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一話完結戯曲:『清心館女学院の十分間~銀髪の名探偵:日ノ宮雪乃の謎解き舞台』  作者: 水星 透


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バレンタインのマクベス

 日付はバレンタイン当日。

 清心館女学院の司書室の午後、雪乃と萌花がいつも通りお茶をしている。

 ドアが大きな音で開く。

 大股で歩いてくる女生徒A


 女生徒A「ちょっとこれ見てよっ!(本をテーブルに強く叩きつける」

   

 雪乃「バレンタインの……プレゼント、ですか?」

 

 萌花「あっ、元々のバレンタインの起源では、本を贈るんでしたよね?」

 

 雪乃「ええ、本を贈るだけでも古風なのに――」

   「それが、マクベスって確かに少し謎めいて見えるかもね」

   「誰から渡されたんですか?」

   

 女生徒A

   「知らないわよっ!」

   「リボンの色で一年ってわかったけど、名乗らないで逃げてったから」

   「急にこれを押し付けて。『元気出してください』って走っていっちゃった」

   「それで、開けたらこれだよ」

   「私、最近フラれたばっかなのにさ」

   「何が元気出せだよ」

   「なんで失恋直後に悲劇渡されなきゃなんないの?」

   (本を乱暴に開いてすぐ閉じる)

   (傍白:演劇部の自分にこんな。と本を見せながら苛立ちを隠せない様子)     

 雪乃「(話を聞いているのかいないのか)坪内逍遥訳なんですね」 

   「どうしてこの本が贈られたか、わたしにはわかりましたが……」

   「どうしますか?すぐに答えを聞きますか?」

   「えっと……」

 

 女生徒A「ごめん」

   「名乗ってもなかったね。わたし金木美香。演劇部」

   「美香でいいよ」

   「贈り物の理由。わかったって本当?」

   (信じられない様子で本を眺め回す)

   

 美香「雪乃さんには悪いけど、私だって演劇部」

   「このまま答えだけ知るなんて悔しいよ」

   「マクベス、血と裏切り。だけど夫人との悲しい魂の双生児」

   「そんなことを言ってどうすんの?」

   「取り返しのつかない悲劇には変わりない」

   「初めから、引き返せない物語。洗っても落ちない血と悪夢」

   「元気出してくださいって言われて」

   「それで渡されるのがこの本なの?」

   「これ以上取り返しのつかない気持ちになんてなりたくない」

   (美香、本の背表紙を指で叩く)

   (美香背中を向けて窓際へ。少し泣いている様子)

   「どうせならさ、やり直せる話がよかったじゃん」

   「マクベスは、どう考えたって無理だよ」

   

 萌花「わたしも……同じ気持ちです」

   「バレンタインに本ってだけでも古風で少しびっくりなのに」

   「それが何十年も前の翻訳版だなんて」

   「その子の言いたかったことなんですけど……」

   「予言の魔女のセリフはどうですか?綺麗と汚いがひっくり返るって」

   「意味は通る気がします。失恋を洗い流して欲しいって」

 

 美香「あはは、それ意味通ってる?」

   (少し機嫌を直した様子で)

 萌花「通ってません……かね」   

 

 美香「どうせ悲劇なら、まだロミオとジュリエットの方が、ね?」

 

 萌花「そう、ですね。でも、ハムレットでもなくマクベス。血と裏切りの物語」

   「これ以上ない落ちる物語……それとバレンタインがどう繋がるんでしょう?」 

   「先輩、わたしにはわかりません」

   「美香さんは演劇部、わたしも一応読書好きなのに全然わからないなんて」

   「わたしだってこの本を渡されたら」

   「きっと怒っちゃうと思います」

   「美香さん、偉いです。その場では我慢して、ここまで相談に来てくださって」

   (萌花、美香の背中を撫でる)  

   (雪乃、黙ったままカップの淵を指でなぞっている)

   

 雪乃「……美香さん」

 

 美香「何?」  

 

 雪乃「わたしの予想ですが……美香さんは、この本を開いてもいませんよね?」

 

 美香「わたし演劇部だって言ったでしょ、マクベスなら暗記してるくらいだよ」

   「今さら見る必要もないよ」

 

 美香「なんなら演じて見せようか?」  

 

