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水の理  作者: 古流 望
1章 異世界での独り立ち
16/79

016話 慰めの報酬

 南の門は鉄門の大きな扉と、その脇の小さな通用口に分かれている。 

 初めて街に入った時は気づかなかったが、特に鉄門の方は、蔦が絡まったオリーブの葉のような植物の装飾が施され、年を重ねて黒くなった部分と、錆びて赤茶けた部分が見える。

 入った時には気づかなかったものがもう一つある。

 通用口も人の出入りがそれなりにあるということだ。

 何人かがまとまって通用口に入ることもあれば、ドワーフが一人で入って行ったりもする。

 大通りの喧騒に比べれば人通りも少ない気がするものの、よくよく考えれば南よりも西か東の門の方が主要出入り口なのだろう。南の通用口は、馬車も通りそうにない。


 しかし、南門に来たのには理由がある。

 知り合いが居るかもしれないと思ったからだ。

 あの親切なソバカス顔の騎士が居るかもしれない。名前は確かエイザックさんだった。


 通用門を開けて中に入れば、少し黴臭いヒンヤリとした空気が鼻をくすぐる。

 相変わらず薄暗いが、中には案の定金髪でソバカス顔の知り合いが居た。何か机の上に紙らしきものを広げ、インク壺をその脇に置いて、羽ペンで一生懸命書き物をしている。

 真剣な顔をしている割に、直ぐにこちらに気づくあたりは集中して何かをしていたわけでは無いのだろう。


 「やあ、昨日ぶりだね」

 「おはようございます。エイザックさん」

 「おはよう。名前、憶えてくれたの?うれしいなあ。今日はどうしたの?」

 「ちょっと依頼を引き受けまして」


 書類を机の上に広げたまま、笑顔で寄ってきたソバカス顔を見ながら僕は答える。

 騎士の仕事と言うのは、剣を使うだけでは無いようだ。

 江戸時代の武士が官僚でもあったように、ここでも騎士が行政の一面を担っているのだろう。


 「依頼かぁ、何、冒険者になったの?」

 「はい、昨日あれから登録をしまして冒険者になりました」

 「そうか~、頑張ってね。冒険者ギルドの受付には可愛い子も多いし、仲良くなったら紹介してよ。ね?」

 「あはは……」


 若い男の考えることは、どの世界でも同じだ。

 案外、この金髪の騎士が冒険者とか騎士になろうとした動機も不純なものかもしれない。


 「そうそう、聞いたよ~」

 「何です?」

 「君、団長と勝負していたんだって?俺も君に賭けてりゃ今頃小金持ちになれていたのにな~」

 「いや、あれは勝負と言うより勝手におもちゃにされたといいますか……」


 良い感じに勘違いしているソバカス騎士は、負けていた時のことを考えない性格らしい。

 ある意味で前向きな姿勢は素晴らしいものだ。


 「次にやるときは、俺も君に賭ける。今決めた。その時はよろしくね~」

 「次があるならですけどね。あはは」


 お互いに笑いながら僕は、昨日は逆に通ったドアを開けて町の外に出た。

 片手でドアを開ければ、軋ませながらドアが開く。

 僕の初仕事はこの扉の先から始まる。


 広々とした草原を眼前に見ながら、蒼い香りが風に乗って飛んでいるのを感じる。

 良い天気だ。ピクニックでもするならもってこいだろう。


 しまった。

 ヨモギの生えている場所を親しげな騎士に聞けば良かった。あのエイザックなら嬉々として教えてくれただろう。

 まぁ良い。初めての依頼で何から何まで人に頼り切りだとこの先が思いやられる。


 受付嬢のドリーに聞いた話だと、例のヨモギは日の当たる所に生えているらしい。

 確かに植物には水と日光が大切だ。日陰で良く育つのは苔ぐらいだろう。


 そういえば、問題を解決しておくのを忘れていた。

 ドリーの話で思い出したが、出来るだけ早く片付けておかないといけない。


 問題とはMPの消費の話だ。

 森で魔法を使った限りでは、【鑑定】はMPとやらを消費していた。これを解決しないと、ニセオキヨモギの判断が1回しか出来ないことになってしまう。


 「ステータス!」


 半透明のウィンドウが開き、ステータスが現れる。

 昨日、野犬と戦ってから中身は変わっていないが、余っている物がある。

 残ポイント、いわゆる昇格値と言われるポイントが残り11ポイント。


 他にも欲しい魔法はいっぱいある。

 取得可能魔法の欄にある【透視】とか【近距離ワープ】とか【ファイア】とか。

 特に【透視】はどこまで透けるものなのか試してみたくもある。

