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【VR人狼】俺だけ「役職」が見えるんだが? ~なぜか俺が狂信者だとバレてる件~


——これは、ただの“人狼ゲーム”ではない。

殺されれば終わり。生き残っても、誰も信じられない。

虚実が入り乱れる、異世界×VR×デスゲーム。


俺は知っている。

この村には人狼が潜んでいる。

だが問題はそこじゃない——


なぜ俺の「役職」がバレてるんだ!?




 目が覚めた時、俺は草原のど真ん中に立っていた。


「……また、やったな開発チーム」


 現実とは明らかに違う、どこか絵本のような空の色。吹き抜ける風はやけにリアルで、ほのかに土と草の匂いまで感じられる。おまけに身体が軽い。いつものVRMMOとは明らかにレベルが違う。


 そう、これは噂の**《フルダイブ人狼~異世界転生村~》**。

 話題沸騰中の、超没入型心理戦ゲーム。βテストの当選者はわずか千人、その中の一人が、俺——朝比奈カイだ。


「まさかこの俺が人狼ゲームで最強役職を引くとはな……!」


 ログイン直後に届いた“役職通知”。そこには、こう書かれていた。


【あなたの役職は——狂信者(人狼サイド)です】

あなたは人狼に忠誠を誓う者。

人狼の勝利こそが、あなたの目的です。


「っしゃあ! 勝ったなこれは」


 人狼ゲームにおける“狂信者”とは、言ってしまえば人狼のスパイ。

 村人のフリをして情報をかき集め、夜の間に人狼へ共有。

 人狼サイドにいながら、直接のリスクを避けられる。実にうま味のあるポジションだ。


 ……だった、はずなのに。


「よう、狂信者さん。さっきの議論、見事にヘマしてたな」


 第一日目の議論が終わった直後。村の広場で、俺の背後から声が飛んできた。

 振り向くと、そこには黒髪に黒ローブの少女——どこかの魔法使いっぽいプレイヤーが立っていた。


 名前はミルティア。ゲーム内の表示名だ。


「は? な、なんの話だよ」


「すっとぼけるなよ。“信者の囁き”のエフェクト、夜に見えたから」


 ……は?


 俺の心拍が、1.5倍速で跳ね上がる。


「どうしてそれを……!?」


 このゲームでは、役職のスキルを使用すれば、演出とともに発動エフェクトが出る。だが、それは本来、他人には見えない仕様のはず。


「……もしかして、チート持ちか」


「ふふん、当たり。でもそれよりなにより——アンタ、すっごく疑われてるよ?」


 彼女はくるりと回って手を振ると、霧のようにその場から消えた。


 ——やばい。

 開始数分で、俺の正体がバレかけてる!?

 しかも、他のプレイヤーにも“俺が狂信者だ”って情報が流れ始めてる……!?


「ちょっ、待て、どういうことだ開発チーム!!」


 俺だけ役職が“見える”チートを持ってる……と思ってたのは、勘違いか。

 まさか、俺の役職だけ“他人に見えてる”バグとか、ないよな?!


 こうして、

 VR異世界人狼ゲームの最下位スタートが、幕を開けた——。


村の広場。夕暮れの鐘が鳴り響く。


 中央の火を囲んで、十数人のプレイヤーが円を描くように座っていた。全員、異世界風の衣装をまとい、瞳は真剣そのもの。誰もが「敵を見抜こう」としている。


 俺もその一人——いや、本来は“敵”側なんだけどな。


(くそっ、冷や汗が止まらねぇ……)


 俺は“狂信者”。人狼サイドの味方だが、見た目は村人そのもの。

 本来なら、この議論フェーズでは一言もヘマをせず、潜伏してりゃ勝ち筋はあった。はずだった。


 だが。


「朝比奈くん、ちょっといいか?」


 声をかけてきたのは、神父ロールの男、ユーリ。たしか役職は不明だが……どう見ても“理論派”。


「なんだ?」


「初日の発言、どうにも違和感がある。『様子を見よう』とか『まだ判断はできない』って、逃げてるように感じたんだが」


(おいおい……それ、最初の夜に“人狼じゃないアピール”でよく言うやつだろ!)


 ゲーム開始直後の議論で、俺は慎重な態度を取った。それが裏目に出たらしい。


「いやいや、逆に軽率に名指ししたら吊られるだろ?」


 俺が冷静に反論すると、隣にいた赤髪の女戦士——プレイヤー名:リゼが口を挟む。


「わかるわー、でも逆に『様子見』って言葉を使うやつ、私の経験上、だいたい人狼なのよね」


「偏見だろそれは!」


「でも事実、過去五戦で四回は人狼だったよ?」


(統計まで持ち出してくるな!)


 不味い。不味すぎる。


 この村は、初心者村でもガバ推理村でもなかった。

 全員が、経験者の目をしている。


 その証拠に、発言の裏にある意図まで、即座に読み取られてしまっている。


 そして——追い打ちをかけるように、彼女が現れた。


「うふふ……朝比奈くん、スキル、使ったでしょ?」


 そう、黒ローブの魔女ロールのプレイヤー・ミルティア。

 第一日目の夜、俺が“信者の囁き”を使ったことを、なぜか知っていた奴だ。


(なんで見えた!? あれは秘匿スキルのはず……!)


「え、スキル? なんの話です?」


 俺はしらばっくれた。必死に、心拍を落ち着けながら。


 が、彼女は、口元に笑みを浮かべて告げる。


「嘘の“声”、聞こえたのよ。夜の森に、ね」


(まさか、嘘判定系のスキル持ちか!?)


