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水の理  作者: 古流 望
2章 一人前の冒険者に向けて
20/79

020話 目指せ一人前の冒険者

 僕がお城の中の、奥の一室に入ると、そこにはお姫様と呼ばれる女の子が居た。


 この世界では僕の常識なんてシックル硬貨一枚よりも価値が無いとは思っていたが、それでもそこに居たのはお姫様とは言い難い女の子だった。


 お姫様と聞いて、普通の人はどんな人を想像するだろう。

 きっと裾が広くて長く、色は白やピンクや水色で、輝く光沢と煌めく宝石の飾りを付けて、僕らが目にするとすれば結婚式の花嫁しかないようなドレスを着た女性を想像するのではないだろうか。

 あるいは、清楚で落ち着きのある気品を漂わせ、静かな佇まいをみせる深窓の令嬢を思い浮かべるのではないだろうか。


 だがしかし、通された部屋に居た女性の佇まいは、そんなものでは無かった。

 確かに、身に付けたものは輝いていた。

 鈍い銀色を照り返すそれは、舞踏会に着ていくには不釣り合いな、重々しさを感じる鎧だ。

 宝石よりもよほど輝くその女性の眼は、イキイキとしている。深窓の令嬢と呼ぶには、輝きが強すぎる眼だ。


 身長は150㎝を超える程度で、年の頃は13~4歳ぐらいに見える。少なくとも僕より年下なのは間違いなさそうだ。

 この世界の人たちの年齢なんてよく分からないが、顔立ちは整っていながらも幼さが残っている。

 髪は少し落ち着いた色合いの金髪で、腰元まで伸ばした髪はゆるやかなウェーブを描いている。


 そんな女の子が、面白いおもちゃを見つけたかのような顔で居るのだから、僕はたじろいでしまった。


 「さあ、お入りになって」


 思春期の女の子らしい、少し甲高い声で僕を部屋の中に招いてくれる。

 部屋の中は解放感があって明るく広々としていて、部屋の中ほどにはテーブルとイスが置いてあった。

 その上には紅茶の用意がしてある。

 奥の壁にはドアが付いているが、部屋の中にベッドもなく、使用人も居ないのだから、その扉をくぐった先が私的な空間と言う事なのだろう。


 入ってきた扉の前から離れて、部屋の中まで進み出ると、お姫様は椅子を勧めてくれた。

 女性の勧めを断るのも悪い気がしたので、おずおずと腰掛ける。


 お茶の用意されたテーブルを挟んで、僕の向かい側に彼女が座る。

 流石にお姫様だけあって、座るときの姿勢は洗練されたものを感じさせた。綺麗な金髪が神々しさをも感じさせる。さすが王族だ。


 「姫様、先だって姫が冒険者ギルドにご依頼された件について、この者がお伝えしたき儀を携えて参ったとのことでございます」

 「あら、そうですの。わたくしが自分で行こうかと思っていましたのに。少々残念な気もしますわね」


 赤毛の団長は、金髪のお姫様のななめ後ろに立ち、後ろ手を組んだ直立不動の姿勢で会話している。


 「それでは依頼の件をお伺いしますわ。お願いしていたものは持ってきていただけたのかしら?」

 「ええ、ここに持ってきています」


 そう言って僕は、鞄から採れたて蜂蜜の瓶詰をとりだして、テーブルの上に置く。

 赤毛の大男の眼が、素早くその瓶にむかって厳しい視線を送ってくる。


 「わざわざ届けて頂いて嬉しいですわ。アラン、確かめてくださる?」

 「はっ」


 名前を呼ばれて進み出たアラン団長は、僕が持ってきた蜂蜜瓶を手に取って探るように見回し始めた。まるで瓶のどこかに賞味期限でも書いていないかと探すようにも見える。

 丹念に調べ終えた団長は、瓶の蓋を空け、匂いを嗅ぎだした。

 蓋を空けた瞬間に漂う甘い香り。瓶の底に、僅かに溜まった不純物が混ざらない程度には、慎重に扱っているのが分かる。


