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水の理  作者: 古流 望
1章 異世界での独り立ち
15/79

015話 初仕事

 森の中のけぶる木漏れ日の匂いとは違った、町の中の人の営みが始まる匂いが漂うサラスの朝。

 コンサートの幕が上がる前の観客達が、期待と共に席に着いていくときのざわめき。それに良く似た静かな喧騒が、町を徐々に賑やかにしていく。

 一日の始まりを迎え、今日が良い日であることを期待しながら、観客達が目を覚まして身だしなみを整えていく時間。


 そんな毎日繰り返される清々しい夜明けを向かえ、僕は宿屋のベッドで目を覚ました。

 ゆっくりと起きだし、ベッドから立ち上がる。

 軋むベッドの温もりに後ろ髪を引かれつつ、白いシーツの掛けられた布団を体から離す。


 ゆっくりと窓の方へ歩いていき、窓の雨戸に手を掛ける。

 雨戸の鍵を外し、ぐっと力を入れて窓をいっぱいに開く。


 開けられたキャンパスを見れば、自分が異世界に来たことを目に焼き付けるような風景が広がる。

 白い壁に色とりどりの屋根の町並み。赤や白が広がるそこは、ヨーロッパの町並みを思わせる異国情緒のあふれる景色。

 明るくなってきた空の日を受け、青空の中にキラキラと輝いている。

 窓から周りを見渡せば、大きな建物がいくつも見える。教会、冒険者ギルド、騎士団の詰所。そして何より白い大きなお城が存在感を示している。


 「ん~今日もいい天気だ」


 外の空気をいっぱいに吸い込むように深呼吸し、寝ている間に固まった体で背伸びをして体をほぐす。

 学校もテストも無い冒険者になったのに、そういうときに限って早く目覚めるのも実に不思議な話だ。


 気弱なお兄さんから買った生活道具一式セットから、木のコップ、タオル、歯櫛、歯磨き用塩とアラ麦と呼ばれる穀物の糠が入ったふすま袋を取り出す。説明書きによれば、男女共用で使える洗顔歯磨きセットらしい。

 別名お泊りセット。

 朝の爽やかさには不釣合いな響きの別名だ。


 それを持って宿に備え付けの井戸に向かう。

 宿には中庭のようなものがあり、そこにある井戸は自由に使っていいものらしい

 階段を降りて中庭に出れば、女将さんが水汲みをしていた。水ガメらしき壺のようなものに、井戸から引っ張り上げた桶の水を移し替えている。


 「おはようございます」

 「ああ、おはよう。よく眠れたかい?」

 「ええ、おかげさまで良く眠れましたよ。ここの井戸は自由に使って良いのですか?」

 「構わないさ。いつでも使っておくれ」


 女将さんは意外と力持ちなのか、結構な量の水が入った水ガメを持って宿の中に戻っていった。

 やはり昨日の10歳ぐらいの子は、きっとあのおばさんの娘だろう。母は強しという言葉が頭をよぎった。


 魔法のある世界で、井戸があると言うのも不思議な話ではある。

 なんでも魔法で片づけているわけではないと言うことだろうか。

 確かに元居た世界でも、ガスが有っても、たき火が無くなるわけでは無かった。便利な物があるからと言って、そればかりを使うようになるというものでもないのかもしれない。


 つるべ落としになっている桶を、井戸の中に放り込む。

 ポチャンという音がして、桶に水が入ったらしいことがわかる。

 滑車に掛けられた紐を引けば、引いた分だけ桶が上がってくる。意外と力のいる作業ではあるが、昔はこういった作業は子どもか女性の仕事だったらしい。


 アラ麦の糠袋で顔を綺麗にする。

お肌がツルツルになった気がする。よく、クラスの女の子には肌が綺麗で羨ましいと言われたが、男にとって綺麗と言うのは微妙な褒め言葉だ。特に女顔がコンプレックスになっている僕のような人間には。

