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穢れなき獣の涙  作者: 河野 る宇
◆序章-流れ戦士-
2/56

*二人の少女

 ──数日ほどをかけ、遠くに見える街らしき影を捉える。近づくと石の門がシレアを迎えた。

 領主がしっかりしているのだろう、警備の者も凛々しく立派な門構えに、この街の大きさが窺える。

 活気溢れるこの街はエナスケア大陸では五番目くらいの規模になる。

 カルクカンから降りて表通りまで続く石畳の道を歩くと、彼を視界に捉えた女たちが声もなくただ呆然と過ぎていくシレアを見つめていた。

 女たちはシレアの背中に溜息を漏らし、潤んだ瞳が彼の影をいつまでも追いかける。

「いまの、見た?」

「みたみた。すごいびじん」

 二人の少女が互いに顔を見合わせる。

「そこは美形っていうのよ」

「どっちでもいいじゃない」

 シレアを見て何やら話し合っているようだ。

 共に十代前半だと思われる二人の少女、一人は緩やかにカーブしたブロンドの髪と大きな青い瞳が魅力的なその名はソシエ。お気に入りの赤いリボンをいつも着けている。

 もう一人はセシエといい、可愛いクマのネックレスを身につけ、同じく青い瞳が愛くるしい。

 同じ顔、同じ声、仕草もよく似ていて見分けが付かない。性格に少しの違いがあるくらいだ。

 双子の姉妹はいつも一緒にいて、イタズラをしては街の人々を困らせていた。しかし、その可愛さについつい許してしまう。

「どうする?」

「決まってるじゃない」

 妹のセシエに勝ち気な笑みを浮かべ、ソシエは軽快に駆け出した。


 ──じきに陽が暮れる。

「さて、どうするか」

 シレアは今日の宿を探すべくカルクカンの手綱を引いて人混みをかきわけ進む。大きな街だけあって、通りはごった返し思うように歩けず、表情には出ていないが若干苛ついている。

 ここから目的地まで大きな街は無い。旅を続けるためにはしっかりと体を休め、食料やその他諸々を調達しなければならない。

 珍しいカルクカンのおかげか、その風貌にびっくりして道を開ける者もいなくはない。とはいえ行き交う人の多さには敵うはずもなく、それは微々たる隙間でしかない。

 こういう場所には、定番とも言えるスリが当然のように隠れている。ここまで歩いてくる途中にも、旅人とスリの追いかけっこを何度か見かけた。

 そんなシレアの腰にある革袋に、小さな手が伸ばされる──

「いっ!?」

 気付かれていないと思っていた手は、革袋を掴む前に持ち主の手に掴まれて驚きの声を上げた。

「子ども?」

 苦しい生活からスリに手を出す子どもは今までもよく見たが今回のスリは少々、違っていることにシレアは眉を寄せた。

「なんの真似だ」

 とりあえず理由を聞く体勢に入ったシレアの革袋に別の手が伸びる。

「いただ──きっ!?」

「うん?」

 スリの集団だったかと、もう一つの手の主に視線を移したシレアは切れ長の瞳を丸くした。

「双子か」

 同じ顔にそう納得し、どうしたものかと思案する。可愛い少女に「両手に花だ」なとど考えるほど、シレアはユニークな人間でもない。

 ただただ「面倒だ」と眉間のしわを深く刻んだ。

「ち──」

「ん?」

「ちかんよー! キャー!」

 突然のことに思わず手を離してしまった。こういう逃げ方もあるということをすっかり忘れていたと不覚を取った自分に自戒の念を込め、少女たちの背中を見やる。

「あ、待て」

 さして起伏のない声で呼び止めたところで従う訳がなく、あっという間に人混みに紛れて姿が見えなくなった。

 顔を覚えはしたものの、追いかけるのも面倒だとカルクカンの首をさすって手綱を握り、再び宿を探し始める。

 すると──

「ちょっと! なんで追いかけてこないのよ!」

「そうよ! 追いかけてこないのよ!」

 悪びれることもなく戻ってきた双子を無言で見下ろす。

「追いかけてほしかったのか」

「当り前でしょ!」

 赤いリボンの少女は威勢良く答えた。わざわざ追いかけさせるためにやったのだとすれば申し訳なかった──とは思わない。

 なんの理由があってそんなことをしたのかと二人をじっと見つめる。遊んでほしかったのだろうか。

 いや、それならば同年代に声をかければいいことだ。よりにもよって、どうして大人のましてや旅人に頼む必要がある。

「もういいわ! こっち」

 何も言わずにじっと見下ろしているシレアに業を煮やしたのか、クマのネックレスを着けた少女がその手を掴んでどこかに連れていく。

 悪意はなさそうだ。仕方なく彼女たちに従うと表通りから路地に入っていく。市場いちばからやや離れてはいるが、何軒かの飲み屋が開店の準備を始めていた。

 しばらく歩くと、二人は一軒の宿屋の前で止まる。少し奥まった所にあるためか、人通りも少なく閑散としていた。

 表通りであぶれた旅人がようやく見つけた──そんな感じの場所だ。

「宿の人間か」

「うん、そう」

「ここがあたしたちのおうち」

「泊まって欲しいなら素直にそう言えばいいだろうに」

 なんだってこんなまわりくどいことをと溜め息を吐く。

「それじゃあつまんないじゃん」

「そうそう」

 リボンの言葉にクマは頷いてにっこりと微笑んだ。

「つまらないのはお前たちであって──」

「いいからいいから」

「入って入って。あ、うまは裏のうまやにつないでね」

 シレアの言葉は虚しく遮られ、二人はその勢いのまま青年を宿に迎え入れた。

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