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水の理  作者: 古流 望
2章 一人前の冒険者に向けて
23/79

023話 新米からの卒業

 新米からの卒業

 それは冒険者の場合はランクとして表れる。


 雑用から一歩踏み出して仕事をする。

 初めて普通の仕事を任された新入社員は、今の僕のような誇らしい気持ちなのだろうか。

 それとも今の僕のように、気恥ずかしさを感じるのだろうか。

 或いはこの僕のように、これからの不安を思うのかもしれない。


 そんな複雑な感情が、僕の中で渦巻いている。

 Hランクの冒険者として、一人前の冒険者を目指してまた新たなスタートラインに立った思いを強くする。


 冒険者ギルドに来た僕は、何人かの見慣れた受付嬢に会釈で挨拶しながら、初めて受けるHランクの依頼を探しに、掲示板に向かう。

 先輩らしい冒険者が依頼の紙を持って行った後に、大きな期待感と少しだけの不安を抱えて、かくれんぼの鬼を演じる。

 何処に良い依頼が隠れているのか、掲示板の前で一生懸命に探す。


 『蜂の巣調査 報酬:250Y 依頼者:冒険者ギルドサラス支部 依頼内容:サラス西の林に不審な状況があったという情報がもたらされた。目印として蜂の巣が置いてある。その近辺の探索と調査を求む。 特記事項:オオミツバチの出現情報あり。戦闘は不要だが報告義務を確認の事。オオミツバチ駆除の証拠があれば別途報酬』


 この依頼、流石に魔獣が居るというなら警戒されるのだろうか。

 未だに誰も受けていない。


 僕が受けても良いが、自分の情報で自分が動くのも2度手間で動かされた気分になる。

 条件は良いのだろうが、折角の自分の情報を、他の冒険者に役立てて欲しいと言う見栄もある。

 とりあえず、他にもっと良い依頼が無いか探して、無ければこれを受けるか。保留と言うことにしておこう。


 『夜間警備員募集 報酬:260Y 依頼者:アシュタミル=ゴッドハルト子爵 依頼内容:夏上月12日夕方から同月13日朝方までの間の館周辺警備を希望。御身内子弟の生誕祝賀パーティーが執り行われる間と、遠方からの宿泊客に対する警護。 特記事項:特になし』


 惜しい、今日が夏上月の12日なら受けていた。

 今日が夏上月の11日だから、明日の夕方から明後日の朝にかけての依頼と言うことになる。


 ……いやまて、夜間の仕事と言うのは何かあるのかもしれない。

 この世界の夜と言うのが、特別な物なのかもしれない。

 何せエルフが居る世界だ。狼男やら吸血鬼が居ても、驚くには値しないだろう。

 向こうの世界の常識なら、こんなのは夜に出てくると言うのは常識だ。

 警戒した方が良いかもしれない。この依頼はパスしよう。


 『赤ヒレハリ草の採取 報酬:1株40Y 依頼者:アトリル薬店 依頼内容:サラス南の草原から薬の原料になる赤ヒレハリ草の採取を希望。1株でも十分だが、買い取り上限は無い。良く似た毒草にコアカジギタリスがあるので注意すること。 特記事項:野犬出没の情報あり』