 手で囲い込むように扇いで、匂いまで確認した団長は、テーブルの上に置いてあったお茶のティースプーンを、瓶を持っていない方の手に持つ。

 スプーンの先に蜂蜜を乗せるように付け、お茶の中にそれを垂らした。


 団長はスプーンをお茶の中で揺り動かすように回し、ゆっくりと澄み切った茶色が透明な円を描く。

 僕はその様子を、ただじっと見つめる。


 蜂蜜が温かい紅茶に溶け、ストレートティーがハニーティーになったころ、団長は匙を置き、僕にカップを寄せてきた。

 赤毛の人は、目でそのお茶を飲むように促している。


 訳が分からなかったが、別に御馳走になる分には問題ない。

 丁度、ひと仕事終えて喉も乾いていた。


 ゆっくりとカップとソーサーを手に取り、カップを持ち上げて唇を縁に沿える。

 カップをゆっくり傾けるようにして、まだ熱めのお茶を口に入れる。


 口の中には紅茶の芳しさが広がり、舌の上にはお茶の味と蜂蜜の甘さが染み渡る。

 新鮮で、採れたばかりの蜂蜜は、お茶に溶けても尚その存在感は健在だった。苦労した甲斐がある。

 お茶の余韻を楽しんでいると、アラン団長が低い声で姫様に話しかけた。


 「姫、ご覧の通りです」

 「ええ、分かりましたわ。彼は信用出来るようですわね」

 「はい、冒険者ギルドサラス支部のゴルファ=ダキシロン支部長の御印が入った依頼書を携えて来ております」

 「まあ、ゴルファ御爺様の?」

 「さようです」


 目の前の椅子に座る女の子は、その綺麗な眼を驚きの色に染めて僕を見つめてきた。

 あのジジイ、また何か企んでいるのか。


 団長が蜂蜜を確かめると言って僕に紅茶を勧めたのは、毒見か。

 確かに、お姫様という立場ならそういうことを気にして当然だし、団長みたいに立場のある人間が軽々しく毒見も出来ないだろう。

 何も言わずに飲んだから、信用してもらえたと言う事か。


 しかし、それなら何故わざわざ冒険者に届けさせるような真似をしたのか。

 ギルドに任せれば、安全性は高まるだろうと思うのだけど。


 「ハヤテ、依頼の完遂ご苦労だった。依頼の品は確かに受け取った。依頼書を貸してみろ」


 団長が僕に労いの言葉を掛け、狸ジジイのサイン色紙を要求してきた。

 僕はそれを赤毛の男のごつごつした手に手渡す。

 アラン団長は、その受け取った依頼書を一瞥すると、姫様にそのまま渡した。


 「姫様、サインをいただけますか」

 「…はい、これでよろしくって?」

 「結構かと」

 「では、これを冒険者ギルドに渡してくださるかしら」


 お姫様は、自分のサインをさらさらと書いて僕に渡してきた。

 これを冒険者ギルドに渡せと言うことだろうか。

 受け取った僕はお礼を口にする


 「ありがとうございました」

 「こちらこそわざわざ届けて頂いて嬉しいですわ。…この次は私も一緒に連れて行って下さらない?」


 初めて見た時同じように、輝いた目を向けてきたお姫様を、赤鬼が厳しい顔でたしなめる。


 「姫様。そのことはご生誕の祝いが終わるまでお待ちくださいと何度も申し上げたはずです」

 「分かっていますわ。でもわたくしも、もうすぐ十五です。ゴルファお爺様だってその年には冒険者だったとおっしゃっていました。少しぐらい外の世界を見せて欲しいですわ」

 「ですからこのように、わざわざ姫様の元に依頼品を届けさせたではありませんか」

 「わたくしは、自分の眼で外を見てみたいのです。小さな時から毎日毎日、城に閉じこもってばかりなのは嫌ですわ」


 姫様は意外に僕と年の近い女の子だったらしい。


 しかし、わざわざ冒険者に届けさせたのは、このお姫様の我儘だったのか。

