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氷のような旦那様に困惑する妻と、実は全力で溺愛している旦那様の日記を交互に読んでみた

作者: 忍者の佐藤
掲載日:2026/01/31

 

 ●●●●●日付:3月17日●●●●●





 ◆ヴァレリア・ノービリの日記:

 今日、縁談相手と初めてお会いしてきました。ハインリヒ・ローゼンベルグという方です。


 彼は侯爵家の長男でありながら騎士団に志願し、辺境地のモンスター討伐において輝かしい戦果を挙げられたそうです。「鋼鉄のローゼンベルグ」と国内で恐れられ、また英雄視されています。


 圧倒的な攻撃力と、どんな劣勢でも決して表情を変えない鉄仮面の持ち主であることから、その名が付いたそうです。

 そして今日彼の顔を初めて見たのですが、神の造形物のように美しい方だと思いました。夜の空を思わせる黒い瞳に、月の光を注がれたかのような金の髪。騎士というより天使のよう。


 けれど同時に私は凍てつきそうになりました。噂通り彼は一度も笑わず、視線は殆ど動かず、私の顔をじっと見つめる表情は、まるで人形のようでもありました。


 私はどうにか話を盛り上げようと、時間が来るまでハインリヒ様に話しかけ続けました。けれど「ああ」「そうだな」くらいしか答えが返ってきません。

 きっと結婚しても彼に愛されることは無いだろうと思います。けれど、私は今実家で冷遇されています。無視されることもあります。それに比べたら返答してくれるだけで、非常に有難いです。





 ♠ハインリヒ・ローゼンベルグの日記

 今日、見合いの相手と会ってきた。

 今まで沢山の縁談を重ねてきたが、良いと思える女性とは出会えなかった。

 だがもしかすると、俺は今回のヴァレリア・ノービリ子爵令嬢と結婚するかも知れない。


 いや、する。俺は彼女と結婚する。


 何よりも、先ず非常に可憐だ。深海のように瑠璃色の髪に、雪のように真っ白な肌。間違いなく今まで見たどの令嬢よりも美しい。


 だがそれが決め手だったわけではない。


 俺は良く言えば寡黙だが、口下手で上手く喋れないのだ。それにずっと騎士団でむさ苦しい野郎どもと過ごしていた弊害で、女性との接し方が全く分からん!


 自分の弱さを隠すため、つい荒い口調になってしまうこともある。

 だからこれまで縁談してきたどの女性からも怖がられ、コミュニケーションを諦められてきた。

 だがヴァレリア嬢はこんな俺にも諦めることなく、ずっと笑顔で話しかけ続けてくれた。気遣ってくれた。彼女と結婚出来るのならどんなに幸せか。

 こんな気持ちになったのは初めてだ。







 ●●●●●日付:5月2日●●●●●




 ◆ヴァレリアの日記:

 あれよあれよと話が進み、私はハインリヒ様と結婚する運びとなり、そして今日、侯爵家への引っ越しを完了しました。


 不安はあるけれど、正直嬉しさの方が大きいです。実家を出る時、姉から「あなたはあんな冷徹な男と結婚して可哀そうね。爵位より愛の方が大事だというのに」と嫌味を言われました。

 彼女は旦那様と仲睦まじいことを、度々私に自慢してきます。こんな嫌味ももう聞かなくて済みます。


 私も、ハインリヒ様を精いっぱい愛し、そしえ愛されるよう努力します。


 彼は相変わらず寡黙で、今日お話しした時も難しい顔をしておられました。何を考えているのかまだ掴めないけれど、少しづつ理解出来るよう頑張ろうと思います。




 ♠ハインリヒの日記:(書き直し)

 今日ヴァレリア嬢が……いや、ヴァレリアがついにやって来た。我が妻よ。長旅でお疲れのところ申し訳ないのだが、俺は幸せ過ぎて死にそうだ。早速だが先立つ不孝を許してほしい。

 冗談だ。

 普段冗談なんか日記にも書くことなど無いのに、俺はどうしてしまったのだ。


 さっきまでテンションぶち上がり過ぎて筋トレをしていた。


 熱くなったので上裸になったところを使用人に見られた。

「うおおおお! この屋敷にいつ不審者が入ってきても退治できるように! 当主である俺が常に身体を鍛えなければ!」と勢いで誤魔化しておいたので多分大丈夫だ。



 侯爵家に来てくれてありがとう。ヴァレリア。








 ●●●●●日付:7月3日●●●●●




 ◆ヴァレリアの日記:


 侯爵家に来てしばらく経ちますが、全くハインリヒ様との距離を縮められた気がしません。このままでは、私は役割を十分に果たしているとは言えない気がしています。


 どうにか彼との距離を縮めるため、私は得意な刺しゅうでハンカチを作ってみることにしました。ハインリヒ様が好きだと言っていた鷹を編み込み、彼にプレゼントしようと思ったのです。

 そして今日、ついにそのハンカチが完成し、ハインリヒ様に渡しました。渡す時の緊張を、今思い出しても手汗が出ます。

 ハインリヒ様は「貰っておく」とだけ言って、受け取ってくださいました。使ってくれると嬉しいです。




 ♠ハインリヒの日記:

 いいいいいいいゃっふぅうううううう!!!

 ヴァレリアがハンカチをくれたあああ! 俺のために! 俺だけのために!

 今日この日、7月3日を記念日に制定し、祝日にしようと思う。

 と、文官を呼んで提案したら秒で却下された。


 このプレゼントは嬉しすぎる。嬉しすぎて部屋の中で飛び跳ねていたら、それを使用人から見られてしまった。

「持久力を鍛えるトレーニングだ」と言うと「サヨウデゴザイマスカー」と言って去って行った。危ないところだった。




 それはそうとハンカチには鷹が刺しゅうされていた。かっこいい。綺麗。技術すごい。オーバーテクノロジー。ゴッドハンド。オーパーツ。

 彼女は可愛いくて優しいだけでは飽き足らず、手先も器用らしい。

 我が妻完璧過ぎない……?

 これは勿体なさ過ぎて使えない。毎日眺めていたい。

 だから厳重なガラスケースを用意し、そこに鍵を5つも付けて保管することにした。

 そうまですると、何だかとても神聖なものに思えてくる。

 ので、今日から朝昼晩とこのハンカチに祈りを捧げることにする。







 ●●●●●日付:7月28日●●●●●




 ◆ヴァレリアの日記:

 今日、廊下でルクスというメイドに呼び止められました。お付きのメイドではないけれど明るくて良い子です。

「旦那様のことでお話が……」

 と彼女が言いかけた時、ちょうど廊下の向こうからハインリヒ様がやってきました。とても怖い顔で、ルクスを連れて行ってしまいました。

 どうしても彼女のことが気になって、彼らが入った部屋の前まで行ってみると、

「いやっ! 旦那様! それだけは! それだけはお許し下さい!」

 と、彼女の叫び声が聞こえてきます。

 驚いた私は、思わず扉を開けました。


 そこに広がっていた光景に呆然とします。

 仁王立ちするハインリヒ様の足元で、ルクスが泣き崩れているのです。「何があったのですか」と問っても応えてはくれません。

 ルクスはその夜、泣きながら夕食を食べていたと、お付きのメイドから教えて貰いました。次の日からは元の元気な彼女に戻りましたが、一体、何があったというのでしょうか。




 ♠ハインリヒの日記(書き直し)

 俺がハンカチを飾っていることをヴァレリアたんに告げ口しようとしたメイドが居た。尋問で発覚したのだ。

 だから罰として「今日、使用人の夕食に予定されていたオムライスをお前だけ抜きにする」と言い放った。するとルクスはこの世の終わりのような顔をして、泣きながら許しを請ってきた。自分がどれだけの重罪を犯そうとしたか、ようやく気付いたようだ。

 丁度そのタイミングでヴァレリアたんが部屋に入ってきて、妙な空気になってしまった。彼女に免じて、今回だけは許してやることにする。


 しかし他の者が同じ過ちを繰り返さないとも限らない。

 だから俺は夜に全ての使用人を集め、「もし俺の秘密をばらすような奴がいれば、そいつは朝食のウィンナーを1か月抜きにする」と宣告した。

 絶望的な表情をしている者、その場にしゃがみ込んで嗚咽を堪える者、魂が抜けたように放心する者、隣の使用人の肩を抱き、「大丈夫よ」と励ます者など様々な反応があった。効果は絶大。