 かくれんぼさん、見ぃつけた。

 うん、これが良い。

 冒険者の始まりも薬草採取からだった。

 ここはひとつ、初心に戻って薬草採取の依頼をこなしてみよう。


 野犬が出る可能性を匂わせている所が、Iランクの新米用依頼とHランク依頼の違いなのだろう。

 魔法を取得し、剣とナイフを持って、鎧に身を固めた今なら、野犬程度なら追い払える。

 森での怖い思いを、リベンジするチャンス到来だ。


 羊皮紙を剥がし、傍で僕が退くのを待っていた冒険者に場所を譲る。

 茶髪の男の人だ。


 その茶髪の彼は嬉しいことをしてくれた。

 蜂の巣の依頼を持って行ってくれたのだ。

 ちょっと様子を見る為に、彼の後ろに並ぶように依頼受付の窓口に並ぶ。


 受付には、ぽっちゃり系の女の子が座っている。

 若干丸みのある顔だが、笑顔を見せている姿はとても愛らしい。


 そんな彼と彼女の会話を聞いていると、流石に先輩冒険者は目の付け所が違っていた。

 受付嬢の手を優しく握りながら、恐らく何枚か硬貨を握らせている。

 そうか、ああやれば自然に手を握れるのか。


 「この依頼に付いて、オオミツバチが居たとのことだが?」

 「はい、そのような話を伺っております」

 「オオミツバチの居る場所には、それを餌にする森蜘蛛や殺人雀蜂マーダーホーネットも居る可能性がある。そっちの話は何か聞いていないか」

 「出没が目撃されたのはオオミツバチのみとのことです」


 この冒険者は中々に詳しい。

 そうか、魔獣や魔物にも食物連鎖のようなものがあるのか。

 だとすれば確かに、数匹の魔獣が居ればそれを捕食する魔獣や魔物の存在を懸念しても当然だろう。


 「オオミツバチの出現場所の地図はあるか?」

 「大まかなものでよろしければ、ございます」

 「そうか、ならそれを貰おう。依頼は何時からあったものだ?」

 「昨日からあったものです」


 依頼が何時からあったかなんて、何故気にするのだろうか。

 やはり長く残っている依頼は警戒するのだろうか。


 「そうか、ならば大丈夫だな」

 「依頼の手続きを行いますので、ギルドカードをお預け願えますか?」

 「ああ」

 「それでは少々お待ちください」


 あれ?

 昨日からあったら何故大丈夫なのだろうか。

 普通は警戒するのではないのか?

 これは聞いてみるべきか。


 「あの~すいません。少しお聞きしても良いですか?」

 「お前は?」

 「数日前に冒険者になったばかりの者です」

 「ほう、それが俺に何の用だ?」


 怪訝そうな顔を見せる茶髪の冒険者。

 僕は精一杯の誠意ある笑顔で尋ねる。


 「先ほど依頼に付いて聞いていたのが聞こえてしまいまして。そこで気になったんですが、何故昨日から貼り出されている依頼なら安心なのですか?」

 「ああ、そんなことか。なに簡単なことだ。危険性が少ない証拠になるからさ」

 「どういう事ですか?昨日から残っているならそれだけ皆に警戒される依頼なのでは?」

 「そりゃそうだろう。だが、そんなことは今なら関係ないのさ」


 さっぱり訳が分からない。

 何で昨日貼り出されたら、警戒されていることが関係なくなるのか。


 「……警戒される理由を上回るだけの、安全を保障される確信が持てると?」

 「ああそうだ。この依頼が仮に今日貼り出されたものだったなら、俺だってもっと警戒したさ。他の依頼に、同じような場所での魔獣や魔物の討伐依頼が出ていないか。或いはオオミツバチ以外の魔獣が居ないか調べただろう。警戒して受けなかったかもな」

 「それを昨日貼り出された依頼だと受ける理由は?」

 「昨日は王都に向かう大がかりな商隊が来ていたからな。王都はこの町から見て東にあるから、その通り道にこの町へ寄ったとすれば、商隊が来たのは西の方角だ。間違いなく林道を通ってきている。林の中に魔獣が居れば退治されているだろうし、危険があれば排除されている」