 歯磨きも済ませて、コップに汲んだ水で口を漱ぐ。やはり歯磨きをすると、口の中が気持ち良くなる。寝ている間に粘ついたような感触も、洗えばきれいさっぱりだ。


 気が付けば、太陽は完全に頭を出していた。

 不味い、食事を食べ損ねる。


 慌てて部屋に駆け込んで荷物をベッドの上に投げ出し、酒場兼用の食堂へ走る。

 廊下を走ってはいけないというのは、学生のときだけだろう。冒険者ならノープロブレムだ。


 階段を駆け下りて、見慣れないお姉さんが座るカウンターを抜けて食堂に駆けこむ。

 息を切らしながら、カウンターに座ると良く見慣れた恰幅の良い女性が笑いながら話しかけてきた。宿屋の女将は、食堂の女将も兼任なのだろうか。


 「そんなに慌てなくても、大丈夫さ」

 「いえ、日の出1時間と聞いていたので、朝食を食べ損ねるかと思いまして。イオナさんは食堂にも入るのですか?」

 「ははは、元々食堂が本業さね。酒場もやるようになって、酔っぱらった連中を泊めているうちにいつの間にか宿屋もやるようになっただけさ」


 なるほど、元々こっちの食堂が本業なのか。


 焼き立てのパンの香りが食欲を刺激する。

 朝ごはんは何だろう。


 「朝食はまだ大丈夫ですよね?」

 「はは、たっぷり食べなよ。冒険者は体が資本だからね」


 女将さんが目の前に用意してくれたのは、パン籠に入った美味しそうな焼き立てパンに、キャベツのような野菜の炒めもの。それに野菜のスープとスクランブルエッグ。

 スクランブルエッグには何故かクリームのソースが掛けられている。

 彩りも綺麗で、鼻の奥をくすぐるような美味しそうな香りがする。


 「いただきます」

 「パンとスープは、おかわりもあるからね」


 夕食と同じく、パンとスープはおかわりもあるらしい。

 流石に朝からそんなには食べられない。


 野菜の炒めものは、オリーブオイルか何かで炒めたらしく、風味の強い味が野菜独特の青臭さを消して思った以上にあっさりとしている。幾らでも食べられそうだ。

 スープは夕食に比べると塩味は控えめの優しい、離乳食のような味がする。恐らく炒めものの風味が強い分、スープは控えめな味にしてあるのだろう。バランスも考えられた素晴らしい朝食だ。

