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この大学の図書室は食堂からそう離れてはいない。
社会学部の秀才として有名人な透と、何の取り得もない、少なくとも一意は自分のことをそう自覚している、しかも学部も違う一意の組み合わせは、人目をひくらしく、「どこへ行くんや?」と途中で何人かに声を掛けられる。
全く雰囲気の違う二人が一緒にいることが周囲には不思議でならないのか。
どちらかと言えば、透は硬質な雰囲気の持ち主で。一意は癒し系だ。
一意もまた違った意味で、大学内では有名なのに本人は気が付いていない。
一緒に居るととにかく声を掛けられやすいことに、一意は気が付いていた。
いつも一人で居る透が、一意と一緒ということもあり、声を掛けやすいのだろう。
皆、社会学部きっての秀才には、興味があるようだ。
その度に、一意は「内緒」と返事をする。
一度正直に答えて。
じゃ、俺も一緒に。と付いて来られたことがあって懲りたのだ。
その時の様子は、今思い出しても、背筋が凍りそうな思いがする。
透の機嫌が、嘗て見たこともないほど悪くなり、付いて来た友人も、やっぱり透は怖いやつと認識し、法学部の間では、透は怖いやつとの意見が定着してしまった。
一意が透はそんなやつじゃないといくら言っても、誰も一意の意見には耳を貸してくれなかった。
透のことを誤解されて、一意は口惜しかった。それで、教えないことにしている。
さっきから、何人にも声を掛けられて、
「やっぱり良く声を掛けられるよな。お前」
そう、透がやや呆れた風に言う。
「ああ。そうやな~。なんか、透と居てるのが不思議やと思われてるみたいやねん。ほら、俺ら、見た目も性格も全然違うし。面白がられてるんやろな」
「声を掛けられる理由は、他にあると思うけどな。分からへんのか?」
透に瞳を覗き込まれて、問い掛けられる。
そんなこと聞かれても。
多分、透と自分とでは全く違うタイプなので、なぜ仲が良いのかみんな興味を持っているだけだろうと、一意は考えていた。それか、一意を通して透と話してみたいのか。そのどちらかだと。だから、透が他に理由があると言っても、一意には思いもつかない。
他にあるって……?
面白がられているのとは違うのだろうか?
不思議そうに首を傾けた一意の頭に、透は手を載せて、くしゃりと髪の毛を掴んだ。
「あ、また。子ども扱いして」
ぷうっと膨れる一意に構わず、透は一意の髪の毛をくしゃくしゃに掻き混ぜた。
「子供やん」
「なんでや?」
「声を掛けられる本当の理由が分かってないから」
「本当の理由ってなんやねん」
「まあ、そういう事は自分で気付くもんだからな」
もう少し、突っ込んで聞きたかったのに、こういう言い方をされたら聞かれへんやんか。透のあほ。
一意は心の中で突っ込みを入れる。
「大人ならな」
さらに駄目押しをされた。暗に、一意が子供だといっているのだ。だから理由が分からないと。
にやりと笑う透が憎らしい。
「聞かへんわ。もうええ。自分で理由見つけて、俺が大人やっちゅうこと分からせたる」
口惜しい……。
自分で気付いてやる。と、一意は決意する。
それくらい、自分にだって分かるはずだ。
「じゃあ、課題やな。そうや。賭けよう。一意が気付くか気付かないか」
「ええよ」
ここまで来て、賭けないなんて、口が裂けても言える訳がない。
今更ながら、透はずるいと思う。一意には逃げ道がないことくらいちゃんと把握していて。挙句この台詞なのだから。
まんまと乗せられた気がするが、そんなことより、とにかくは勝てば良いのだ。
負けへんで。
一意は、そう改めて決意した。