 なるほど、昨日からある依頼だから、西の林なら魔獣も魔物も居ないし、危険物も無いと確信が持てるのか。

 王都が東にあるとは知らなかったが、そういう理由なら確かに納得だ。

 昨日から貼り出されていたから安全だと確信が持てる。この人の言う通りだ。


 林道を通るであろうことを予測するのも、確かに分かりやすい。

 整備もされていない所を大所帯で大回りするより、整備された林道の方が、人や馬も通りやすいだろう。


 この人は、もしかしたら僕よりも遥かに経験を積んだベテランなのではないだろうか。

 さも当然のことだと言わんばかりの表情からは伺えないが、ランクはどれぐらいなのだろうか。

 僕と同じHランクとかなら、流石にへこんでしまう。


 「教えて頂きありがとうございます。……失礼ですが参考までに、貴方のランクは幾つですか?」

 「俺か?俺のランクはDだ」

 「Dですか。それは凄い」


 上級者と言われていたランクがDだ。

 そんな人がHランクの依頼をこなすのは不自然ではないだろうか。


 「一月ほど前に結構大きな怪我をしてな。今でもそれなりに痛むもんで、簡単な仕事で小遣い稼ぎさ」

 「それは大変ですね」


 なるほど、早い話がリハビリか。

 やっぱり冒険者は危険な職業と言う事なのだろう。改めて気を引き締めないと。


 気合を入れなおしていると、茶髪の先輩冒険者は手続きを終えてギルドを出て行った。

 そのまま西の方へ言った所を見れば、本当に自然体で向かっている。颯爽としていて格好いい。

 後ろ姿に頑張ってと、小さな一言で応援しておいた。

 やはり上級冒険者とやらにもなると、目の付け所が違う気がした。

 事前にしっかり依頼に付いて調べる所なんて、以前見た双子の冒険者とかとは違った年季を感じた。あれが経験の違いか。


 ふと見れば、ぽっちゃり系の受付嬢は、さっきの冒険者に向けていたのと同じ笑顔で僕を見ていた。

 それに気づいた僕は、手に持っていた依頼書を手渡す。


 「これを受けたいのですが」

 「はい、手続きいたしますのでギルドカードをお預けいただけますか」

 「ではこれと……ついでにこれを」


 さっきの冒険者を見習って、ついでに受付嬢に銀貨を一枚渡す。

 もちろん、手を握って……は出来なかった。

 不思議そうな顔をしている受付嬢に、言葉を投げる。


 「私もさっきの人と同じで、その依頼に付いて知りたいことがあるので」

 「ああ、分かりました。どういったことでしょう」


 知りたいことは幾つかあるが、薬草の収集依頼なら、まずは何処に生えているかを知らなくてはならない。

 闇雲に探して、前みたいに都合よく見つかるとも限らない。

 あの先輩冒険者はどうしていたかな。


 「えっと、この赤ヒレハリ草の生えている場所が書いた地図のようなものはありますか?」

 「それでしたら、大まかな場所を書き加えた地図をお渡しします。ちなみに普通の地図だけなら60ヤールドです」

 「是非下さい」


 普通の地図もやけに高い。

 宿屋での一泊分だ。


 いや、地図と言えばこの世界なら大抵が手書きだろう。

 中世では軍事機密になるから、一般への流通に制限を加えていた国もあったはずだ。

 それを考えれば、買えるだけマシと思うべきだ。

 銀貨1枚の100ヤールドでは、渡す額が少なかっただろうか。

 一株40ヤールドの薬草採取。

 最低でも3株取らないと元が取れない計算だ。


 「それと、この薬草の特徴と、毒草の方の特徴や注意点を教えて欲しいです」

 「はい、特徴と注意点ですね。この赤ヒレハリ草はその名の通り赤い花を咲かせます。この時期なら十分咲いているはずです。全体に白い産毛のようなものが生えていて、花は幾つかが教会の釣鐘みたいになって咲いています。とても小さい花なので、見え辛いです」

 「毒草の方は?」

 「コアカジギタリスの方も良く似た花を咲かせますが、花が少し大きいです。赤ヒレハリ草は食用にも出来ますし家畜の飼料にも使われたりもする薬草ですが、コアカジギタリスの方は食べると痙攣してしまう猛毒を持っています」