 が、今は止めておこう。

 今は初依頼をこなすことを最優先すべきだし、下手にそんな怪しげな魔法を取ってしまうとギルドの水晶のような道具でバレた時に言い訳をしなくてはならない。

 特にあの爺さんに知れたら、どうなるか分かった物じゃない。


 確かヨモギ採取の依頼では、最低5株で上限が10株だったはず。

 だとすれば、まぁ最低5回程度の【鑑定】が必要になる。それで全部当たりなら、それで依頼達成。

 ニセモノが入っていたら、その分MPが必要になるわけだ。

 確率がどれほどのものか分からないから、安全策として倍ほど集めてみれば良いだろう。

 それでニセモノと本物の区別をつける手がかりか特徴が分かれば問題ない。


 半透明のウィンドウを操作してMPの欄を触れてみる

 インフォメーションメッセージにはMPが1上がったことが表示される。

 なるほど、1回で1ポイント割り振れるわけか。


 合計10回クリックっぽいタッチ操作でMPを増やした。

 これで【鑑定】も11回は使えるわけだ。


 【ステータス】

Name(名前)  : 月見里 颯(やまなし はやて)

Age(年齢)   : 16歳

Type(属性)  : 無

Lebel(レベル): 2

HP        : 51 / 51

MP        : 11 / 11

腕力        : 11 / 11

敏捷        : 11 / 11

知力        : 11 / 11

回復力       : 11 / 11

残ポイント 1


◇所持魔法 【鑑定】【翻訳】

 :


 昇格値の残ポイントはとりあえず保留だろう。

 どの項目がどんな効果を持っているか分からないし、何より魔法があるのだ。

 魔法にはきっと便利な物がいっぱいあるに違いない。

 でなければ科学技術の代わりになるはずもないのだから。


 各項目の意味ぐらいは、また情報収集するほうが良いかもしれない。腕力とかの項目ならともかく、回復力だのの項目は意味が分からない。


 何はともあれ、準備は整った。

 ポイントを割り振ったら、最大量だけ増えて肝心の数値は増えないということも無かったから、後はヨモギを探すだけだ。


 青天の空の下、上を向かずに下を向いて歩く僕は、涙がこぼれる疲れた人間に見えるかもしれない。

 腰を曲げて落とし、目線を下に向けてキョロキョロと挙動不審な態度を見せる。探し物をしていると分かってもらえれば良いけど、下手をすれば警察を呼ばれてしまう。

 この世界なら、警察では無く騎士団か自警団のような何かだろうか。


 町から15分ほど探し歩いただろうか。

 小さくて白い花が咲く場所の横に、それらしい葉っぱが群生しているのを見つけた。


 ちなみに、ヨモギは生える時にまとまって生える性質がある。

 というより、ヨモギ自身が他の植物が生えづらくなる成分をだすからそうなってしまうらしい。

 薬も過ぎれば毒になる。野菜を作る農家では、ヨモギを嫌う人も居るそうだ。

 生えているうちの一株を抜き、早速【鑑定】を使ってみる。

 抜いた途端に独特の香りがしたから、間違いはないはずだ。


 鑑定を念じると、情報が頭に浮かぶ。


 【オキヨモギ(oky mugwort)】

  分類:植物類

  用途:止血、服用薬の生成、食用

        :


 間違いない。これが例のオキヨモギだ。

 簡単な仕事だった。これを5株集めるだけだ。


 肩にかけた鞄から、道具袋を取り出す。

 服飾店の店主によると、袋に入れて薬草を集めるものらしい。

 確かに、裸の薬草を両手に抱えていては、いざと言うとき剣も持てないだろう。

 両手を常に空けておくように心がけるのは、冒険者の嗜みと言ったところか。

 A4コピー用紙程度の大きさの袋の中に、最初の収穫を入れる。

 口紐を絞って、そのまま紐を腰に結わえる。これで失くすこともないだろう。


 この程度の依頼を、何故わざわざ冒険者に依頼するのか分からないが、この調子なら午前中にも仕事が終わってしまうだろう。


 潰さないように一株づつ確かめながら集めていると、4株目にほんのわずかに手触りが違う気のする物があった。

 手に取ってみると、見た目は他のものと同じだが何か違和感を覚える。

 鑑定を念じると、その違和感の正体が分かった。


 【ニセオキヨモギ(pseudoky mugwort)】

  分類:植物類

  用途:出血毒、血栓治療

        :


