5
そんなやり取りがあって一週間。
何事もなく過ぎていく。
相変わらず、透といる時は良く声を掛けられる。
でも、未だに理由は分かっていない。
残りは三週間。
一意は少し焦っていた。
直ぐに分かると思っていたものは、さっぱり見当もつかない。
賭けをしている以上、声を掛けてくる本人に直接理由を尋ねるわけにもいかない。
「分かったのか?」
煮詰まっていると、ちょうど同じ講義を受けていた透がそう声を掛けてくる。
講義も聴かず、賭けのことを考えていたのがきっと顔に出ていたのだろう。
「……あかん。全然わからへんねん」
むうっと、一意は膨れた。
「降参するか?」
「するかぼけっ」
授業中だったため、小声で透に抗議した。
「俺に、一日好きなようにされるのが嫌なんか?」
そう告げる透の表情が、一瞬寂しそうに見えた。
目の錯覚だろうか?
「そんなんちゃう。別にそれは、ええんや。勝負に負けるのが嫌なだけや」
そう返事をすると、一瞬だけ見えた寂しそうな透の表情は、もうどこにもなくて、いつもの透に戻っていた。
やっぱり、気のせいやったんやろうか?
「負けると分かってるのに?」
一意が負けるのは当然だ。と思っている透が憎らしい。
「なんで、負けるって決め付けるねん」
「それは、……」
透は一度言葉を切って、一意を見詰めた。
その、思いの外強い視線に一意の心臓が、トクンと高鳴る。
透に見詰められて、自分でも顔が火照っているのが分かる。きっとまた、耳まで真っ赤になっているに違いない。
もう、教壇で話している教授の言葉なんて耳に入ってこない。見詰めてくる透の視線の強さに絡め取られて。そこから視線を外せない。
今一意の全身の神経が、透へと向かっている。
からかわれているのだろうか?
「それは? なんやねん」
透の視線から逃れるように、一意の言葉の続きを促した。
「一意がまだ、子供やから」
透が、にやりと笑う。
そう言って笑った透の表情は、いつものものに戻っていた。
ほっとして、体中の余分な力が抜けた。
「あほか。またそれか。理由になってないわ」
「理由は、大人なら分かることやから。充分理由になってる」
「大人なら分かるって……。俺のどこが子供やっちゅうねん」
「教えてやろうか?」
「何を?」
「声を掛けられる理由。あとは、一意のどこが子供かについて」
正直に言えば、教えて欲しいけど。
そんなことをしたら、賭けには負けることになる。
一意は、う~んと、腕組みして考えた。
しばらくして首を横に振る。
自分で気付かないと意味がない気がする。
「やっぱり、良いわ。自分で考える」
「そうか? じゃあ、ヒントは聞きたくないか?」
それはもちろん教えて欲しいに決まってる。
「聞きたい聞きたい」
一意はうんうんと、勢い良く頷いた。
「じゃ、今日のお昼はお前の奢りな」
「え~。なんでやねん」
「ただで、ヒントはやられへんし」
「透のけち」
「なんと言われようと構わへん。ヒント要らへんの?」
「要るに決まってるやろ」
なんてやつ。
ヒントの代わりにお昼奢れだなんて。
一意は、半ば呆れて透を見遣る。
そんなことを要求してくるくらいだし、さっき見た寂しそうな顔はやっぱり気のせいだったと一意は納得した。