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水の理  作者: 古流 望
2章 一人前の冒険者に向けて
18/79

018話 はちみつ色の秘密

 一生の計は幼にあり、一年の計が元旦にあるのなら、一日の計は朝にある。

 昨日冒険者として一人前になると決意したのは、夜だった。

 今改めて思う。

 この世界で、一人前の冒険者になってやろうと。


 顔を洗って朝ごはんを食べ終わって部屋に戻った僕は、早速今日の準備を整える。

 昨日は初仕事の依頼だけは完璧にこなした。

 この調子で、気を抜かずに頑張れば一人前になれる日もそう遠くは無いだろう。


 昨日も使ってそのままになっていた収納袋に、火打石を追加する。

 夜に色んな読書を嗜んだときに使ったが、また依頼で使うこともあるかもしれない。

 庭でキャンプファイヤーをして、雑草を燃やすのにも、もしかしたら使えるかもしれないしね。


 今日はちょっとばかり、嫌な寝汗をかいた気がする。

 折角なので、元の世界から一緒に落ちてきた唯一の同胞である鞄を開ける。中の本が無事であることを確認しつつ制汗スプレーを取り出す。

 流石に思春期の高校生ともなれば、こういうものは持っていても不思議はないだろう。というより、運動部は必須にすべきだ。

 朝練の前には必ず使ってから練習するべきだと僕は思う。


 本来なら汗をかく前に使うのが正しい用法なのだろうが、それでも気持ちの問題としてこれ以上汗をかきたくない。

 服の下でシューとスプレーが噴き出す音がする。

 ヒンヤリとした冷たさがあるのはスプレーの効果だろうか。

 シトラスミントの香りが部屋に広がる。これで昨日の体を色々拭いた時の匂いも女将さんやお姉さんには分からなくなるだろう。


 身体のあちこちにスプレーをかけて色んな匂いを消臭し、黒い鎧を身に付け、小剣を腰に下げる。

 ナイフは腰の後ろに回し、更にマントも羽織る。

 きっと、何処から見てもいっぱしの冒険者に見えるに違いない。我ながら決まっていると思う。

 鏡があるなら、一度じっくり自分の格好を確かめてみたい。


 鏡ぐらいは中世の世界であるこの世界でもあるはずだ。

 僕の記憶が確かなら、邪馬台国の時代ですら鏡があった。金属加工の技術があるのは、身に付けている軽装鎧ライトアーマーで分かっているのだから、鏡は有るはずだ。

 日用品セットには入っていなかったけど。


 お泊りセットに入っていないと言うことは、泊った後には鏡なんて使わないと言う事か。

 アラ麦の糠袋を使って洗顔すれば、夜の顔から朝の顔になる。

 きっと朝起きたら、男性が驚く顔をするからだろうな。そんな顔を鏡で見たくはないだろう。

 或いは驚かれるような顔を見たくないから鏡が無いのか。


 収納袋を右肩に背負い、雨戸を閉じて雨戸の錠を掛ける。

 部屋の鍵を持って、洗濯モノの脇を抜けて廊下に出る。

 うん、きちんと分かるように置いてある。

 鍵を掛け、相変わらずギシギシと床鳴りがする廊下を歩いて1階に下りる。


 窓口は何と口ひげのマスターだ。

 やはりこの宿屋と食堂は家族経営に従業員という形態で運営しているのだろう。

 そりゃ人手不足は間違いない。よくこれで破綻させずに仕事を回しているものだ。夫婦は何時寝ているのだろう。


 「鍵をお願いします」

 「はい、預かるよ。これから仕事かい?」

 「ええ、今日もしっかり働いてきますよ」

 「頑張ってくれ。期待しているよ」


 にこやかなマスターに送り出されて、今日も今日とて冒険者ギルドに向かう。

 いつも通り賑やかな通りを抜けて、風通しが大変よろしい冒険者ギルドの入口を入る。


 冒険者ギルドの依頼受付窓口には、見慣れた栗毛のポニーテールは座っていなかった。

 今日は休みなのだろうか。

 それとも24時間体制であれば夜勤とかがあるのだろうか。

 夜勤のある職業は辛いだろうな。


 昨日教えてもらった新米用依頼掲示板の前に立てば、依頼の4割ほどが昨日と入れ替わっていた。

 やはり毎日依頼が来ると言うだけあって、消化される依頼の数もそれなりに多いようだ。

 そのうちの1件は僕なのが、少し誇らしい。


 どれにしようか。

 昨日も採取依頼をこなしたから、今日もそれにしようか。

 昨日悩んでいたご同輩とは違って、恐らくペアの冒険者が二人、一生懸命依頼を選んでいる横に立つ。

 どちらも茶髪の良く似た顔の二人。背は僕よりも低いし、年も僕よりは若いように見える。中学生ぐらいの兄弟のようにも思えるが、それにしては顔のラインや鼻筋が似通いすぎている気もする。

 双子か?


