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穢れなき獣の涙  作者: 河野 る宇
◆第六章-奇異の大陸-
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*冷たい肌

 それからさらに五日を経て、一同はようやくギュネシア大陸の端を視界に捉える。

「あれが──」

 初めて見る大地にアレサの瞳が輝いた。これほどに胸躍る世界があったのかと歓喜する彼の表情は相変わらず薄い。

 エナスケア大陸以外の大地は、シレアにとっても初めてだ。否が応でも期待に胸は膨らむ。例の件さえなければ、純粋に旅を楽しめただろうにと残念ではある。

 遠目からでも解るほど活気ある港町に船は近づいていく。船着き場を行き交っている、おぼろげだった影がはっきりと確認出来ると、アレサの表情は途端に苦くなった。

「解っていたこととはいえ」

 か細くつぶやいた言葉に、二人は苦笑いを浮かべる。

 港町ワジャジャル──エナスケア大陸との交易を担ううえで、ギュネシアにとって重要な拠点の一つだ。

 船から降りた船客たちは、一つの建物に向かう。簡単な木造建築には扉もなく、中もずいぶんと簡素な造りでカウンターが置かれているだけだった。

 ギュネシア大陸に入ったしるしを残すための作業なのだが、これらは主に商人向けのものだ。

 放浪者アウトローには足跡を残すというだけでなく、何かあったときのためにという意味もある。

 根無し草の彼らでも、自分の最期がどこに至ったのかを知って欲しいという感情があるのかもしれない。もちろん、これは任意のもので全ての人間がやらなければならない事ではない。

 そうしてアレサは、目の前の人物に眉を寄せた。

「シャ! おまえモ書け」

 まぶたのない目から、縦長の瞳孔がエルフを見やる。その姿はまさしく、爬虫類のトカゲそのものだ。

 彼らは、リザードマンと呼ばれる種族である。二足歩行のトカゲと言えば解りやすいかもしれない。

 他種族と交流する事で得られるものは多く、それによりリザードマンの社会も大きな飛躍を遂げている。

 リザードマンの表情はエルフ以上に掴みにくい。そもそもエルフのように人間と似ている種族とは、考え方も概念も異なる部分が多く見受けられる。

 同じだと思って接すると痛い目を見る事もある。とはいえ、ある程度の理解さえあれば仲良くなれる種族である事は間違いない。

 街並みは人間の港町とあまり変わらず、漆喰やレンガの壁が並んでいる。売られている魚の種類が少々、違っている程度だろうか。

 言語は彼ら独自のものも存在するが、現在では人語が主流となってきている。それだけ交流が盛んな証だともいえた。

 服装は言わずもがな。尾があるぶん、それに見合う作りになっている。

 ツヤツヤの皮膚は緑だけでなく黄色やオレンジと色とりどりで、生まれた場所によっても変わるらしい。

 表皮は硬いため、分厚い鎧は必要ない。しかし人間のように体温調節は出来ず、寒さには極端に弱い。

 そのせいなのか、大陸の上半分にはリザードマンに類する種族は住んでいない。

 長い口からは、ずらりと並んだ小さな牙が覗いている。二股に分かれた舌を忙しなく出し入れしているのは、湿気などを感じるためだとか。彼らはその習性から、天気を読むことに長けている。

 見慣れるまではこの感覚がついてまわると考えると、アレサは溜息を吐かずにはいられなかった。

 この大陸ではむしろ、シレアたちの方が希有けうなのだ。道行く人々(リザードマン)は、船から出てきた人間たちを物珍しげに眺めていた。

 ──ひとまずは腹ごしらえだと、船に乗せて連れてきた馬をうまやに預けて三人は食堂を訪れる。

「目的地を決めようではないか」

 ユラウスは、買ったギュネシア大陸の地図を広げた。

「とりあえずは北に向かう訳ですね」

 大陸の最も南に位置しているワジャジャルの右隣にはシュシュリケルがある。小さな町だが中継港であり、他の大陸に向かう者と他の大陸から訪れた者が滞在する場所ともなっている。

「まずは北に。それから先はまたのちに決めよう」

 決まったところで丁度テーブルに、ドン! と大皿が乗せられた。

 木製の大きな皿からはみ出た魚の尾にアレサは目を丸くして、香草が振りまかれた魚の姿焼きをまじまじと眺める。少しきつめの香草が使われているらしく、独特の香りに眉を寄せた。

 考えてみれば、内地の集落にある草原のエルフは魚をあまり食べたことがない。ましてや、ただ塩や香草をまぶして焼いただけのものを目の前に置かれてどうすればいいのか。

 他のエルフに比べれば獣を食べることがあるぶん、こういうものにはすぐに順応出来るのだと思っていた。のだが──

 戸惑っていると、二人はさして気にする風でもなく料理に手を伸ばしていた。

「あななたちは平気なのか」

「森での生活が長かったのでな」

「美味いぞ」

 フォークとナイフで綺麗に切り分けて小皿に盛っていく。

 エナスケアでも人が集まる首都では、郷土料理として出す料理店がある。単純な料理だが、それだけに料理人の腕が試される品だ。

「むう」

 魚を睨みつけ、ゆっくりとフォークをたてる。鼻を近づけると、マレストの薫りが鼻を突く。

 マレストとは、どこの草原にも見かける草花だ。夏場には薄紫の花を咲かせる。清涼感のある風味で、魚や獣の肉の臭みを取るのに使われる事が多い。

 他にも解熱や酒など、粉末にして他の材料と混ぜ合わされ練って固めた虫除けの香にもされている。

 とはいえ、料理に使うには多すぎなのではと思うほどに薫りが強い。若干、尻込みしながらも口に含む。

「ぬ?」

 思っていたよりも美味しい。マレストの薫りが強いと思ったけれど、少しくせのある魚にはむしろぴったりだ。

「彼らの料理には癖の強いものが多いがの。不味い訳ではないぞ」

 ユラウスが得意げに語ったものの、五百年も前の舌の記憶など信じられる二人ではない。とりあえず笑っておくことにした。

 そうして食事を済ませた一同は、旅の準備のために市場に立ち寄る。

 価格は全体的にエナスケアよりもやや高めの印象だ。ほとんどをエナスケアからの輸入に頼っているせいだろう。



 ──ひと通りの食料を揃え、三人は馬にまたがり北に進路を取る。

 ごつごつとした灰色の岩が多く見られる大地と、やや肌寒さを感じる大気は、確かにここは別の大陸なのだと実感させた。

 遠くに見える森は、いつも目にしている森とはどこか違って感じられる。

 アレサは遠方にそびえる切り立った山々の連なりに薄紫の目を細め、二人の背中を追いかける。

 彼にとっては全てが新しく、驚きの風景と体験が待っている。かつての父がそうしたように、己もこの身で世界を知っていくのだ──

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