 大満足で朝食を終え、食後のお茶の芳香を楽しんでいると、女将さんが声を掛けてきた。


 「あんた、冒険者って言っていたけど、ランクは幾つだい?」


 そういえば、冒険者だと女将さんには言ったね。

 ナイスミドルのおじさんが、僕のことを冒険者と知っていたのは、女将さん経由か。

 もしかしたら夫婦かもしれない。


 「昨日冒険者になったばかりですから、まだIランクですよ。今日もこれから依頼を探してみるつもりでした」

 「そうかい、やっぱりね。あんた冒険者らしくないとは思っていたんだよ」

 「そんなに冒険者には見えませんか」

 「見えないね。全く見えない」


 そこまで見えないと否定されると、そもそも冒険者らしいというのがどういうものかが逆に気になる。


 「ちなみに、冒険者というのはどういう感じですかね?」

 「ん?そうさね、皆魔物だの魔獣だの相手にするだけあって、逞しいさ。騎士団や魔術師団に入ろうって連中は、目だってギラギラしているものさ」

 「なるほどね」


 確かに、騎士団の詰所に居た連中は皆逞しい人ばかりだった。御近づきにはなりたくない方々ばかりでございました。

 魔術師団ってのは、きっと魔法使い的な集団だろう。

 何処の世界でも、夢や野望を抱いている人間の目には輝きがあるのだ。


 「実は、今日初依頼を受けようと思っているのですが、何かアドバイスなんてないですかね?」


 宿屋の女将で、冒険者が多く出入りする食堂の担い手なら、きっと人生経験も豊富だろう。

 下手に冒険者ギルドに行って恥をかく前に、色々アドバイスしてもらえれば良いだろう。


 「そうさねぇ、あんたなら大丈夫だろうけど、まず初めのうちから魔物とやり合う依頼は止めた方が良いね」

 「それはまた何故ですか?」


 冒険者と言えば討伐任務では無いのだろうか。

 少なくとも僕のイメージでは、切った張ったの世界が冒険者の生き方というイメージだ。

 

 「初めのうちは、自分の実力っていうのを分かってないことが多いのさ。下手に驕って依頼を受けて、大怪我して帰ってきた子も大勢居たからね」

 「なるほど」

 「ちなみにだけどね、そんな大怪我をしたときは教会に行くと良いさね。お布施は取られるけど、治癒魔法で治してもらえるからね」

 

 それは良いことを聞いた。

 冒険者ギルドで薬を買わないとダメかと思っていたけど、教会に行けば傷も治してもらえるのか。


 「出来るだけ、お世話にならない様にしたいですね」

 「ははは、そうしておくれ。出来ることなら、長く贔屓にしてもらいたいからね」

 「あはは、そうなるよう頑張って仕事してきます」


 朝から明るい会話で寛いだ後、僕は部屋に戻った。

 明るい日差しが差し込む部屋の中で、冒険者としての初仕事の準備を整える。

 一式セットの中から必要な物を取り出す。


 今日の依頼は、女将さんのアドバイスに従って簡単な物にするつもりだ。

 極力、明るいうちに宿へ帰って来られるぐらいの楽な仕事が良い。

 

 肩掛け紐のついた麻で出来たらしい収納袋に、薬草採取用と言われた道具袋、火打石、麻紐、クルミ、水筒、タオルと薬を入れる。ちょっとした遠足の準備のようだ。

 数百円までの制限があるおやつと違って、クルミはいざと言うときの非常食だ。

 雪山に登る人間は、非常食としていざと言うときの為にチョコレートを持っていくらしい。高カロリーで高脂質なクルミは、チョコ代わりだ。

 この収納袋はこれからも何かと重宝しそうだ。意外と丈夫そうな造りをしている。

 もちろん、財布の巾着袋も忘れずに持っている。


 昨日買った軽装鎧を体に身に付けて、小剣を腰にぶら下げる。

 取り出しやすいように、柄を前方に向けた形で取り付けておく。これで少しは冒険者らしく見えるようになっただろうか。

 念のため、ナイフも腰の後ろに鞘ごと付けておく

 後ろ手に掴むことになるから、抜き出すときは逆手で持つこともあるかもしれない。


 小学生のランドセルぐらいの重さになった鞄を右肩に掛けて、雨戸を閉める。

 雨戸を閉め忘れて宿屋を出ると、もし雨が降ったなら部屋の中が水浸しになってしまうだろう。

 あの女将さんなら、そんなことをしたらただでは済まなさそうだ。

 

 少し暗くなった部屋を出て、鍵を回す。

 カチャリと鍵のかかる音がして、扉は進入者を拒むようになる。


 ランプの明かりは夜明けと共に消されたのだろうか。

 朝の光で明るくなっている廊下を歩き、階段を降りる。


 カウンターには、さっきも見た女性が居た。女将さんのイオナさんとは違った女性だ。娘にしては年を取りすぎている気がする。見たところ20代だ。

 

 「鍵をお願いします」

 「……」


 無口で無愛想な人だ。

 何も言わずに鍵を受け取って、にこりともせずにカウンターで僕を睨んでいる。

 こんなことで接客業が務まるのだろうか。

 いや、接客業の従業員に愛想が標準装備されているのは日本ぐらいだとも聞いたことがある。チップの多い少ないで愛想が変わる国と言うのは多いが、チップも無しに愛想を良くするのは確かに難しいだろう。

