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水の理  作者: 古流 望
2章 一人前の冒険者に向けて
22/79

022話 氷の魔術師

 宿屋の一室。

 303号室の部屋。

 その中で僕は考えていた。

 昇格値のポイントをどういう風に使うか、悩んでいた。

 世の中に、時間と言うものは有限であるが、少し整理して考えてみよう。


 まず昇格値を使うのならば、その使い方は2種類の方法があるらしい。


 1つは魔法の取得。

 僕の取得可能魔法には【フリーズ(氷結)】や【ファイア】や【ウインドカッター】と言った、自然の物理現象を起こすものであろう魔法や、【透視】や【遠視】や【近距離ワープ】といった、如何にも便利そうな魔法がある。

 冒険者ギルドのように美人が多い所でうっかり【透視】を使ってしまったらどうなるのか。

 考えただけでも恐ろしい。ああ恐ろしい。


 他にも【MP回復(パッシブ効果)】やら【HP上限上昇(パッシブ効果)】やら、パッシブ効果というものもある。

 限られた昇格値を有効に使うためにも、戦闘スタイルや効能を良く調べた上で、厳選して取得したい。


 もう1つは能力の向上

 HP、MP、腕力、敏捷、知力、回復力の6つがある。

 レベルが上がると、それぞれ1ポイントづつ上がるものではあるが、昇格値を割り振ることも出来る。


 戦闘スタイルによって重要視する項目は違ってくるのだろう。

 僕が思いつくのは、腕力重視と知力重視の2種類だ。

 魔法を使って、遠くから攻撃するスタイルを取るなら、腕力はあまり要らなくなる。

 知力で魔法の威力が上がるらしいから、知力に割り振る昇格値ポイントも多くなるだろう。

 逆に、今の僕のように剣を使って戦うのなら、多少なりとも腕力に振ることになる。重たい剣を振り回すのなら、どうしたって腕力が要る。


 魔法を先に取得してしまうのが良いのか。或いはどんな魔法を取得するべきなのか。

 能力値を上げるなら、何を優先して上げて行けば良いのか。

 色々と悩んでいたが、中々考えがまとまらない。

 