 ……冒険者に依頼する理由はこれか。

 確かに見た目は驚くほど良く似ている。

 それでいて片一方は毒物となれば、危険物扱いで冒険者に依頼するのも頷ける。それも新米が注意力や観察力を養うにも持って来いで、Iランクになっているのも流石だ。あの爺さんも伊達に高そうな机で仕事をしているわけではなさそうだ。


 僕が【鑑定】を持っていたから確実に分かったけど、持ってないときはどうなるのだろう。

 葉っぱの先でも噛んで試すのだろうか。

 それとも、僕のまだ知らない判別方法でもあるのだろうか。


 結局MPを使い果たすまで集めたが、ニセモノは1つだけだった。

 おかげで依頼上限いっぱいの10株集めることが出来た。初依頼としては大成功だろう。

 1時間ぐらいしゃがんでいたから、腰が痛くなってしまった。

 立ち上がって、シリア人の弓の如く背中を思いっきり伸ばす。


 意気揚々と笑顔で門まで戻ると、エイザックは相変わらず書類と格闘していた。たぶん種目を選ぶとしたら、ボクシングだろう。エイザックが立ち上がって僕の方に来るときにふら付いていた。きっと頭にしこたま良いのをくらったか、難しい文字のラッシュをもらったに違いない。判定で書類のTKO勝ちにならないと良いけどね。