 どうせならと思って、軽くて小さい小銭をチップ代わりに握らせることにしておく。

 財布から、女将さんから御釣りでもらったシックル硬貨を50枚全部取り出す。銅と(スズ)の合金のような、如何にも安っぽい硬貨だ。


 「部屋の掃除とかはお任せして良いですか?」


 そう言いながら50枚の小銭を相手に渡そうとすると、途端に笑顔になって両手を出しながら話しかけてきた。

 現金なものだ。


 「はい、大丈夫です。これからお仕事ですか? 頑張ってください」


 急に良くなった愛想は、僕では無く手の中の小銭に向けられているのだろう。

 激励の言葉を貰って、嬉しくないわけでは無いことも無いでもないが、物凄く微妙な気分になってしまう。


 宿を出て、昨日何度も往復した冒険者ギルドまでの大通りを歩く。明るく晴天に恵まれた天候は、五月晴れを思わせる初夏の陽気を運んでくる。

 通りには既に露店が並び、人通りも賑やかになってきていた。

 流石に昨日の昼間ほどではないにしても、日が昇ったばかりの朝方早い時間とは思えないほどの賑わいを見せていた。

 この世界の人間とかエルフとかドワーフは、皆朝に強いのだろうか。


 冒険者ギルドの大きな建物に着いてみれば、既に冒険者が大勢来ていた。

 いや、来ていたというより、そこで一晩明かしたという方がふさわしい様子の人間も居る。待合室らしきところに座って、マントを毛布代わりに眠っていた冒険者が起きだしている。どういう理由で宿にも泊らずこんな寝にくそうな所で寝ていたのだろうか。