 やはり誰かに相談するか、図書館のようなものを探して調べてみる方が良いだろう。

 明日、色々と調べてみるべきだろうか。


 ……だがしかし、1つだけ是非とも今使いたい魔法がある。

 【フリーズ(凍結)】の魔法だ。


 今日の陽気に、さっきの激辛料理。

 未だに体が熱く、喉の渇きは生ぬるい水では潤せない。

 冷たいものが飲みたい。

 この切迫感は、あの激辛料理を食べた人間にしか分かるはずがない。

 誰か助けてほしい。


 よくよく考えてみれば、この世界に来てから森の水以上に冷たいものを飲み食いしたことが無い。

 これはかなり拙い状況なのでは無いだろうか。


 今はまだ初夏と言った所だが、これから暑くなって来れば快適な生活を過ごせなくなる。

 文明の進んだ日本で過ごしてきた僕に、クーラーも扇風機も無い夏を乗り切る事が出来るだろうか。

 いや、出来るわけがない。

 ただの学生であればまだしも、冒険者は少しでもバテていれば、それが文字通り致命的な失敗につながりかねない。

 実際に起きてしまう前に、何か対策を打つべきだ。


 どちらにしても攻撃的な魔法も一つや二つ覚えておく必要があるのは変わらない。

 剣士とか騎士になるなら魔法も要らないかも知れないが、冒険者なら必要だろう。


 応用を考えるという意味でも、戦闘以外でも使える魔法の方が良い。

 そうなると、たき火に使えそうな【ファイア】か、生ものの保存運搬にも使えそうな【フリーズ(凍結)】か、或いは監視にも使えそうな【遠視】か。


 やはりここは、あっても損が無い上に、これからの季節は必須になる【フリーズ(凍結)】にしておこう。

 何せ、今僕にとって最も必要なのは、冷たく冷えた水なのだから。

 喉がそれを欲している。かなり緊迫した状況で欲しがっている。

 火なら火打石でもつけることが出来るし、監視だってランクが上がった時はともかく今はまだ必要ないだろう。


 そう考え、ステータスと呟いてウィンドウを開く。


 ――【フリーズ】 必要5


 流石に自然現象を起こす魔法ともなれば、翻訳や鑑定とは必要になる昇格値の量も増えてくる。

 値にして2.5倍だ。

 それだけ効果的なのだろう。


 ステータスウィンドウの取得可能魔法が並ぶ一覧から【フリーズ】の所をクリックする。

 インフォメーションメッセージに、新たにメッセージが追加された。


 ――【フリーズ】を取得しました。


 早速試してみよう。

 僕は部屋のテーブルに置いてある水差しとコップを手に取り、コップに水を注いだ。

 コップの中で、水差しから水を入れた時にできた極々小さな気泡が、水音と共に小さく撹拌される。


 一口だけ飲んで確かめてみれば、変わらず生ぬるい。

 匂いは無臭であっても、この熱くも無く冷たくも無く、室温とほぼ同じ温度になった水は、その美味しさを半減させている。


 手に持ったその水に向けて、フリーズと念じてみた。


 ――キンッ


 鉄琴の一番短い鍵盤を叩いたような音が鳴る。

 途端に手のひらに望んでいたものを感じた。

 火照った体から熱を吸い取るように、コップの中に体温が吸収されていくのが分かる。


 コップの中を覗いてみれば、コップの水の半分以上が凍っていた。

 意外と凍った量が多いと取るべきか、それとも意外と凍る量が少ないと取るべきか。


 しかしこれで、冷たい水が飲める。

 喜び勇んで、氷が出来たコップに水を追加する。


 コップを口元まで運び、グビっと一気に水を飲む。


 「ぷは~生き返るっ」


 世の大人たちが、良く冷えたビールを旨いと言う気持ちが分かる気がする。

 生ぬるいやつよりも、やはり冷えたものの方が断然美味い。

 この魔法を取って正解だった。

 きっとこれからも重宝するだろう。


 折角取得した魔法なら、どれぐらいの威力や効果範囲なのかをついでに調べておこう。

 いざというとき、どういう使い方をするかで戸惑ってしまうと困る。


 お泊りセットの中からコップを取り出し、その中に水差しで水を入れる。

 そして入口のドア付近まで離れて、そのコップに向けてフリーズを念じる。


 キンと甲高い音が、さっきと同じように鳴って、魔法が発動したことが分かる。

 なるほど、多少の距離なら離れていても使えるわけか。


 新たに凍ったコップを見れば、さっき凍らせた時よりも凍った量が少なかった。

 何故だろう。


 さっきと違う条件と言えば、コップの違いと魔法発動の距離ぐらいだ。

 コップの違いと言ってもどちらも同じようなコップだ。

 もしこの凍った量の違いに原因があるとするなら、魔法を発動させた距離の違いだろうか。

 仮に距離が離れるほど凍る面積や体積が小さくなると仮定すれば、さっきの時と比べて考えても有効射程距離は10m程度と言った所だろうか。