 「そ、それは恐ろしいですね」


 野犬の出る様な場所で痙攣を起こしてしまえばどうなるか。

 考えるまでも無い。


 「どちらも日当たりのよい場所に生えます。森のように日陰の多い場所には生えづらいので、平原に生えていることが多いですね」

 「依頼に書いてあった、草原のような場所ですね。ちなみに依頼には野犬が出るとか書いていましたけど、それはどういう事ですか」

 「騎士団から草原で野犬と争ったとの報告があります」


 ああ、あの商人さんを護衛していた時か。

 と言うことは、報告したのは赤毛のアラン団長か、それとも他の二人の騎士のどちらかになるのだろうか。


 「野犬以外には?」

 「昼間はあまり出ませんが、稀に狼やゴブリンが出ることもあるそうです。数年に1度程度の話ですが」

 「ゴブリンに狼ですか」

 「はい、十分気を付けて依頼を達成してきてください」


 少し考え込んだ僕を見て、聞きたいことは終わったと判断したのだろう。受付嬢はカウンターの奥の方へ、手続きに行ってしまった。


 極稀な事だと言っても、気を抜くわけにはいかないだろう。

 何せオオミツバチの前例がある。

 ゴブリンとか狼とか、そんな連中に僕が勝てるだろうか。


 少し不安に思いながら悶々としていると、ぽっちゃりとした顔と身体を笑顔で包んで、受付嬢が戻ってきた。

 手続きが終わったのだろうか。


 「お待たせしました。手続きが完了しました」

 「そうですか」

 「こちらが地図になります。薬草の場所は事務員の手書きなので読みづらいかもしれませんが、地図自体は大丈夫です」

 「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」


 先輩冒険者が出て行った時のように、僕も自然体を心がけながらギルドを出る。

 自然体と意識してしまうと、どうにもぎこちなくなってしまう。


 依頼に書いてあった南の草原を目指して、出発する。

 ぽかぽか陽気の、のどかな午前。


 見事な装飾のされた、大きな鉄門の所までくれば、初めてこの町に来た頃を思い出す。

 あの時も、ここにある通用門から入ってきたのだった。


 通用門に入れば、鼻につくのはひんやりとした空気。

 小さな部屋には相変わらず何かの書類が入った棚やらが置かれている。


 「やあいらっしゃい。これからお出かけ?」

 「こんにちは。ええ、これから依頼で草原まで行ってきます」


 南門が担当なのか、エイザックがソバカスを貼り付けたにこやかな笑顔で対応してくれた。


 「何々、どんな依頼?やっぱりダンジョンとか、魔物の討伐?」

 「いえ、薬草の採取です」

 「ええ~なにそれ。冒険者ならやっぱり戦わなきゃ。襲い掛かってくる敵を紙一重で躱しながら、死闘につぐ死闘。その果てには何が待っているのか。どう、冒険者っぽくない?」

 「私はゆっくりマイペースでやりますよ」


 つまらなさそうに落胆した騎士エイザックは、それでも相変わらず親しげに話しかけてくる。


 「でもそれだと、女の子にモテないじゃない。やっぱり女の子って、強くて逞しい男に惹かれると思うんだよね」

 「なら、エイザックさんはモテますよ」

 「あ、そう?やっぱりそう思う? いや俺もさ、そろそろモテても良いんじゃないかなぁなんて自分でも思っているわけよ。でもさ、出会いが無いのが悪いんだよね」


 出会いが無いとは此れ如何に。

 その割に、こまめに町の可愛い子をチェックしていると思っていたけど。

 かまをかけてみるか。


 「そういえば宿屋の従業員にも可愛い子が居ますよね」

 「お、セレネちゃんだろ? 普段無愛想だけどさ、時々俺にも笑顔を向けてくれるんだよ。そんな顔見せることは無いって言う冒険者も居たからさ、きっとあの娘は俺に気があると思うんだよね。何、君もあの娘狙い?」