 冒険者なら身体が資本

 休める時には余計な体力を使うべきではないと思うけど。


 入口から一番近い所の、昨日冒険者登録をした受付には見慣れない女性が座っていた。

 明らかに僕に対してにこやかな笑顔を向けているが、背中からオーラのような物が出ている気がする。これもまた魔法なのだろうか。


 受付を見渡せば、昨日冒険者の先輩方が依頼書を持って向かっていた窓口に、昨日お世話になった受付嬢が座っていた。

 少し癖のある柔らかそうな栗毛で、髪型を昨日と同じポニーテールにしているドリーだ。

 相変わらず小動物のように可愛らしい笑顔で、僕の方を見てきた。

 昨日の別れ際に引きつっていた笑顔は、一晩立つと元の笑顔に戻るらしい。


 折角の知り合いとの再会なら、挨拶しておこう。

 この世界では、知り合いなんてまだ数少ない。特に2名ほど碌でもない知り合いが居ることだし、同年代の女の子の知り合いはそうでなくても貴重だ。

 ドリーの居る窓口まで、のんびりと歩いて行く。何故か入口付近の受付嬢のオーラ的な何かが大きくなった気がするが、一体何なのだろう。


 「おはようドリーさん。昨日はありがとうございました」

 「お早うございます、ハヤテさん。色々大変でしたね」


 僅かに頬を赤らめたドリーが、大きくてクリっとした目を上目使いにしながら返事を返してきた。何だか照れくさくなってしまう。


 「あの御爺さんにはいい勉強をさせてもらったよね。ところで、今日は冒険者として依頼を探しに来たんだけど、どうすれば良いか教えてもらえないかな」

 「はい、よろこんで」

 「よろしく」


 笑顔で会話する僕たちを、同じく笑顔で見つめる人間と、殺気の籠ったような目で睨んでくる人間たちがギルドには居るらしい。

 特に後者は野郎が多い。如何にも独り身の人間が、ドスの効いた目つきで睨んでくる。

 何を考えているのかは大体察しが付くけど、そういう目をしていると余計に女性が近づいてこないと思うけどね。


 「それでは、まず仕事の受け方から説明しますね」

 「はいはい」

 「仕事には2種類の受け方があります。ギルドの斡旋と個人での請負です」

 「うん、分かるよ」


 ギルドの斡旋は、職業紹介所みたいに統括して斡旋して、個人請負は自分で仕事を見つけてくることだろう。

 知名度も信用もない今の僕では、個人で仕事を取ってくることは出来ないから、まずギルドの斡旋を受けるべきだ。


 「この2種類にはそれぞれ長所と短所があります。ギルドの斡旋ではギルドが責任を持って下調べを行っていますし、依頼者の身元も確かなものです。しかしギルドに配分される利得も多く、その分は冒険者の不利益となっています」

 「なるほど、つまり個人での請負はその逆ということ?」

 「そうですね。個人で受けた仕事の場合、ギルドが仲介する手数料等が不必要で冒険者の取り分がかなり多い代わりに、発生する問題の全てを冒険者個人の責任で解決する必要があります」

 「よく分かるよ。ちなみに個人の請負でのランクとかはどうなっているの?」


 ギルドの斡旋ならギルドランクの昇格条件も分かりやすいし、評価も適正なものになるだろう。個人の請負とかなら、難易度なんて分からないと思うけど。


 「個人での個別の請負に関して、もし冒険者自身が希望すれば、事後ギルドでランクを審査する手続きもあります」

 「そうか、事後審査になるのか」

 「ええ、ハヤテさんの場合、結構上のランクの仕事でもこなせると私は信じていますけど、まずは簡単な仕事から始めるのが良いと思います」

 「そう? ありがとう」


 ドリーが僕を褒めてくれるのは嬉しい。

 宿屋の女将さんも、簡単な仕事から始める方が良いようなことを言っていたし、そんな仕事をするつもりで来ていたりもする。


 「ギルドの斡旋する依頼の場合、あそこにある掲示板に難易度ごとに分けて貼り出されています。ハヤテさんの場合、一番手前のIランクの掲示板に行ってお好きな依頼を選んでください」

 「あそこだね。了解」

 「Bランクはあっちですけど、まだ早いですからね。うふふ」

 「それは忘れて欲しいな~」


 少し苦笑いを浮かべて、ドリーの冗談に返事をする。

 毒のない笑顔だから、悪意は無いのだろうけど、何せトップの人間が人間だからね。つい邪推してしまう。

 僕が昨日言ったことも、ドリーの小柄な身体に収納されてしまっていたらしい。

 

 「それじゃあちょっと行ってみてくるね」

 「はい、良い依頼があると良いですね。見つけたらまたここに持ってきてくださいね」

 

 にこにことした笑顔に見送られて、教えてもらった掲示板に向かう。

 ご同輩だろうか、同じような年代の男の人が真剣な顔で依頼の書かれた羊皮紙とにらめっこをしている。

 

 さて、どんな依頼が良いだろうか。

 Iのアルファベットが書かれた掲示板には30枚ほどの依頼が貼り付けてあった。

 まずアイから始まって、次にHな依頼を受ける。早くランクアップしたいものだ。

 

 依頼のほとんどは、採取の依頼か雑用のようだ。

 それもそうかもしれない。新米の仕事なんて、雑用から始めるのはどこも同じだ。

サラリーマンならコピーや電話番とか、花見の場所取りとか、先輩のお手伝いから始めるものだろう。

 冒険者ならどういう仕事から始めるのやら。


 『手紙配達 報酬:15Y 依頼者:グウィディ 依頼内容:上級区に住むエレレル=フリージア嬢への手紙の運搬の依頼。必ず本人に手渡すことが条件。配達者は女性が望ましいとのこと 特記事項:手紙は未開封で届けること』


 手紙配達とはありがちな依頼だ。

 中世では手紙を届けるのに何日も掛けていたらしいし、世界で最初に郵便制度が出来たのは近代のことらしい。確かイギリスで始まったのだったかな?