 恐らくもう俺の秘密をしゃべろうなどというやつは現れないだろう。








 ●●●●●日付:8月16日●●●●●




 ◆ヴァレリアの日記:

 買い物に一人で行こうとしたら怒られました。子爵家に居た頃は放っておかれていたし、割と平和な街だったので、一人で出歩くことも多かったのです。

 その癖で出かけようとしてしまいました。確かに侯爵夫人が一人で出歩くのは危なかったと思います。

 何かあればハインリヒ様に迷惑をかけてしまうので反省すべきですね。

「護衛を選ぶから数日待て」と言われました。







 ●●●●●日付:8月19日●●●●●




 ◆ヴァレリアの日記:

 旦那様が護衛を用意して下さいました。

 スキンヘッドで、オークのような体格をしている女性で、名前はバラギスさんというそうです。「素敵な名前ですね」と話しかけると「血ぃ……! 血ぃ……!」と言いながらペェロペェロとナイフを舐めておられました。

 献血がご趣味なのかも知れません。きっとそうです。


 バラギスさんはとても頼もしい護衛ですが、問題があります。護衛の数が多すぎるのです。それも、バラギスさんと同じくらいディープインパクトな人が100人くらい居ます。


 眼を血走らせて「フシューっ! フシューっ!」と言っている人や右手が斧、剣、プラスドライバーなど七つ道具になっている人、棺桶を引きずりながらずっとお経を唱えている人など、とても個性豊かです。そして全員女性です。本当に、どこで集めてきたんでしょうか。


 彼女たちと一緒に街に出ると、確かに変な人は全く寄ってきません。私たちより変な人が居ないからです。

 変な人も寄ってきませんが、普通の人は波が引くように避けていきます。

 私たちは陰で【百鬼夜行】と呼ばれていることを知りました。

 成程、その通りだと思います。

 けれど、流石にちょっと動きづらいということをハインリヒ様に伝えると、次の日からバラギスさんと棺桶の方だけになりました。棺桶の方はヒルァーさんと仰るそうです。






 ●●●●●10月27日●●●●●




 ◆ヴァレリアの日記

 風邪を引いてしまいました。といっても大したことはありません。最近少し寒かったので、体調を崩してしまっただけです。

 ハインリヒ様は「医者を呼ぶ」と仰ってくれました。とても有難いことに、非常に沢山の方がいらっしゃいました。

 国一番だという治癒魔法の使い手さんや、侯爵家お付きのお医者様。右手がメス、ハサミ、針など手術の七つ道具になっている人や、棺桶を引きずりながらずっとお経を唱えている人など。

 あと白目を剥いて泡を吹いている人も居ましたが、あの人は治療される側だと思います。



 私はこれから何をされるんだろうと少し不安でしたが、幸い、最初の治癒魔法使い様の術で殆ど全回復してしまい、後は皆さんとの交流会になりました。

 治癒魔法使い様に「こんなことで俺を呼ぶな」とハインリヒ様が怒られている場面が印象的でした。


 その日はお付きのメイドのユーリが、一睡もせず夜も見てくれていました。ハインリヒ様の指示だそうです。お気遣いして下さっていることがとても嬉しくて、心が温かくなりました。




