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水の理  作者: 古流 望
1章 異世界での独り立ち
13/79

013話 宿屋と小道具

 精神的に疲労感を増やしながら騎士団詰所から出ると、日は既に南中を過ぎ、午後の気だるくぬるい風が頬を撫でる。

 気になっていたことを全て片付けたからだろうか。それとも面倒なおっさんやお兄さん達に絡まれずに済んだからだろうか。この町に来てから張り詰めていた緊張感が抜けている気がする。


 たらふく食べた満腹感からか、それとも昨日からの疲れからか、昼寝をしたくなる衝動に駆られる。

 空は眩しい位の太陽が輝いた晴天で、風も穏やかとくればそれも当然かもしれない。

 青空の下で午睡を取れば、気持ちよく眠れるであろうことは間違いない。


 しかし、今はそんな怠惰な時間を過ごす訳にはいかないと気を引き締めなおす。

 幾ら冒険者になったうえに、懐も潤ったとは言え、僕が無宿者である事実は変わりない。

 お金を持って職を持っていても、家なき子ではこの先が不安にもなる。英語でいうならホームレスだ。どう考えてもそのままにしておいて良い状況ではない。


 そこで宿屋を探そうと、今まで通ってきた通りを戻ることにする。

 人通りが多いということは、宿屋がある可能性も高いだろう。町をしらみ潰しに探すか、でなければ冒険者ギルドなりでお勧めを聞けば良いだろう。

 あの爺さんが出てこないなら、綺麗な受付嬢も多いあそこは居心地が良さそうだ。


 ワイワイガヤガヤと賑やかな人だかりを見ていて、魚人のお兄さんの魚顔を思い出した。

 そうだよ、あのお兄さんに宿屋を聞けば良いんだ。

 義理も十分果たしたし、その報告がてら顔を見せるのも悪くないだろう。

 屋台に向けてまっしぐら。お兄さんは喜んでくれるだろうか。


 人並みのなかを泳ぎながら、屋台に着くと、親切そうな魚人のお兄さんが待ちかねたと言わんばかりの様子で魚顔を向けてきた。


 「おお、待っていたぜ。俺のことはアピールしてきてくれたか?」

 「ばっちりですよ。団長殿に直接お兄さんを勧めて来ましたから。お肉も渡してきましたし」

 「本当か?そうか、俺もいよいよ騎士になれるのか~」


 遠い目をしているお兄さんには悪いが、物事そうそう上手くはいかないと思う。

 でもまぁ夢見ているお兄さんに冷や水をかけることも無いだろうから、ここは触れずにおくのがベストだろう。

 折角だから、話題を逸らしつつ聞きたいことを聞いてしまおう。


 「ところで少し聞きたいのですが、ここら辺にお勧めの宿屋って無いですかね?」

 「・・・・・・騎士になったらあいつにプロポ・・・・・・ん?どうしたって?」


 一気に騎士になったことを前提にした未来予想図を描き出していたらしい屋台の焼き肉売りは、ようやく現実に戻ってきたらしい。

 よほど騎士になりたいらしい。中世でも、実力と実績のある人間を貴族が雇ったり、一代限りの騎士候として準貴族にしたりすることはあったらしいから、時代と世界が変わっても庶民の夢というのはそう違いは無いのだろう。


 「ここら辺に、僕でも泊まれるいい宿があれば教えて欲しいのです」

 「それなら、この先にある『勇気の騎士亭』という宿屋がお勧めだ。この道を北に行ったところにある。冒険者ギルドがあった方とは、道を挟んで反対側の所にある。看板があるから直ぐに分かると思うぜ」