 とりあえずはそれだけ離れた所から凍らせられるのなら、色々応用は出来そうだ。

 次に蜂に遭ったら、一匹残らず離れた所から氷漬けに出来るに違いない。


 ステータスウィンドウを見れば、流石にMPを消費していた。

 取得するときにもポイントが【鑑定】よりも2倍以上多かった。MP消費量もそれなりだ。


  【ステータス】

Name(名前)  : 月見里やまなし はやて

Age(年齢)   : 16歳

Type(属性)  : 無

Levelレベル: 4

HP        : 53 / 53

MP        :  1 / 13

腕力        : 13 / 13

敏捷        : 13 / 13

知力        : 13 / 13

回復力       : 13 / 13

残ポイント 26


◇所持魔法 【鑑定】【翻訳】【フリーズ】


 一気にMPが12も減っている。

 【フリーズ】は2回使っただけだから、一回当たりはMP6の消費と言う事か。

 そう頻繁に使うわけにもいかなさそうだ。


◆◆◆◆◆


 色々考え事をして、魔法を試していたせいか、窓の外を見ればもう夕暮れになっていた。

 早速、口直しの夕食に意識を向ける。

 魔法を試すのは何時でも出来るが、口直しは急いで行いたい事項だ。


 貴重品だけを持ち、火打石を鞄から取り出しておき雨戸を閉める。

 窓の鍵をおろせば、部屋の中はもう暗くなってきている。

 夕暮れの冷ややかな風が、未だに少し湿っぽい背中を冷やしていく。


 半ば手さぐりのように、手をかき回す動作を織り交ぜつつ廊下にでる。

 部屋の鍵を掛けて、食堂へ足を向けた。


 ギシギシと、鴬張りの廊下のように音が鳴る階段を下りて、カウンターの前を通る。

 カウンターには、宿屋の娘がちょこんと座っていた。

 家のお手伝いをするとは、とても感心な子だと思いつつ、ちょっと声を掛けてみた。


 「もうご飯は食べたの?」

 「うん」


 小さい頭をカクンと縦に振る動作は、幼さを十分表現する動作だ。


 「いつもお手伝い偉いね~」

 「お母さんにも、いつもありがとうって言われます」

 「お母さんって、女将さんのイオナさんだよね?」

 「うん」

 「そっか、頑張ってお手伝いしてね。僕はこれからご飯を食べてくるから」


 はにかんだような笑顔を見せる娘の傍を通り、食堂兼酒場への扉を開ける。

 そこには、相変わらずの酒臭さと賑やかさが混在する大人の社交場があった。


 今日はやけに冒険者が多い。

 一人席用のカウンターにも、カップルらしい二人組が座っているし、テーブル座席は全て埋まっている。


 店の給仕もカウンターに大将が居て、見慣れない女性が何人か客の間を行きかっている。

 オールバックの大将の趣味だろうか、ロングスカートに長袖。露出が極めて少ない格好で給仕に徹している。

 冒険者の女性達と比べると、それが一層目立って見えてしまう。


 いつも通り、カウンター席に座って今日の料理を頼むと、ジャガイモらしきもののスープと、煮込んだらしい鳥肉と野菜の料理が出てきた。

 黒が目立つ紫のような皮に白い果肉のような身の野菜。ナスビにも似ている。

 それと鳥肉が、とろみのついたスープで煮こまれたような料理だ。

 ブイヨンのような香りが鼻を刺激して食欲をそそる。


 香ばしいパンと鳥肉に舌鼓をうちながら、忙しそうにしている店の大将に話しかける。


 「今日は、やけに忙しそうですね」

 「ああ、何でも大規模な商隊が王都に行く途中に寄ったらしくてな。おかげで忙しいったらないよ」

 「ウェイトレスの人達はどうしたんですか?」

 「冒険者ギルドに給金を弾むと声を掛けたら、すぐに集まったのさ。非番の受付嬢やら事務方やらが、小遣い稼ぎに来たのだろう」


 どれほど給金を弾んだか知らないが、冒険者ギルドというのは人材派遣もやっているのか。

 よく、そんなにすぐ人が集まったものだ。


 「女将さんはどうしてるんですか? 忙しいなら手伝いそうなものですけど」

 「うちのカミさんは、宿の方を仕切っているよ」

 「なるほど」


 女将さんは宿屋の準備か。

 確かに、食堂がこの有様なら、宿屋の方も繁盛していることだろう。

 夫婦がそれぞれで陣頭指揮を執っているわけか。


 「ところでご主人、少し相談したいことがあるんですけど」

 「なんだい? お金のこと以外なら何でも相談してくれ」


 オールバックのナイスミドルは、大鍋のスープを焦がさないようにかき混ぜながら、相談に乗ってくれた。


 「実は冒険者になって幾つか依頼をこなしたときにレベルアップしたんですけども、どういう使い方をしようか迷っているんです。特に魔法をどれにしようか迷っていて、何かお勧めのようなものがあれば聞きたいなと思いまして」