 ♠ハインリヒの日記

 ヴァレポムムが熱を出した。

 住み込みの医者が言うにはただの風邪らしいので、特に心配はしていない。そして俺は冷静だが念には念を入れなければならない。



 俺は騎士団時代に培ったコネをここぞとばかりにコネコネして、国中の優秀な医者や治癒士を、ドラゴンに乗って集めて回った。

 ドラゴンは一回稼働させると莫大な金が掛かる。

 後で文官に死ぬほど怒られると思うが、そんなことを気にしている場合ではない。ヴァレポムムの人命の前では全てが優先される。


 これだけでは安心できない。俺はどんな病気も治すという激レアな薬草「ヨルセオナモデンナ」を使うことにした。

 この薬草はサイハテ平原という、危険レベルSの魔物のウヨウウヨしている地域にしか繁茂していない。騎士団に居る時採取した。

 自分が大病した時のために取っておこうと思ったのだが、自分の命より大事にしたい者が現れてしまった。惜しくはない。



 ……と、思っていたのだが、幸いヴァレポムムは直ぐに回復した。

 一安心したが、まだ油断は出来ない。

 今夜はメイドに見張らせておくことにする。何かあればすぐ助けに駆けつける。メイドも寝ないが、俺も寝ないで部屋で待機しておく。

 ハンカチ神に祈りを捧げながら。



 ※補足:ポムムとはこの世界に存在する、ウサギのようなモコモコした生き物のこと。人によく懐くのでペットとして人気があります。あと友達の名前の後ろに「ポムム」と付けて呼び合うのが若い女性の間で流行っているようです。








 ●●●●●日付:11月5日●●●●●





 ◆ヴァレリアの日記

 あれからハインリヒ様がハンカチを使っている場面を一度も見たことがありません。恐らくお気に召されなかったのだと思います。けれどへこたれません。

 私はお菓子作りも得意なのです。その特技を生かしてクッキーを焼くことにしました。ハインリヒ様はクッキーが非常に好きだと以前使用人から聞いていました。

 腕によりをかけ、早速出来上がったクッキーをお渡ししました。すると彼は「頂こう」とだけ言い、持ち帰っていきました。

 どんな反応が貰えるのか楽しみです。




 ♠ハインリヒの日記:

 くぅうぅっぅぅぅぅうっきいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!

 はい、皆さんご一緒に、くぅうぅっぅぅぅぅうっきいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!

 ヴァレポムムが俺のためにくぅうぅっぅぅぅぅうっきいいいいいいいいいいいいいいいいいを焼いてくれた。 

 彼女の前では耐えたが、飛び上がるほど嬉しかった。


 これは神の作りし食べもの。そうやすやすと人間が食して良いものではないだろう。

 先ずはハンカチ神にお供えとして捧げることにした。


 あれから熱心に祈りを捧げる俺を見て、使用人の中にもハンカチ教徒が増えた。


「ハンカチ神に祈るようになってから、息子が引きこもりを脱しました」や「杖をついて歩いていた父が全力疾走するようになりました」など、彼らの間から嬉しい報告もよく届く。


 ということでクッキーは明日頂こう。

 あとヴァレリアという名前を「女神、完璧な存在」の代名詞として登録しないかと、辞書を制作している出版社に打診したところ秒で却下された。








 ●●●●●日付:11月6日●●●●●




 ◆ヴァレリアの日記

 今日は少し悲しいことがありました。

 結論から言うと、ハインリヒ様は私のクッキーをお食べにならなかったそうです。今日顔を合わせた時「クッキーはお気に召されましたか?」とお聞きしたところ「食べていない」と言葉少なに言われました。少し残念です。

 その後、新しくガーデニングをしようと土をならしていると、横からハインリヒ様が飛んできて「俺がやる。下がっていろ」と言われてしまいました。

 けれどそれは本来私がやらなければならないこと。何より、当主である彼に一人でやらせるわけにはいかないと思い、手伝おうとしました。すると「不要だ」と言われてしまいました。


 彼にそんなつもりは無いと思っていても、何か存在が否定されたような気分になってしまい、その日はふさぎ込んでしまいました。





 ♠ハインリヒの日記

 最悪だ! クッキーをバルコニーに持ち出して食べようとしたらカラスに全部持っていかれた!

 あの鳥め! いつか必ず焼鳥にしてやる。


 我が愛しのヴァレポムムには、この事態をどう伝えるべきか迷った。食べていないのに「美味しい」というのは不誠実だと思うし男らしくない。だから正直に「食べていない」と言った。


 カラスに食べられたのだと言い訳をしようとしたが、口下手過ぎて、それ以上言えなかった。

 あの時の彼女の悲しそうな顔が今も脳裏に焼き付いている。


 俺の失態はそれだけではない。彼女が趣味のガーデニングのため、土を掘ろうとしていたので、慌てて止めた。

 始める前にやらなければならないことがある。そう、安全確認だ。

 土の中にガラス片があったらどうする? ナイフが埋まっていたら? もしかすると地底人が居て彼女を連れ去ってしまうかもしれない!