 「おかえり~早かったね~」

 「エイザックさんも何だか疲れているみたいですけど大丈夫ですか?」

 「団長に書類仕事を山盛りで言いつけられてね~……あの人は鬼だ、オーガだ、悪魔だ。きっと俺が苦しむのを楽しんでいるんだ」


 この世の終わりのように悲痛な顔で恨めしそうに愚痴をこぼしている。

 あの人が厳しいことは僕も認めよう。面倒見は良くても、あれはスパルタ式に人を鍛えるタイプだ。たぶん。


 「僕も頑張ってきたので、エイザックさんも頑張ってください」

 「何?依頼ってそんなに簡単な仕事だったの?」

 「ええ、1時間ぐらいで終わりましたよ」

 「ちくしょう、不公平だ。きっと俺がモテるのを妬んだ誰かの陰謀だ。黒髪と赤髪の鬼が共謀しているんだ。あ~神は死んだ」

 「まあまあ、きっとすぐに書類仕事も終わりますよ」


 赤髪の鬼は分かるとして、黒髪の方は僕じゃないだろうな。

 それにモテるなら可愛い子を紹介しろとか言わないだろう。

 尚もブツブツ文句を言っているソバカス顔で彼女募集中の騎士を横目に、そっと扉を抜けて町に入る。


 町に戻って大通りを見れば、人通りは昨日と変わらない。

 ドワーフが居たり、美人のお姉さんが居たり、エルフが居たり、魚人のお兄さんが肉を売っていたり。


 そう思っていると、件の屋台の肉売りから声を掛けられた。大きな声で叫んできたから、嫌でも聞こえてしまう。


 「お~い、昨日の兄ちゃん、今日も1つどうだい」

 「ありがとう。でも今日はお腹が空いてないから、またにするよ。騎士には、なれそう?」

 「おぉ、昨日あれから騎士団の人が顔見せてくれてな。次の入団試験を受けられることになった」

 「頑張ってね」

 「ありがとうよ」


 負けじと叫び返した。そうか、入団試験というのがあるのか。

 流石に僕程度の推薦で入団できるほど、簡単ではないだろうとは思っていたけど、無視もされなかったらしい。

 やはり肉の賄賂……もとい差し入れが良かったのだろう。団長も義理固い性格らしい。

 そりゃ軽い性格の女日照り騎士には厳しく感じることだろう。


 そのまま露店を冷やかしながら歩く。昨日とは違っていながらも、同じぐらいあちこちから美味しそうな匂いがする。

 冒険者ギルドに付くと、早速ドリーの窓口に向かう。

 別に奥の窓口でも良いらしいけど、折角なら知っている人の方が気も楽だしね。


 「ただいま。依頼のヨモギを集めて来たよ」

 「おかえりなさい、ハヤテさん。ずいぶんと早かったですね」


 受付嬢ドリーの瞳が、いつもより大きくなっている。驚いた顔で僕を迎えてくれたけど、悪いことをしたわけではなさそうだ。

 冒険者ギルドを出てからだと、2時間ちょっとぐらいで戻ってきたことになるだろうか。

 そんなに驚くほど早かったのだろうか。


 「意外と簡単に見つかったからね。これ、ヨモギ。確認してもらうのはここで良いの?」

 「はい、預かります。確認してくるのでちょっと待っていてください」

 「お願いしま~す」


 それにしても、普通はどれぐらい時間を掛けるものなのだろうか。

 群生地をあらかじめ知っていれば、もっと早くに終わることも出来たのかもしれない。

 効率化すれば、意外と割のいい仕事になるのではなかろうか。

 

 しばらくするとドリーが窓口に戻ってきた。

 手には四角いお盆のようなものと、その上に乗せた1枚の硬貨。


 「お待たせしてごめんなさい。オキヨモギ10株、確認が取れました。報酬の100ヤールドです。受け取ってください」

 「ありがとう。初めての仕事が上手くいってよかったよ」


 やはり初めての仕事が成功裏に終わると言うのは気持ちが良いものだ。

 初めての仕事は、最初の一度きり。当たり前だけど。

 何事も最初が肝心と言うし、幸先の良いスタートを切れば冒険者としてもやりやすくなる。


 「それにしても、ハヤテさんは薬草に詳しいんですね」

 「え?そうでもないけど何で?」

 「ニセオキヨモギと、オキヨモギの区別はとても難しいものなのです。同じ場所に生えているものですし、匂いや見た目もそっくりです。普通は教会で鑑定してもらうか、薬草に精通した人へ聞きに行って、手数料を払って見極めてもらうものなのです。だからてっきり、夕方までかかるものと思ってました」

 「へ~普通はそうするんだ」

 「はい、だからハヤテさんがこんなに早く依頼を終えられるとは思いませんでした」


 栗毛の美少女に尊敬のまなざしを向けられると、気分が良くなってくる。

 まるで自分が大仕事を終えた気分になってしまう。


 「【鑑定】で見分けられたからね。意外と簡単だった」

 「っ……そうでしたね。流石ハヤテさんは他の冒険者とは違いますね」

 「あれ?冒険者カード申請の時に、そう書いて見せたと思うけど?」

 「えへへ、実はあんまりにも驚いたもので良く覚えてないんです」


 はにかんだ様に笑うドリーも可愛らしい。

 やはり受付嬢は、窓口の華であるべきだね。

 それにしても、そんなに驚く様な事が書いてあったのだろうか。

 ほとんど空白の書類の何処に驚く要素があるのやら。出身地が見たことのないところで驚いたとかかな?


