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穢れなき獣の涙  作者: 河野 る宇
◆第十二章-対峙する勢力-
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*針の穴から光は差し込むか

 ヴァラオムは翼をはばたかせてさっと飛び立ち、シレアたちから離れた場所で尾や炎のブレスでオークを蹴散らす。

 シレア、アレサ、マノサクスは接近戦闘に向かないユラウス、ヤオーツェ、モルシャを内側に隠し丸い陣形を組み、襲いかかるモンスターを確実に一体ずつ倒していった。

 仲間を殺せば諦めもつくだろう、ネルサは喉の奥から笑みを絞り出した。今は希望だなんだとそそのかされているが、目の前で奴らが殺されれば気も変わる。

 高をくくっていたネルサの耳に、微かな声が聞こえた。

「詠唱?」

 よく見ると、ユラウスが何かを唱えている。

 一人で何が出来るのかと鼻で笑った刹那、

「ぬ? 貴様ら!」

 シレアとアレサ、ヤオーツェも同じ言葉を唱えている事に気がついた。

 この魔法は──

「アタラクトだと!?」

 唱えた手の中に、重さを操る魔法が練られていく。まさかそれを学んでいたとはとネルサは舌打ちして素早く後方に退いた。

 そうして人の頭ほど大きくなった黒い球を確認し、シレアの合図で一斉にそれを放った。

 四つの黒い球体は、まるで意思を持っているかのごとく詠唱者の意思に従いモンスターどもを次々と食いちぎるように飛び回る。

 醜く悲痛な叫びが辺りに満ちあふれるが、埋め尽くすモンスターたちを全てなぎ払うには力及ばない。

 魔法の効力が切れ黒い球が消えると、襲いかかるモンスターたちを剣でなぎ払っていく。

「いくら強力な魔法でも、こうも詠唱時間が長くては──」

「オイラには難しくて続けて出せないよ」

 上級魔法は精神力も削られる。経験の浅いヤオーツェには、常に緊張が続く戦場で連続で繰り出すことは困難だ。

「ふつう六人と小さいドラゴン一匹にこんなに数もってくる!?」

[ちびで悪かったの]