 やっぱりチェック済みか。何処かの親友と思考回路が酷似している。

 何が、出会いが無いだ。

 それに笑顔を見たことのない冒険者ってのは、きっと財布が驚異のダイエットに成功した人間なのだろう。

 ソバカス顔に向けられている笑顔は、営業用の可能性大だ。ご愁傷様。


 「僕は別に狙っていませんよ」

 「なんだ~やっぱり王女さま狙いか。競争率高いよ?」

 「え?どういうことですか?」


 何のことだ。

 確かに可愛いお姫様だったが、厄介ごとのバーゲンセールはご免こうむる。

 王族に近づけば、面倒事が雨後のタケノコの如く湧いてくるのは目に見えている。


 「いやさ、団長から聞いたんだけどね。君が王女様を、それはもう赤面するような熱い言葉で口説いたって」

 「……誤解ですよ」

 「恥ずかしがること無いって。なんでも、王女様の手を取りながら片膝をついて騎士礼をとり、永遠の忠誠と王女の幸福を誓ったとか」

 「そんなことやっていません。確かにクローバーを渡して薀蓄を語りましたけど、説明好きは単なる性分です」


 あの赤毛のデカブツは何を出鱈目言いふらしているんだ。

 しかもなんなんだ、その恥ずかしい説明は。

 騎士礼で永遠の忠誠を誓うなんて、何処の世界の話だ。


 「あれ?姫様の幸せを願う告白とかって聞いたから、てっきりそういうロマンス的な物があったのかと思って、みんなに教えていたのに。違ったの?」

 「告白なんてしていません。断じて」


 噂の大本は団長というより、目の前のこいつだったか。

 この野郎め。

 噂を流すなら、正確な噂を流しなさい。それで僕はともかく王女様に迷惑が掛かれば、そのとばっちりを受けるのは結局僕なんだ。

 団長が捕まえに来たら、身代わりにソバカス騎士を差し出してやる。

 良かったじゃないか。モテモテになれる。

 厳ついおじさんやお兄さん方に囲まれた、逆ハーレム完成だ。

 本人の性別だけが少し問題だけど、それぐらいは些細なことだ。


 「そうか、まだ告白していなかったのか。大丈夫、地道に冒険者として活動していれば、いつかお姫様だって分かってくれるさ」

 「もう良いです。仕事に行ってきます」


 にやにやと笑う騎士を放っておいて、僕は通用口を抜ける。

 やけに眩しい光が、目に飛び込んでくる。

 青い草の絨毯を見ながら、僕は地図を広げた。


 精密とは言い難いものの、それなりに細かく書かれているであろう地図には、サラス商業都市の町の場所から、草原の脇にある森まで描かれた絵地図だった。

 恐らく女性の文字だろう外国の文字で、草原にある薬草の位置が数か所と、そこまでの方角と距離がそれぞれ書いてあり、【翻訳】の効果でそれが全く違和感なく読み取れる。

 地図には他にも『不帰かえらずの森』とか『ダンジョン:ベーロ』とか書いてある。

 不気味な名前の森だが、僕がこの世界に来た森がここだとすれば、薬草の位置までは近い所なら片道1時間ぐらいで行けるだろう。

 薬草の場所まで分かっているのだから、別に誰でも行けるような気もする。簡単な依頼だ。


 ダンジョンも意外と町の近くにあることが分かった。

 地図の縮尺がいい加減でないとするなら、町から3~4時間歩けば着く距離だ。

 ここにはきっと魔物や魔獣がうじゃうじゃと居るに違いない。

 もっと力が付くまでは、近づかない方が良いだろう。


 しかし、いつか行ってみたい場所でもある。

 どんなところなのだろうか。


 とりあえず町から一番近い所に向かうことに決める。

 城の門からの道順が丁寧に記されて、目印のようなことも幾つか書いてある。


◆◆◆◆◆


 ピクニック気分で、まるで歌うように陽気な日差しを浴びながら、小一時間ほど歩いただろうか。

 地図によれば大体この辺りに薬草があるはずなのだが、僕は採取依頼を舐めていたかもしれない。


 地図では確かにここら辺と書いてはいるのだが、その広さが我が母校のグラウンド程度は有るのだ。

 結構な広さがあり、そこにひざ下や腰元までの草が生い茂っている。

 この中から目当ての草を探すのは非常に骨が折れそうだ。


 腰にぶら下げてあった小剣を鞘から抜き、鎌を振るうように草を刈りながら探すこと1時間。

 ようやくそれっぽい赤い釣鐘状の花を見つけた。

 3株ほどが生えていたが、どうだろうか。

 1株を両手で抜き、鑑定と念じる。


 【コアカジギタリス(parva rubrum Digitalis)】

  分類:植物類

  用途:毒物、強心剤

  効能:食用による下痢・嘔吐・吐血・痙攣・眩暈・心停止、成分塗布によるかぶれ・発疹

        :


