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第一章 2

「マジでクソウザイだ……」


藤林羽坂は辺りの寂しさに向かって不満をつぶやく。その文句に応えてくれるのは、門前の小道に生える花や木々くらいのものだ。彼は振り返り、三階建ての大きな別荘を眺めた。


「こんな大きな家に、住んでる人間も少ないのに、理解不能だ……」


「何よりこの辺は人里離れてるし、どこに行くにも不便だよ」


都会の中心部にこんな豪邸があるのはおかしな話だが、金持ちの間では風流とか言うんだろうな。バカらしい……どう考えても、藤林羽坂には理解できない。だがまあ、少なくともこの静けさは気に入ってる……考えることはいいから、今直面してる問題は――


「学校まで十キロってマジか?」


藤林羽坂はスマホの地図アプリに表示された距離を見て、移動手段に窮する。家の隅には埃まみれのクルマが停まってるが、動くかどうかも不明。仮に動いたとしても、彼には運転できない……近くに電車の線路も通っていない。


「あー、タクシーしかないな」


藤林羽坂はインストールしたばかりの配車アプリで注文を入れ、長い待ち時間に備える。この辺は辺鄙だから、タクシーが来るまでに倍近くの道のりを走らなきゃならない。運転手が来てくれるかも怪しい。高く払ってもいいのに、ドライバーに直接連絡できないから仕方がない。ただ、運命の人が現れるのを待つしか……


「まあ、とりあえず何か食うものを買ってこう」


腹の鳴き声に抗うように手を当て、藤林羽坂は小道を歩き出す。この辺は商圏から完全に離れていて、人影もまばら。買い物なんて至難の業だ。不思議なことに、半年前、交差点にコンビニがオープンしてから、藤林羽坂には専用の補給拠点が出来て、毎日パンだけの食生活から逃れられるようになった。


「いらっしゃいま――」


「おう、羽坂くんか」


「あ、おはよう、朝井さん」


店の風鈴の音が鳴り響くと、棚を整理していた店主の朝井さんが声をかけてくる。だが藤林羽坂は対人関係が苦手で、朝井さんの情熱的な態度に冷めた返事をするだけで、早速コンビニの奥に向かって歩き込んでいった……


「ん?」


「おにぎり、ないの?朝井さん」


藤林羽坂は冷蔵ケースの前で視線を掃引するが、欲しいものは見当たらない。


「あらっ!昨日全部売り切れちゃって、仕入れは今夜になるの。ごめんね」


「そうか……面倒くせえ」


「がっかりするなよ、羽坂くん!」


朝井さんが近づいてきて、冷蔵ケースから幾つかのレトルト食品を取り出す。


「いつまでもおにぎりばっかりじゃつまらないだろ!ステーキライス、ラーメン、うどん、ハンバーガーとかもあるぞ!たまには違うのを食べなよ!」


「うるさいな、俺が何食うか知ったことか!」


「ははは、まあ……そうだね」


朝井さんは藤林羽坂のイライラした様子を見て、苦笑いしながら商品を元に戻す。


「しゃーない、ハンバーガーにしよう」


ハンバーガーも根本的にはパンだから、藤林羽坂は抵抗感がある。だが中の肉団子が風味を添えてくれるので、少しだけ興味を惹かれた。


「オッケー!他に何か必要?」


「他に?うん……」


藤林羽坂は店の外を眺め、視線は向かいの小さな木の隣に落ちた。


「あの、ドッグフード、少しくれる?」


「もちろん!取ってくるよ……ちょっと、ドッグフード?」


藤林羽坂の唐突な要求に、朝井さんは一瞬呆然とする……


「おい!新しいもの食べたいのは分かるが、ドッグフードまで食うのはちょっとなよ?」


「何言ってんだ?俺がバカか!ただ取ってこいよ、クソウザイだ」


朝井さんの勘違いに、藤林羽坂は激しい不満を漏らす。


「ご、ごめん。今すぐ取ってくる」


朝井さんは二階に急いで上がる。藤林羽坂はハンバーガーを持ってレジに向かい、ついでにチューインガムも一箱取った……


「はい、合計千二百円です」


藤林羽坂は支払いを済ませ、買ったものをカウンターの隣に置かれたランドセルに詰め込む。


「ら、ランドセル?ま、まさか今日学校行くの?」


これから少し前から、朝井さんは藤林羽坂の様子がいつもと違うと感じていた。ランドセルを見てやっと気づいたのだ。藤林羽坂はいつも着ているジャケットの代わりに、制服を着ていたのだ。この異常な行動に、朝井さんは呆然とする。


「うん、何か問題あるの?ああ、安心しろ。寄宿制じゃないから、君の店が潰れることはないよ」


「いや、そういう意味じゃないよ!とにかく、学校行けるって良かったな」


「どうしてあの二人みたいなこと言うんだ、クソウザイ……」


「まあ、願わくば。たぶん今日一日だけだが」


ゆれる風鈴の音が再び鳴り響く……


学校が本当に良い場所なら、藤林羽坂は今ここに立っていない。朝井さんには、彼の過去のことなど、何も知らない。


「クソッタレ!温め忘れた」


肉の生臭さが味蕾を刺激する。藤林羽坂は朝井さんの電子レンジを借りてハンバーガーを温めるのを忘れていたことに気づく。今戻っても良いが、朝井さんの情熱からやっと逃れたばかりで、一旦は戻りたくない。彼は先ほど目に留めた小さな木の方を向き、歩き寄る。そこには全身白毛の小さな生き物が丸まっていた。


