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穢れなき獣の涙  作者: 河野 る宇
◆第七章-橋のあいだに-
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*躊躇いと決意

 ──地域によって体格や体毛などが異なるのは解るが、これはでかすぎる。以前にユラウスと共に闘ったバシラオの二回りは優に越えている。

 初めて見る大きさに、シレアはどうしたものかと思案した。

 そんなシレアの背後から詠唱の声が聞こえ、その詠唱が終わると体が少し軽くなったように感じた。

「彼は補助魔法が使えるのか」

「そうダ。それで奴を追い払うことガ出来タ」

 その言葉の通り、眼前のバシラオは今までのものとは違う。本来なら、相手が一匹なら補助魔法さえあれば難なく倒せただろう。

 しかしこれは──

 思案している間に、補助魔法は幾重にもかけられていった。いくら補助とはいえ、ここまで連続して唱えられる者はそう多くはない。

 少なくとも、四つの補助魔法が二人にかけられている。

 全体的な能力が著しく向上し、自分の周囲に見えない膜のようなものが張られている。これなら、ある程度の衝撃から何度か身を守ってくれるだろう。

「有り難い」

 つぶやいて、低い唸り声を上げる猛獣に剣を構え直す。これだけの巨体に効果のある攻撃が出来るのか解らないが──やるしかない。

「奴の気を引いてくれ」

「わかっタ」

 ムチのようにしなやかな尾を揺らし、片刃の剣を構えて爬虫類特有の声で威嚇すると、獣はその声と動きに反応して彼女に狙いを定めた。

 すかさずシレアは口の中で何かを唱え、ゆっくりと獣の背後に回る。威力のある魔法には長い詠唱を必要とするため、終わるまでこちらに気づいてくれるなよと獣の背中を見つめた。

「シャーッ!」

[ガオォウ!]

 バシラオも負けじと威嚇し、前足をケジャナルに振り下ろす。しかし、間一髪でそれを避け、振り下ろされた前足に刃を走らせた。

 硬い感触に舌打ちが漏れる。獣はその大きさだけでなく、皮膚も強靱なことが窺えた。これは倒せる自信がない。

「尾があるのは便利だな」

 剣だけでなく、尾を使った攻防にシレアは感心した。ずば抜けた身体能力は足元が悪い場所でよく発揮されている。

「距離を取れ」

 シレアの声にケジャナルは素早く後退した。

 バシラオがそれを追おうとした刹那、背後にある異様な気配に振り返る。獣の目に、迫り来る大小の燃えた岩が映った。

 林の隙間から降り注がれる熱い衝撃に、バシラオは大きく叫び痛みに悶える。

流星雨メテオスワーム!?」

 こんな短時間であの魔法が出せるなんて! ヤオーツェは、その光景に思わず声を上げる。

 当然ながら、本物の流星ではない。魔法によって造り出された、具現化されたエネルギーとでもいおうか。

 一定のあいだ、それは短い時間だが定められた範囲に流星として具現化されたエネルギーが降り注ぐのだ。発動には、長い時間と多くの魔力を必要とする。

「脚を狙え!」

「うヌっ」

 両側から獣の脚に剣の刃を当て、今度は強く一線を走らせる。固い皮を切り裂き、バシラオは一帯に響き渡るほどの叫びを上げて、その巨体をズシンと地面に横たえた。

 それでも猛々しく唸り続けていたが、しばらくして瞳から光が消え失せる。抵抗する力はもう残されていないと感じたシレアは、獣に歩み寄った。

「願わくば、此岸しがんの輪に再び巡ることを」

 額に手を添え、何も映さなくなった瞳を瞼に隠す。

「終わったの?」

「シレア!」

 聞き慣れた声に振り向く。どうやらユラウスとアレサだけのようだ。リザードマンはいないことを知るとヤオーツェはほっと安堵した。

「うお!? なんじゃこりゃ!? バシラオか? これはまた巨大な」

「ヤオーツェと、ガビアリアンか」

 アレサは二人をいぶかしげに見やる。

「お願いだ! このことは黙ってて。ケジャナルは悪い人じゃない」

 集落になかなか馴染めないヤオーツェは静かなこの場所で一人、いつも過ごしていた。

「二年くらい前にここを見つけたんだ」

 ケジャナルと出会ったのは本当に偶然だった。

「彼女とは?」

「半年くらいまえ」

 よもやガビアリアンが姿を現すなどと思っていなかったヤオーツェはケジャナルを見た途端、恐怖で身身がすくんだ。

「子どもカ?」

 驚いた様子の彼女にヤオーツェはすぐ、抱いていた印象とはまるで違うと気がついた。それから二人が仲良くなるのに時間はかからなかった。

 女戦士であるケジャナルは彼に刃物の扱い方を教え、ヤオーツェは魔法の基礎を教え合っていた。

 もちろん、ケジャナルは魔法は使えなかったが、ヤオーツェの話はとても興味深く面白かった。

 そして昨日、突然現れたバシラオからヤオーツェを守ろうと彼女は戦い、足に怪我を負い動けなくなった。

 集落に戻れと言う彼女に従ったけれど、気になって戻ってきたという訳だ。

「シレア」

 ユラウスに呼ばれて二人はその場から離れる。

「あの子じゃよ。運命の仲間は」

「そうか」

 陰りを見せた面持ちにユラウスは小さく頷いた。

「あの子はまだ若い、我らの旅路に巻き込みたくはないじゃろう」

 しかし、黙っている訳にもいかない。このバシラオも見えない敵からのものならば、脅威は続くことになる。

 ヤオーツェ本人には話さず、集落の長とリュオシャルにだけ告げることが得策だろう。ユラウスはここに来るまでにアレサにも話し、彼の意見も同じだと確認していた。

 ヤオーツェに事実を告げずに去る結果がどうなるのかは解らないが、死出の旅路を強要することも出来ない。

「お願いだよ」

 戻ってきたシレアに懇願する。

「良い機会かもしれない」

「どうイう意味ダ」

「歩み寄りの意思はあるのだろう」

 聞き返したガビアリアンに金緑石の瞳を向ける。

「先頭に立ち、話し続ける覚悟があるならば」

「そんなことだめだ! 無理に決まってる!」

「いつか誰かが勇気を出さねば、解り合う事は永遠に出来ぬぞ。おぬしはそれでも良いと申すのか?」

 ゆっくりと諭すように見つめるユラウスを睨みつける。

「わかり合う? そんなこと、ぜったい無理さ」

 同じ仲間とだって解り合えないのに──ケジャナルは悔しげにつぶやくヤオーツェを見やり、肩を落とした。

「そうダな。この状態ニも疲れてイたところダ」

「ケジャナル!?」

「私は、おまエと堂々と話がしたイ」

 私たちは何もやましいことはしていないのに、どうして隠れて会わなければならないのだ。

 それにヤオーツェは言葉を失った。自分だって、彼女と普通に付き合えたらと思わなかった訳じゃない。

「長きに渡った争いが彼女一人で解決出来るとは思わぬが、何もしなければそれこそ永遠にこのままじゃ」

「ケジャナルである必要があるの?」

「お前も解っているのだろう?」

 その問いに体を強ばらせる。

 そうだ、解っている。実現された形を、実際に見せつけることが出来るいまがチャンスなんだと。

「行こウ」

「ケジャナル──」

 決意を固めた瞳に、あとの言葉が続かなかった。

 彼女はずっと、考えていたんだ。誰かがその背中を押してくれることを願い、いまがそのときなのだと踏み出したんだ。

 強く、堂々とした歩みにヤオーツェも続いた。

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