 美香「消えろ、消えろ、つかのまの灯よ」

   「人生は舞台をうろつく、哀れな役者にすぎない」

   「ひととき騒いで、そして二度と聞かれなくなる」

   (美香傍白)

   「まるで一人で騒いでる私みたい」

 

 雪乃「見事な演技でした美香さん。ありがとう」

  (雪乃、美香の手を取って座らせる、雪乃自身は立ち上がって窓際へ)

 

 雪乃「知っているからこそ見ていない」

   「知っているからこそ、見えていない」

   「この本が贈られたその真意を」

   「萌花ちゃん、本当ならあなたもきっとわかるはずよ?」

  

 萌花「えっ、わたし、ですか?無理ですよー」

 

 雪乃「美香さんは今、日本語で演じました」

   (雪乃傍白)

   “Out, out, brief candle!

    Life’s but a walking shadow, a poor player

    That struts and frets his hour upon the stage

    And then is heard no more.”

   (傍白終わり)

 雪乃「けれど、シェイクスピアは英文学」


 萌花「訳の問題ってことですか?」

 

 雪乃「坪内訳を読んだことは?」

 

 萌花「――ありますけど……ずいぶん昔で」

   (自信なさげな様子でお茶を一口)

    

 雪乃「みんなは第四場第三幕最後のセリフはわかりますよね」

   

 美香「“The night is long that never finds the day.”」

   「明けない夜はない……そうでしょ?」

 

 萌花「わたしも、そう覚えてます……マクダフへのマルカムの言葉」  

 

 美香「失恋したばっかなのに、悲劇の中のそんなセリフ希望になんてならないよ」

 

 萌花「しかもマクダフの妻子が哀れに惨殺された後のセリフ……」

 

 雪乃「二人とも訳本って話をちゃんと重視してね」

   「坪内訳では違うのよ」

   (雪乃、本も開かずに目を閉じて)

   

 雪乃「永久に明けないと思えばこそ夜は長いのである」

 

 雪乃傍白「明けない夜はないとは全く逆の訳」  

   

 雪乃「こう訳されてるんですよ」

   「これって、寄り添いの言葉だと思いませんか?」

   「今、美香さんは明けない夜の中にいる」

   「美香さんに本を渡した子が伝えたかったのは」

   「わたしにもその夜を共にさせてほしい」

   「そして夜明けを共に見たい」

   「そういうことではないでしょうか」

   「実際の本も確認しますか?開いてみましょうか」

   (パラパラとページをめくる雪乃。一枚の付箋を見つける)

   「ほら、ありました、全編通してここにだけ付箋が貼ってます」

   「だからね、」

   「これはきっとそういうメッセージ」

   

 雪乃「中を見ればすぐにわかったのにね」

   (美香、萌花呆然と立ちつくす)

 美香「私、その子に答えてあげられるかはわからないけれど」

   「ちゃんとお礼。言ってくる」

   

 雪乃「わたしには、美香さん」

   「もうあなたの夜は明けようとしている」

   「そう思えますよ」

 美香「雪乃さん、ありがと。後、ええと」

 萌花「如月です。如月萌花」

 美香「萌花ちゃんもね。寄り添ってくれて」

   

   (美香、本を胸に抱きしめて司書室を退室する)

 萌花「先輩、よく誦じてましたね」

 

 雪乃「私もあまり好きじゃないのよ」

   「明けない夜はない、なんて無責任じゃない」

 雪乃傍白「でも私の夜ももう……」

   (雪乃、萌花の方をそっと見る)

 萌花「どうしたんですか?神妙な顔をして」

 

 雪乃「萌花ちゃんからチョコもらってないなって」

   「私は高級チョコと特別なお茶を用意してるのにね」

 

 萌花「一緒に……食べますか?」

 

 雪乃「ええ、もちろん。マリアージュを重視した最高の組み合わせよ」

 雪乃「永久に明けないと思えばこそ夜は長いのである」

   「けれど、お茶は必ず冷めてしまうからね」

 萌花「お茶は冷めちゃったらアイスティーにしちゃえばいいんです!」

   「それに、わたしたちの関係は……」

 

 雪乃「萌花ちゃん、何か言った?」

 

 萌花「いいえ何でも」

   (バッグから可愛くラッピングしたチョコを取り出す)  

   (照明落ちる)

   (終) 

   

     


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