 外れてしまったか。

 しかもやはり恐ろしい毒草だ。

 他の2株も調べたが、そのどちらもがハズレだった。

 この場所は、きっと誰か他の冒険者が先に来ていて採りつくしたとかなのだろう。


 町から一番近い所で簡単に採れると思っていたのが間違いだったのかもしれない。

 どうせならこの草を持って帰って、悪辣な噂を流しているデマゴーグ生成装置の口の中に入れてやるべきだろうか。


 少し気を落としつつ、仕方なしに次の場所に向かう。

 今いる場所から、少し西に行ったところにも同じように印が付いている。

 ふと気付けば、草の影も短くなり、そろそろお昼が近づいてきていることを示していた。

 急がないと日が暮れてしまう。


 草をかき分けながら次の群生地に到着したが、ここもまたかなり範囲がアバウトだ。

 もっとピンポイントで教えてもらいたかったが、今更言っても始まらない。

 細長い草で手を切らないように気を付けながら、小剣を奮って草を刈る。

 まるで自分が草刈り機になった気分だ。


 剣を振るう腕が疲れた頃、さっき見つけた毒草とよく似た赤い花を見つけた。

 先ほどのコアカジギタリスとかいう猛毒の草とよく似てはいたが、花が少し小振りだ。

 それが2株ほどそよそよと風に揺れて、風鈴のように首を振っていた。


 今度は当たりであってくれと願いながら、1株を根っこから引っこ抜いて鑑定をしてみる。

 引っこ抜いた後の土が捲れた後を横目に、鑑定と念じる。


 【赤ヒレハリ草(rubrum Symphytum officinale)】

  分類:植物類

  用途:食用、家畜飼料、抗炎症薬原料、消炎

  効能:加熱調理による食用、生食での偶蹄類家畜の飼料、炎症治療薬としての使用及び薬剤原料…

        :


