶えないものらしい。

 懐事情まで管理しなくてはならないのなら、責任も重大だ。

 どうせなら自腹をきればいい。

 若い騎士から巻き上げた金貨をたっぷりと持っているのは確かめるまでも無い。


 結局僕にこの話を押し付けたい理由はその3つか

 相変わらずこの団長殿も役者だ。


 「……理由を1つ隠していますね?」

 「ほう、やっぱり分かったか」

 「それはそこまであからさまなら気づきます」

 「普通は気付かねえよ」


 いや、気付くだろう。

 子どもでも気付く理由だ。

 妙に準備が良かったタオルと良い、ここまでそれらしい理屈を用意しているところといい、これで気づけなければ単なる間抜けだ。


 「あえて妙な噂話を吹聴したのもその為でしょう。その根本は分かりませんが、元からこの話は他の冒険者に持っていくつもりは無かった。いずれ私が来ることが分かっていたから」

 「わはは、今日明日中に来なけりゃ、もっと面白いことになっていたのによ。勿体ねえ」

 「その隠していた理由は私を試すということでしょ? 教えてください。何故私を試すんですか」

 「お前には何かある。単に俺の直感だよ」


 そう、例の如く僕を試すのがこの依頼の本当の理由。

 僕が来るだろうと予想していたからタオルまで用意されていたし、受付にも話が通っていたから細かい案内が無かった。

 むしろ騎士団詰所に来させる為に、妙な噂話やらを吹聴したのだろう。

 新米を卒業したての駆け出し冒険者1人を釣るのに、大層な餌をまいたことだ。

 そんなことをしなくても、呼びつければ良いだけなのに。


 だがまてよ、この団長の事だ。

 僕が場所を貸せと言わなければ、きっと『噂を訂正してやるから手伝え』とでも言っていたに違いない。

 自分で噂を流しておいて、それを交渉材料に冒険者をタダでこき使おうと言う腹だったわけだ。

 何ともしたたかな話だ。見事なマッチポンプ。

 やられた方は腹立たしいだけだが。

 今回は僕も頼みごとがあったから、一応五分五分の取引が成立したが、油断も隙もあったものじゃない。


 「ただの冒険者に、何もないと思いますが。それで、練武場というのは何処ですか?」

 「がはは、この仕事受ける気になったか」

 「別に損は無いでしょう。場所代を払ったと思えば」

 「そりゃそうだ。それじゃあこの部屋を出て、廊下を更に奥の方へ行け。その先に練武場がある。すぐにわかるだろう」


 アラン団長に教えて貰った場所に、早速向かう。

 少々癪だが礼を伝え、部屋を出る。

 気づけば外の雨音も来た時よりは小さくなってきているようだ。

 このまま止んでくれればありがたい。


 言われた通り奥に進むと、輝く白銀色のプレートに金字の装飾で中央練武場と書いてあるものを見つけた。

 確かに、直ぐに分かった。

 プレートの横には年季が入った古めかしい扉がある。

 蝶番の様子から見た所、引いて開けるドアのようだ。


 ノックして入る物かどうか迷ったものの、中から僅かに物音がするだけに一応ノックして入ることにした。

 軽く叩いて静かに音を立てて、そっと扉を引いて開ける。


 ぎぃという何かが軋むような音がして、中からどこかで嗅いだことのある様な匂いがしてくる。

 あっちの世界で、色気のない白黒映画の世界に住んでいる同級生たちの、男臭い匂いだ。

 汗と汗の弾けあう、男と言うよりはおとこの世界の匂い。


 その匂いに多少の後悔をしつつ中に入れば、そこには数人の男たちが激しい戦いを見せていた。

 木剣らしいものを互いに打ち合う者達と、それを座り込んで汗を拭きながら見ている男達。

 その動きは僕には目で追うのがやっとの速さだ。

 なるほど、これが精鋭だと自ら誇れるだけの武と言うものなのか。


 そんな男たちが、一斉に手を止めて僕の方を見てきた。

 まあそうだろう。どこの誰だか分からない人間が入ってきたら、警戒するか好奇心に駆られるかのどちらかだ。全くの無関心というほど、ここのセキュリティは低くないだろう。


 「坊主、こんなところに何か用か?迷子ならママの所まで案内してやるぞ」

 「団長に練武場がここだと聞いたんですけど、少し魔法の練習をしたいので場所を借ります」


 案の定と言うべきか、周りの笑い声やにやけた顔と共に、1人の男がからかってきた。

 ここは悪いが団長殿のお力をお借りしておこう。

 赤毛の大男の効果はあったらしく、からかうのは止めたらしい騎士達。


 その中の1人は、僕に最初から、にやけた顔でもなく、からかう顔でもなく、何処かで見たような顔を向けて来ていた。

 口をへの字にして、何やら怒っているようにも見えるぶすっとした表情。