 世界最初の切手はペニーブラックという切手で、黒い切手だった。料金先払いという制度が画期的だったとか。

 この依頼の手紙は女性への手紙だ。ラブレターか何かだと思うけどね。イケメンな冒険者が届けに行ったら、面白いことになりそうだ。


 『庭の手入れ 報酬:50Y 依頼人:ダセティ 依頼内容:庭の雑草除去の依頼。手段は問わず、雑草を除去して欲しいとの依頼。出来れば火で焼きつくして欲しいとの要望有。期限は夏上月の15日まで 特記事項:特になし』


 この依頼も、確かに冒険者ギルドに依頼するのが分かる内容だ。

 冒険者なら、魔法に自信のある連中が新米でも居るだろうから、焼きつくして欲しいというなら分かりやすい。冒険者にとっても、魔物を相手にするより安全だろうし、魔法を制御する練習にもなるに違いない。

 ただ、僕はそんな便利な魔法を持っていないから、この依頼を受ければ手でむしることになるだろう。割に合わない気がする。残念だ。


 『オキヨモギの採取 報酬:一株10Y 依頼人:ダミアン 依頼内容:薬の材料となるオキヨモギの採取を希望。根付きの株での採取が望ましい。最低5株は必要だが、多くても10株程度あれば十分とのこと 特記事項:ニセオキヨモギとの判別が必要』


 これだ。

 この依頼なら、僕にぴったりだろう。

 鑑定の魔法があれば、ニセとそうでないものの区別は付けられる。名前からして、ヨモギならそこら辺に生えている野草だろうし。

 しかし、懸念も1つあるが……

 

 この薬草採取の依頼を受けることにした僕は、羊皮紙を剥がす。

 未だに難しい顔をして悩んでいる人を横目に、ドリーの居る受付に戻る。


 「おかえりなさい、ハヤテさん。良い依頼はありましたか?」

 「うん、これなんかどうかと思って持ってきた」

 「……薬草採取ですか。意外ですね」

 「意外?どこら辺が?」

 「ハヤテさんのように冒険者になる前から、実力や才能を持っている人は、もっと報酬も高くてやりがいのある依頼を希望されますから」


 女将さんや、目の前に居る可愛い受付嬢の勧めで簡単な依頼を選んだだけなのだけど。

 ここでももしかして目立ってしまっただろうか。


 「何か拙かったかな?」

 「いいえ、良く考えればこれはハヤテさんに向いている依頼かも知れませんね。手続きについての説明は聞きますよね?」

 「もちろん、お願い」

 

 ドリーとは大分打ち解けてきた気がするけど、ここで説明を聞き漏らすわけにはいかない。ここのギルドの爺さんに言われるまでも無く、情報の収集を怠っては思わぬところで足元をすくわれるだろう。ただでさえ、僕はこの世界の常識に疎いのだし。


 「はい、それじゃあ説明しますね。依頼を受ける際には、ギルド斡旋の依頼の場合は必ずギルドの承認が要ります。単に受付に持ってきてもらえれば、手続きはこちらでしますからハヤテさんが気にする必要はないですけどね」

 「それじゃあこの依頼を受けられるということで良いの?」

 「大丈夫だと思いますけど、ちょっと待っていて下さいね。申請をしてきますから」


 ドリーはそう言って静かに立ち上がってカウンターの奥の方に引っ込んで行ってしまった。

 何をするでもなく周りを見回せば、冒険者の数も大分増えてきたようだ。

 やはり慣れた冒険者は、入ってくるなり買取カウンターや依頼の掲示板に脇目も振らず向かっている。きっと何度となく繰り返したことなのだろう。

 しばらく待っていると、小柄な体で音もたてずにドリーが戻ってきた。カウンターの中に居ると、受付嬢独特の凛とした雰囲気がある。


 「ハヤテさん、お待たせしました。承認されましたよ」

 「はは、良かった。実はちょっと緊張していたんだ」

 「あら、そうは見えなかったですけど、初仕事なら当然かもしれませんね。それじゃあギルドカードを見せてください」

 「うん、了解。これで良い?」

 

