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穢れなき獣の涙  作者: 河野 る宇
◆第九章-振り向いた先-
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*図り知る思い

「まずは、私の話をしよう」

 得意げな瞳が一同を一瞥していく。

「私は、とある領主の医師をしていた」

 昔を懐かしむ声色となり、視線は遠くを見やる。

 薬は金と同等かそれ以上の価値を持ち、そのため薬学を極めた者たちは錬金術師と呼ばれるようになった。

 全ての者が魔法を操れる訳ではない。ましてや、魔法使い(ウィザード)が治療系の魔法を使えるとは限らない。

 そのうえ、ほとんどの病気は魔法では治すことが出来ない。

 薬の技術は知識でなんとでもなるものだ。限られた者しか扱えない魔法よりも、格段に汎用性が高い。

 錬金術師と呼ばれる者たちは、薬の技術と共に哲学を重んじた。薬の効果を追求し、果てに生命とは何かを問い続ける。

 領主は、そんな錬金術師たちに感化され、いつしか禁断の法にまで踏み入ることに──

「初めは薬を作る我らの手元に注目し、次に彼は合成生物にいたく興味を持つようになった」

「合成生物?」

 眉を寄せ、ユラウスは聞き返した。

 世界の探求者たる錬金術師は、手にした技術で完全なる生命を造り出すことを夢見ていた。その手始めとして、存在している生物を研究する。

 その過程にあるのは、異なる生物同士をつなぎ合わせるものだ。

 彼らが造り出した合成生物が逃げだし、増えたモンスターがキメラとも言われているが真実は定かではない。

「何人もの錬金術師を雇い、それに通ずる研究をさせていた」

 そうして合成生物はある程度の成功は遂げたが、どれも寿命は短かった。そんなことを繰り返しているうちに、領主は踏み込んではならない命の根源に触れようとしたのだ。

「錬金術の神髄──生命の精製だ」

「なんじゃと!?」

 ユラウスは驚愕に目を見開き、椅子を鳴らす。

「ホムンクルスでは領主は満足しなかった。当然だろう、あんなものは命のまがい物(・・・・)だ」

 錬金術で造られる生命──フラスコの中でしか生きられず、寿命はわずか数日。そんなものに、なんの魅力を感じるだろうか。

「合成生物でもなく、フラスコの小人でもなく。求めるものは、完全なる生命を持つ生き物」

 生命への探求心は留まるところを知らず、常に湧き上がる疑問に自問自答を繰り返す。

「そうして幾月も費やし、あるひとつの答えが導き出された」

 男は得意げに人差し指を立てて口角を吊り上げる。

「生命の精製には、より強い意思のこもったものが必要なのだ」

 強いエネルギーが込められた生命の一部。それらは少しずつ集められ、実験が続けられた。

「強い意思? エネルギーじゃと?」

「生命には魂が必要だ。それ自体を否定する者もいるが、私はそうは思わない」

 魂というものの存在がなにかを理解するのも説明するのも難しい。しかれど、それがあることは明白だろう。

 ならば、生命となる器にその魂を引き寄せなければならない。

「一体、何を集めたのじゃ」

「主に血をね。あとは毛髪だったり爪だったり、とにかく生物から採取したものならなんでも」

 放浪者アウトローや傭兵、多数の人間を雇い、それでも収集には大きな困難を要した。

「そうして我らは二十四年前、納得の出来る存在を造り上げたのだ」

 恍惚とした表情のあと、シレアを見つめた。それにつられるように一同もシレアに視線を向ける。

「まさか……。シレアがそうだとでも言うのか!?」

 マイナイの言葉から導き出された真実に、ユラウスたちの驚きは隠せない。

「それが知りたかったのではないのか?」

 マイナイは目を吊り上げるユラウスに恐れることもなく、どちらかと言えばいぶかしげに見つめていた。

 多くの人々を救う薬を作る彼らに敬意を抱いてはいれど、命をもてあぞぶような行為を許せる訳ではない。

「そうだ」

 沈黙していたシレアが静かに答えると、まったく動じている様子のない青年に皆は唖然とした。

「おぬし、驚かんのか」

「驚いた」

 無表情で言われても……。

「では、あなたは何を気にしていたのですか」

 それに、シレアは視線を泳がせた。

「あれだろ、オレたちが嫌いにならないか気にしてたんだろ」

「そうなのかね?」

 ユラウスは、しれっと発したマノサクスを一瞥しシレアに顔を向けた。青年はその問いかけに目を伏せる。

「え、どういうこと?」

 まだ話が飲み込めないヤオーツェは首をかしげて一同を見やった。

「シレアがこのおっさんに造られたってこと」

「えっ!? なにそれ!?」

 マノサクスの説明に目を丸くする。

「不可思議な存在には誰しも敬遠するものだ」

「そんなの、オイラたちにあるわけないだろ」

 ヤオーツェは、よく解らないながらも声を上げる。まだ短い付き合いだが、シレアが信頼できる人間であることには変わりがない。

「我らをみくびってもらっては困る」

「わしらを馬鹿にするでないわい」

 彼の言葉に仲間たちは半ば憤りを感じ、それぞれに反応を見せた。

 しかし、マノサクスだけはその輪のなかに入れない。当然だろう、仲間になって間もない彼に親身になれという方が無理な話だ。

「そうか」

 シレアは小さくつぶやくと、微かに笑みを浮かべた。

「もう良いのか?」

 立ち上がったシレアに問いかけると、なにかを思い出したように振り返る。

「一つ、訊きたいことがある」

「なんだね」

 マイナイは、シレアの動きを一つ一つ確認するかのごとく視線を泳がせ、嬉しそうに口の端を吊り上げる。

「納得の出来る存在を造り上げたと言うことだが、他の者はどうなった」

 その言葉にユラウスたちはハッとした。彼らは一体、どれだけの実験を繰り返し、シレアを造り上げたのか。

 マイナイは青年の瞳をしばらく見つめ、そんなことかと小さく溜息を吐き出す。

「私がいた頃には皆、生きていたよ。囲いの中でだがね」

 シレアがいなくなってしまうと途端に興味が失せたマイナイは、領主の元を離れてこの地に棲み着いた。

 世俗から遠のき、植物や薬の研究に没頭できる今の環境に満足している。

「解った」

 シレアはそれだけ聞くと、マイナイに背を向けた。

「他に聞きたいことは無いのか」

「知りたかったことは聞けた」

 あまりの素っ気なさに目を丸くするユラウスに肩をすくめ、出て行くシレアに一同は顔を見合わせた。

「さすが私のホムンクルスだ。心も強く出来ている」

「マイナイ殿、今はそのようなことは──」

「しておらんよ。する気も無ければ金も無い」

 薄笑いを浮かべて足を組む。

 そうして、互いに顔を見合わせている面々を見やり、

「君たちがどういった理由や経緯で彼と共にいるのかは知らないが、それなりの覚悟はあるのだろうね」

「どういう意味でしょうか」

 アレサは眉を寄せて聞き返した。初めて目にしたときから、アレサはこの男に妙な気配を感じていた。

 錬金術師が持つ独特の存在感とでも言うのだろうか。それは、長く生きているエルフでさえ計り知ることの出来ないものだった。

「君たちが思っている以上に、彼の背負ったものは重いという事だよ」

 怪訝な表情を浮かべたユラウスたちに男はそれ以上、語ることはなかった。

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