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「……あ。透?」
「ん? なんやねんな? ぼうっとして。具合でも悪いんか?」
透の端正な顔が近付いて来て。
顔を覗き込まれた。
それだけのことなのに、胸がどきどきした。
―――重症だ。
「いや、なんでも……」
目が合って、一気に顔が火照る。胸がとくんと高鳴った。
自分を見詰める心配そうな透の瞳に、動揺する。
「顔、赤いやん? 熱でもあるんちゃう?」
透のひんやりとした手が額に当てられる。
透の少し無骨な手が触れていると思うだけで、一意の顔がますます赤くなる。
……ああ、俺ほんまに重症や。
それは、お前の所為やっちゅうねん。
心の中で一人突っ込み、一意は何でもないから、と首を横に振った。
本当に。
透と目が合っただけで、顔火照るなんて重症だ。
一意は、ふうっと軽く溜息を吐いた。
この先、透と親友のままで居られるのか不安だなと言う考えが、ちらっと頭の奥を掠めた。が、そんな不安は頭の片隅へ押しやることにする。
―――親友。
この位置が一番良いんやと、一意は自分を納得させる。
透の傍に居ることが出来るのだから。この位置だけは、誰にも渡すつもりはない。
男である一意には、親友という立場までが、精一杯だ。
これ以上なんて望めない。
そんなことは、分かりきっている。
「ま、馬鹿は風邪引かないって言うしな」
そう言って、透は一意の額へと置いた手を引っ込める。
「関西人に向かって馬鹿って言うなって。それ禁句やで。いっつも言うてるやんか」
なぜか、透も関西人なのに、時折「あほ」ではなく「馬鹿」と言う。
なんでも、両親が関東の人らしい。
だからか、ところどころ、透の関西弁はちょっと可笑しなことになるときがある。
離れていく透の手を寂しいと思いながらも、口ではいつものように文句を言う。
そんな風に一意が透に抗議すると、くすりと笑われてしまう。
こんないつもの会話にほっとするのも本当。
決して、男の自分では恋人になれないのが寂しいのも本当のことだ。
恋人に。
透の特別に、なりたがっている自分に改めて気づかされる。
あかん、あかん、あかん。欲張ったらあかんのや。
そんな想いを胸に、なんて自分は欲張りなんだと、一意は少し自己嫌悪に陥る。
「一意。お前、次は空き時間やったよな?」
「うん。そうやけど。なんかあるんか?」
透が、一意の時間割を把握してくれていたことに驚きつつも、素直に嬉しく感じる。
不思議と透は、一意以外の他人とは、距離を置いている。
なぜかは、分からないが、一意以外の人間と話しているのを見かけたことがない。
大抵は、一人でいるか、一意といるかのどちらかだ。
講義も一人で受けているようだし。
なんでそんなに他人と距離を置くのか、一度聞いてみたことがある。
返ってきた答えは簡単なものだった。
「面倒やから」
あまりな答えに、一意は空いた口が塞がらなかったのを覚えている。
「面倒やからって、……お前な」
もっと言い方があるやろ。
そう講義したけれど、笑ってかわされただけで。
こうして、傍に居るのも必然的に一意だけとなっている。
そんな透が、一意の時間割なんてものを覚えていてくれた。
まるで特別扱いされているようだ。
そう思うと優越感さえ感じた。
自然と頬が緩む。
「俺も空きやねん。俺は図書室へ行くつもりやけど?」
どうする?
そう聞かれて、もちろん行きたいが。
「邪魔やない?」
透は空き時間などは一人で図書室にいることが多く、一人でしたいこともあるだろうし、いつもいつもくっついていては迷惑ではと思うので、一応聞いておく。
透の答えは分かっているが、念のための確認。
「邪魔なら、誘わへん。それで、行かへんのか?」
「行くに決まってるやん」
一意は元気良く返事して、残りのご飯を食べきった。
食後、二人で連れ立って図書室へ向かう。