 「じゃあそこに行ってみます。ありがとうございました」

 「ああ、またな。それにしても騎士か・・・・・・」


 また遠い目をしだした人はそのまま放置し、言われた宿屋を探すことにする。どうやら目の前を通って行き過ぎていたらしく、またまたUターンして歩き出す。

 無駄に歩いたのかと思うと疲れと眠気が増す気もするが、そもそも屋台のお兄さんに場所を聞くためにわき目も振らずに急いだのが失敗だったのだ。諦めるしかない。


 魚人さんが言っていた宿屋は、確かにそれを探すつもりで歩いていると直ぐに見つかるものらしい。1階の屋根の上ぐらいの高さに『勇気の騎士亭』と書いた看板がぶら下がっている建物があった。

 大きいといえば大きい建物だが、冒険者ギルドや騎士団詰所と比べると、普通の民家に見えてしまう。それほど周りの風景に溶け込んでいる。

 

 入り口は押して開けるドア。

 3階建てらしく窓が幾つも並んでいる。結構繁盛しているのか、幾つかの窓からは人の気配がする。雨戸を閉め切っている部屋は、たぶん空き部屋か就寝中の部屋だろう。

 あの魚人のお兄さんは親切そうだったし、騎士を目指そうという人間が人を騙すはずがない。居るとすれば団長ぐらいだろう。

 そう思って、この宿屋に泊ることにする。手持ちの金額で泊れれば良いが、そうでなければ早速冒険者の仕事をしなければならなくなる。

 職に就いて働くのはこの町では義務らしいし。

 

 ――ギィ~


 木が軋む音をさせながら、扉をくぐる。

 中は外に比べると若干薄暗く、目が慣れていないせいか見え辛い。

 埃やカビの匂いがしないところからすれば、掃除は行き届いているようだ。


 「いらっしゃい、泊りかい?」


 目が慣れて来たところを見計らったように声をかけて来たのは、恰幅の良いおば様だ。

 いや、お姉さまと訂正しよう。何かこちらを睨んでいる気がする。

 10年か20年前なら、看板娘と言って通りそうな美人の面影を、肉のついた顔に残している。

 

 「何日か泊りたいのですが、構いませんか?」

 「もちろん良いともさ。うちは宿屋だからね」


 人好きのする笑顔でしゃべる年季の入ったお姉さまは、木の壁にぽっかりと空いたような四角い窓から顔を覗かせていた。カウンターのようなものなのだろうか。

 

 「一泊60ヤールドで、朝夕の食事つきだよ。お湯は別途料金で一回50シックルだ」


 また聞きなれない単位が出てきた。お金の単位だろうか。

 素直に聞く方が良いか。


 「それじゃあとりあえず5泊で。ちなみにシックルは金額の単位ですか?」

 「あいよ~300ヤールドね。お前さん、外国人かい?」

 「分かりますか?」

 「お金のことを知らない、妙ちくりんな格好した人間なら、誰だってそう思うさね。ちなみに100シックルで1ヤールドだよ」


 分かりやすい。

 全て100進法がこの国の通貨単位らしい。

 1ヤールドが銅貨一枚で200円ぐらいの価値だとすれば、1シックルは補助通貨だろうか。

 2円ぐらいの価値しかない物を、大量に作っては国が赤字になるだろう。

 ちなみに日本で1円玉は1つ作るのに1円以上のコストが掛かっているらしい。真面目な日本人らしいと思う。

 オーストラリアでは5セント以下の金額は、買い物のときは切り捨てるらしい。1ドル2セントの物を1つ買えば1ドルで、3つ買えば3ドル5セントとか。違ったっけ?


