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「しゃ~ないなぁ。でも、高いのはあかんで」
大学の食堂にはそう高い物はないが、一意は一応一言付け加えた。
「なんや。たまには外で食べようと思ってたのに。駄目なんか?」
「お前な。あほかっ。当たり前や。調子に乗るな。学食で充分や」
「仕方ないな。じゃあ、良いわ、学食で。行こう」
そう言うと、透は席を立つ。
いつの間にか、授業は終わっていたらしい。
教室には自分と透の二人だけが取り残されていた。
必修科目だったのに、授業内容はさっぱりだ。
ノートも取り損なってしまった。
「なあ、透。今の授業ノート取れた?」
「ん? ああ、ちゃんとメモしたぜ。ほら」
見せられたノートにはきっちり、内容が書かれている。
……いつのまに。
同じように話していたのに。
透だけきっちりノートも取っているなんて。
「なあ、今日透の家行ってもええ?」
「良いけど?」
突然何を言うんだ? という顔で、透は一意を見遣る。
「ノート見せて」
一意の言葉を聞いて、納得した表情を浮かべる。
「分かった」
「なんか、借りが出来てばっかりやな」
「その内倍にして返してもらうから良いさ」
二人は、食堂へと向かった。
お昼時間を少し過ぎて辿り着いた食堂は混んでいた。
「混んでるな~」
「ああ」
席を探すためきょろきょろと周りを見渡しても、どうやら満席だ。
「どないしょ?」
いったん座った学生は、食べ終わっても中々席を立つことはない。
一意だって、いつもそうだ。
授業が始まるまでだらだらと、時間を潰している。
諦めた方が良さそうだ。
「透、この後授業ある?」
「ない。一意もなかったよな?」
「うん。このまま透の家行ってもええ? 食堂混んでるし」
「そうやな」
「じゃあ、行こうか」
食堂を出て透と二人、歩いているところへまた、クラスメートから声を掛けられる。
以前、図書室へついてきたやつだ。
「おい、菱沢。どこ行くんや?」
「うん。授業もないし。食堂も混んでるしな。透の家へ行こうかと」
まさか、校外までは付いて来ないだろう。
そう思い正直に告げたが、次に告げられた言葉で一意は激しく後悔した。
「へ~。俺も行こうかな」
驚いた。確かに、一意とは友人でも、透とは知り合いでもなんでもない。ましてや、これから行くのは透の家だ。
「なんで?」
「なんでって、行きたいから」
「透の家に?」
透の家にはなんにもないけど。
そんなところへなぜ行きたがるのか、分からない。
大体、透のことをあれほど怖いと言っていたのに。
「そいつの家って言うか。一意と一緒に居たいから」
「はあ? なんやねんそれ」
訳が分からない。
確かに友人だが、特に特別親しい訳でもないし、一緒に居たいと言われても困る。
しかも、透のことをそいつ呼ばわりされて、思わず一意はむっとする。
そんな、一意の腕を、透がぐいっと引いた。
「行くで」
引かれて、透を見ると、突然現れた相手を睨むようにして見ていた。
表情からして、機嫌は多分最悪だ。
自分の不注意のせいで、不愉快な思いをさせてしまった。申し訳なくなる。
「うん」
きちんと断った方がええな。
ごめん、と一意が相手に謝るより先に、透が告げる。
「悪いが俺は、名前も知らないようなやつを家にあげる趣味はない」
一意の腕を掴む透の手に力が込められる。
そのまま、話しかけてきた相手に背中を向けると一意の腕を引いて、大学を後にした。