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穢れなき獣の涙  作者: 河野 る宇
◆第五章-うねる大海-
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*ドルドラム

 ──航海は何事もなく四日目が過ぎようとしていた。あれだけ船酔いに悩まされていたユラウスも慣れてきたらしい、今では船室で食事を取れるまでになっている。

 昼食を終えた頃、シレアがふと気がつく。

「止まった」

「なに?」

「確かに、止まったようですね」

 船長が言っていた無風帯ドルドラムに入ったのだろうか。まるで陸にでもあがったかのように、ぴくりとも動かない。

 甲板に出てみると、船員だけでなく船客たちも空や海を見渡していた。

「ネドリー」

「おお、ドルドラムだ」

 呼んだシレアに応えて肩をすくませる。

「本当に無風なのじゃな」

「こうなっちゃあ、お手上げさ。潮の流れを利用して進むしかない」

 まったくたなびく気配のない帆をいとわしげに見やる。ひと昔前までは、この一帯に近づくと手こぎで進んでいたが、今はそれだけの人員を集めるのは難しい。

 ネドリーは「軟弱者どもめ」と口の中でつぶやきながらも、給料のこともあり経済的にも苦しいというのも理由の一つではあった。

 大陸から大陸への航海は危険度も高く、それに見合うだけの実入りの良い仕事とは言えない。それでも続けているのは海の男としての意地なのか、渡りたいという人間のためなのか。

 いずれにしろ、ネドリーのような人間がいてくれるのは有り難い。

「この状態はどれくらい続くのです」

「さあな。三日か四日、それ以上か」

「いつもなのですか?」

「必ずあるな」

「これを含めて十日?」

「こいつは計算に入れてねえ」

 一同は絶句した。本来ならば半日ほどで進む距離を三日もかかるとは、潮の流れも緩やかとはいえ、これは参る。

 こんなところで足止めを食らうことになる船客たちは、不満げに愚痴を漏らしていた。

「仕方ねえだろ。これは俺のせいじゃねえ」

「ネドリー」

「あん?」

「提案がある」

「言ってくれ」

 持ちかけたシレアに身を乗り出した。



 ──無風状態のまま、船は相変わらずのっそりと進む。そんななか、数人の船客が集められた。

「魔法を使える者はこれだけか」

 目の前にいる人々を一瞥していく。

 ローブに身を包んでいる老齢の男性や、ユラウスのように流した衣装を身につけている者と様々だが、その手に持つ杖が彼らをウィザードだと言わしめていた。

「召喚魔法が使える者は」

 十人いるうちの五人が手を挙げる。

「何をするつもりなんじゃ」

 ユラウスが問いかけた。

「エアエレメンタルを召喚してほしい」

 攻撃対象がいない現状で召喚することに一同はざわつく。

「なるほど。風が無いなら創り出せばいい」

 それで風の精霊なのかとアレサは感心した。エアエレメンタルは意思のない精霊だ。そのぶん、扱いやすい。

 それでも上級魔法にかわりは無く、やはり難しい魔法である。意思がないだけに、制御を誤ると召喚者を攻撃しかねない。

 もっとも、意思のあるエレメントでも攻撃を受ける可能性は大いにある訳だが。

「おお、そういう事か! さすがシレアじゃな」

「実際に出来るかどうかは解らない」

「とにかく、やってみよう」

 エルフの言葉にウィザードたちが一様に頷いた。



 ──ユラウスは前のマストに、アレサは後ろのマスト、そしてシレアは真ん中のマストに位置し、船客のウィザードは前と真ん中に二人、後ろに一人が配置についた。

 そうして、誰からともなく詠唱が始まる。静かな船上に重々しくも凛とした言葉のつらなりが、まるで輪唱のように響き渡る。

 始まりと同じく、静かな終わりで詠唱が止んだとき、渦を巻いたエネルギーのかたまりが幾つも現れた。

「ひゃ!? こいつは!?」

 ネドリーは思わず声を上げる。人の背丈よりも大きなつむじ風を思わせる塊が八つ、消えることもなくそこに留まっていた。

「エアエレメンタルじゃよ」

「これが……。初めて見るぜ」

 足は無く、人のような形にも見える荒々しいつむじ風は確かな存在感をまとい、召喚者の命令を待つように空中にじっと佇んでいた。

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