 「ははは、贅沢な悩みだね。普通は覚えられる属性なんて決まっているから、あまりそういう事は悩まない物だけど」

 「とりあえず、【フリーズ】は便利そうだから取ったんですけど【ファイア】とかも持っていた方が良いですかね?」

 「ほう、水と火の系統を持っているのか。珍しいね」


 物を凍らせるのが水系統とは知らなかった。

 【ファイア】が火系統とやらなのは、名前からして納得もするけど。


 「他にも色々あって、迷っているんですよ。それに、ステータスに振るのはどれぐらい振る物かも分からなくて」

 「それこそ千差万別だね。機敏に動いて攻守のバランスを重視する者。魔法の攻撃力に特化して、動く砲台のように豪快な働きをする者。HPを上げてパーティーの盾となる者。それぞれに長所もあれば短所もある」

 「そうですよね。……ではとりあえず、魔法のことだけでも教えて貰えませんか?」


 オールバックの大将は、ウェイトレスの注文をこなしながらも真剣に答えてくれた。


 「まあ魔法には属性によって得手不得手があることは知られていてね、君のように2系統も持っている人間は少ないよ。普通は1系統だ。それを活かすなら、どちらの属性も最低1つは魔法を使えるようにしておけば心強いだろうね」

 「なるほど」

 「水なら、HPやMPを回復出来る魔法も多い。それは重宝すると思う。火魔法はなんといっても攻撃重視だろうね。火力と言うぐらいだから」

 「水は回復ですか……」


 【フリーズ】以外に回復系を取得して、火系統で何か攻撃出来る魔法を覚えるのが良いと言う事か。


 「ちなみに、他の系統って水や火以外に何があるんですか?」

 「あまり自分の属性以外を気にしても仕方ないけども、他には土・風・木の魔法がある」

 「それも属性の特徴があるわけですか」

 「ああ。土は守り、風は動き、木は調べを補助すると言われている。パーティーメンバーに土魔法の使い手が居れば守りが固くなるし、風魔法の使い手が居れば体の動きが素早くなる。木魔法は使える人間というのは珍しく、エルフなんかに多い。遠くを見たり、木々にものを尋ねたりと言ったことが得意なのだそうだ。複数の属性を持つことで覚えられる魔法なんかもあるらしい」


 なるほど。

 酒場の冒険者達が何人かのチームで座っているのは、そういう互いに相互補完し合えるメンバー同士で結束していると言う事か。

 僕も早く一人前になって、そういう仲間を作りたい。

 出来れば可愛い女の子が良いかな。


 「勉強になります」

 「ははは、そういう姿勢は大事だよ。冒険者になったら、知らなかったでは済まないこともあるからね」


 賑やかな座席の方から、良いこと言うぜマスターとか、俺の酒どこ行ったか知らないかとか、そんな騒がしい喧騒が聞こえてくる。


 「もう少し、考えてみます。忙しい所ありがとうございました」

 「ははは、頑張って良い冒険者になりなさい。応援しているから」

 「ありがとうございます」


 やっぱり大将は元冒険者で間違いないだろう。やけに魔法にも詳しかった。

 もしかしたらこの世界では常識的な事なのかも知れないが、それにしたってアドバイスするぐらいなら経験者の可能性は高い。


 満腹になった満足感に浸りつつ、部屋に戻る。

 廊下には既に灯りが灯されていて、ぼんやりと足元を照らしている。


 部屋に戻った僕は、油皿の灯心に火打石で火を付ける。

 ベッドに仰向けに寝転がりながら、さっきのアドバイスを噛みしめるように思い出す。


 まずは魔法についてだ。

 アドバイスをもらった通り、確かに回復手段と言うのは必要な事だろう。

 ギルドでは薬草の加工品が買えると言うことだが、消耗品に頼ることは避けた方が良いだろう。


 攻撃手段も今の【フリーズ】だけでは乏しい。

 元々凍った相手とか、水や氷にめっぽう強いとか、そもそも体温がマグマと同じとか、そんな相手がもし居たら役に立たない。

 そんな恐ろしそうな魔物が居たなら、まず逃げ出すつもりだが、逃げるにしても足止め程度は出来る準備をしておくべきだろう。

 となると【ファイア】ぐらいは取得するべきか?

