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穢れなき獣の涙  作者: 河野 る宇
◆第八章-暗闇からの影-
33/56

*現す敵

「ウェサシスカが動き始めたか」

 玉座の男は薄暗い空間につぶやいた。

「折角の余興が一つ、潰れたな」

 さして悔しげでもなく発すると、それに応えるように男の前にひざまずく影のひとつが頭を下げる。

「いかがいたしましょう」

 女の声が尋ね、頭を上げた。

 男は、グレイシャブルーの瞳を細くして目の前の女を見やると、形の良い人差し指を軽く立て、低い声を響かせる。

「空の魔物を差し向けてみようじゃないか」

 まるで子どもの遊びにも似た物言いに女は小さく頷き、立ち上がってどこかに消えていった。耳に残る足音に、男は喉の奥から笑みをこぼす。



 一方のウェサシスカ──シレアはユラウスたちを外に呼び出し、マノサクスを紹介した。

「よもや、わしよりも早くに先詠みをしていた者がおったとは」

「あんたが古の民? すげえ、初めて見た」

 自分の置かれている状況を把握していないのか、マノサクスは嬉しそうに一同を見回す。

 確かに、珍しい取り合わせの一行かもしれないがアレサは、「少しは真剣に考えた方がいいのではないのか」と無表情に思っていた。

「あんたがここに呼ばれた理由は解ったけどさ。それ、正直に話す気はないんだろ?」

 シレアはそれに肩をすくめる。

「説明したところで、信じてはもらえまい。こちらは相手の存在をまだ、確認してはいないのじゃからな」

 ユラウスの言葉にアレサは小さく唸りを上げる。

「でもさ、調べるってどう調べるんだろう?」

 ヤオーツェは首をかしげた。

「そりゃあ、魔導師たちの力を借りるんだよ」

「ううむ」

 ユラウスはしれっと応えたマノサクスを一瞥し思案する。

 新たな仲間を言い当てた、優秀な魔導師はすでにこの世にいない。残された魔導師たちで、どこまで正確に割り出せるのかは謎だ。

「考えたところで、なるようにしかならない」

 再度、すっぱりと言い放ったシレアにアレサたちは唖然としたが、そう言われてしまえばどうしようもない。

「奴らは仕掛けてくるかのう?」

 仕方なくユラウスが別の話題を振った。

「ユラウス殿が言ったように、ここならば安全ではないでしょうか」

「敵の正体は解らないんだろ? オイラ怖いなあ」

「何かあれば魔導師たちか、監視してる奴らが気がつくよ」

 マノサクスは危機感もなく応える。このなかで最も敵についてよく知るのは、ユラウスだろう。彼は先詠みで少なからず、敵の影は見ている。

 影という曖昧なものではあるけれど、見せつけるように現れる強大な幻影は恐怖するに充分だ。

 アレサは集落を攻撃され、ヤオーツェは巨大なバシラオを差し向けられている。それを思えば二人も平然とはしていられなかった。

 敵は、確実にその力を強めているとシレアは感じていた。大きな流れの中心にいる者だからこそ、それを感じ取れるのかもしれない。



 次の朝──再び呼び出されたのは、城内ではなく小さな広場だった。

 すり鉢状の円形広場は中心が舞台となっており、その舞台を取り囲むように観覧席が造られている。

 レイノムスは一番下段にある席に腰を掛け、その両脇に護衛が立っている。何故、彼が一人で対峙する形になっているのか。

 まずはシレアという人物に触れ、知ったのち評議会にかけようというのだろう。それほど、慎重にならなければならない事柄であることは理解しているようだ。

 シレアたちは舞台の端にいるような形で評議長の前に並び、何を質問されるのかと彼の言葉を待っていた。

 すると、暗いローブを来た背の低い影が数名、おぼつかない足取りで降りてくる。シレアの前で立ち止まり、目深に被ったフード越しに見上げる。シレアの胸くらいの高さに頭がある。魔導師と呼ばれる者たちだ。