 それなら、団長経由で事情を知っている騎士の連中はこの依頼には寄り付かないし、そんな様子を察すれば、鼻の利く冒険者だってこの依頼を敬遠するだろう。

 実力の無い冒険者ならそもそも王族の依頼で失敗することを恐れるし、実力を過信する奴なら依頼は失敗する。


 団長はきっと、この依頼が誰にも達成されないことを見越して居たのだろう。というより、多分そうなるように依頼を出していたのだろう。

 その上、それを知ったお姫様が、それを口実に自分で採りに行こうとしていた…といったところか。

 このお姫様の武装の理由はそれかも知れない。


 険しい顔を崩さない団長と、金髪を揺らしながら我を張るお姫様のやり取りは、結局団長の貫禄勝ちになったらしい。

 しおらしくなった姫様が、すがるような目つきで僕を見てくる。

 まるで子猫がご飯をおねだりするような目だ。


 「貴方、お名前は?」

 「ハヤテです。ハヤテ=ヤマナシと言います」

 「…ハヤテ様、どうかこの分からず屋に、貴方からも何か言ってはいただけませんか?」


 両手を胸の前で組み、祈りをささげる様な格好。

その格好のまま、瞳を潤ませながらお願いしてくるお姫様。

 流石に女性の涙には、世の男性は敵わないのが道理と言うもの。

 渋い顔をしている大男に、一応念のためお願いだけはしても良いと、思ってしまった時点で負けなのだろう。


 「アラン団長、私からもお願いします。お姫様の願いを叶えていただけませんか」

 「駄目だ。国王陛下より王女の身を守れと命じられたんだ。危ないことはさせられない」

 「ならせめて、外のことを知る手段でも用意するとか……」


 さっきお姫様は、城に閉じこもってばかりは嫌だと言っていた。

 暇つぶしが何か出来れば、きっと気が紛れるだろう。


 城のこと以外を知りたがっている姫様のご機嫌も回復し、城に居て守ることを優先したい団長の意図にも沿う。

 我ながら完璧な提案だ。団長と同じような手になってしまうが、その分効果的なのは間違いない。

 自画自賛してしまう。


 例えば手紙のように、部屋に閉じこもっていても外の様子を知らせてくれる物があれば、お姫様のご機嫌も良くなるだろう。

部屋にいてくれさえすれば、団長だって警護をし易い。

 手紙ぐらいなら、王女様に宛てて送りたい人間は大勢居るだろうし、目安箱のように庶民からファンレターを募集しても良いだろう。冒険者ギルドに依頼を出せば、全て解決だ。

 良かった、良かった。


 「ふむ……それも良いかも知れんな。如何でしょう姫様、外のことを誰かから定期的にお聞きになられるというのは?」

 「嫌ですわ。わたくしは自分の眼で外の世界を知りたいのです」


 中々に頑固で我儘なお姫様のようだ。

 団長の苦労が偲ばれる。


 ここはひとつ、団長に助け舟を出しておいた方が良いかもしれない。

 人を賭けのダシに使ったのだから、お姫様の我儘に困らされるのも自業自得ではある。

 がしかし、アラン団長の餞別に感謝する気持ちも、忘れてはならない義理だ。

 ここで義理を果たしておこう。


 「…姫様、ここに居られる時でも、外の世界を見られる方法が御座います」

 「そんなものがありますの?」

 「例えば、このような物があります」


 僕はそう言って、さっき摘んだばかりの四つ葉のクローバーを差し出した。

 まだ瑞々しく、ピンと弾力のある茎が綺麗な緑色をしている。


 「これは…まさか四葉のクローバー?」

 「はい。私の国ではその四つ葉は幸せを運ぶと言われています」

 「幸せを…運ぶ?」

 「ええ、私が運んできた幸せを、姫様に差し上げます。外の世界から、幸せを切り取って運んで参りました。このようにすれば、これからも姫様が知らない世界も、この部屋に持ってこられると思います」