 茶髪を短く刈り上げていて、気難しそうな角ばった輪郭した顔。間違いなく見覚えがある。

 最初にこの町へ来るときに商人のアスカンさんと同行していた人だ。


 軽く会釈をして、練武場の隅に移動する。

 落ち着いて中を見渡せば、床下は石畳だろうか。転ぶと痛そうな、堅そうな灰色をしている。

 おまけに天井も高めだ。

 まるで2階建ての吹き抜けぐらいの高さはある。

 練武場と言っていたから、何かしらの設備があるのかとも思ったが、何のことはなく単に何もない広い部屋というだけだ。

 本当に何も無く、ただただ広々とした広さ。

 25mプールが5レーンぐらいは入りそうなほど広い。

 この世界はどうやら土地が有り余っているらしい。


 ここなら燃えるものも僕の服と鞄ぐらいだ。

 魔法も遠慮なく試せる。


 早速試してみようとステータスウィンドウを開く。

 MPが全て回復済みなことを確認して、まずは手元での【ファイア】の大きさを確かめておこうと考えた。


 手を伸ばし、ファイアと念じる。

 途端に小さな爆発のような火が起こる。

 ガスコンロに火が付いた瞬間のような、ボッという音と共にオレンジ色の火がその場に表れてすぐに消えて行った。

 一瞬だけ顔に熱を感じただけに、魔法が成功したのは確からしい。

 火を熾す苦労を知るだけに、感慨も大きい。ある種の感動すら覚える。


 次は少し離したところに火を熾してみることにする。

 1mほど離れた所に起きるよう、ファイアと念じてみた。

 ポッという音がして、手元で起きた火よりも小さい火が灯った。

 火の大きさは3分の2ほどになってしまっているだろうか。

 キャンプファイアに点火するならこれでも十分すぎるだろう。


 更にもう1mほど離れた所に火を熾してみる。

 音は聞こえないほどに小さくなったが、その場が明るくなった様子は見て取れた。

 やはり離れた分だけ火は小さくなっていた。


 もう十分分かった気もするが、念のため今度は更に2m離れた所に火を熾してみた。

 大きさの変化が距離に比例するのか、それとももっと極端に変化するのかを試しておきたかったからだ。


 僅かに起きた火を見て、おおよその性能は掴めた。

 この分だと火打石程度の火花が起きる、有効射程と言える距離は12mほどだろう。

 その程度なら十分に使える。

 油でも撒いておいて罠を張れば、それだけ離れた所から戦えると言うことだ。


 色々試していて、目立ったのだろうか。

 いつの間にかへの字口のお兄さんが、僕の方に近づいて座り、観察してきていた。

 何も言わずに見られると、居心地が悪い。


 どうせ試すだけ試して、MPもあと2ポイントほどしか残っていない。

 軽く試せた程度だったのだが、僕は十分満足していた。


 そのままじっと見られる気持ちの悪さから立ち去ろうとしていた時だった。

 突然、観察していたお兄さんが木剣を投げてきた。

 咄嗟に受け取ってしまったが、どういう意味なのだろうか。


 訳も分からず剣を何の気なしに握った時だった。

 いきなり目の前に顰め面のお兄さんの顔が見えた。

 いや、顔だけでなく、身体ごと僕の方へ踏み込んできたらしい。


 目の端で何か動くものが見えた。

 反射的に手で握っていた剣で、それを防ぐようにしたときに衝撃が走った。

 体が大きく揺さぶられ、まるで急ブレーキを掛けられた車に乗っていた時のような強い力に、思わずたたらを踏んでしまう。


 多少よろけながらも体勢を立て直すと、お兄さんが手に持った木剣を振りぬいた姿勢が見えた。

 いきなり襲ってくるとは、どういう事なのか。

 混乱した僕に、更に追い打ちをかけるように踏み込んでくる茶髪のお兄さん。


 木剣を地面と水平に構え、僕から見れば剣と言うより点に見える様な持ちかた。

 これは危ない。

 突きのような攻撃が来ると判断して、思い切り後ろに飛ぶ。


 その刹那、僕の脇の下を掠るように、空気を切り裂く様な音と鋭い一撃が通り抜けて行った。

 何という攻撃だ。

 まともに受けていれば、肋骨の何本かは折れそうな勢いだ。


 かなりの豪剣に冷や汗を感じながら、それでも負けじと剣を構えた。

 やられっぱなしは癪な話だ。


 そう思って茶髪の無口野郎を見据えた。

 おや、何か様子がおかしい。


 木剣の構えを下し、また僕を観察するような視線を向けているのだ。

 怪訝に思っていると、なんとへの字口が開いた。

 この人は喋れたのか。


 「いくつだ?」

 「はい?」

 「お前、いくつだ」

 「16歳です」


 いきなりなんだと言うのだろう。

 もしかして、何かこの人に試されたのか?

