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穢れなき獣の涙  作者: 河野 る宇
◆散華-さんげ-
55/56

*穢れなき獣の涙

「なんだ!?」

 ギョッとしたエンドルフは、大きな影を見上げてさらに驚く。

 赤やオレンジの鱗に覆われた体表に鋭い眼差し。空を駆るコウモリに似た翼──それはまさしくドラゴンだ。

 ぱっと見ただけでも十体はいると窺えた。

「うへぇ」

[我らも加えていただこう]

 巨大とまでは言えないが、それでもエンドルフの頭二つ分は視線を上げるほどの高さがある。

「どういうことだよ」

 唖然として問いかけると、そのドラゴンは頭を上げ、

[なんとも暖かな輝きが見えたのでな]

 この世界を守らねばと思ったのだ。

[静観を決め込むはずであったのにのう。不思議なものよ]

 まるで、我らに流れる血が内側から訴えかけているようで、それはあたかも、悲痛な叫びにも似た哀しいものであった。

[何もしないことは従犯じゅうはんにも等しいものだと、まざまざと感じた]

 この世界は滅びて良いと思えるほどには、罪深くはない。古き仲間を止めずしてなんとする。

 金色の目を細め、前方にいるシレアの背中を見つめた。

[さあ。我らの背に]

 ドラゴンたちは体勢を低くし、背中に乗るように促すと、魔法使い(ウィザード)射手いてたちがその背にまたがった。

 しっかりと乗ったことを確認したドラゴンは、ひと声上げて翼をはばたかせ空に舞い上がる。

 モンスターの攻撃から解放されたウィザードたちは詠唱を始め、アーチャーはわずかな傷口をめがけてじっくりと狙いを定めた。

 シレアの突き刺した剣からネルサの護りは弱まり、こちらの攻撃が利き始める。ネルサはその巨体でねじ伏せようとするも、徐々に体力は奪われていた。

[虫けらどもめ!]

 人々の力はさらに強くネルサに痛みを与え、もはや、恫喝も炎のブレスも、向かってくる者を怯ませる事は出来ない。

[我が、負けるというのか]

 あり得ない。最も強大な力を持つ我が、こんな愚か者どもに倒されるはずがない。なんと醜悪な。馬鹿げている。

[我は、神なり]

 世界を絶やし、創り直すのだ。俺は、道具なんかじゃない。

 呻くようにつぶやくと、ゆっくりと動きを止めた。

「倒れるぞ! 避けろ!」

 そうして、ズシンと一度大きく地面を響かせて倒れ込んだ漆黒のドラゴンは、そのまま動かなくなった。

「こいつめ」

「やめろ!」

 一人の男が憎らしげに横たわったドラゴンの体を足蹴にし、シレアはそれを強く制した。

「しかし──!」

 男とその周囲にいる者は少し驚いたが、シレアの鋭い眼差しに言葉を詰まらせる。

「黄泉へ旅立つ者に追い打ちをかけるな」

 死に行く者に敬意を払うのは礼儀だ。静かに発して大きな顔に歩み寄り、朦朧としているドラゴンの瞳を見下ろす。

 ネルサは息も絶え絶えになりながらも、シレアをギロリと睨み付けた。力の全てを顎に集中し、噛み砕こうと機会を見計らう。

 そのとき──

[っ!?]

 ポタリと頬に落とされた雫に視線を向けると、その表情は読み取れないながらも、シレアの瞳から涙がこぼれ落ちていた。

邪悪イヴィルとしての存在であるが故に、お前は倒されなければならない運命を背負った。それもまた、この世のことわり

[ならば、何故に泣く]

 お前の意図がわからない。

「命は敬われるものだ」

 そこには情けも哀れみもなく、ただ失われ行く命に敬意を表し静かに祈りを捧げる。

「誰しも、生まれる場所を選べる訳じゃない。けれど──」

 それに嘆くだけでは、

「この先にある己の人生をも、選ぶことをめた者だ」

 どうしようもないこともあるだろう、何をしたって上手く行かない時もあるだろう。しかし、初めから憎しみだけで動くなら、それはただ己の生まれに囚われている者だ。

「例え、それが間違った選択だったとしても」

 お前は全身全霊で、尽きる運命に抗った。

[シ、レア]

 どうしてこうも、お前は俺と向き合える。何故、真っ直ぐに俺を見つめる事が出来る。

「お前が、私に全てをぶつけてきたから」

 憎しみも、哀しみも、怒りも。許せないと感じたものを、私に心で問いかけた。

[皆が、お前のようであればな]

「そんな世界はつまらない」

 すっぱりと言い放つシレアに目を丸くして、喉の奥から笑みを絞り出す。

[これが、人か]

 醜く、厚かましく、儚く、弱い。それでいて強く、美しく、清らかな。何かに抗いながら、何かを許容し──

 まるで、この世界の全てを詰め込んだような存在だ。

「この世の哀しみを全て消し去ることなど、不可能に近い」

 だが、それを目指そうとする意思は決して絶えることはないだろう。全ての者が、初めから諦めたりはしない。

「一人一人がそう、あれるように。それではだめか」

 シレアの背後には、多くの種族が彼の言葉に従うように、ネルサをじっと見下ろしていた。信じて欲しいと、その目がネルサを見つめる。

 ネルサはそれぞれの瞳を一瞥したあと、

[……それでよい]

 満足げに小さくつぶやいてゆっくりと瞼を閉じ、ふいに呼吸が止まる。

 動かなくなった体を、いくつもの小さな光りが慈しむように覆い、仕舞いには四散して、数多の光は天へと昇るようにそれぞれ散らばり、音もなく消えた。

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