 王族なんて向こうの世界では見たことも無い僕からすれば、相手は単なる年下の女の子にも思えてしまう。


 これで渡す相手が美人のお姉さんとかなら、きっと僕の顔は真っ赤になっているのだろう。

 どうせなら、ギルドのお姉さんにあげたかったな。

 恋人が居るかどうか聞くチャンスにもなったのに。


 「これを頂いても構いませんの?」

 「ええ。これからも姫様は色々な物を通して外の世界を知るでしょう。そのクローバーは、これからも幸せを運んでくれるお守りです」


 僕がそんな年下の少女への慈しみを込めて話した言葉に、目の前のお姫様は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 上目づかいにチラリと僕を見ては、またうつむき、手元のクローバーを見つめては、また僕をチラ見する。


 そんな、どこか気まずい物静かな時間が流れていた所で、野太い男の声が静寂を破る。


 「おい、ハヤテ。もう良いだろう、ギルドに戻ってその依頼書を渡してこい」

 「あ、はい。それではそろそろおいとまします。お茶、ご馳走様でした」


 そういって僕は椅子から立ち上がる。

 そっと少女の様子を伺えば、元は白かったであろう、耳まで真っ赤に染まり、今度は横目でちらちらと僕を見る。

 なんなのだろうか。


 団長に促されながら部屋を出て、来るときも通った豪華な廊下を歩きながら団長と話す。


 「さっき最後に部屋を出る時、姫様の様子がおかしくなかったですか?」

 「ああ、おかしかったな」

 「大丈夫でしょうかね?」

 「原因のお前がそれを聞くか?俺は久しぶりにあそこまで熱烈な愛の告白を見たわけだが」


 …何?

 あの言葉とやり取りの中で、何処にそんな要素があったというのだ。

 単に部屋から出られない事情のある女の子に、お外の匂いのするクローバーを渡しただけではないのか。


 「いや、そんなつもりは全く無かったのですけど、何故そうなるのです?」

 「何言ってやがる。女の子にプレゼントを贈って『貴女を幸せにします』なんて、それ以外にどう取るんだよ」


 誤解が誤解を生んでいる。

 あれは単に団長が困っていたのを助けようとしただけで、クローバーの話は偶々です。

 何故か気まぐれで摘んでいただけの偶然の産物です。

 別にクローバーでなくても、石ころでも貝殻でも葉っぱでもよかったのです。


 「誤解ですって。四つ葉の幸せなんていうのは、偶々持っていたから渡した、ついでの話です」

 「そうなのか? 俺はまた、姫様に告白する為にわざわざ四つ葉を探して、その上でこの依頼を受けて会いに来たのかと思ったぞ。きっと姫様も、お前がわざわざ自分の為にクローバーを探して持ってきてくれたと思っただろうな。がははは、色男は大変だなぁ、おい」

 「だから誤解なんですってば…」


 誰が色男か。

 僕がそんな女の子にモテルのなら、今頃親友からの妬みで胃痛になっているだろう。


 団長が僕に皮肉を言いつつ、僕はそれで落ち込みつつ、城の門まで辿りつく。

 門を出て、ギルドに向かおうかとしていた矢先、団長が爆弾発言を投げてきた。


 「そうそうハヤテ、お前さっき王女様に外の世界を知る手段をとか言っていたな」

 「ええ、言いました。」


 我ながら完璧な提案だったあれだろう。


 「お前、これからちょくちょく城に来て姫様に外のことを話せ」

 「…はい?」

 「お前が“外のことをしる手段”そのものになれと言ったんだ」


 この団長は何を言い出すのか。

 外を知るとしたら、手紙でも良いじゃないか。冒険者に今回の蜂蜜のように何かを届けてもらっても良い。

 何故僕がそんなことをしなくてはならないのか。


 「嫌だ…と言ったら?」

 「がははは、王族を泣かせると怖いぞ? 俺がお前を牢屋にぶち込まないといけなくなるからな。この依頼だってお前以外受けなかったぐらいだ。お前も依頼を受けなくなると、姫様はさぞや悲しむだろうぜ。期待が膨らんだ分尚更だ、この女泣かせ」