 ギルドカードをカウンターテーブルに置く。

 それを手に取ったドリーはカウンターの中で何やらごそごそと手元を動かしている。


 「はい、お待たせしました。手続きは終わりましたので、頑張って依頼を達成してください」

 「ありがとう。ところでドリーさん、1つ聞いて良い?」

 「ドリーで良いですよ。何ですか?」

 「じゃあドリー、情報を買うとしたら幾らかかる?」


 ギルドカードを受け取りつつ、ドリーに顔を近づけてこっそりと小声で聞いてみる。

 昨日の失敗を繰り返すわけにはいかない。

 何故か急に挙動不審になったドリーは、慌てたようなそぶりで答えてくれる。きっと昨日のような不味い状況にさせないように、慌てているのだろう。


 「え、えっとお伝えする内容によりまひゅ」


 思いっきり噛んだけど、幸いにも顔を近づけているせいで僕にしか聞こえなかったようだ。良かったね、ドリー。

 

 「ちなみに、この依頼に関しての情報ならどういう情報がある?」

 「……ヨモギの生えている場所の情報と、ニセオキヨモギの情報があります。値段は1ヤールドです」

 

 ある程度は予想通りか。

 薬草の群生地や生息地は情報としてポピュラーだろうし、気を付けるべきニセなんとかの情報も知らない人間にとっては貴重な情報だろう。

 しかし、支部長の爺様が言っていたように、この近所で生まれ育った人間ならあえて聞くまでもないことでもある。なるほどね、こういうことか。


 「それじゃあヨモギの生息地と、もう1つMPの上げ方についての情報が欲しい」

 「ヨモギの生えている場所の情報なら、町の人に聞けば誰でも知っている情報だと思います。それとMPの上げ方ですか?」

 「そう、その2つ」


 ドリーは昨日も見せた不思議そうな顔を作った。

 きっとここら辺の人なら子どもでも知っているような常識と、普通の冒険者なら聞かないような情報なのだろう。


 「それぐらいでしたら、別に情報料は要らないですね。私が教えましょうか?」

 「良いの?助かるよ」


 ラッキーなことに情報料がタダになったネ。

 タダより高いものは無いと言うが、女性の親切は買ってでも受けるものだ。

 ありがたく頂戴しよう。


 「オキヨモギは、この町を出たところの日の当たるところに良く生えています。葉の裏が白く、揉むと鼻に抜ける清涼感を持った香りがするのですぐに分かると思います。MPはレベルが上がるか、昇格値を使うことで上昇します。上昇させるための魔法具なんかもありますが、低ランカーでは手が出ないほど高いです」

 「昇格値を使う?」

 「はい、昇格値を1ポイント毎に割り振ることが出来ます。ご存じだと思うのですが……」

 

 いや、知らなかった。

 昇格値の残ポイントって、魔法を覚える以外にも使えるのか。良いことを聞いた。

 これで問題の前提条件は全てクリアだ。


 「でもハヤテさん、ニセオキヨモギのことは知らなくても良いのですか?」

 「大丈夫。必要な情報はドリーに聞けたから。ヨモギは集めたらここに持って来れば良いのかな?」

 「え?はい、その奥のところか、私の所に持ってきてもらえれば大丈夫です。依頼で獲ってきたことを伝えれば、手続きはこちらでしますから」

 「分かった。それじゃあ行ってくるね」

 「……気を付けてくださいね」


 何故ドリーがニセなんとかの情報を伝えたがったのか分からないけど、多分売り上げがあると歩合で幾らか貰えるとかだろうな。

 心配そうに見つめるドリーの視線を背中に受けながら、ギルドを後にする。

 町の喧騒をサラウンドで聞きながら、町の南門に向かう。


 さぁ、初仕事だ。

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