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 1 五摂家やめまーす


 時は平安時代の終わりごろ。


 五摂家(ごせっけ)と呼ばれる、天皇に仕える名門貴族たちが京都の都を支配していた。


 その家々は、代々 摂政や関白となって政治の中心にいた。まさに貴族の頂点ともいえる存在だった。筆頭は近衛家、続いて九条家、二条家、鷹司家…… そして一条家。当主である一条教房(いちじょうのりふさ)はその重責を担う身であった。


 されど教房、近頃はひどく気の滅入る日々を送っていた。


「はぁ…… 騒動、戦、騒動、そしてまた戦……(応仁の乱)。武士どもは言うことも聞かず、近衛殿は鼻持ちならぬし、鷹司殿は頑な過ぎて話も噛み合わぬ……。まこと、気の置けるのは九条殿くらいか……。そもそも、斯様(かよう)な時勢に摂政だの関白だの…… 要るか?」


 教房は縁先に立ち、皓々(こうこう)たる満月を見上げて、深々とため息をついた。


「あぁ~…… どうしてこうなってしもうたのかのう……」





 翌朝。


 教房は人目を忍び、密かに家臣たちを広間に召し集めた。


 そこには珍しく茶菓が並べられ、普段は粛々たる集いであるはずの場に、和やかな談笑の声が満ちていた。


「……む。これは、なかなかの美味にて候」


 そう言って微笑んだのは、一条家臣団の筆頭、上級家老・東小路教行ひがしこうじ のりゆき。目の前の菓子に目を細めている。


「さすがは東小路様。そちらは六条河原町の虎屋にて誂えました菓子にございます」


 そう答えたのは、礼法と和歌を司る重臣、飛鳥井雅量あすかい みつかず。一条家の政務のほか、雅事全般を補佐する要職であった。


「これはこれは、飛鳥井殿。……お傍にどうぞ」


「畏まりました」


 二人は並んで席につき、静かに茶をすする。


「東小路様。本日、上様は如何なるご用向きにて、我らを集められたのでございましょうや?」


 飛鳥井の問いに、東小路は湯呑を置き、眉間に皺を寄せた。


「……戦が始まって、すでに一年。細川・山名両家の争いは、いまだ収まる気配もない」


「……まこと、長き戦よな……」


「もはや、両家にとって将軍継嗣のことなど些末(さまつ)。あれは所詮、私怨と権勢欲にまみれた私闘に過ぎぬ」


「……仰る通りにございます」


「上様は、この無益なる戦が民の暮らしをどれほど蝕んでおるか、日々胸を痛めておられる」


「……はい。私もそれと察しております」


「この茶と菓子…… 飛鳥井殿は、如何に受け取られたか?」


 飛鳥井は一瞬沈黙し、やがて顔を上げて答えた。


「……これほどの労い、かつて拝したことはございませぬ。すなわち、上様より何らかの重大な沙汰が下される兆と見受けます」


 東小路は小さく頷いた。


「……恐らくは五摂家の盟約を破り、上様は中立の立場を捨てられるおつもりであろう」


 その言葉に、飛鳥井の目が大きく見開かれた。


「まさか…… いずこにお付きなさると?」


「……細川殿かと存ずる」


 飛鳥井は黙し、ただ茶碗の中の茶柱を見つめた。


 細川家へ……。思えば、彼の家はもとより将軍家を支えし守護大名。理には適う。されど、もしやすれば、山名家を影にて支援しておる五摂家筆頭の近衛家に刃を向けることとなるやもしれぬ……


 飛鳥井は、そっと茶菓子に目をやった。


 この菓子には、何かしらの覚悟が込められている、そんな気がしてならなかったがそこまでとは……


 そのとき、広間に突如として静寂が訪れた。

 飛鳥井がそっと顔を上げると、そこには当主・一条教房の姿があった。


 家臣一同の視線が、一斉にその姿へと注がれる。


「皆、よく集まってくれた」


「ははーっ!」

「御意!」


 家臣たちは一斉に頭を垂れた。


「本日、斯様に急き立てたるは、ほかでもない」


 そのひと言に、飛鳥井の胸中が静かに波立った。


「昨今の戦により、関わりなき民草が苦しんでおる。見るに忍びぬ、哀れでならぬ」


 ……やはり。


 飛鳥井は胸の内でつぶやいた。


「この有様を、ただ黙して見過ごすことはできぬ」


 流石は東小路殿。その言葉は、的を射ていた。


「ゆえに、私は……」


 ならば、五摂家筆頭、近衛家と袂を分かち、細川家に…… 上様、この飛鳥井雅量、どこまでもお供いたしまする。


「……このたび、家督を息子、内政に譲り」


 ……ん?


「我、隠居いたす」


 その瞬間、広間の空気が凍りついた。

 一同、揃って絶句。


 このとき、教房はわずか三十三歳。いかに戦乱の世とはいえ、まだ働き盛りの年齢であった。


 沈黙を破ったのは、全員の口から自然とこぼれた同じ言葉だった。


「……はあぁぁぁ~~~~~~~!?」


 大口を開けていた東小路は、その口をピタリと閉じ、硬直した顔で前を向いた。


「う、上様……」


「うむ、東小路。どうしたのだ?」


「ど、どうしたもこうしたも……っ。い、今しがた、内政様に家督を譲り、隠居すると…… 聞こえたような……」


「うむ、その通りじゃ。そなたの耳に狂いはない」


 ……聞き間違いではなかったのか。よかった……


「いや、良くない!!」


 東小路は、床を叩かんばかりの勢いで声を張り上げた。


「内政様は、まだ八つ……八歳にてあらせられますぞ!? その御子に家督を譲るなど、何をお考えあってのことにございますか!?」


 はっ……! そうか!


 これは、一条家を守るため…… 上様自ら形だけ家督を譲り、その実、戦に御身を投じる覚悟…… なんと、なんとおいたわしき……


「……もしや、身軽になりて細川家にお付きになられるおつもりか。それゆえに内政様に家督を…… 上様! この東小路も、家督を子に譲り、どこまでもお供いたしまする!!」


 だが……


「いやいや、ちがうちがう。私はもう、戦とか近衛とか無理。京を離れて、奈良でのんびり隠居するつもりじゃ」


 教房は、あっさりとそう言った。


 東小路は、再びぽかんと口を開けた。


「……はぁぁ~~~~~っ!?」


 第一話 「五摂家やめまーす」お終い。


『オヤクとヤンキーが異世界に行くとだいたいこんな感じになった』の再開が、予定より遅れており申し訳ございません。

つなぎとして、本日書き下ろした新作をお楽しみいただければ幸いです。

なお、本作品は不定期での掲載となります。あらかじめご了承ください。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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