 何という事だ。

 僕は自分で自分の首を絞めてしまった。

 何が嬉しくて、ちょっとでも失礼なことをすれば即座に牢屋行きの生活をしなくてはならないのか。

 王族に庶民が近づくと、碌なことが無いのは何時の時代も同じことだ。

 変な提案をしなければ良かった。


 お城を出た僕は、門番の最敬礼を受けつつ冒険者ギルドへ足を向けた。

 足元から伸びる影はお城に入る前と比べても大分長くなっていた。それでも人通りは未だに賑やかな大通り。

 そこを通ってギルドに行けば、依頼受付の窓口にはエルフのお姉さんが座っていた。


 綺麗な青みがかった髪を艶やかに揺らしながら、他の冒険者達の相手をしていた。

 お姉さんと話し込んでいる冒険者達は恐らく一組のパーティーなのだろう。

 リーダーらしい人が一枚の依頼書を手に、談笑している。

 周りに居る、パーティーメンバーらしい人も談笑に加わっているところを見ると、良い依頼が見つかったのだろうか。


 エルフ受付嬢のお姉さんが奥に行って、しばらく待っているとお姉さんが何枚かのギルドカードを持って戻ってきた。

 談笑していた先輩達のギルドカードだろう。


 どこか気合の入った様子で、僕の横を通り過ぎるようにして出かけた先輩冒険者と入れ違いに、僕は長い耳の美人受付嬢の前まで行く。

 お姉さんの年は相変わらず分からない。

 人でも化粧をした女性の年齢なんて分かりづらくなるのに、それがエルフならより一層分からなくなる。

 人間の女性が秋の空なら、エルフのお姉さんは別世界の空だ。

 実は100歳を超えていたとしても、信じられるだろう。


 そんな年齢不詳のお姉さんに、例の依頼書を渡しながら話しかける。


 「依頼の品を届けてきました」

 「あら、お疲れ様」

 「この依頼書を渡せばこの仕事は終わりですか?」

 「少しだけ待っていてね。確認してくるから」


 そういって、僕から依頼書の羊皮紙を受け取ったお姉さんは、また奥に引っ込んでしまった。

 奥と窓口とを行ったり来たり。受付嬢も中々忙しい仕事らしい。


 ぼんやりと待っていると、にこやかな笑顔でエルフのお姉さんが戻ってきた。

 小さなお盆に銀と銅の硬貨の小山を乗せて、じゃらじゃらと音をさせながら歩いてくる。


 依頼達成が確認されたのなら、あの山は銀貨1枚と銅貨が65枚あるはずだ。

 165ヤールドの報酬だったはず。


 お姉さんは窓口に戻ると、僕の前に硬貨の小山を運んだお盆を置き、依頼達成が確認できたと話してくれた。


 「それじゃあギルドカードを貸してもらえるかしら」

 「はい、お願いします」


 町の外へ出る時にも騎士に見せたギルドカードを、お姉さんは受け取った。受付の中で何やら作業をした後、そのままギルドカードを返してきた。


 「はい、手続き完了よ。依頼達成おめでとう。お金は忘れずに持って帰ってください」

 「ありがとうございます」


 僕は早速財布にしている巾着袋を取り出し、中に硬貨を入れた。

 大分財布も太ってきた。無理なダイエットは体に毒らしいから、財布には無理なダイエットをさせないようにしたい。


 「それと、買取窓口はあっちだから早めに買い取ってもらってね」

 「え?」

 「蜜蝋なんかは教会の蝋燭にも使うから、結構いい値段で買い取って貰えるわ」


 …そうか、蜂の巣か。

 蜂の巣は確かに蜜蝋の材料になる。

 持って帰ってくればお金に換えられたのか。

 今から採りに戻るべきか?