 駄目だ、危険すぎる。ここを託すのは安全確認が終わってからだ。

 彼女は手伝いたそうにしていたが「不要だ」と言って、下がらせてしまった。

 その時は何も思わなかったが、後から考えると、とても酷いことを言ってしまったことに気付いた。



 どうしよう、我が愛しのヴァレポムムを傷つけてしまった。

 今泣いてる。ハンカチでは役不足なのでバスタオルで涙を拭きながらこの日記を付けている。ちなみに3枚目だ。



 今日はもう遅い。明日、彼女に直接謝ろうと思う。自分の言葉で。














 ●●●●●日付:11月7日●●●●●



 ♠ハインリヒの日記:


 ヴァレリアが居なくなった。

 さらわれたという目撃証言がある。

 必ず無事に見つけ出す。



















 ◆ヴァレリアの日記


 昨日は少し凹んでしまいましたが、気を取り直すことにしました。挑戦あるのみです。

 ハインリヒ様はクッキーの他に、スイートポテトも非常に好きだそうです。だから私は芋を買いに行くことにしました。何度目かの外出の時、とても質の高い野菜を揃えている八百屋さんがあることを知ったのです。

 今日は護衛の二人とも休暇で、私は外に出てはならない日です。けれど八百屋さんは目と鼻の先にあり、侍女の手を煩わせるまでも無いだろう、少しくらいなら大丈夫だろうと思い、自分で行くことにしました。


 今、後悔してもし切れません。


 私は屋敷の裏口、殆ど誰も通らない通用口から出て、八百屋さんに向かいました。数分ほど歩き、細い路地に入った直後、口を何かの布で覆われ、そこで意識を失いました。



 目を覚ますと辺りは暗く、どこかの倉庫のような場所に居ることに気付きました。干し草の上に寝かされていたので、納屋かも知れません。

 男性が三人、私の前に立っていました。一番ガタイの良い人が「お前の旦那に手紙を書け」と言い出しました。

 助けを乞う手紙を出させ、「もし妻の命が惜しくば金を用意しろ」と私を人質に脅すつもりなのです。



 私が拒否すると、彼らは今までの人生で聞いたことのないような汚い言葉で私を罵り、頬にナイフを当てて脅してきます。

 怖くて、身体が震えます。涙もこみ上げてきます。

 けれど私は頑として書きませんでした。


 これは私のミスです。貴族令嬢として、これ以上生き恥を晒すくらいなら、舌をかみ切って死ぬ覚悟は出来ています。私があまりにも強情なので、悪党たちも今日のところは諦めてくれました。

 けれど「まだ時間はたっぷりある。このまま手紙を書かないようなら、明日からは拷問を開始する」と脅してきました。

 幾ら脅されても私は書きません。


 この手記は彼らが寝た後、懐に忍ばせていた紙とペンを使ってこっそり書いています。

 恐らくこれが私の最後の記録になるでしょう。


 だから言いたいのです。

 ハインリヒ様、こんな私と結婚して下さってありがとうございました。最初はとても冷酷な方なのかと戸惑ったりしましたが、時折見せてくれる優しさが、実家で殆ど愛情も受けずに育った私にはとても嬉しくて、心地よくて、大切でした。

 心からあなたを愛しています。

 けれど、あなたは強いお方。私なんかが居なくなっても、決して困りはしないでしょう。私なんかを人質にしたのがこの人たちの間違いです。

 ハインリヒ様が、私なんかよりよっぽど格式高く、美しい令嬢と再婚されて、幸せになってくれることを願っております。

 短い間でしたが、お世話になりました。











 ◆ヴァレリアの日記:

 旦那様がカチコミに来ました。

 ことが起こったのは、私が先ほどの遺書を書いたほとんど直後でした。




 突然、砲弾が直撃したかのような音がして、誰かが倉庫に入ってきました。暗くても、その圧倒的なオーラでハインリヒ様だと分かりました。シルエットからバラギスさんとヒルァーさんも一緒だと気付きます。