 他にも攻撃魔法のようなものは沢山あったが、何となく基本的な魔法のようにも思える。


 【遠視】の魔法や【透視】の魔法も有効なのかもしれないが、あまり色々とっても使いこなすのに時間がかかってしまうだろう。

 それに、大将はその手の魔法はエルフがどうとか言っていた。下手に目立たないように後回しにした方が良いだろう。

 【透視】を後回しにするのは、実に残念だ。街中をパラダイスに出来る魔法だし。


 パラメータは、色々悩むが、バランスを重視してみよう。

 器用貧乏と言う言葉もあるが、何でもこなせる万能型というのは今の僕のような独り身には相応しいタイプだろう。

 既に決まったパーティーメンバーが居て、役柄もある程度決まっていればそれに対応した特化もあるのだろう。

 だが、そうでない僕は下手に苦手を作らない方が良い。


 ウィンドウを開き、取得可能魔法の欄をゆっくりスクロールさせながら魔法を吟味する。

 【魅了チャーム】の魔法に心を揺らされたり、【洗脳ブレインウォッシュ】の魔法で人の道に外れた自分を想像してしまったり、【飛行フライ】の魔法で空を自由に飛びたいなとか思ったりしたのは、僕の修業が足りていないからだろう。

 まだまだ未熟だ。


 目当ての魔法を見つけた僕は、早速それを優しく触れるようにタッチする。

 ウィンドウのインフォメーションメッセージには新たなメッセージが追加される。


 ――【回復ヒール】を取得しました。


 名前からしてHPかMPのどちらかを回復する魔法っぽい。

 HPを回復するものならこれで良し。

 MPを回復する魔法なら、上手くすれば永久機関になり得る。MPを消費して、それ以上のMPを回復出来れば、その後HP回復の魔法を覚えられれば常にHPもMPも全快を維持できる。

 そうそう上手く行くはずがないから、多分前者だろうとは思う。単純に体力を回復する程度だろう。


 【回復ヒール】の必要昇格値は2ポイントだった。

 これから察するに、恐らく魔法を使った時の消費MPは1で使えるのではないだろうか。鑑定がそうだったから、同じである可能性はそこそこある気がする。


 物は試しと、オオミツバチとの血を血で洗う激闘の証である頬のかさぶたに意識を向けながら、ヒールと念じる。


 頬に僅かな暖かみを感じ、それが収まったころに頬を触れてみる。

 十代の弾力を持った、傷の無い肌が返事をしてくる。

 もしかしたら、HPやMPの回復ではなく、傷の回復をする魔法だったのだろうか。

 だとすれば、僕は大当たりを選んだことになる。

 僕の頬の勲章が消え、それがこの魔法は裂傷の回復を行うものであることを示していた。


 思わずガッツポーズをしてしまうが、これで終わりではないことを思い出す。

 後は攻撃魔法を覚えなければならないのだ。


 これもまた目的の魔法を探す途中で、色々な魔法に目移りしてしまうことになる。

 【跳躍ジャンプ】の魔法で高所恐怖症な虎のぬいぐるみを思い出してしまったり、【サンダーボルト】の魔法で快適な家電に囲まれた生活を思い出してしまったり、【威圧】で誰かさんに対抗しようかと思ってしまったりした。