 今度は当たりを引いたらしい。

 花はとても小さく可愛らしいが、葉っぱは食べられるのか。

 覚えておいて損は無いだろう。

 これで、森で迷った時も、少しはまともな食料にありつけるかもしれない。


 もう1つの方も鑑定してみると、これも当たりだった。

 いつもの袋に薬草を入れて、腰に下げる。

 剣の邪魔にならないように、それとは反対側だ。


 しかし、数に制限が無いとはいえ2株では少なすぎるだろう。

 2つを持って行ったとしても80ヤールドだ。

 Iランクの依頼であれば十分なのだろうが、少し見栄を張りすぎた銀貨1枚が痛い。

 このままだと赤字になってしまう。


 空を見れば、まだ昼を少し過ぎたあたりだろうか。

 まだもう1か所ぐらい、探してみても良いだろう、時間はまだ有る。


 そう考え、地図に書かれた近場の群生地を確認する。

 今度は少し遠目だ。


 さっきよりは幾分か楽な気分で、次の場所に向けて歩き出す。

 風は午後の空気を運んで行き、草の上を軽やかに走って行く。

 あんなふうに自由に空を駆け巡ることが出来れば、どれほど素晴らしいことだろう。

 段々と重くなってくる足を自覚する僕には、その有様はとても羨ましく思えた。


 目的地に着いた僕は、また草刈りからしなくてはならないのかと小剣を抜こうとした。

 しかし、その必要は無いことがすぐに分かった。


 地図に書いてあった場所に、20株ほど群生しているそれを見つけたからだ。

 素晴らしい。

 きっと町からも遠い場所だけに、今までの冒険者もここまでは来なかったに違いない。

 だからこんなに残っているのだろう。


 ……いや、ぬか喜びはいけない。

 ここにある物が、もしかしたら全部毒草の方かも知れない。


 恐る恐る、慎重に1株づつ抜きながら鑑定を繰り返す。

 ハズレ、ハズレ、アタリ、ハズレ…

 全部で15株ほど鑑定していた時だろうか。

 アタリの数も3つほどになっていた時、急に変化があった。


 鑑定と念じても、情報が頭に浮かばなくなったのだ。

 何が起きたのだろうか。


 混乱しそうになったが、とっさに閃いた。

 もしかしたらと思い、ステータスと呪文のように声を上げる。


  【ステータス】

Name(名前)  : 月見里やまなし はやて

Age(年齢)   : 16歳

Type(属性)  : 無

Levelレベル: 4

HP        : 56 / 56

MP        :  0 / 16

腕力        : 16 / 16

敏捷        : 16 / 16

知力        : 16 / 16

回復力       : 16 / 16

残ポイント 1


◇所持魔法 【鑑定】【翻訳】【フリーズ】【ヒール】【ファイア】

 :


 やっぱりそうだ。

 MPを使い切ってしまっていた。


 最後の群生地に来る前に5回鑑定を使い、ここに来てから15回の鑑定。

 計20回の鑑定を使ったことになるが、MPの最大量よりも回数が多いのは幾らかMPが回復していたからだろう。


 まだ5株ほど未鑑定の草が残っている。

 当たりの出る確率がある以上、MPの回復を待ってみよう。


 そう考え、ステータスの画面を開いたまま草の上に仰向けに寝転がる。

 マントを体の下に敷き、柔らかな草の即席ベッドの上で、MPが回復する様子を観察する。


 じっとステータスの画面を見ていると、1づつ回復していく様子が見て取れた。

 僅かづつではあるが、この調子なら2時間ちょっとで全快といった所だろうか。もどかしい気もするが、これからレベルが上がって行けばこの回復ペースも早くなるだろうという希望的観測をしておく。


 もしかしたら、回復ペースは現在の残り量と相関があるかも知れない。

 残っているMPが多いほど回復もし易いとか、有りそうな話ではある。

 体力が有り余っている時なら、多少動いてもすぐに体力は回復するが、へとへとに疲れている時は体力がなかなか回復せずに、身体を動かすことすら億劫になる。

 MPはどうだろうか。


 そんな実験的な見方をしながらMPが全快するまでステータス画面を眺めていた。

 結論として、MPの回復ペースは最後まで一定だった。

 回復の感覚は覚えたから、今度レベルが上がった時には、回復力のステータスを上げて回復ペースがどう変わるかも試してみないと。


 全快したMPで、心置きなく残りの5株を鑑定する。

 またもハズレを引きながらも、アタリを1つ引いた所で全て薬草は調べ終えた。

 結局アタリである赤ヒレハリ草は今日1日掛かって6つだけだった。

 意外と毒草の混じる確率も多かった。

 やはりHランクの仕事は、Iランクより難しくなっているのだろう。

 朝方に見かけたリハビリ中の冒険者のように、いっぱしの冒険者になれば、もっと依頼も簡単にこなせるようになるのだろうか。


 町へ戻ろうと思って薬草を仕舞い込んでいた時だった。

 日は既に高さを失ってこれから夕暮れに向かおうかという頃合い。

 急いで帰れば、宿屋の夕食には間に合うだろうと言う時間。

 懐かしい出会いをしてしまった。


 出来ることならしたくなかった出会い。

 初めて森で出合った時、僕に初めて恐怖を覚えさせてくれた生き物が、いつの間にか僕の目の前に居た。

 向けられる唸り声も懐かしく、しかもご丁寧なことに白い牙まで見せてくれる大サービスだ。


 そう、野犬の群れがそこに居た。

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