 「こんにちは」

 「「こんにちは」」


 間違いない、双子だ。

 それもきっと一卵性双生児だ。

 見事に僕の方へ顔を向ける動作まで揃っている。

 声はどちらがどちらの声か分からないほど綺麗に重なっていた。


 「良い依頼は有りますか?」

 「「あんまり良い依頼は無いですね」」


 何でそんな答えまで揃うのだろう。

 幾ら一卵性双生児だとしても、そこまで揃うのはおかしいだろう。


 また依頼を真剣に選び出した双子を気にしないようにして、適当な依頼を探す。


 『花束配達 報酬:80Y 依頼者:グウィディ 依頼内容:上級区に住むエレレル=フリージア嬢への花束の運搬の依頼。必ず本人に手渡すことが条件。配達者は女性であること。  特記事項:花束を渡すときに手紙の返事を受け取った場合、別途報酬』


 驚いた。

 本当にイケメンが手紙を持って行ったのでは無いだろうか。

 昨日のラブレターの依頼がグレードアップしているよ。

 手紙の内容が熱烈な愛のささやきだとしたら、イケメン冒険者が持っていったら誤解を生んだのかもしれない。その内容を冒険者が書いたと誤解されるとか。

 そして生まれる冒険者と彼女の恋。

 そうなると依頼人はキューピットと言うよりはピエロだろうね。

 邪推しすぎかもしれないけど。

 単に、自分で持って来いと言われたとか。


 『警備員募集 報酬:1100Y 依頼者:トナレル=ローカトリア子爵 依頼内容:子爵令嬢の別邸警護の要員募集。期間中は一切の人の出入りをさせないこと。期間は夏上月20日から同月27日まで。人数は多い方が良く複数人のパーティーでの警備を歓迎。 特記事項:子爵令嬢が別邸から抜け出す可能性あり』


 なんという依頼だ。

 他の依頼と比べても中々に高額依頼のようだが、特記事項が怪しすぎる。何を考えてこの依頼をIランクにしたのだ。

 僕がこの依頼を受けるとするなら、背後関係を洗ってからでないと、とてもじゃないが受けられる気がしない。

 こういうのは、お転婆のじゃじゃ馬娘に手を焼いている父親が出した依頼に違いない。

 この依頼はパスかな。

 新米にしては高額の依頼料に釣られて、受ける奴も居るのだろうな。

 これも技術支援とかいう依頼区分になるのだろうか。

 単なる面倒事を押し付けられている雑用ではないだろうか。


 僕が見ていたことで、双子もこの依頼に興味を持ったらしい。

 しばらくじっと4つの目が見ていたが、ペリっと剥がした依頼の羊皮紙を持って行ってしまった。ご愁傷様。

 笑顔で持って行ったところを見ると、危険性に気づいていない様子だ。高めの報酬に浮かれているな。あれは。

 抜け道を知り尽くしたお嬢様と、それに振り回される双子の物語か。小説にしたら売れるだろうか。


 彼らも、知恵のある人間が自分を出し抜こうとするときの怖さを知るべきだ。

 特に、ジジイがそういう悪知恵を使うのには気を付けた方が良い。中でも、偉い肩書きが付いているジジイは近づく前に逃げることをお勧めする。


 『蜂蜜採取 報酬:165Y 依頼者:カレンナール=フィ=アキニア 依頼内容:サラス西の林からの蜂蜜採取を希望。手段は問わず、期限までに蜂蜜を大匙3杯以上持ち帰ること。期限は夏上月10日まで 特記事項:依頼品は直接依頼人に手渡すこと』