 他の冒険者と違うと言うのは、褒められているのかどうかが微妙な言葉だ。

 多分褒めてくれているんだろうけど、変わり者って言われているだけのような気もする。


 「それじゃあギルドカードを預けてもらえますか。依頼完了の手続きをしますから」

 「はい、カード」

 「預かります。この調子なら、直ぐに新米から卒業できそうですね」

 「それはあんまり嬉しくないんだけどね」

 「え?そうですか?」


 カウンターの所で作業をしながら、世間話をしてくるドリー。

 あの爺さんの卑劣な罠があったから、いきなり新人研修をすっ飛ばすのは本意ではない。

 出来ることなら、普通にコツコツとやりたかった。仲間や友達と助け合いながらさ。


 「うん、そう。出来ればゆっくりとやっていきたい。出来ればずっと新人でもいいな。あはは」

 「う~ん、私としてはハヤテさんには早く一人前になって欲しいですけどね」

 「そう?期待に応えられるよう頑張るよ」


 美少女の希望は叶えて差し上げるのが紳士の嗜み。

 美女と美少女の味方は、僕だけではないはずだ。

 そういえば、聞きたいことがあったのだった。


 「ところで、少し聞きたいんだけどさ」

 「はい、なんでも聞いてください」

 「ステータスってあるじゃない。あれの項目のそれぞれの意味を知りたい」

 「え?」

 「ほら、例えば回復力とかってどういう意味なのかなぁってさ。教えてほしいな」


 どうせ聞くなら、ソバカスの金髪騎士に聞くよりかは、栗毛の癖っ毛少女に聞く方が有益な時間の使い方だと思うわけ。

 爺さんに聞くよりかは、遥かに素晴らしい時間だと思うね。


 「えっと、それぐらいの事ならたぶんハヤテさんも知っていると思うのですけど、それでも良いんですよね?」

 「うん、もしかしたら僕が知っている事が間違っているかもしれないじゃない。ね?」

 「なるほど、そうですね。さすがハヤテさんです」

 「だから、お願いするよ」


 妙に感心されてしまった。

 嫌な予感がする。この手の予感は、当たるものだ。

 物事は、当たってほしくない予想ほど当たる。選択的重力の法則だ。

 バター付の食パンを落としたとき、バターの付いている面が下になって落ちる確率は、床に敷いているカーペットの値段の高さと、バターの量に比例する。

 朝、寝坊する確率は一時限目の授業の大切さと比例するし、電車が遅れる確率はトイレ欲求と相関がある。

 嫌なことほど良く起きる。


 「ほっほっほ、それは儂が教えてやろうかの」


 ほらきた。

 起きて欲しくないことほど起きるんだ。


 好々爺のツラしているくせに底意地の悪そうな年寄りが、いつの間にかカウンターの奥から姿を見せた。いつから盗み聞きをしていたのか。


 「いやぁ、支部長の手を煩わせずとも、ドリーに教えてもらえれば良いですよ」

 「遠慮するでない。儂も元は冒険者の端くれじゃった。昔話ついでに教えてやるからこっちに来なさい。良いかの、ドリー?」


 諦めるしかないか。

 支部長様から良いかどうか聞かれて、否定できるほどドリーは拘らないだろう。


 「ひゃい、分かりました」

 「うむ、そういうことじゃ。小僧、付いてこい」


 ドリーは緊張したり驚いたりした時には、噛む癖でもあるのだろうか。案外、そそっかしいのかもしれない。


 カウンターを回り込んで、昨日とは違った方に歩いて行く爺様に付いて行く。一体何歳なのかと思うほどきびきびした良い動きだ。背筋も伸びていて動きに若さがある。

 颯爽と歩く姿には隙もなく、やはり元B級の最上級冒険者という肩書きが伊達ではないことを見せつけてくる。


 通されたのは、昨日とは違った普通の応接間だった。

 4本足で肘掛もない軽そうな木の椅子が幾つかに、木目がそのままになった木のテーブル。食事用のダイニングテーブルと言った感じだ。

 窓も大きく明るい室内で、扉を閉めても冒険者たちの大きな声が漏れ聞こえてくる。

 密談には不向きな部屋だ。

 椅子を片手でひょいと持ち上げてテーブルのそばに置いた爺様は、それに腰を下ろしてこちらを見てくる


 「まぁ座りなさい。昨日は悪いことをしたでの、お詫び代わりに教えてやるつもりでお前さんをつれてきたのじゃ」

 「また何か企んでいませんか?」


 適当な椅子を、爺様とテーブルを挟んで向かいになるように置き、そこに腰掛ける。

 気を抜くと、このおじい様は何をしてくるか分かった物ではない。


 「ほっほ、何も企んどりゃせんわい。お前さん、さっきステータスのことを聞こうとしておったのう」

 「はい、それを教えて貰えるんですか?」

 「知りたければ、それも教えてやろう」

 「それ“も”?」


 また何か隠している。

 何の恨みがあるのか知らないけど、この支部長殿は僕を弄るのが楽しいらしい。

 良い迷惑だ。