 人を試すのが好きな連中が集まっているのか。騎士団と言うところは。

 しかも目の前にいる短髪の騎士は、喋った言葉もえらく短い。


 「違う、レベルだ」

 「7です」

 「そうか」

 「それがどうかしましたか?」

 「いや」


 そんな短いやり取りの後、また口をへの字にして黙り込んでしまった。

 本当に口数の少ない人だ。


 「名前は?」

 「私の名前ですか。ハヤテです。ハヤテ=ヤマナシと言います」

 「分かった」

 「えっと……何でいきなり襲われたのか分かりませんが、貴方の名前も教えて貰って良いですか?」

 「クロノミル=ウルヴァン」


 変な人だ。

 そう思っていたら、さっきからかってきたおじさん騎士が遠くから声を掛けてきた


 「坊主、お前騎士になりたいのか?」

 「そういうわけではないです。まだ駆け出しの冒険者ですから」

 「クロノが気になるのも分かるぜ。お前、剣は素人くさいがさっきの魔法といい、見込みはあるぞ。早く一人前になるこったな」

 「ありがとうございます」


 なるほど、やはり僕の実力を測ったわけだ。

 どうせ素人ですよ。

 まだまだ未熟なのは分かり切っていたことだ。


 魔法は軽くだったが、一応必要なことは試せた。

 僕は床に木剣を置いた。

 こんな汗臭い所はさっさと出よう。


 そう思って未だに僕を見てくるむさ苦しい連中から、逃げるように練武場を出る。

 全くどいつもこいつも、挨拶代わりに人を試すのは止めて貰いたいものだ。


 こんな場所を借りるのに面倒なお使いをこなすのかと思うと、鬱々とした気持ちなってくるが、約束してしまった物は仕方が無い。

 一度だけでは割に合わない。これから試すことがあるたびに、今回のお使いを理由に場所を借りてやる。

 手っ取り早く終わらせて、さっさとこの件は片付けよう


 団長殿に挨拶しておくべきかとも思ったが、忙しそうなら邪魔をすることも無いだろう。

 そっと足音を殺してアラン団長の部屋の前を通り過ぎる。

 決してこれ以上面倒事を増やしたくないからではない。

 そう、単に忙しい人を気遣った優しさだと自分に言い聞かせる。


 朝方通ってきた廊下を戻り、受付のお姉さんが居る所まで戻ってきた。

 この人には声を掛けておいた方が良いかな。


 「ありがとうございました。私の用件は一応終わりました」

 「お疲れ様です。団長から何か言われなかったかしら」

 「ダンジョンまで行って岩塩を取ってこいと言われました」

 「あら、そうなのね。大変だろうけど頑張ってね」

 「今から早速行ってきます」


 何が大変なのだろう。

 嫌な予感がしてきた。

 単に行って帰ってくるだけではないのだろうか。


 お姉さんの言葉に引っ掛かりを覚えながらも外に出れば、雨はもうポツリポツリといった感じの小降りな雨になっていた。

 傘を差さなくても気にならない程度の雨といったところか。

 通り雨だったのだろうか。


 空は未だに黒と白をまだらに混ぜ込んだような灰色をしていたが、良く見れば東の方が若干明るくなっている。

 これなら町の外に出かけても、雨に濡れることは無いだろう。

 すぐにでも雨は上がりそうだ。


 まだ湿っぽい服はそのままに、僕は早足で南の門に歩いていった。

 そう、厄介なことは、早く終わらせてしまうに限る。


 雨が上がりかけてきたせいだろうか。

 町の通りにも、歯抜けの櫛のような様子ではあるものの露店が並び始めていた。

 商魂たくましい人達だが、流石に商業都市と言うだけのことはある。

 町の始まりは何であれ、今の主役はこの人たちなのだろう。


 濡れた地面に布を敷きながら物を並べている商人あきんどを見ながら、南の通用門に到着した。

 中に入れば、雨の湿気の影響か黴のような匂いが、いつもよりも鼻に付く。


 「いらっしゃ~い。今日もまた薬草採取?」

 「いえ、今日はアラン団長のお使いでダンジョンまで岩塩を取りに行きます」

 「おやおや、いよいよ冒険者として張り切るようになったわけ?」

 「単に魔法の練習場所を借りた交換条件ですよ」


 南門には、ソバカスで吊り目の金髪野郎が相変わらずの笑顔で仕事をこなしていた。

 やけにハイテンションなのは、良いことでもあったからか?


