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穢れなき獣の涙  作者: 河野 る宇
◆第七章-橋のあいだに-
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*生むのは争い

 ──朝、清々しい空の下でリザードマンたちが慌ただしくしていた。

「いかがなされた?」

 ユラウスたちは、ようやく見分けがついてきたリュオシャルに歩み寄る。

「ヤオーツェがイなイ」

「心当たりは?」

 シレアの問いかけに首を振り、小さく溜息を吐いた。

「誰も──誰も、ヤオーツェにつイて知らなイ」

 改めて示された現実に、リュオシャルは悔しげに顔を伏せる。

 誰一人、行き先を知らないからといって友達がいないという訳じゃないと言っても、今の彼には聞こえないだろう。

「我々も探してみよう」

「すまなイ」

 アレサに頭を下げて遠ざかる背中を見送り、三人はそれぞれに散った。昨夜、少し話をしただけで外見までは記憶していないものの、話せばすぐに解る。



 ──集落から出たシレアは、少し離れた雑木林に目を向ける。集落の者は普段、あの林には近づかないと言っていた。

 集落を探しても見つからないとなれば、外に出たと考えた方が妥当だ。

 シレアはふと、ヤオーツェは自分に似ているなと思った。

 馴染むとか馴染めないとか、シレアにはそういった感覚ではなかったが、連れられてきた集落で自分はこの場所でどういう立場なのだろうかと戸惑いはあった。

 そもそも、それ以前に自分がどこにいたのかも、どういう暮らしをしていたのかも覚えていないのだ。

 己がいまいるこの場所に違和感を持っていたという部分は、ヤオーツェと同じだ。

 それほど密集していない木々の間を抜けていく。木漏れ陽が地面を照らし、葉を飾る朝露が輝いていた。

 微かに耳に届いた話し声に足を向ける。二つの影を視界に捉えて身を潜めた。見やると、それはリザードマンとガビアリアンだと窺える。

 一人はヤオーツェだろう。では、もう一人のガビアリアンは?

「何故キた」

「だって──オイラのせいで怪我したのに、放っておけないよ!」

 ガビアリアンの声からして雌──もとい、女性のようだ。細い口が特徴的な種族の服装は、リザードマンよりも着飾られている。

 鱗状の肌は艶のある美しい濃い藍色をしており、その動きには女性らしさが垣間見えた。

 ヤオーツェの言葉通り、ガビアリアンは足に怪我をしているようだ。布を巻いているが、血は止まっていないのか赤い染みがじわりと広がっている。

「なに奴!?」

 突然現れた人間に二人は剣とナイフを構えた。しかし、警戒することもなく近づいてくる人間に怪訝な表情を浮かべて見つめていると、ヤオーツェはそれが見知った相手だと気がつく。

「あ。確か、集落に来てた」

「シレアだ。彼女は?」

「ケジャナル」

 この状況で言い訳しても仕方が無いと諦めて、ガビアリアンを紹介した。ケジャナルは近寄るシレアを睨みつけ、収めた剣の柄から手を離さない。

「何をスる!?」

 目の前でしゃがみ込んだ人間にビクリと体を強ばらせた。

「何もしない」

 手を伸ばし、ゆっくりと巻かれている布を外していく。その痛々しい傷にシレアは眉を寄せた。

「何にやられた」

 傷口が瘴気で火傷のようにただれいる。この傷には見覚えがある。

「バシラオダ」

「……バシラオ」

 やはりかと表情を苦くした。

 右手を傷口にかざし、口の中で小さく何かを唱える。すると、手から淡い光が浮かび上がり、開いていた傷口が少しずつ塞がっていく。

 そうしてついには、傷跡さえも消え失せた。

「凄い!」

「お前ハ、ウィザードか」

魔法戦士ウィグシャフタだよ」

 傷口がふさがったことを確認して立ち上がる。朝陽が差しているとはいえ、高い木々の枝にまとう葉が与える薄暗さには、妙な不安があった。

「皆が探している」

 それを聞いたケジャナルはヤオーツェに顔を向ける。

「早く戻レ」

「でも──!」

 ためらうヤオーツェを一瞥し、人間に視線を移した。

「このこトは黙ってイてもラえなイか」

「何故だ」

 起伏のない問いかけにケジャナルは何度か瞬膜を閉じ、威嚇するように歯を剥く。

「解ってイるだろう! 休戦協定を結んでイるとはイえ、知られればまた争いが──」

「互いにそう思っているのか」

 そこで二人はハッとした。

 再び争い合うことを恐れ、どちらも敬遠し距離をとってきた。ガビアリアンたちは干ばつのあと、過去の行いを反芻し、それを強く恥じた。

「ならば、仲良くもなれるのではないか?」

「人間なドに解るものカ!」

 自分たちがどれだけ酷いことをしてきたのか、どれだけ彼らを恐れさせていたか。それを思えば、「仲良くしよう」などと簡単には言えるものではない。

「そうでもないだろう」

 しれっとした物言いに二人は互いに見合う。

 思えば、人間も多くの争いをしてきた。大半は人間同士ではあるものの、現在ではそれも落ち着いている。

「それよりも今は──」

 瞳を険しくし、おもむろに剣を抜いた。

「こちらをどうにかしないとな」

 振り返り、赤い瞳で睨み付ける獣を見上げる。

 鼻息荒く唸り声を上げ、逃がすまいと鋭い牙をむき出して白い縞模様が映えるブラウンの体毛を逆立たせた。

 この地域、特有の毛色なのだろうか。エナスケアとは体毛の色が少し異なる。

「さっきノ奴カ!」

 ケジャナルはすぐさま剣を抜いて立ち上がり、ヤオーツェを背中に回した。

「隠レてイろ」

 小声で指示を受けたヤオーツェは少しためらったが、戦いの邪魔になると素直に従った。

「でかいな」

 目を眇め、バシラオの荒ぶる吐息に異様な狂気を感じ取る。シレアの数倍もある巨体が、あたかもそびえ立つ壁のようにゆっくりと迫り来た。

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