 そんな年頃の女の子の買い物のように時間を浪費しつつ、当初予定していた魔法を取得する。


 ――【ファイア】を取得しました。


 これで火打石はもしかしたら用済みになるかもしれない。

 いや、間違いなく用済みだろう。

 必要昇格値は5ポイントだった。

 きっと威力も【フリーズ】の時と同じぐらいの効果はあるはずだ。


 早速試してみよう。

 と思ったが、MPが既にゼロだ。

 第一、こんな部屋の中で使ってもし想定以上の大きさの火が出てしまったら火事になる。

 そんな危険を冒すべきではない。

 焦らなくても、明日試せば良いのだ。


 残りの昇格値は19ポイント

 バランス型で行くとするなら、それぞれに均等に割り振れば良いだろう。

 3ポイントづつ割り振れば、事足りる。


 うっかり多く振りすぎないように、慎重にポイントを割り振っていく。

 中々面白い作業ではあるものの、単純な作業でもある。

 結局最終的にはこうなった。


  【ステータス】

Name(名前)  : 月見里やまなし はやて

Age(年齢)   : 16歳

Type(属性)  : 無

Levelレベル: 4

HP        : 56 / 56

MP        :  3 / 16

腕力        : 16 / 16

敏捷        : 16 / 16

知力        : 16 / 16

回復力       : 16 / 16

残ポイント 1


◇所持魔法 【鑑定】【翻訳】【フリーズ】【ヒール】【ファイア】

 :