 「それじゃ5日分と、毎日夕食後にお湯を下さい」

 「あいよ~2ヤールドと50シックルね。宿代と合わせて302ヤールド50シックルだよ」


 端数切捨てとはいかないようだ。この国の人間も几帳面なのだろうか。

 仕方なく銀貨3枚と銅貨3枚をおばさんに手渡す。


 「ほいさ、お釣りの50シックルだよ。落とすんじゃないよ」


 そういって、おばさんは50枚の小さくて軽いお金を渡してきた。銅で出来ているのだろうが、とても軽い。スズか何かと混ぜた合金だろうか。

 これはきっと国策であえて金属貨を流通させているのだろう。

 日本でも錫貨や陶貨といったものが作られたことがあるらしい。先の大戦の影響で金属が国内に不足した為に、銅貨等を回収して鋳つぶしたとも言われている。


 金属の硬貨とは、国内に金属を貯蓄する意味もあるのだ。だからこそ、国外で硬貨を両替することは出来ない。単に補助通貨であり通貨ではないといった理由や、兌換手数料の方が大きいという理由もある。 嵩張るし、偽物かどうかの判断がし辛いというのもある。

 しかし、あまり知られていない理由の一つがそれなのだ。

 と、自分では納得しておく。


 「それじゃあ部屋に案内するから付いて来ておくれ」

 「分かりました」


 宿屋の女将さんらしき人は、部屋の鍵を持って先導してくれる。

 入口から見え辛かったところには階段があり、どうやら部屋は上の階らしい。


 階段を2階分上がった所で、建物の奥へと進む。

 ギシギシと軋む木張りの廊下を歩きながら、女将さんに付いて行く。

 この町に来てから、誰かの後ろを付いて行くばかりの気がする。

 前を行く横に広い背中を見ながら、そう考えた。


 奥から3つ目の部屋で女将は立ち止まった。部屋番号は303だ。

 なるほど、奥から番号が付いているのか。

 女将さんが軽そうな木の扉の鍵を開け、鍵を手渡してきた。


 「ここがあんたの泊る部屋だよ。鍵は出かける時には店の誰かに預けな。洗濯は言えば別料金で受け付けるよ。食事は朝が日の出から1時間、夕方が日の入りから1時間さね。それを逃すと食事抜きだから気を付けな」


 時間の単位まで翻訳してくれているのだろうか。魔法とは便利なものだ。いっそお金の単位も翻訳してくれれば嬉しかったが、物価が違えばそれも無理か。基準が無いもんね。

 渡されたのは名刺ぐらいの木の板がついた金属製のギザギザな鍵。木の板には303とだけ書いてある。

 鍵がギザギザしているということは、よくあるシリンダー錠なのだろうか。


 「この宿にお風呂はありますか?」


 大事なことだろう。

 さっきから体に張り付く服がとても気持ち悪い。

 出来るならお風呂に入ってさっぱりしたい。


 「あんた、どこの貴族様だい?そんなものがあるような上等な宿屋に見えるかい?」

 「一応あれば良いなという確認ですよ。私の国では普通の庶民でもお風呂に入っていましたから」


 お風呂は贅沢扱いなのだろうか。

 中世を感じさせるこの世界なら、それも当然かもしれないが、お風呂ぐらいは有って欲しかった。

 いや、お風呂で会話が通じるということは、一般的でないにしろ有ることは有るわけだ。


 「それじゃあごゆっくり。何かあったらさっきの所にあたしか誰かが居るだろうから聞いとくれ」

 「はい、お世話になります。……えっと、お名前はなんでしたっけ?」

 「あたしかい?あたしはイオナさ。大抵『勇気亭の女将』で通っているよ」

 「イオナさんですね。よろしくお願いします」


 イオナと言う名前には合わない気がするのは、言わないほうが良いのだろう。

 さっさと仕事に戻っていく姿を見て、母親を思い出した。


 「ふう~ようやく一息つけた」


 部屋の中にあったベッドに、倒れ込むように寝転がる。

 意外と弾力のあるベッドだが、それでも僕が居た世界のベッドよりは固い。


 ごろりと仰向けになりながら、部屋を見渡す。

 窓はまだ雨戸が閉まっているせいか、光が漏れているものの部屋を静かな空間にしている。窓の大きさは50cm四方ぐらいだろうか。明り取りや換気なら、十分な大きさだろう。

 部屋の中にはテーブルと、それに備え付けの小さい椅子が1脚。テーブルの上には水差しと木で出来たコップのようなものが置いてある。ガラスは高級品なのだろうか。それとも、荒っぽい冒険者が多いと割れるコップは不味いのだろうか。

 入口からベッドまでの間ぐらいの所の壁には、小さな油皿が水平に固定されている。

 多分、油と芯を入れて明かりとするための物だろう。皿のあたりが黒っぽく煤けている。

 蝋燭は使わないのかな?