 この依頼は中々良いと思うな。

 報酬もIランクの中ではほどほどに高めで、やることも分かりやすい。

 蜂蜜なら鑑定の必要も無さそうだし、採れる場所まで目星が付いているなら話は早い。

 期限と言うのが気になるけど、丁度良いからこの機会に聞いてしまうのも良いかも。


 ペリっと剥がしたその依頼書を揺らしながら、依頼を受ける窓口に向かう。

 今の僕は、誰がどう見ても冒険者に見えているだろう。

 見えているに違いない。

 ほら、あそこの厳つい先輩冒険者だって、僕のことを可哀そうな子犬を見る様な目で見ている。


 ……何かまた変な事をやらかしてしまったのだろうか。


 依頼窓口には、ショートカットのシルバーブロンドを輝かせる受付嬢が居た。

 澄ました笑顔に透き通る様な肌。物凄い美人だが、どこか気の強そうな雰囲気もする。

 薄くひかれた紅の乗った口元は涼やかで瑞々しく、さらりとした髪に良く似合っていた。

 年がもう5歳ほど下なら、同級生になれていたかもしれない。


 「この依頼を受けたいのですが」

 「はい、お預かり致します。……あら、この依頼」

 「何かまずかったですか?」

 「いいえ、期限が明日までの依頼になっているの。貴方、それでも受けるのかしら」


 なるほど、今日は夏上月という月の9日というわけか。

 今まで見ていた依頼の中では、確か夏中月というのもあった。上と中があるなら、下もあるだろう。

 別に今日中に終えるつもりだったから、特に気にする必要も無いだろう。


 いや、西の林が片道で3日とかなら、それだけで達成不可能な依頼だ。

 確認しておいた方が良いだろう。


 「ちなみに、この依頼の西の林というのはどこらへんにあるのでしょうか」

 「門を出てすぐ近くの林のことよ」

 「歩いて行くとしたらどれぐらいかかる距離ですか?」

 「さあ…、10分ぐらいじゃないかしら」


 受付のお姉さんは、訝しげに僕を見つめる。

 その瞳は綺麗な青色をしていて、空をそのまま映したような色をしている。


 「なら、その依頼を受けようと思います」

 「本当に、この依頼を受けるのね?」

 「はい、受けます」


 どうにも仕方が無いといった様子で一度目を瞑り軽いため息をついたシルバーブロンドのお姉さんは、ため息が終わると目を開けて依頼の羊皮紙を持って椅子を引く。

 椅子が床に擦れる音と共に、ショートカットの髪を揺らしながら立ち上がったお姉さんは僕よりも遥かに身長が高かった。あの騎士団長のアラン様よりは流石に低いが、それでも180㎝程度はあるだろう。

 スラリとした体つきに、高い身長。モデル体型と言うのはこういう体型の事ではないだろうか。


 そのままカウンターの奥に歩いて行ったお姉さんは、働くキャリアウーマンという印象を受ける。同年代の少女とは違った大人のお姉さんだ。

 綺麗なお姉さんは好きですか?