「お腹減ってるだろ?食べろ」


藤林羽坂はカバンから買ったばかりのドッグフードを取り出し、少し地面に撒く。静かに待つが、その小さな生き物はまったく動かない……


「おい、なんで食べないんだ?」


藤林羽坂は指先でそのおなかをそっと突く。すると小さな生き物はゆっくり目を開け、瞳の中の二本の縦線で彼と見つめ合う。藤林羽坂は不服そうに、また少しドッグフードを手のひらに盛り、口元に近づける。小さな生き物は鼻を近づけて嗅いだが、また頭を逸らす。


「おいおい!何なんだこれ?俺が親切にしてやって……」


「ニャー――」


「ニャー?」


小さな生き物の鳴き声が、藤林羽坂の文句を一蹴する。


「マジか、こいつ猫だったの?」


その鳴き声が藤林羽坂の脳裏に響き、一瞬にして認識を塗り替える。長年外界と隔絶していたので、猫と犬も区別できなくなっていた。ただ、この馴染みの鳴き声だけが、かすかな記憶を呼び起こす。心の奥底から、無名の恐怖がじわじわと広がってくる……


「ははは!――」


「あ、朝井さん?」


「バカだなあ、羽坂くん。認めないくせに、猫と犬も区別できないよ」


「違うだろ!こ、このクソッタレ……うるさいな!」


背後から響く朝井さんの笑い声に、藤林羽坂はカッとなる。朝井さんは近づいてきて、そっと猫の頭を撫でる。


「小動物好きなの?」


「いや、全然……ただ暇だっただけだ」


「そうか」


朝井さんは猫を抱き上げる。


「安心しろ、俺が面倒見てやるよ!」


「うん?」


「ニャー!――」


何かを察知したように、猫は突然頭を上げ、交差点のカーブの方に鳴く。二人は一瞬静かになる。遠くからエンジンの音とタイヤが地面を碾る音が近づいてくる。最終的に、黒いクルマがカーブから現れ、道端にゆっくり停まる。右のドアが開き、運転席に座る男が藤林羽坂に手を振る。


「おい――少年!君がタクシー呼んだのか?」


「あ、うん!朝井さん、俺先走るぞ」


「うん!」


藤林羽坂は素早く車内に乗り込む。


「この辺は人影もないから、君だと思ったよ。なんで電話に出なかったんだ?」


「電話?」


藤林羽坂は驚いてスマホを取り出す。ホーム画面には未読着信がいっぱい表示されていた――彼はいつもマナーモードにしているので、当然何も聞こえなかった。


「ご、ごめん……」


「まあいいよ、高城高校行くんだろ?入学式初日に遅刻するなよ」


アクセルが軽く踏まれ、そっとした押し返しが感じられる。藤林羽坂はついに出発した。ここ三年近く、外界を遮り、世界から逃げ続けてきたこの砦を、後にして……


車窓の景色が後ろに流れ、家との距離はどんどん遠くなる。藤林羽坂の心の不安はますます強まる。自分の選択が正しかったのか、本当に学校に戻るべきだったのか、疑問が湧いてくる。彼はぼんやり窓の外を眺め、道端の家々がどんどん増え、高くなっていくのを見て、突然気づく。自分の踏み出したのは、もう引き返せない道だった……


「おい!おい!少年、起きろ!」


藤林羽坂はもうろうとした意識で目を開け、ぼんやりと車外の騒がしい音が聞こえてくる。


「合計十四キロ、二千一百円だよ、少年」


「ああ……ちがう!」


「ん?どうした?」


藤林羽坂の意識は一瞬にして冴え、怒りを込めて言う。


「十キロだったはずだ!料金をごまかしてる?それとも俺が寝てる間に遠回りした?」


運転手は困惑した表情をする。明らかに喧嘩を避けたい様子――生活のために奔走する人間にとって、ただ穏やかに過ごしたいだけで、余計なトラブルに巻き込まれたくないのだ。


「まず冷静になれよ、一体どういうこと?」


藤林羽坂は運転手の仕方のない表情を見て、突然気づく。自分の疑深さと短気さが、また他人に迷惑をかけていたのだ。彼は心の焦りを抑え、スマホを運転手に差し出す。言葉に代えて、全てを示す。


「なにこれ、直線距離見てんの?ヘリコプターで飛べるわけないだろ」


運転手はスマホの地図を見て、思わず笑い出す……


「直線距離?」


「うん、誰も君がどの道を通るか知らない。道は自分で選ぶものだ」


運転手は少し間を置き、ふと口にする。


「だからね、ゴールはすぐそこに見えても、本当に歩き始めると、曲がりくねった道が続くんだよ」


ドアの開閉の音が、運転手の言葉と一緒に響く。運転手が再び振り返ると、車内はもう空っぽだ。その時、運転手のスマホが突然鳴る。画面には四千二百円の入金通知が表示され、四字のメッセージが添えられていた……


「ごめん……ありがとう……」

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