 僕の背丈よりも若干高いクローゼットがある。

 それを見て、買い物をすべきだと思いつく。


 幾らお湯が買えるとしても、タオルが最低1枚無いと体も拭けない。まさかハンカチで全身を拭くわけにはいかないだろう。

 それに、汗を吸い込んだ服を毎日着た切り雀と言うわけにもいかない。

 代えの服を買わないといけないだろう。


 それに、冒険者の装備も要る。

 アラン団長が怪訝にしていたのも、僕が武器も防具も持っていないことが理由の一つだった。

 冒険者として仕事をするにも、装備の違いは結果に表れるだろう。


 思い立ったが吉日だ。

 まだ日があるうちに買い物をしよう。


 名残惜しそうに軋んだ音を出すベッドから起き上がり、部屋を出て鍵を掛ける。

 巾着袋は一応持ったが、鞄はベッドの脇に放り投げてきた。

 盗まれて惜しいものなんて、1冊以外無いから大丈夫だろう。


 ベッドと同じように軋む廊下を歩き階段を降りると、木枠のカウンターにイオナおばさんが居た。椅子に座って下を向いて、何か手元で作業をしているようだ。

 僕に目線をちらりと向けると、そのまま作業に戻っていく。

 刺繍をしているようだ。綺麗な白い布が、丸い輪っかの道具に嵌められているのが見えた。赤い色の糸を細い銀色の針を使って縫い付けている。

 

 「女将さん、少し聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」

 「ん?なんだい?」

 「服を売っている店と、冒険者の武器や防具を売っているお店を知りたいです」

 「あ~それなら冒険者ギルドがある角を左に曲がって、そのまましばらく真っ直ぐ行けば冒険者向けの店が並んでいるよ。通称がその名も『冒険者通り』っていうところさ」


 刺繍する手を止めることも無く答えてくれた。

 方角を示すのに、左とか右とかは使わないほうが良いと思いますけどね。右方向だって、身体を回せば左にも前にも後ろにもなり得る。

 この場合は、宿屋から歩いたとして……なのだろう。


 「それじゃあそこに行ってみます。鍵をよろしくおねがいします」

 「はいよ。気を付けて行ってくるんだよ。夕食は日の入りから1時間って忘れるんじゃないよ」

 「はい、行ってきます」


 鍵を女将に預けて、早速言われたところへ向かう。

 何だか同じ道を行ったり来たりしている気がする。


 冒険者ギルドを目印に、言われた通り左である西方向に進む。

 既に日は大分低くなってきている。

 まだ明るいから、体感的に夏の3時ぐらいだ。この世界だと今は何時ぐらいなのだろう。


 随分と歩いた気がするのは、溜まった疲労のせいだろうか。

 それでも見えてきたのは服屋に道具屋に武器屋……魔法具店なんていうのもある。食堂もあって、クリームシチューのように仄かに甘い香りがしてくる。肉を食べる前だったら、この匂いに誘われていたかもしれない。