 さっきから、実に楽しげな笑顔を浮かべている。


 「うむ、それも……じゃ。まずお前さん、自分がおかしなことを言った自覚はあるかの?」

 「当たり前のことを聞いた自覚はあります」

 「うむ、それが分かっておれば良い。お前さんは只者ではない。それを教えておこうと思っての」

 「えっと、普通の人間だと思うのですが。余所の国で生まれましたから多少常識を知らない所はあると思いますけど」


 僕は至って平凡な人間だ。

 僕が平凡で無いとしたら、僕の親友なんかは異常が服着て歩いていることになってしまう。


 「ほっほっほ、お前さんは既に2度ほど、我がギルドの受付の前で普通ではないことを言ってのけておるのじゃが気づいておらんかったか」

 「昨日のことはお陰様で自覚ありますけど、2度ですか?」

 「うむ、ついさっきお前さんが言った言葉じゃよ」

 「何か言いましたっけ?」

 「おぉ言っておったぞい。『もしかしたら僕が知っている事が間違っているかもしれない』とかなんとか」


 それの何処が普通じゃ無いのだろう。

 別に僕は普通の人間だから、間違えていることも多い。それをいちいち口に出しただけで大げさだ。

 皆も普通に感じていることではないのか。

 全能の神でもない限り、人は間違える生き物だと言うのは、当たり前の道理だ。


 「それが何かしましたか?」

 「何かしておるのじゃよ。お前さん、常識を疑う事を普通のことじゃと思うか?例えば水が上から下に落ちることや、人間には男と女が居ることを疑うようなまねじゃ」


 あ、そういう事か。

 確かに良く考えれば普通では無い。

 当たり前のことをいちいち疑問に思って生きていれば、頭がおかしな人間だと思われるだろう。

 当たり前の事でも“何で何で”と聞くのは、子どもがやることだ。


 「……いいえ」

 「じゃろう。ほっほ、そんな常識を疑う人間はよほど酔狂な人間か……子どものような人間じゃ」


 何故か爺さんの目つきが鋭くなった気がする。

 部屋の温度が若干涼しくなったような錯覚を覚える。


 「まあお前さんが、自分のことを普通では無いと自覚してくれればそれでええ。それはそうと、ステータスのことじゃったな」

 「あ、はい。教えて頂けますか」


 急に好々爺の顔に戻ったお爺様は、懐から昨日も見た水晶玉を取り出した。

 それを脇に置き、ステータスの画面を開いて見せた。


 「まずステータスについて教えるがの、お前さんこの半透明の窓が何か知っておるか?」

 「いいえ。知りません」

 「これはのう、この国の結界のおかげで見られる魔法の窓なんじゃよ」

 「この国だけの魔法の窓ですか?」

 「うむ、そうじゃ」


 それは困る。

 折角のポイントも、国が変われば無用の長物になってしまう。


 「他の国では、ギルドや教会でこれのような水晶を使って、初めて窓が開く」

 「あ、そうなのですか。よかった、他の国だとレベルアップが無駄になるのかと思って心配してしまいました」

 「お前さんは、人よりも多い昇格値を持っておるからそう思うのじゃ。普通の人間なら、偶に魔法を覚える必要があったり、特定の能力を伸ばす必要に駆られたりした時にまとめて昇格値を消費する程度で十分なのじゃ」

 「なるほど」

 「この国では以前大規模な魔物の侵攻があっての、その時に戦うものがいちいち水晶を使っていては拙いと言うことで、宮廷魔術師の一人が国全体に窓を簡単に開ける魔法を掛けたんじゃよ」


 素晴らしい魔術師が居たものだ。

 その人のおかげで、英語は高得点間違いなしの得意教科になった。

 確かに魔物が大量に襲って来れば、レベルアップする人間も多いことだろう。魔物が襲ってくる最中に、わざわざ壊れやすい水晶を使って魔法の吟味も変な話だ。なるほどね。


 「ステータスは、レベルが上がると1ポイントは全ての項目で上昇する」

 「なるほど」

 「それに加えて、昇格値が残ポイントとして増える。この量は持って生まれた個人差での、お前さんは少々規格外じゃな」

 「そうなのですか?」


 レベルアップのときは、HPが51とか中途半端な値だとは思っていたんだ。

 元が50というきりの良い数字で、レベルが上がったら1ポイント増えて51になったと言うなら納得だ。


 「うむ、お前さんは人よりも昇格値が多い。普通は多くても2ポイント程度のものじゃ」

 「え?普通はそんなものなのですか?」

 「じゃから規格外と言うておろうが」


 それなら確かに規格外だ。桁が違うと表現するぐらい。

 レベルが上がっても2ポイントなら、言う通り頻繁にウィンドウを開く必要も無いだろう。取得可能魔法の中には30ポイントぐらい取得に必要な魔法もあった。

 こういうのを取ろうと思えば、頻繁に窓を開く必要はないのも確かだ。

 僕って意外と凄いのかな?