 これで良いだろう。

 応用範囲の広そうな攻撃の出来る魔法が2種類。

 回復魔法に、調査に使えそうな【鑑定】だ。

 バランスとしては中々のものではないだろうか。


 これからもっとレベルを上げて行けば、覚えられる魔法も増えるだろうし、ステータスも強化出来る。

 そうなれば魔獣の一匹や二匹は恐るるに足らず。

 野犬にリベンジ出来る日も近い。


 自分でも満足感に浸っていると、満腹感とも合わせて眠気がやってきた。

 抗う気も無い僕は、そのまま眠りについた。


◆◆◆◆◆


 朝、目が覚めてベッドから起きた僕は、身体の軽さを感じていた。

 昨日、昇格値を敏捷に振った効果が出ているのだろうか。


 軽い足取りで雨戸の錠を開けて、窓を開く。

 今日も良い天気だ。


 青空の下では小鳥がさえずり、色とりどりの屋根の上で踊っている。

 澄み切った空気を胸いっぱい吸い込み、胸を張るように深呼吸すれば、心が晴れ晴れするような気持ちよさを感じる。


 そんな爽やかな朝、昨日頼んでおいた洗濯はお姉さんにはきちんと見つけて貰えたらしく、テーブルの上に畳んで置いてあった。

 それに早速着替える。

 着替えの為に脱いだ服や下着は、また扉の横に銅貨2枚と一緒に置いておく。


 よく乾いた服に袖を通せば、気持ちも鮮やかに一日が始まる。

 1階に降りて洗顔と歯磨きを済ませた僕は、朝食に向かう。


 カウンターの傍を抜け、食堂に顔を出すと今日の朝食担当は女将さんのイオナさんだった。

 スープをかき回している姿だけを見れば、寮母さんか食堂のおばちゃんといった雰囲気だろう。

 本人に言うと怒られそうなので、口が裂けても言えない。


 「お早うございます」

 「ああお早う。良く眠れたかい?」

 「ええ、おかげさまで」

 「今日の朝食メニューは、スクランブルエッグにキャベツの炒めもの。それとジャガイモのポタージュだよ。パンとスープはおかわり自由。たっぷり食べておくれ」

 「いただきま~す」


 相変わらずここの食事は美味しい。

 昨日の失敗料理と比べると、天と地ほどの差がある。


 柔らかい卵に、まだシャキシャキとした歯ごたえの残ったキャベツの炒めもの。

 どちらもバターで炒めてあるのか、バター独特の香りがする。

 ジャガイモのポタージュは味が濃い目で、のど越しは滑らかだ。

 このポタージュ1つでも、かなり美味しくパンが食べられる。

 香ばしく焼き上げられて、まだ温かいパンを一口大にちぎりながら、ポタージュに浸して口に運ぶ。


 「そうそう、うちの人から聞いたけど、何か悩んでいたんだって?」

 「ええ、昨日の夕食の時に、ご主人から色々と有益なアドバイスを貰いました」

 「あはは、そうかい。役にはたったかい?」

 「もちろん。とても参考になりました」


 美味しい食事を堪能していると、女将さんが話しかけてきた。

 昨晩のは、実に有効なアドバイスだった。

 女将さんに初めての依頼に付いてアドバイスをもらった時にも役に立ったが、昨日のマスターのアドバイスも役に立った。

 的確なアドバイスです。


 「それで、結局どんな魔法を覚えたんだい?」

 「【フリーズ】と【ヒール】と【ファイア】の魔法を覚えました」

 「おやまあ、初心者と言っていたけど、意外にレベルが高かったんだね」

 「そうでも無いですよ」


 ああ、そうか。

 他の人なら昨日覚えた3つの魔法を取得するのに、それなりにレベルを上げなければ取得できないのだった。

 昇格値の基本値が2ポイントの人でも、最低6つはレベルを上げないと取得できない計算だ。

 確かに、傍から聞いているとそれなりにレベルが高かろうと思うのは無理もない。


 「謙虚な子だね。いまどきの冒険者にしちゃ珍しいよ」

 「ありがとうございます」

 「自信過剰になるよりは、よっぽど良いよ」

 「ははは、これからも色々教えてください」


 恐らく冒険者であったであろうここの夫婦には、今後ともアドバイスを貰うだろう。

 きっといい知恵を貸してくれるに違いない。


 「そうかい? なら早速教えてあげようかね」

 「何をですか?」

 「ギルドランクのステップアップの目安さ」

 「おお、それは是非教えてください」


 受付嬢のドリーによると、通例は自分のランクより下の依頼を20件程度受けてから昇格を目指すのが目安だったっけ。

 この女将さんがどういう指標を教えてくれるのか。期待はある。


 「まず1つの指標とするのは依頼の数だ」

 「数?」

 「そうさ。数をこなすというのは、いわば経験の数字さ。自分でも客観的に評価できるから、分かりやすいだろう?」

 「なるほど」


 確かに、経験なんてものは数字にし辛いが、依頼数と言う形で経験量を推しはかることは出来る。

 ボクサーの試合数や、野球選手の年齢や、サラリーマンの勤続年数のようなものだろう。

 積み重ねたものは、客観的な指標になり得る。


 「大体1ランク毎に20を目安になんて言われるけども、ランクの低いうちは結構皆急いでランクを上げるものさ。HからGへのランクアップだと、まあ5~10件程度ってとこかね」

 「参考になります」


 なるほど、普通の冒険者はそれぐらいの件数をこなしてランクを上げる人が多いのか。

 僕もそれにならうべきだろう。


 「他には、レベルを目安にする冒険者も居るね」

 「レベルですか」

 「ああ。大体レベルが20~30上がるのを目途に、ランクを上げる冒険者が多いね」

 「20から30ですか」


 HからGに、ランクを上げるのは、今の僕ならレベルが24~34になるのが目安か。

 だがこの指標はきっとGランク以上の話だろう。

 IやHのランクでは、魔獣や野獣と戦う依頼はあまりない。

 元からレベルが高いとかでない限り、レベルを上げられるのはGランク以上の冒険者だろう。


 有益なアドバイスを女将さんからもらい、部屋に戻る。

 朝からたんまりとお腹を膨れさせた僕は、今日も冒険者ギルドに向けて部屋を出る。


 清々しい朝の空気と共に、大通りを歩む。

 両側の屋台や出店には既に賑やかな彩が飾られていて、行きかう人々の目を楽しませている。


 冒険者ギルドに出勤した僕に向けられる目。

 今日からはもう、胸を張ってその視線を受け止めていいのだ。


 ――今日からはHランクだ

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