 買い物をするのなら、まずは服屋だろう。

 衣食住のいの一番。

 服飾店と書かれた看板の出ている店に入る。


 店の造りは民家を改造したような造りになっているが、掃除は行き届いているようで清潔感がある。

 店の中には、恐らく店主と思われる白髪の混じった小柄な男の人が一人居る。

 僕が入った時に目を向けて、僅かにほほ笑むと歓迎の言葉を口にする。


 「いらっしゃい。どういったご用件ですか?」

 「下着一式を2セットと、普段着として動きやすい服を上下セットで2セット、適当に見繕っていただけませんか」


 僕の言葉に、目をスっと細めた店主は、手慣れた様子で一定の間隔ごとに結び目のついた紐を持って近づいてきた。

 何をする気だろう。

 怪しい人間だから捕まえようと言うのだろうか。


 「それじゃあちょっとの間動かないで下さいね」


 そういって、胸の当たりに脇の下を通して紐を巻きつける。

 なるほど、メジャー代わりにしてサイズを測っているのか。

 股の下や腰回りも同じように紐でサイズを測ってくる。どうせなら女性に測ってもらいたかったとも思うけど。


 体中のあちこちを測られた後、無言で奥に引っ込んだ店主を待っていると、直ぐに何枚かの上着とズボンらしきものを持ってきた。上着は長袖のTシャツみたいなシンプルな縫製だが、生地が分厚い。紺か藍色のような上着とズボンのセットが2着と、生地を染色せずにそのまま縫製したような、茶色が薄くかかった白い服がこれまたセットで2着。

 下着は白い生地のトランクスのようなものが2枚だけ。紐で腰回りを締めるようなパンツだ。


 「お兄さんは結構細身だから、あまり数が無くてねぇ。うちにあるのはこれぐらいだ。もし時間を貰えるなら身体に合うものを作っても良いですよ」

 「そうですか。とりあえずその紺色のセット1着と白い服の上下を下着と合わせて買います」

 「ありがとう。本当は500ヤールドするところだけど、お兄さんは特別におまけして400ヤールドにしておくよ」

 「良いんですか?それじゃあ遠慮なく」


 商売人というのは何処も変わらないようだ。

 あえて初めに値引き前提の値段を付けておいて、なんだかんだと理由を付けて正規値段で売る。恩を一緒に売れる商売人の常套手段だ。

 別にこちらが気にしなければどうと言うことはないので、笑顔で銀貨4枚を出す。


 「それにしても見かけない顔だね。どこの人間だい?」

 「……森から来たことになりますかねぇ」

 「ははは、お兄さんも冗談が上手いね」


 この国の人たちには、森から来たと本当のことを言っても信じてもらえないらしい。

 世間話でも情報収集にはなるかもしれない。


 「変わった格好だけど薄い生地だね。その上にマントかクロークは着ないのかい」

 「ええ、おかしいですかね?」

 「町の外に出るのなら、普通は持っているからね」

 「へえ~」


 この世界の常識なのだろうか。

 日本でマントなんて羽織っていたら、警察に職務質問されるだろう。


 「例えば森なんかで地面に直接座ると、冷たい地面に体を冷やされてしまう。それに夜露もある。マント1枚で夜の体力低下をかなり防げる。物が布だからカゴ代わりに物を包んだり、傷口を縛って止血なんて用途にも使ったり、持っていて損は無いものさ」

 「確かに、持っておいたほうが良いかもしれませんね」


 営業が上手いね。

 しかし言う事ももっともだ。簡易な夜具にもなるし、布1枚でもあれば出来ることは多い。ボーイスカウトでスカーフを身に付けるのも用途が広いからだし、三角巾を包帯代わりに使うのは常識と言って良い知識だ。ハンカチ以外に、防寒具にも使えるマントの1枚ぐらいは持っていた方が良いだろう。


 「それじゃあ、マントもください。出来れば色は目立たない色で」

 「はいはい、それじゃあ少しお待ちください」

 

 店主は笑顔で店の奥に戻っていった。

 上手く乗せられてしまったような気もするが、悪い買い物ではないと思う。そう信じたい。

 マントが白とか赤なら、隠密行動には向かないだろうし出来れば黒いマントか、理想を言えばミリタリー仕様の迷彩柄が良い。

 赤マントなんて着て歩いていたら、ホラーに近い。

 