「ぜったい無理よこれ!」

 短剣を手に攻撃をかわしながらモルシャは声を上げた。

「ぬう、進退窮しんたいきわまるか」

 苦々しく奥歯を噛みしめ、迫り来る怒濤のごときモンスターどもを眼光鋭く睨み付けた。

 気力が持ちそうも無いと諦めかけたそのとき──

 ユラウスの背後からモンスターのどよめきが起こり、眉を寄せて振り返る。

「あれは、人間か?」

 アレサが目を細める。どこから現れたのか、手に手に武器を携えた数十人ほどの人間がオークどもと戦っていた。

「これは一体、どうしたことじゃ?」

 続々と現れる兵士たちは、同じ方向からこちらに向かってくる。確かあちらにはポータルがあった。

 あっという間に数百人が加わり、モンスターたちも戸惑っている。しかし、これだけの数を誰が転送しているのだろうか。

「なんだなんだ?」

 唖然と見やるマノサクスの耳に、大きな羽音が聞こえて見上げると、

「ワイバーン?」

 上空にいる数匹の翼竜に目を丸くした。

 その背に乗っていた数人の人間が降りるやいなや武器を振り回した。

 兵士を降ろした調教師テイマーはそのまま戦いに加わり、翼竜の攻撃にオークとコボルドたちは慌てている。

「どういうことでしょう?」

「わからぬ」

 この場所のポータルを知っていて使えるのは魔導師たちだけだ。しかし、どうやってこれだけの人間を集めたのだろうか。

 シレアは大勢の人間を見回しふと、見知った背中に怪訝な表情を浮かべる。

「ようシレア!」

 男は彼を見つけると、白銀の胸当て鎧(ブレスト・プレート)に長い戦斧、赤茶けた短髪を揺らし濃いグレーの細い目を向けて豪快な口元に笑みを浮かべた。

「エンドルフ」

 懐かしい友の姿に目を丸くして駆け寄る。

「びっくりしたぜ。魔導師なんて初めて見た」

「魔導師?」

 モンスターの襲撃に王都は陥落したが、奪還する作戦を練っていたエンドルフたちの元に魔導師が突如、姿を現した。

 そうしていま何が起こっているのかを語り、北の大陸で戦う者たちを助けて欲しいと願い出た。

「さすがにすぐに信用するのは難しかったけどよ。王都を攻め落とされてる身としてはね」

 肩をすくめる。

「んで、あっちこっちの町で魔導師たちが頼み込んでるんだと」

 ミレアは、レイノムスに旅をしたいと願い出た。それは転送魔法円ポータルを作成するためのものだった。

 彼女が作成するのは特別な魔法円だ。より多くの者を一度に運ぶべく作成される魔法円は長い時間を要する。

 本来、転送にはその場所を知っていなければならない。それを魔導師一人の力でやろうというのだ、これまで研究を重ねてきたポータルを使うしかない。

 人間の数は他の種族とは比較にならないほど多く、あちこちに広がっている。それだけの魔法円を作成するには、過酷な旅を続けなければならないだろう。

 しかれど、それこそが我らの使命なのだとミレアたちはひたすらに魔法円を作成し続けた。

 それを聞いたエンドルフたちは、魔導師を信じることにした。

「そうか」

「ああ」

 軽く見回しても数百を超えている。これからも増えていくだろう。

「この状況じゃあ、増える数と減る数が一緒ってことにもなりかねないがな」

 倒れていく仲間たちを見つめて汗を滲ませる。

「だが、確実に向こうも数を減らしている」

「おうさ!」

 エンドルフは静かに応えたシレアに強く返し、モンスターの群に突っ込む。長身から繰り出される戦斧はコボルドたちをなぎ倒し、威嚇するように雄叫びを上げた。

 ──そしてシレアは激しい戦いのなか、懐かしい影を遠目に捉える。

「ロシュリウス!」

 名を呼べどこの乱戦では声は届かず、ちらついていた姿もいつしか見失ってしまった。彼が成人を迎えて旅立つ日にみた背中はそのままに、貫禄は増していたように思う。

 そうか、彼も共に闘ってくれているのかとシレアの口元には自然と笑みがこぼれた。

「チッ」

 突然の軍勢にネルサは舌打ちして手を流す。発生した黒い霧から、さらに数百のガーゴイルが現れた。

「こいつはまずいぞ」

 アレサは上方じょうほうを睨みつける。空を飛ぶモンスター相手にはこちらが圧倒的に不利だ。加えて硬いガーゴイルを倒すのは骨が折れる。

「いやいやいや、多いって!」

 上空を飛び交う灰色の影にマノサクスは怒鳴った。飛べるのがオレだけって、どう考えてもこれはだめだろ!?

 魔法使い(ウィザード)たちが打ち落としてはいるが、ほとんどが致命傷を与えられずに再び空にあがってしまう。

 人間たちは気圧けおされ絶望感が辺りに漂った。

「どうしよう」

 これではいけないとマノサクスは唇を噛んだそのとき、

「マノサクス!」

「セルナクス!?」

 降り立つ親友の後ろには評議会の親衛隊までいるじゃないか。

「なんで──!?」

 さらに続いて降りてくるリャシュカ族のみんなに泣きそうになりながらも、ぐっとこらえて親友を見つめた。

「魔導師たちだよ」

「え?」

 魔導師の長の娘であるミレアは、シレアたちを助けて欲しいと評議長を賢明に説得した。魔導師たちが感じている危機感を、他の種族に理解出来るように伝える事は難しい。

 俗世間とほとんど関わろうとしなかった彼らが、これほどまでに懇願するのにはよほどの事があるのだろうと、レイノムスは聞き逃さすことのないようにと慎重に耳を傾けた。

 ウェサシスカが一度、襲撃されていなければこれほど素早く対応しなかっただろう。

 マノサクスの手紙もあって、評議会は重い腰を上げた。

「それで討伐隊を編成したってわけ」

「そうか」

 信じてくれたんだと水色の瞳を輝かせた。そうとなれば俄然、気力も湧くというものだ。

「それに、おまえがいるしな」

「え?」

「親友がそうしたなら、それに応えないと」

「セルナ」

「お前さ、自分はだめな奴だって思ってるだろう」

「知ってたの?」

「何年、お前といると思ってる」

 お前がいたから、俺は頑張って近衛になることが出来たんだ。

「なんで?」

「自分が強いってこと、忘れているな」

 俺の言葉ばっかり気にして、自分の強さを忘れるなんて本当にお前らしいよ。

「そうだっけ?」

「これだからなあ」

 呆れて頭を振る。

「そういうところもお前らしくていいんだけどね」

 俺はお前に勝ちたい気持ちから頑張ってきたんだぞ。

「そうなんだ」

 オレ、お前の役に立ってたんだな。誰かの役に立っていたことが嬉しかった。

「気にさせて悪かったな」

 そうなったらいいなという、ただの俺の願望だったんだ。大したものじゃないから、気にするな。

「よし!」

 吹っ切れたマノサクスは剣を収め、弓矢を手にして空に舞う。

 攻撃性だけで向かってくるモンスターを相手に、詠唱に時間を要する魔法使い(ウィザード)を戦士が囲むように自然と陣形が組まれていた。

 それでも、敵の数はまだまだ多く明らかにこちらが劣勢だ。

 慈悲のない攻撃に、次々と倒れてゆく友軍にアレサは苦い表情を浮かべた。その視界にチラリと見知った姿が映り、思わずそちらに顔を向ける。

 優美で流れるような攻撃を繰り出している影は、紛れもなくエルフ──

「まさか」

 あれだけ人間と関わる事に抵抗を示していたエルフたちが共に戦っている。

 眼前の光景に、アレサは信じられず立ちつくした。

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