 …いや、今から戻っても、既に場所への道順が怪しい。

 蜂をただ追っかけて行った場所なんて、道を覚えているわけがない。

 それに魔物が居たところに、わざわざまた戻るのもおかしな話だ。


 だがしかし蜂の巣以外にも買い取って貰えるものがあった。

 早速売って来よう。


 「そうですね、早速売ってきます」

 「ええ、いってらっしゃい」


 ギルドの入口から一番遠い窓口2つは、買取窓口になっているらしい。

 茶髪の女の子と、ぽっちゃり系の女の子が買い取り作業をしている。

 冒険者らしく頑丈そうな鎧を付けた男の人が、何だかよく分からない石のようなものを幾つか買い取って貰っていた。


 その横の空いている買取窓口に行くと、茶髪の受付嬢が笑顔で話しかけてきた。


 「ようこそ、ギルド買取窓口へ。何をお売りになられますか?」

 「情報を」

 「…そうですか。では内容をこちらにお書きください」


 一気に真顔になった受付嬢はそういって、一枚の茶色い紙を差し出してきた。

 羊皮紙では無く、パピルスらしき植物を編んだ、ぺらぺらした薄い布のような頼りないものだ。一応紙の触感は残っている。


 その紙に、渡されたペンを使い、依頼で分かったあの情報を書き綴る。

 出来るだけはっきりと、誰にでも分かるように詳しく書いたから大丈夫だろう。

 そう考えて布紙を相手に渡し、ペンも返す。


 「これで良いですか?」

 「はい、結構です。査定をしてまいりますので少々お待ちください」


 目の前に物を置けばそのまま査定してくれるようだが、僕が売ろうとしたものは形の無い物だけに奥で査定するらしい。

 まあ確かに、さっと目を通して査定が終わりと言うのでは、値段を決めるのが受付嬢の匙加減次第となってしまう。

 物なら残るから、幾らで査定したかと合わせて突き合わせれば、仮に不正したとしてもすぐにばれる。

 が、情報はそうはいかない。

 羊皮紙以外に書かせたのは、情報の拡散を防ぐために後で燃やせるようにとかだろう。


 夕暮れも近づき、お腹の虫も騒ぎ出した頃、査定を終えた受付嬢が戻ってきた。

 小さなお盆のようなトレーに、銅貨が数枚載っているのが見えた。売れたのかな?


