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穢れなき獣の涙  作者: 河野 る宇
◆散華-さんげ-
54/56

*猛炎のごとき

「オレたちはどうすればいい?」

 二人のやり取りを空から見ていたマノサクスが降りて尋ねる。

「翼を重点的に攻撃」

「どんとこーい!」

 笑顔で応え、セルナクスに作戦を伝えに飛んだ。

「で、あたしたちは何をすればいいかしら」

「人々に伝達してもらいたい」

「おやすい御用よ!」

 モルシャは伝えなければならないことをしっかりと聞き、レキナたちに声をかけてコルコル族のみんなは散らばった。

 ネルサの姿に動揺しつつも、それぞれが成すべき事を見つけて動いている。

 これなら勝機はある。

「ヴァラオム」

[うむ]

 ヴァラオムは応えて体勢を低くし、シレアを背に乗せた。

[ゆくぞ、我が友よ!]

 声を張り上げ、翼をはばたかせて大空へ駆け上る。

 シレアは巨大な岩のように、どっしりと地面に爪を食い込ませるネルサの体を上空から眺めた。

 おおよそ、人間などが敵う相手とは思えない。それでも、抗わなければ先はない。

[長きにわたり、継がれた血の力は凝縮され。いま、まさに歪んだ形で現されている]

 終わらせなければならない。どんな犠牲を払おうとも。

「この世界に生きる者の努めか」

 目を眇めてつぶやく。それは、とても酷く辛い使命だ。

[虫けらどもがぁー!]

 ネルサは抵抗する者たちに怒号を浴びせ、牙がずらりと並んだ口を大きく開いた。

ブレスが来るぞ!」

 口々に叫び、頭の向いている方向を見極める。

 尖った巨大な口から真っ赤な炎が吐き出され、逃げ切れなかった人間のみならずモンスターもその猛炎に身を焦がした。

 肉の焼けた匂いが風に運ばれ、辺りはよりいっそうと殺伐さを増す。

「くっそ!」

 エンドルフは苦々しく漆黒のドラゴンを睨みつけ、戦斧を掲げて気合いを入れた。



[さて、友よ。どうするかね]

 ヴァラオムは無言で見下ろすシレアに問いかける。そして口惜しげにネルサを見つめ、その瞳に憂いを浮かべた。

[何故なにゆえに、あのような深淵なる姿になったのか]

 怒りと憎しみがネルサをどす黒く染め、大地までをも黒く変えてゆこうとしている。

[本来なれば、彼らの体色は美しい鉄紺てつこんであろうに。なんと嘆かわしい]

 漆黒のドラゴンからは、かつて備わっていたであろう神々しい輝きは失われ、ただただ呪いの言葉を繰り返す魔物と化している。

[今こそ、そなたに渡すものがある]

「うん?」

 ヴァラオムがひと声あげると、シレアの胸にあるペンダントが輝きを放った。

[我の炎で鍛えた剣は、持つ者の力を増大させる]

 そなたの意志と、その身に流れる血が持つ力の間に隔たりは無い。己の力を信じるのだ。

[先を示せ!]

 傾きかけた陽の光に照らされた白い鱗はオレンジをまとい、シレアの手には黄金色に輝く剣がもたらされた。

 剣は黄昏の陽を吸い込んだように暖かくシレアは一度、深く息を吸い込んだのち剣を強く握り、眼下に見える巨体に向かって飛び降りた。

[ぬっ!?]

 ネルサはそれに気付いたが一歩遅く、頭の横をかすめて落下するシレアがその首に剣を突き立てる。

[グアッ!? きさま!?]

 剣は幾本の稲妻を走らせネルサに深々と突き刺さった。

 ヴァラオムは、剣を刺したまま手を離して落ちるシレアを受け止め、ネルサから遠ざかる。

[見事な一撃だ]

 深々と突き刺さった剣はその巨体では抜くことが出来ず、ネルサは小さな針の痛みに悶えた。

[よくも! よくもオォォォォー!]

 空気が震えるほどの怒りを吹き出し、目を血走らせて大木のような尾を大きくひと振りする。

 それだけでモンスターや人間、多くの種族が倒されていく。それにマノサクスは舌打ちし、悠然と揺れる黒い翼に剣の刃を滑らせた。

「──っくぉ!? かてぇ!」

 分厚い翼は、薄いミミズ腫れを起こした程度で大したダメージには至っていないようだ。

 しかし、リャシュカ族たちはこぞって同じ場所に刃を走らせた。

[こざかしい羽虫どもめ!]

 翼を大きく羽ばたかせマノサクスたちを遠ざける。何度も同じ箇所に走った刃は、分厚く硬い革のような翼に一線の傷を作っていた。

 じわりと重い痛みは微々たるながらも、ネルサの動きを鈍らせる。

 経験を重ねた放浪者アウトローたちがそれを見逃すはずもなく、武器に魔法にとマノサクスたちと同様に後ろ足の同じヶ所を狙い続けた。

[こんな虫けらどもに、我が──]

 認めぬ! 認めぬぞ!

[何をしている。我に従え。敵をことごとく滅するのだ!]

 低く発した命令は、従うべき主を見失っていたモンスターたちにひとしく響き渡り、再び人々に襲いかかる。

「ぬあー! めんどくせえ!」

 折角大人しかったのにとエンドルフが怒鳴りながら応戦した。

「くっ──また面倒なことに」

 アレサは細身の剣を振るい、コボルドどもを倒していくが、その数はまるで減る気配を見せない。否、数だけではなく、さきほどよりも凶暴性を増している。

 モンスターの群とドラゴンを相手にしては友軍が来てくれたとはいえ、これはさすがに厳しい。

 ネルサが吐き出す炎のブレスは、かすっただけでも身を焦がし体の芯にまで痛みが伝わってくる。

 仲間たちが倒されていく光景に心を痛めても、どうする事も出来ない。

「闘うしかねえだろうがぁ!」

 エンドルフの声は空を震わせるほどに響き、まるで風を呼ぶように轟いた。

「おい、なんか変だぞ」

 別の戦士がふと、轟音が鳴りやまないことに気付く。

 耳の奥から響いてくるような、地面がのたうつような。あるいは、空から重たい雲がのしかかってくるような。

「エンドルフ、何をしたんだ」

「俺じゃねぇよ!」

 ──そのとき、大きなはばたきが聞こえたかと思うと、彼らの頭上に巨大な影が差しドシンと何かが降り立った。


鉄紺てつこん鉄色てついろがかった紺色こんいろで、わずかに緑みを帯びた暗い青色のこと。

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