 流石にマントは数が多いのか、両手で大量に抱えて店主が戻ってきた。


 「とりあえずこれだけ持ってきたけど、まだ種類はあるから気に入ったのが無ければ言ってくれ」

 「お勧めとかってありますかね?」

 「お勧めね……これなんかどうだい。ワーウルフの毛が縫い込んであって、人には分からない匂いがする。弱い獣が寄ってこなくなる獣除けのマント」


 店主が勧めてきたのは茶色いマント。毛羽立った様子から、マントと言うよりは毛布に見える。

 これから冒険者になって獣や魔獣や魔物を相手に戦おうと言う人間が、獣程度を恐れていては話にならないだろう。


 「これでも冒険者ですから、弱い獣程度は大丈夫ですよ。なんというかこう……魔法を防げるとかそういう感じのマントってありませんかね?」

 「おぉ、お兄さん冒険者だったのか。そうは見えなかったよ。それじゃあこれなんかどうだい?」

 「これは?」

 

 大きな刺繍がしてある黒っぽいマントを勧められた。

 厚手のカーテンのような生地だが、刺繍の糸はキラキラと光っている。まさか金糸とかではないと思うけど、高そうだ。


 「この刺繍の部分が魔法陣になっていてな、魔物とかの魔法の威力を1割ほど軽減してくれる。気休め程度だが、これで命拾いしたって冒険者も多い人気の品さ」

 「でも、お高いんでしょ?」

 「それが今なら特別サービス。この収納袋も付けてたったの498ヤールド。本当に今だけのお買い得価格」


 何処のテレビショッピングかと思ってしまう。

 しかし、買えないこともない価格だし、そもそも相場が分からない。まぁ大通りに店を構えるぐらいだから、下手にぼったくることも無いだろう。そう信じよう。どうせお金も貰いものだ。


 「よし、買います。ついでに何かおまけを一つ付けて欲しいな」

 「お兄さんも上手だね~。分かった、それじゃあこの道具袋も付けよう。薬草採取なんかで、草を潰さないように柔らかい布で出来ている人気商品」

 「本当に?うれしいな~ありがとう」


 物は試しにでも言ってみるものだ。おまけを付けて貰えた。

 薬草採取も依頼掲示板で見かけた。確かに、魔物も居る所で手を塞いで移動するわけにはいかないから、手に持たず入れ物を用意するのは当たり前だろう。

 残り10数枚の銀貨から、5枚取り出して渡し、銅貨2枚を御釣りでもらう。

 早速買ったものを通販のおまけ的な収納袋に入れて肩に担ぐ。収納袋は肩紐が付いていて、リュックサックかナップサックのような物だ。

 店主が満面の笑顔で見送ってくれるのを横目に、服屋での買い物を終えて外に出る。


 さて、次は道具屋だろう。

 

 道具屋は服屋の2軒隣の所に看板が上げてあった。

 外から見た感じは服屋と大して変わらない民家のような家だ。ただ、鼻にツンと来るような刺激臭が微かにする。ここが道具屋と思わせるものだ。きっと薬か何かも一緒に売っているのだろう。


 扉を開け、中に入れば若いお兄さんが居た。ひょろりとした細身で、頬も少しこけている。気弱そうに若干猫背気味にカウンターの向こうに座っている。


 「ぃらっしゃぃませ」


 何だか蚊の鳴くような小さい声で挨拶してきた。

 見た目通りの人のようだ。

 「日用品一式と、野営道具一式を欲しいのですが」

 「はぃ……少々お待ちください」


 この町のお店には、商品を並べて客に選ばせる店と言うのは無いのだろうか。

 それともたまたま2軒だけがそうなのだろうか。

 奥に入っていったお兄さんを、結構な時間待つことになった。

 退屈を感じ始めてしばらくたったころ、重そうな様子で鞄を2つ持ってきた。

 