 「お待たせしました」

 「あの情報を買い取って頂けますか」

 「はい、貴重な情報提供に感謝するとの伝言を預かってきました」


 誰の伝言だ。

 聞くとまたサンタクロースのような高笑いがセットで付いてくる気がするから聞けないけど。


 「こちらがそのお礼ということで、査定の結果、買い取りの値段は10ヤールドとさせていただきます。よろしいでしょうか」

 「はい、ありがとうございます」


 どうせおまけのようなお金だ。

 幾らでも構わない。

 貰った銅貨を財布に入れていると、茶髪の受付嬢が話しかけてきた。

 この子はおしゃべり好きらしい。


 「それにしても、貴方がまさかIランクの冒険者なんて思いませんでした」

 「査定の時にでも誰かから聞いたのですか?」

 「ええ、さっきついでに。あたしはてっきりEランクぐらいの冒険者だと思っていましたから驚いちゃって」

 「早くそんなランクになりたいですね」


 そう、一人前の冒険者になると決めたのだから、早くランクを上げなければ。

 一人前の冒険者というと、普通はどれぐらいなのだろうか。

 確かGとかだったっけ。


 「きっとすぐになれますよ~」

 「ありがとうございます。冒険者として一人前になろうとすれば、どれぐらいのランクを目指せばいいですかね?」

 「そうですねぇ…ランクについての詳しい情報は2ヤールドですけどどうします?」

 「……そうですよね、ただで聞くわけにはいかないですよね」


 流石に、冒険者として重要な指標ともなると、情報に価値が出てくるのだろう。

 お金を払ってまで聞く情報と言うのにも興味がある。

 僕はさっき銅貨を入れたばかりの財布から、銅貨を2枚取り出して茶髪の受付嬢に渡した。


 「はい確かに。それじゃあまず…ギルドでは冒険者の実力と実績に応じてIから始まる10段階のランク付けをしています」

 「ええ」


 それは冒険者になるときにも、可愛いドリーから聞いた。


 「このランクは、自分のランクと同じランクの依頼を3つこなすと上がり、大体Gランクで一人前です。Dランクにもなれば熟練者扱いです」

 「ええ、そこまでは最初に聞きました」

 「大体Iランクの依頼は、丸腰で行くと危ない程度の場所や、素人では分からない程度の知識が求められる依頼までとなります」

 「雑用も含めて?」

 「はいそうです」


 なるほど、早い話が本当の一般人でもこなそうと思えばこなせる依頼がこのランクか。

 なり立ての冒険者がこなせる依頼だから、そういうものなのだろう。


 「Hランクも似たようなものですが、ダンジョンに関する依頼が含まれるのはこのランクからです」

 「ダンジョン?」

 「はい、ダンジョンと呼ばれる魔物や魔獣が沢山居る場所ですね。これについて詳しい話が聞きたい場合は、別途費用が掛かりますので、今は置いておきます」

 「そう言われると気になりますけどね、ははは」


 ダンジョンとやらの話は気になる。

 宝物とかがもしもあるなら、是非行ってみたい。魔物が居なければだけど。


 「Gランクから、弱い魔獣や野獣との戦闘を前提にした依頼が入ってきます」

 「魔獣や野獣についての話は、当然簡単には聞けませんよね」

 「はい。特に個別の話はそうです。このランクから危険度は段違いになりますから、冒険者としてそれ相応の実力が必要になってきますね」

 「なるほど」


 やはりいっぱしの冒険者を気取ろうと思えば、危険な生き物と戦うようになってなんぼと言う事か。


 「ランクがFにもなると、盗賊や魔物の討伐も依頼されるようになります」

 「魔獣と魔物の違いは教えて貰えますか?」

 「まあそれぐらいなら大丈夫です。魔獣は獣のように本能に忠実なもの、魔物はゴブリンのように知恵を持っているものですね、武器を持つとか。大体の目安ですけど」


 それだと、僕が戦った蜂は魔獣扱いかな。

 武器と言うなら、針を持っていたけど。


 「Eを越えたレベルなら、依頼も難しいものが多くなります」

 「例えば?」

 「遠くの国までの仕事であったり、厄介な魔物が相手であったり、高度な知識が要求されたりといったことです」


 厄介な魔物というのがどの程度のものか、またそのうち知る必要があるかもしれない。

 逃げ足が速いとか、そういう話だろうか。


 「Dランク以降は、それらに加えて経験や特殊な能力が必要とされる依頼が増えます」

 「特殊な能力?」

 「えっと…例えばアンデット討伐で火魔法が要るとかです」

 「ふむ、なるほど」


 アンデットのことは栗毛の受付嬢も言っていた。

 特定の技術や魔法が無いと遂行できない依頼なら、確かに熟練者向けだ。

 実力準備の足りない冒険者なら、そもそも対応できない。


 「それに加えてCランクは複数人での対応を前提とした依頼が多くなりますし、Bランクだとドラゴン等の強力な相手と戦う依頼となります」

 「複数人での依頼にドラゴン…ですか」

 「はい、複数人での行動が必要な場合とは、数日間昼夜を通した張り込みが必要であったり、大量の魔物に対応する必要があったりといったことです。ドラゴンなどは、私も詳しく知りません」


 そんな神話や伝説に出てきそうな生き物を相手にするなんて、どんな人間なのだろう。

 もしかしたら、半分人間を辞めたような輩や、人間以外の種族なのかもしれない。


 「AランクやSランクは、国の最重要機密を扱う仕事もするそうですが、そこまでは流石に情報はありません」

 「よく分かりました。ありがとうございます」


 なんにせよ、僕は一人前の冒険者になると決めたんだ。

 まずはGランクを目指す!!


 そんな決意を新たにする僕を、受付嬢が優しい目で見つめていた。


 ちなみに、僕が売った情報とは『オオミツバチ』の情報。

 ソバカス野郎のアイザックによれば、町の近くで魔物を見ることはここ数年無かったという話だ。

 この情報は絶対に売れると思っていたが、銅貨10枚と言うのは思わぬ収入だった。

 魚人のお兄さんから焼肉を一人前食べられる金額だ。

 依頼も少し怪我をしながらも達成し、思わぬ臨時収入もあった。


 ――宿屋に向かう足取りは軽かった。


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