 それを、やや遠巻きに眺めていたセルナクスの隣にマノサクスが現れる。

「なんだ、興味があるのか」

「うん、まあね」

 この二人は幼少からの友人で、共に剣の腕を競った仲だ。セルナクスは評議会の近衛隊長として任に就いたが、マノサクスはその流れには乗らなかった。

 戦士ならば誰でも評議会の兵士になる事に憧れる。マノサクスの腕前からしても評議長、直属の近衛になってもおかしくはないのに、兵士にならなかった幼なじみの決断を今でも疑問に思っている。

 一人の魔導師が一歩、進み出てシレアの瞳を見つめる。しばらく言葉はなかったが、おもむろに魔導師が口を開いた。

「あなたは、自分のことをどこまで知っているのです」

「何も」

 返された言葉に、女性と思われる魔導師は声もなく目を伏せた。シレアの声色からは何の感情も読み取れなくて、やや困惑している様子だ。

 次の言葉を紡ぐため、頭を上げたそのとき──

「なんじゃ!?」

 辺りに響き渡る角笛の音は、何かの異変を示していた。

「襲撃だ!」

 セルナクスとマクサクスは剣を抜き、評議長を守るために駆け寄る。

「レイノムス様! 城内へ!」

 評議長を護衛たちに任せて広場の外へ飛び出る。角笛の音は鳴り止まず、二人は剣を構えたまま周囲を警戒した。

「じいちゃん……。あれ、なに?」

 一同の視界に入った無数の小さな影は徐々に大きくなり、その姿を知らしめる。それは、コウモリに似た翼をはばたかせ、石のような肌を持つ醜い容姿のモンスター──

「ガーゴイルじゃ!」

 洞窟や古い城などに棲み着き、石像になりすまして近づいてきた獲物を捕らえる怪物。そのためか肌の色や質感は硬く、無機質に感じられる。

 つまり、剣の刃はまず通らない。打撃か魔法で倒すしかない。

「なんて厄介な!」

 アレサは苦々しく片目を眇めた。剣と同じく、通常の弓矢はほとんど通用しない。

「何匹いるんだよ!」

 仲間に補助魔法をかけながらヤオーツェが叫び、ユラウスとシレアは攻撃魔法を駆使して落としていく。

「どういうことだ!?」

 レイノムスは突然の襲撃に目を丸くして自らも剣を握った。未だ城までは遠く、数十匹というガーゴイルの群れは執拗に評議長に牙を剥く。

「レイノムス様!」

 セルナクスとマノサクスはガーゴイルを薙ぎ払いながら評議長に駆け寄る。

 シレアはふと、

「この気は?」

 混在する気の流れの中に、一つだけ他とは一線を画す気配を感じて立ち止まる。

「シレア!?」

 動きをとめ、どこかに歩いて行くシレアに声を掛けるも、聞こえないのかその背中は遠のいていった。

 気を辿っていくと、ガーゴイルの群れから少し離れた所にある、雑木林の前に大きな影が見えた。

[グアオ!]

 現れたシレアに驚いたのか、その影は大きく吠える。

 羽毛の生えたドラゴンとでも言うのだろうか。二メートルほどの飛竜は、赤や青の鮮やかな体の背に、鋭い目の女を乗せていた。

 革の鎧を身につけ、長い赤毛を後ろで一つに束ねている。暗い紫(ダークスレートブルー)の瞳は神秘性を漂わせ、眼前に現れたシレアを冷たく見下ろした。

 初めて見る顔だが燃えるような赤毛は印象深く、シレアの心を妙にざわつかせた。

「あれはお前の仕業か」

「だったらどうする」

 その言葉にシレアが剣を構えると、女は飛竜の手綱をクイと引き、歯をむき出して威嚇させた。

 飛竜の動きは素早く容易には近づけそうもない。剣での攻撃は諦め、口の中で詠唱を始めた。

「チッ」

 女はそれに気付いて飛竜の腹を蹴り、翼をはばたかせて空に浮かんだ。飛竜が起こした風がシレアの視界を遮る。

 女は、見上げるシレアをひと睨みして遠ざかっていった。

 それからすぐ、空に指笛のような音が響いたかと思うと、ガーゴイルたちは一斉に飛び去ってしまった。

 ──まるで、何事もなかったように、浮遊大陸は静まりかえるのだった。

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