 「その昇格値を使うのは、魔法の取得とステータスの向上に使える」

 「魔法のことはおいおい調べますけど、ステータスの項目について教えて頂けませんか?」

 「ふむ、魔法は調べる……か。良いじゃろう、まずはHPとMPじゃ。これは体力と魔力を意味しておって、体力が尽きれば気絶し、魔力が尽きれば特殊なものを除いて魔法が使えなくなる」

 「はい分かります」

 「レベルは言うまでも無いが現在のレベルを意味しておって、名前や年齢は説明も要らんのう?」

 「ええ、大丈夫です」


 名前や年齢なんて、見れば分かる。

 知りたいのは他の項目の意味だ。


 「腕力は、値が増えるほどより力強くなる。子どもでもこの値が大きいものは、大人より力が強い。大体、値が1増えると2kgぐらいは持てる重量が増えるかのう」

 「なるほど」

 「敏捷が上がれば、機敏に動けるようになる。それに知力が増えると、同じ魔法でも威力が上がるものじゃ」

 「ふむふむ」


 宿屋の女将さんが水ガメを簡単に運んでいたのは、腕力の値を上げているからかな。たぶん、元冒険者とかなのだろう。

 そうなると、もしかしたら酒場のナイスミドルが旦那さんという説も俄然信憑性が出てきた。

 ギルドの近くで荒くれ者が集まる酒場なら、そこの主人も腕っぷしが強いのは間違いない。もしくは、女将さんが荒事担当とか。

 あり得そうで笑えない。


 「回復力は、値が増えればMPやHPの回復量や速度が上がる。残ポイントは溜まっている昇格値じゃ」

 「回復するタイミングや、掛かる時間はどれぐらいですか?」

 「今のお前さんじゃと、大体2~3時間で全回復と言ったところかの」

 「分かりました」

 「まぁこんなところじゃ。また分からないことがあったら遠慮せずに聞きにくると良いぞ」

 「……出来るだけ聞かずに済むようにします」


 支部長は、高笑いをしながら僕に退席を促した。

 長居をする気は最初から無い以上、さっさとこの部屋を出よう。


 ……しまった

 部屋を出た瞬間、それに気づいてしまった。

 気を付けていた筈なのに、またあの爺さんにやられてしまった。


 何でわざわざこの部屋を選んだのか気づくべきだった。

 いや、気づいて当然のヒントは幾らでもあった。


 この部屋は、冒険者の声が中に聞こえるぐらいに壁も扉も薄い。

 それはつまり、部屋の中の声も外に筒抜けになっているということだ。


 部屋を出た瞬間、明らかに他の冒険者たちが僕を警戒している。

 それはそうだろう、ギルド支部長直々に連れ込んで話をして、しかも規格外とまで評価された人間だ。 誰でも警戒する。

 僕だって立場が違えば、そんな人間は警戒するだろう。


 そんな戸惑っている僕をまたも楽しげに見ながら、狸ジジイが元の受付カウンターの奥に戻っていった。


 初仕事達成の喜びに、思い切り冷や水を被せられて、意気消沈して宿に戻った僕を、実は僕以上に力持ちらしい女将のイオナさんが心配しながら迎えてくれた。

 依頼を失敗したと思われてしまったらしい。


 それほど落ち込んで部屋に戻ると、ベッドには慰めてくれるような新しいシーツが被せてあった。


 ――結局散々な初仕事だった


我が筆は常に頭上にあり 絵の具は床にしたたりて豪奢な模様を成す。

我が脚は腰を貫き尻でようやく釣り合えり。

足元は目に入らず、そろりそろりと歩むのみ。

我が面の皮は引き張られ、後方に折られて結ばるる。

我反り返るはシリア人の弓のごとし。


ルネサンスの巨匠ミケランジェロは、天井画を描く様をそう表現したそうです。

ご興味のあるかたは、一度ヨーロッパで観光してみてはいかがでしょうか。

この作品のモデルのひとつとなった所でもあります。

それは何処か…は是非調べてみてください。

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