 「えっと、あの……その、こちらの茶色い鞄が歯櫛、歯磨き塩、手拭、木椀等の日用雑貨をまとめたものです。もう一つの黒い鞄が、初級体力ポーション、磁石、水筒、小型ナイフ等の野営道具一式です。遅くなってごめんなさい」


 なるほど、一式という言葉から気を効かせてそれらしいものを全部まとめてくれたのか。

 意外とこのお兄さんは相手の考えや要望を読み取るのに長けているのかもしれない。まさか魔法だろうか。


 「いえいえ、まとめてくれたのならありがたいです。確認しておきますが、一通りの物は揃っているんですよね」

 「はい、そうです。勝手なことしてごめんなさい。冒険者さん達はあちこち転々とされるから、こうやって生活に必要なもの一式全部を欲しがる方も多いんです」


 そうか、冒険者なら良くある話なのか。

 確かに、定住地を持たないのが冒険者なら、旅立つときは極力身軽にして、必要な物を移転先で調達と言うのは普通の発想だ。

 何もかも持ち運んでいたら、それだけで大荷物だ。引越しの労力をそう何度も掛けたくないだろう。


 「わかりました。ではその2セットを下さい。御幾らですか?」

 「すいません、えっと少し高いかもしれないけど2,000ヤールドです」


 確かに高い。

 今までの数少ない買い物経験でも、最高額だ。


 「それは2つで合わせてですよね?」

 「あ、そうです。言い忘れていました。合わせて2000ヤールドです」


 このおどおどした様子は、接客業に向いてないと思うけどな。

 銀貨の枚数が無いから、金貨で払うことにして、お兄さんに金貨を手渡す。


 「はい、それじゃあこれで」

 「ありがとうございます。御釣り持ってきますから待っていて下さい」


 奥にお金を置いておかないと、お兄さんみたいに気弱な人が店番だと何かと因縁付けられた時にお金を持って逃げられるだろうしね。

 流石にそこらへんはきちんとしているらしい。

 さっきよりは断然早い時間で戻ってきたお兄さんが、御釣りの銀貨80枚を渡してくれた。

 

 「お買い上げありがとうございました。またご贔屓に」

 

 そういったお兄さんと別れて、道具屋を後にする。

 さて、いよいよ武器と防具選びだ。


 流石に冒険者向けの店が揃っているらしく、武器屋と防具屋だけでも何軒もお店がある。

 正直目移りしてしまうが、初心者用となると途端に選べる店が減ってしまう。

 何せ、鎧専門店や剣の専門鍛冶店などはそもそも他と何が違うのかが分からない。素人の僕が近寄って良い店ではない。

 他の専門店も似たり寄ったりだろう。魔道具の専門店があっても、そもそもどんなものかすら、碌に知らない。水晶玉のようなものだけではないはずだけど。


 初心者が防具や武器を選ぶとするなら、どういう店が良いのだろうか。

 安さは最優先であるにしても、命を預ける以上ちゃちな安物を買うわけにもいかない。品質と値段では値段を優先しつつ、バランスが大事だろう。

 バランスと言うなら、武器だけ良くても防具が紙みたいな弱さでは初心者には危ない。経験不足のうちは不意の攻撃なんて、受けて当然だ。防具はしっかりしたものを選ぶべきだ。

 かといって、防具だけが鉄壁でも武器が子どもの傘みたいなものだと、これもまた拙い。

 例えば相手が堅い鱗で体を守っていたりすると、鱗の切れる剣や棍棒のような鈍器なら攻撃は効く。しかし、なまくらで鱗に傷すら与えられない剣なら、素手の方がマシだ。敵はその気もないのに、勝手に僕だけ物理無効状態にかかるだろう。それも実に情けない話だ。

 防具と武器にもバランス感覚が必要になってくる。


 そう考えると、どちらも同時に比較して組み合わせを検討できる方が良いだろう。

 僕は、武器と防具の両方が置いてある一軒の店に入った。


 買い物のメインイベントだ。

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