 闇夜に大きな瞳が赤く光り、引き抜かれた彼の剣が半月を描きました。そしてその瞬間、重力が倍化したかのような、凄まじい殺気を感じました。


「コロス」

 ハインリヒ様は低い、吹奏楽器のような声で言いました。



 敵は全部で50人は居たと思います。



 多勢に無勢とみたのか、悪党たちはいっせいに襲い掛かり巻いた。

 けれどハインリヒ様に怯んだ様子は有りません。

 彼は闇夜を両断する一筋の閃光となって、次々に敵をなぎ倒していきます。敵が銃を撃ってきてもお構いなしです。


 敵だろうが銃弾だろうが、ハインリヒ様は目の前のものすべてを弾き飛ばしていきます。

 死を恐れず、鬼の形相で前に突き進むその姿はまさに、『鋼鉄のハイゼンベルグ』という異名がぴったりでした。


 数で圧倒していたはずの悪党たちは一瞬で守勢に回ります。

 ハインリヒ様は「俺のヴァレポムムを返してもらうぞ!」

 と叫びます。


 ヴァレポムムが私のことだと気付いたのは、これを書いている今になってからです。


 また彼は「もう二度とヴァレポムムのお菓子を奪われてなるものか!」とも怒っていました。もしかすると、彼がクッキーを食べられなかったのは、悪党に50人がかりで強奪されていたからなのかも知れません。




 ハインリヒ様だけでなく、バラギスさんもすごかったです。彼女はその巨体で一気に5人も掴んでは投げ飛ばし、掴んでは投げ飛ばしを繰り返します。

 ヒルァーさんも棺桶の中からアロマな良い香りを放出させて、悪党たちをチルい気分にさせて戦意喪失させていきます。


 ものの3分で悪党たちは片付けられ、後にはアロマの良い香りが漂っていました。


 ハインリヒ様は言いました。

「思い知ったか。俺のファイヤーヴァレポムムに手を出すからこうなる」

 ものの3分で私は炎タイプに進化したようです。



 その時、ハインリヒ様が私を見ました。

 思わず俯いてしまいます。申し訳なさとふがいなさで心が張り裂けそうでした。あれほど私に護衛を付けて下さっていたのに、一人で外に出て、挙句捕まって皆さんに大迷惑をかけてしまったのです。

 どんな処罰でも受ける覚悟でした。離婚を申し出られても文句は言いません。


 私が謝ろうと顔を上げた瞬間、ハインリヒ様に抱き締められました。

「ヴァレリア、無事でよかった。生きていてくれてありがとう。君をこうして抱き締められることが、俺の人生の中で、一番嬉しい。世界で一番、君を愛している」

 旦那様の声は上ずっていました。


 あの鉄仮面で有名な旦那様が、鋼鉄のハイゼンベルグが、初めて見せてくれた感情の変化は、私への愛でした。

 思わず目から熱いものが溢れてきて、彼の胸の中で声を上げて泣いてしまいました。











 ●●●●●日付:11月10日●●●●●




 ◆ヴァレリアの日記:


 悪党たちは死刑にはなりませんでした。バラギスさんが故郷に連れ帰りたいというのです。彼女の出身地には男手が不足しているので、ちょうど良いそうです。

「労働力にするのですね」というと「繁殖用だ」と返されました。聞き間違いだと思うことにします。



 あれからハインリヒ様は表情豊かで、よく笑うように……なりませんでした。それまでと変わらず、鉄のように分厚い仮面を顔に貼り付け、難しい顔をしています。

 けれど良いのです。その仮面の下は一人の可愛らしい青年であり、何より私を大事にしてくれる、素敵な紳士であることが分かったのです。


 それに表情は変わらないけれど、好意は積極的に示すようになってくれました。

 中庭を散歩するときは手をつないでくれます。私の話を頷きながら聞いてくれます。それに、ガーデニングも一緒にしてくれます。


 どの花を植えるか、どういう配置にするか、二人で考えながら作っていくのがとても楽しいです。


 あれから何度かクッキーを作ったことがあるのですが、渡すとき、彼はなぜか空を一番最初に警戒します。その様子がおかしくて、つい笑ってしまうのです。

「笑いごとではない」と本人は大真面目なようですが。




 そういえば、姉が離婚したと聞きました。理由は旦那様の浮気だそうです。

 彼女の言う通り、爵位は関係ありません。愛があれば、幸せなのだと思います。






 おわり


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― 新着の感想 ―
ハインリヒ様の情緒と文章力が心配になる。 こんな旦那様いたら毎日退屈しませんね☆
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