 しばらくカウンターの前で待っていると、お姉さんが何故か笑顔で戻ってきた。

 まるでバレンタインデーに手作りチョコレートを作るため、台所に立っている娘を見る母親のような笑顔だ。


 「お待たせしてごめんなさい。ハヤテくん…で良いのよね」

 「はい、そうです」

 「貴方の依頼、手続きが終わったからギルドカードを見せて貰えるかしら」

 「ちょっと待ってください……これです」


 ごそごそと探って、ギルドカードを取り出す。

 お姉さんが僕の名前を誰から聞いたのかが気になるところだが、下手に藪を突くと蛇よりたちの悪い偉い人が出てきそうだから止めておこう。

 出てくるのが可愛い小動物的マスコットなら藪でなくても積極的に突くところだけど。


 「はい、それじゃあ確認するわね」

 「お願いします」


 お姉さんにカードを渡す。

 渡すときに少し指が触れた気がするのは、意識しすぎだろうか。


 「…はい、終わったからカードは返すわね。頑張って依頼をこなして来てね」

 「ええ、頑張りますよ」


 テキパキとカウンターの中で作業をこなして、お姉さんは青い瞳を僕に向けながら世間話をしてきた。ことりと瓶をカウンターに置きながら、その瑞々しい口を開いた。


 「この瓶の中に、蜂蜜を詰めて来てもらえれば良いわ」

 「分かりました」

 「それはそうと、貴方恋人は居るの?」

 「え?……えっと……募集中です」


 顔に熱が籠って、熟れていくのが自分でもわかる。

 急にこんなことを聞かれてしまうとは思わなかった。


 「あらそうなの?なら私が狙っちゃおうかしら」

 「あの、えっと……その……依頼行ってきます」

 「ふふ、行ってらっしゃい」


 僕はこういう時とっさに気の利いたことを返せる人間を心底尊敬する。

 この手の冗談を言われた時は、経験がものをいう。

 年上の綺麗なお姉さんにからかわれて、格好良く対応できる人間なら今頃ハーレムでも作っているに違いない。


 慌ててお姉さんから受け取った瓶を鞄に仕舞い込み、少し早足でギルドの建物を出る。

 早朝のひんやりと爽やかな空気が流れ、赤くなった頬を気持ちよく撫でていく。


 冒険者ギルドから、林に向かった通りを歩く。

 ギルドの建物は、南の門から北の御城や騎士団詰所までに抜ける通りと、東西の大通りの交差点の角地にある。

 町をぐるりと囲む壁の、丁度中心にあるような場所だ。


 そのギルドから、西の方角へ向かう。

 東西の通りは南北の通りより少し広めの道路になっている。

 幅でいうと左右でそれぞれ1mづつぐらい、広さの余裕がある。


 もちろん左右の露店も健在だ。

 南北の通りに比べると、木組みの立派な屋台の数が多いとは感じていた。


 屋台の一つに野菜を売っている屋台があった。

 薄くて細い木で組み上げられたザルのような籠が幾つかあって、それぞれに色とりどりの野菜が積まれている。

 この世界でも野菜はあまり変わりが無いようだ。

 たまねぎ、トマト、細いカブか太い大根のどちらかだと思われる根野菜に、ジャガイモとキャベツのような葉物野菜の玉。


 玉ねぎは、色が変わっている。

 オレンジがかった茶色では無く、はたまた緑が僅かに見える白でもなく、赤色がかった紫色だ。

 形だけは、僕が知っている玉ねぎの形そのままなのだけれど、その色だけで買うのを躊躇してしまいそうだ。

 切った時に涙が出るのには変わりが無いのだろうけどね。


 ぶらりとそのまま隣の屋台を見れば、布を売っている。

 生地をそのまま畳んだような物が少しづつずらされながらも重ねられ、赤色、青色、白色、黄色に黒色と色鮮やかな模様を作っている。

 大通りから一番見えやすい手前の布には、綺麗な刺繍もしてある。

 薔薇か牡丹のような花に、コマドリのような鳥が飛び交う刺繍。見るだけで細かくて手間のかかっている様子が伺える。

 もしかしたら宿屋の女将さんみたいな人がアルバイトか内職代わりに刺繍しているのかもしれない。