 「何、別に水系統の魔法なら何処でも練習できるでしょ。何でまたそんなまわりくどいことしたの?」

 「まあちょっと」

 「……まあ言い辛いなら聞かないけどさ、それより聞いてよ。昨日さ、交流会でめちゃくちゃ可愛い子が居たんだよ。でさ、その娘と今度食事に行くことになったんだ。わざわざ向こうから行きたいお店までアピールしてきてさ~。いよいよ来たね。俺にも人生の春が」

 「それはおめでとうございます。良かったですね」


 2系統の魔法が珍しいとか言っていた気がするから、吹聴しない方が良いだろう。

 特に口の軽い人間に話せば、町中にスピーカーで喚くのと変わらない。

 それにしてもこの軽い男は、めげない性格らしい。

 宿屋のお姉さんにはフラれたことは分かっただろうと思うが、早速新しい娘に粉を掛けている。


 「何でもその娘、喫茶店の娘さんらしくてさ。自分の店で試食して~なんて可愛いこと言ってきてさ。あれは完全に俺に惚れてるね。間違いない」

 「喫茶店?」

 「そ、確かライムライトとかいうお店だったかな。冒険者通りにあるお店らしい。俺行ったこと無いんだけど、きっと良い店なんだろうなぁ」


 どっかで聞いたことがある名前だ。

 何処だったか。

 何か食事と聞くと嫌な雰囲気がする名前だ。

 しかしまあ別に人の恋路の事は、気にしても仕方が無いだろう。

 上手くいくかどうか賭けでもしないのなら、僕には無関係だ。こんな分かりやすい話なら、そもそも賭けにならないだろう。


 「良い話を期待しています。それじゃあ行ってきます」

 「あいよ~頑張ってね」


 まず良い話は無理だろう。

 それでも期待しているのは確かなことだ。

 知り合いの良い話が聞ければ、単純に嬉しい。羨ましい気持ちはあるけれど、応援しよう。


 おしゃべりで多少の時間を費やし、通用門を出れば雨は完全に上がっていた。

 空はまだ曇っているものの、さっきよりは間違いなく明るくなっている。


 草原からは重たく湿った空気が漂っているものの、これはきっと雨上がりだからだろう。

 湿り気を含んだ風が、唇を湿らせる感触と共に、肌をしっとりと撫で上げてお化粧していってくれる。


 いざ、ダンジョンへ。

 昨日購入した地図を、湿っぽいながらも取り出してダンジョンの位置を確認する。

 昨日の感覚からすれば、町からは歩いて2時間ちょっとと言った所だろうか。

 ダンジョンの名前はベーロと言うらしい。どういう意味なのだろうか。


 濡れた草々を踏みながら、ダンジョンに向けて進む。

 期待と不安が交互に頭に浮かぶ。

 まるで2色のボールでお手玉かジャグリングでもしているように。


 ダンジョンは一体どんなところなのだろうか。

 魔物は出てこないだろうか。

 出てきてほしくないような気もするし、ちょっとは見てみたい気もする。


 およそ2時間強はたっぷり歩いた頃だろうか。

 何やら地面が盛り上がった所に、ぽっかりと黒くて大きな穴が口を開けているのが見えた。

 多分、ベーロとかいうダンジョンだろう。

 一見すると、ただの洞窟の入り口にも見える。ダンジョンと言われていなければ、本当に単なる洞窟だと判断していただろう。


 地図で確認しても、間違いなくここが目的地だと分かる。

 さっさと団長のお使いを済ませてしまおうと思ったが、近づけば意外に底が深い様子が見て取れた為に、一呼吸置くことにした。

 入口の前に立てば、ダンジョンの中から洞窟独特の冷え込んだ空気が漏れだしてきている。

 外よりも気温が低いのは間違いなさそうだ。体感では摂氏3度は低い。


 入口でこれなら、中はもっと寒いはずだ。

 体を雨で濡らしたことが、今更ながら失敗だったとも思えてくる。

 足の方は既に草の露でぐっしょりと重たくなっている。


 これは気を付けながらことを運んだ方が良い。

 念のためステータスウィンドウや荷物も確認して、準備は万全であると自分自身に念押ししておく。


 ふと後ろを振り返れば、既に日が出てきているのか、その光を受けた雫が綺麗な虹を作っていた。

 雨上がりの虹とは、この世界でもやはり綺麗な物だ。


 しかし僕は不安にも襲われた。

 虹は、時には豊穣の伝承や財宝の伝承と共に伝えられる物であると同時に、災厄の象徴でもあるとされていたからだ。


 豊穣と災厄、期待と不安。

 そんな僕の心を試すように、ダンジョンの口は今にも僕を飲み込まんと大きな顎を開いていた。


 そして僕は、その中に足を踏み入れた。

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