消えたベツレヘムの星
消えたベツレヘムの星
清心館女学院司書室。萌花が駆け込んでくる。
周囲の生徒は怪訝な目線を向ける
萌花「大変大変大変なんですよ!」
雪乃「どうしたの?一年生は今日はクリスマスの準備?」
(雪乃、手に持った本から目も上げずに)
萌花「そうじゃなくって、そうなんですけど」
「ツリーから星がなくなっちゃったんです」
「犯行声明文まで出てるんですよ」
雪乃「有志の後夜祭用のツリーでしょ?」
萌花「それは、そうですけど……でも事件ですよ?」
雪乃「金曜にお返ししますって書かれてたのよね」
(雪乃ようやく萌花を見る)
萌花「知ってたならもっと早く言ってくださいよ」
雪乃「萌花ちゃんの剣幕があんまりすごいから」
萌花「それでみんな星を探してるんです」
「先輩ももちろん宝探しやりますよね?」
「あ、星探しか」
雪乃「答え、わかってるから。私はいいかな」
「一応検算だけしておこうかなあ。間違ってたら恥ずかしいから」
「お話聞かせてくれる?」
萌花「えっ?なんて言いました?」
雪乃「答えはわかってる」
「そう言ったのよ。でも一応ね情報は整理しておきたいから」
「ツリーの位置、今年は違う場所になってなかった?」
萌花「わたしは今年が初めてですけど、先輩たちが設計図見ながら」
「今年はここにツリー置くんだ。なんてことは言ってました」
(雪乃紙に何か計算を始める)
萌花「その三角形なんですか?」
雪乃「三角関数」
「習ったでしょ?」
「あとでツリーの正確な場所に印をつけてきてね。はいこれ、講堂の地図」
(地図には×印がつけられている)
雪乃「誤差は30センチくらいだと思うから」
萌花「はい、わかりました……けど」
「答えはわかったって言ってませんでした?聞き逃しちゃったんですけど」
雪乃「星の隠し場所ね」
「まだ予想だけど。おそらく筒の中にあるからね。探すならそこ」
「今日は帰りましょうか。クリスマス楽しみね」
(萌花が何を話してもはぐらかす雪乃)
(暗転。時間経過、数日後)
(司書室にて。萌花入室。手にはメモ書き)
(雪乃窓の外を長めながら楽しそう)
雪乃「金曜に返すっていうから木と土の間、掘ってる人があんなに」
「先生方に怒られないのかな?」
萌花「ツリーの位置は先輩が言ってた位置ちょうどでした」
「でも星は見つけられませんでした。いろんな筒見たんですけど」
雪乃「ちょっと難しい場所だからね」
萌花「クリスマスの先輩……」
「ちょっと意地悪です。自分だけ全部わかってて」
(雪乃、萌花の髪を撫でる)
雪乃「ごめんね。でも大袈裟なことじゃないのよ。そうね」
「……南東に星が昇るなんて。これじゃ“西方の三博士”」
「迷子になった賢者の方がいいかな?」
「どっちにしろベツレヘムには辿り着けない」
「これが大ヒント」
萌花「だから、全然わかりませんって」
雪乃「ごめんごめん。ね、クリスマスブレンドのお茶があるから」
「それで機嫌直して。ね?」
萌花「美味しいなら……」
(暗転。また数日後)
(クリスマス当日、学校行事の後の後夜祭。小講堂)
(ツリーの上には星が欠けている)
雪乃「天文部がマイクを持ったわ」
萌花「天文部?」
(スピーカーのキーンと鳴るノイズ音)
天文部員A「この度は!誠にご迷惑をおかけいたしました!」
「仮初の天文ショーではありますが!お楽しみいただければ」
「皆様はベツレヘムの星の正体をご存知ですか?」
天文部員B
「かつては木星と土星の大接近、グレートコンジャクションと言われてました」
「今はその節は否定されて彗星、あるいは超新星爆発と言われています」
(窓の外からスポットライトが照らされる)
「照度も角度も調整したベテルギウスの超新星爆発です!」
(ざわつきの声、非難と称賛が入り混じっている)
天文部員A
「いかがでしたでしょうか!」
(まばらな拍手。場はやがて落ち着きを取り戻してゆく)
(雪乃と萌花少し離れた場所からそれを眺めている)
雪乃「One touch of nature makes the whole world kin――」
「新しい光に飛びついてしまうところは、昔の人も、今の子たちも、同じね」
萌花「……トロイラスとクレシダ、第三幕第三場」ユリシーズのセリフ……ですか?」
雪乃「ねえ、もかちゃん。
「もしベテルギウスが本当に爆発したら」
「昼でも見えるほど明るくなるのよ」
萌花「こ、怖いです……」
雪乃「でも大丈夫。ベテルギウスが超新星になるのは――」
「早くて十万年後」
萌花「十万年……」
雪乃「わたしたちはその一瞬を待つことはできないけれど」
「“見たい”と願う気持ちは昔からずっと同じ」
「博士たちも、今日の子たちも、」
「だから、私は邪魔をしなかった」
「もかちゃんはそうでもなかった?」
萌花「先輩は……星、好きですか?」
雪乃「ええ。星はね、見えなくなっても消えはしないもの」
「それを見つける人がいる限り」
「“The fault, dear Brutus, is not in our stars,」
「But in ourselves, that we are underlings.”」
「過ちは星ではなく、わたしたちの心のほうにあるの。」
萌花「今日は先輩シェイクスピアの日ですね」
雪乃「ジュリアスシーザーなら萌花ちゃんならわかって当たり前か」
「ねえ、冬の読書会。シェイクスピアの引用合戦にしましょうよ」
萌花「ええ~勝てる気がしませんよ」
(萌花、傍白)
“With mine own tears I wash away my balm.”
――涙で香油を洗い流してしまう。
(萌花、再度引用。今度は雪乃に向かって)
萌花「“With mine own tears I wash away my balm.”」
「――涙で香油を洗い流してしまう」
「わたしは……そんなふうに」
「悲しみで薔薇の香りまで流したくないです」
萌花「だから、星が消えないのなら……」
「先輩がいてくれるなら、薔薇の香りも消えないと思います」
雪乃「“My crown I am; but still my griefs are mine.」
「You may my glories and my state depose.」
「But not my griefs; still am I king of those.」
「悲しみはまだ私のもの。リチャード二世はそう言ったのに」
「萌花ちゃんは強いね」
萌花「先輩がいてくれるから……です。一人じゃないから。悲しみは半分こ……」
(萌花、自分の発言に気づいて顔を真っ赤にして目を伏せる)
雪乃「なんだかそれってとっても……」
(雪乃が、萌花を見つめてふっと息を吸って、ほんの少し柔らかく言う)
雪乃「良い夜ね」
萌花「ええ、とっても」
(照明、ゆっくりと落ちる。ベツレヘムの星だけが淡く輝きを残す)
(終)
クリスマスの物語です。お楽しみいただければ幸いです。