 やはり日本とは、色遣いのセンスが違う。淡い色と言うのが本当に少ない。僕は結構薄めの色が好きなのだけど。

 こう、透明感のある色と言うやつだ。


 そんな異国情緒を堪能しながら、西の門まで歩く。

 西の門も大きく見上げる様な鉄扉だった。

 蔦が絡まったような模様の入った重そうな扉。


 入口は広々と開けられていたが、重そうな全身鎧を着た人間が門の両脇にいる。

 腰に剣を佩き、左右に一人づつだがそのどちらもが、門に入ろうとする人間や、出ようとする馬車に対応しているようだ。

 見たところ騎士風なので、恐らく賭けに負けた連中だ。僕を見るだけで何か言いたそうな目を向けてきた。

 流石に2人だと多少の列が出来るらしく僕も列に並ぶ。


 列の前の人はエルフらしきお兄さんだ。

 白いフード付きのマントを、パーカーを羽織るように着ている。

 後ろからだと後頭部しか見えないけど、綺麗な金髪。さわるとサラサラしていそうな髪だ。

 トリートメントみたいな洗髪料が、この世界にもあるのだろうか。


 しばらく待っていると、エルフの人と騎士の人との話が終わって、僕の番になった。


 「お前、この間調子にのっていた奴だな。何処に行く」

 「すぐそこの林まで行こうと思っています」

 「何の用事だ?あそこには魔物も居なかったはずだぞ」

 「蜂蜜を集める依頼を受けました」


 調子にのっていたというのは誤解だと思います。

 悪い人間が居るとするなら、それは赤い鬼です。青鬼や黒髪は良い奴なのです。


 「まあいい。お前、夜は気を付けろよ。暗い夜道には危ない連中もでるらしいからな」

 「……気を付けます」


 だから誤解ですってば。

 そんな遠回しに脅さなくても良いと思います。

 低く唸るような声。まるで狼の唸り声のような圧力で、夜道の怖さをそこまで丁寧に教えて頂かなくても良いと思うけど。


 人間、明らかに原因が分かっていても、それが自身の能力や立場で解決できないと言うことがある。

 そんなとき、人は心理的な防衛措置として逃避や代償といった働きを心に求める。

 自分が逃げられない書類仕事を与えられたとき、問題解決にはならなくても他の事に原因をでっちあげる。或いは自分より立場の強い人間にへこまされて仕返しも難しい時、自分より立場の弱い人間に代わりを求める。

 こういった心の働きは、世界が変わっても変わらず存在するようで、古今東西の普遍の原理のようだ。

 単に八つ当たりともいう。

 やられた方はたまった物ではない。


 とりあえず身分証としてギルドカードの提示を求められたので、良く見えるように騎士に見せる。これで間違いなく、いっぱしの冒険者だと思ってもらえたに違いない。


 流石にギルドの職員は嘘を付かないらしく、歩いてすぐの所に木々が生えている林があった。

 風が木々の葉を揺らし、ざわめく音が穏やかな時間を演出する。

 森の鬱蒼とした濃い空気とは違った、木々の間を抜ける、草原とよく似た香り。


 人の手が入っているらしく、踏み固め地肌の露出した道のようなものも付いている。

 よく見れば、下草も刈ってあるようで、どの草にも葉の上の方に切られた跡がある。

 その獣道以上舗装道路未満の土の道を歩き、蜂蜜を探す。


 蜂蜜は、言うまでも無く蜂の巣がある所に溜まっている。

 この世界の蜂が実は子牛ほど大きいとかでもない限り、巣を見つけられさえすれば、蜂蜜採取も容易にこなせるはずだ。

 冒険者に依頼した理由は何だろうか。

 期限が切羽詰っているとか、町の城壁外だから危険もあるだろうと言うことだろうか。


 今日も空は眩いばかりの青い空で、何処までも続いているような気がする高い高い青色。

 そこに羊の群れを思わせる白い雲がゆっくりと流れ、雲の隙間から顔を出すお日様の日差しは林の葉を照らす。

 葉の隙間から僕の体に映る木漏れ日と葉の陰の揺らめきは、のどかでとろけるような穏やかな気持ちにさせてくれる。風のざわめきと共に揺れるその木漏れ日の中を、僕は進んでいく。


 しばらく歩いていると、少し開けた場所に小さな白い花が咲いていた。

 ゆっくりと近づいて、剣が邪魔にならないようにそっと腰を下ろしてしゃがむ。

 花を一つ手に取って手折れば、とても小さな白い花弁が集まった花だ。シロツメクサと呼ばれる花だろう。

 その花たちの根元を見れば、丸みを帯びた3枚づつが、1セットになった緑の小さな葉っぱの群れ。

 極稀に4枚がセットになった物があり、幸運を運ぶと言われている葉っぱ。クローバーだ。


 そっと木漏れ日の中を通ってきた風が僕の肌に挨拶して、そのままクローバーとシロツメクサたちをざわめかせていく。

 小さく白い花は、微笑ましくも首を一生懸命揺らして風に挨拶を返している。

 花の間を、これまた小さく白い蝶が可憐な姿で飛び回っている。


――ブーン


 やはり綺麗で可愛らしい花には、多くのものが寄せ付けられるのだろう。

 蝶や花とは違った、重たそうな羽音を鳴らしながら、探していた尋ね人が飛んできた。

 大きさはきっと蝶より小さいであろうその虫は、飛び回る白い羽よりも存在感を振りまきながら白い花の間を忙しなく飛び回る。


 「あれを追いかければ良いのかな」


 なるほど、冒険者に依頼するわけだ。

 かなりすばしっこく動く蜂を目で追うのは、相当に集中力が要る。

 目を右に左に動かしながら、懸命に見失わないよう追い続ける。


 蜂はしばらく花の間を飛び回っていたが、5分ぐらいたった後にクローバーとシロツメクサの楽園から離れるように飛び始めた。


 大きな羽音を林の中に響かせながら、飛んでいく。


 僕は慌てて、見失わないように走り出す。

 蜂を追いながらのランニングは、足元を気にする余裕がなくなってしまう。

 多少心苦しいながらも三つ葉と白花を踏みつけて走る。


 黄色や黒色と言うよりは赤く見え、小さい羽の生えた採取人は木々の間を器用に飛び回る。

 時々見失いながら、ブンブンと鳴る音を頼りにまた見つけて追いかける。


 そんなことを何度か繰り返した時だろうか。

 蜂が一本の木の葉の間に入っていった。

 真っ直ぐと生えた木の葉と葉が重なり合う場所。


 そっと様子を伺いながら、木に近づく

 慎重に木の陰から顔を出しながら辺りの様子を伺い、異常が無さそうなら、さっと次の木の陰に移動する。

 きっと今の僕は、とても慎重かつ機敏に任務をこなすスパイや忍者のように見えているに違いない。

 きょろきょろ、ささっ。

 目標までの間の、最後の一本の陰まで到着した。


 そこから、ターゲットの木の枝を探る。

 慎重に木の陰から、こっそりと。

 そっと上の方を見れば、見辛いが確かに蜂の巣が見えた。

 2mより少し高い場所に、花の蜜の貯蔵タンクがある。


 「これからどうしよう……」


 6角形の配列が並ぶ蜂の家から、どうやって蜜を分けて貰うかを考えていなかった。

 単に見つけてしまえば後は楽勝だろうと思っていたが、どうすればあそこから蜂蜜を集められるのだろうか。


 そんな考えごとをしていたからだろうか。

 僕は気付くことが出来なかった。


 いつの間にか自分のすぐ近くで、蜂のそれと呼ぶにはあまりにも大きな羽の音。

 気が付けばすぐ傍でぶんぶんと、まるで金属バットを振るような音がしていた。


 ――ギョロリ


 怪訝な視線に気づいた僕は、自分が危険の只中を泳いでいることにも気づき、冷や汗が流れた。

 すぐ傍でしていた羽の音の正体。


 黄色と黒の縞模様に、ふさふさの毛並み。

 透き通る様な透明感のある羽の色。

 僕を見つめるのは、俗に呼ばれる複眼という粒の多い丸い眼。

 口元はまるで舌なめずりをするように伸びた、長いストローのような口。

 そう、ミツバチだ。


 ただ一つ、普通のミツバチと違う点があった。

 

 大きさが大きすぎる。

 自分の両手の拳を二つ合わせたような大きさの蜂が、1匹、2匹、3匹……8匹。

 全部で8匹の巨大ミツバチが僕を睨んでいる。


 それに気づいた瞬間、僕は腰の小剣の柄を右手で握りながら、あれは何なのだと疑問に思った。誰だって、自分の顔幅ぐらいある蜂がこっちを向いてブンブンと羽を鳴らしていれば、何事かと思うだろう。

 そうすると、頭に情報が浮かんでくる。


【オオミツバチ(Gigas apis mellifera)】

 分類:魔物類

 特性:襲人性、集団行動型、風属性抵抗強化、火属性抵抗弱化

 行動:蜜蜂の守りを司る。蜜蜂の巣に近づく人及び獣に対して、強制排除を行う。


 ……こんな情報知らなくてもよかった。

 この世界に来て初めての魔物が、こんなに巨大な異形だとは思わなかった。


 どうするか。

 悩みながらも、小剣をスラリと鞘から抜いて、両手でしっかりと握る。

 汗ばむ手から滑り落ちないように、渾身の力を込めて。

 握った手は白く血の気も無くなり、気が付けば顔に浮かべた色も同じ色になっていた。


 透明感のある羽を鳴らしながら、蜂の魔物たちは僕の周りを囲み始めた。

 ゆっくりと左右に、そして上下に動きながら、僕を中心にぐるりと円を描く。

 僕は透明感のある色が大嫌いだ。あの羽のような色は、生まれてからずっと嫌いだったはずだ。


 野犬とは違った、生まれながらにして人の敵である存在の純粋な敵意。

 16の複眼で見つめる僕は、こいつらからすれば単なる獲物でしかない。

 そんな混じり気の無い敵意を向けられる。既に退路は断たれていた。


 ――そして僕は、初めて魔物を屠ることになる。

ハジメテの魔物が現れた

・たたかう

→逃げる


しかし回り込まれてしまった。

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