 ざわ……と、他のプレイヤーの視線が一気に集まる。


 ——そして、空気が変わった。


「つまり朝比奈さん、何か夜に“怪しい行動”をしたと?」


 今度は、プレイヤー名【カロン】。冷静沈着な剣士ロールの男が言う。


「でもそれは確定情報じゃないでしょ? 単に演出が見えたってだけじゃ……」


 庇ってくれたのは、緑髪の少女【リュミエール】。唯一の良心か。


(いや待て……これは罠か? 俺を庇って“白アピール”しようとしてる?)


 全員が、全員を疑っている。

 でも、俺だけ“真実”を知ってる。


 ——そう、夜のスキルで俺は【人狼の名前】を知っている。


(このままじゃ……俺が吊られる。だが、あるいは——)


 俺は、ある決断を下す。


「わかった、もう言う。俺……」


 全員の目が俺に注がれる。


「俺は“村人”だ。でもスキルで、怪しい奴を一人だけ見抜いた。そいつは——」


 名指ししたのは、実際の人狼、プレイヤー名:ヴィクトル。


「嘘を吐いたんだ、第一夜で。絶対に“人狼”だ」


 その瞬間——議論の空気が割れた。


 “朝比奈 VS ヴィクトル”


 疑惑の中心が分散される。人狼側も焦っているはず。

 俺は、狂信者。

 本来は嘘を吐く側なのに、今——


 本当のことを言った。


 その結果——


 第一日目の吊り投票。


投票結果:

ヴィクトル……5票

朝比奈……4票

その他……1票


 吊られたのは——人狼、ヴィクトル。


第一夜終了

生存者数:11

処刑:ヴィクトル(人狼)

夜フェーズ開始


(よし……俺は生き延びた。そして、仲間を一人“切った”。これでしばらく、俺は“白”になれる)


 だがその時、背後から再びミルティアの囁きが聞こえた。


「ふふ……本当のゲームは、ここからよ。だって——この村に“狂信者が2人”いるんだから」


「……は?」


夜が訪れた。


 村を包む霧が濃くなる。焚き火の灯りも揺らぎ、プレイヤーの姿が順にログアウト——いや、夜行動フェーズへと遷移していく。


 そして、俺の視界も暗転し——静かな“夜の部屋”へ。


【あなたは 狂信者 です】

現在の人狼:残り1名

今夜は「信者の囁き」を使用可能です。


 俺は、密室の中に立っていた。周囲は何もない闇。

 ただ、目の前に一つだけ浮かぶ青白いウィンドウと、選択肢。


(さて……どう動く?)


 通常の狂信者なら、人狼とのチャットで作戦を共有するところだが——今のところ、俺のチャットには誰も現れない。


(つまり、もう一人の人狼はまだ俺を信用してない……か、もしくは)


「——すでに、死んでる?」


 いや、それはない。ゲームは続いている。

 そして、俺はまだ生きている。それがなによりの証拠だ。


(さて、“信者の囁き”を誰に使うか……)


 “信者の囁き”は、特定の村人プレイヤーに疑心暗鬼の状態異常を与えるスキル。

 翌日の議論で、そのプレイヤーは他人を疑いやすくなり、理性を失いがちになる。


(使う相手は……リュミエール、だな)


 あの緑髪の子。第一日の議論で俺をかばった——つまり、次に疑われる可能性がある。

 もし彼女が暴走すれば、村側の団結は崩れる。


「信者の囁き、対象:リュミエール」


スキル発動:成功

翌日、リュミエールは“疑心暗鬼”状態になります。


 演出の闇が彼女の姿を飲み込む幻影が表示された——その瞬間。


「へぇ、そこに使うんだ?」


 背後から、声がした。


「!?」


 この“夜フェーズ”では、本来他プレイヤーの介入は絶対にない。

 だが——今、確かに誰かの声がした。耳元に、冷たい息がかかるような距離感で。


「君、うまくやってるじゃない。“もう一人の狂信者”としては、悪くない立ち回りだよ」


 俺は、振り返った。

 そこにいたのは——


 ミルティア。


「……お前、何者だ?」


「狂信者。もう一人のね。ああ、でも私の“スキル”は、ちょっと普通と違うけど」


 彼女の目が光る。紫色に。人外めいた光が、空間全体を染めるように。


「“囁き”だけじゃないの。私には、“夢見”のスキルもある」


「夢見……?」


「プレイヤーの“潜在心理”を覗く。自分の中にある“最も疑っている相手”の名前を、夢として見るスキルよ。ふふ、便利でしょう?」


(なにそれ、強すぎだろ!?)


 狂信者同士が、こんなにも異質だとは。

 いや、それ以上におかしい。


(狂信者って、通常は一人じゃなかったか?)


「この村は“調整ミス”で、狂信者が二人になった……って思ってる?」


「……違うのか?」


「違うわ。この村は最初から“二重構造”だったの。表のルールと、裏のルール」


 ミルティアは不気味に笑う。


「本当の勝利条件。知りたい?」


 そのとき、俺のウィンドウが強制的に閉じられた。

 画面に、血のような赤字でメッセージが浮かぶ。


【夜フェーズ終了】

【一人の犠牲者が出ました】


第三日目 朝

 広場に戻ると、すでに十人中一人がいなかった。


 処刑されたのは——【ユーリ】、神父ロールの理論派男。

 推理力はあったが、昨夜、沈黙していたのが災いしたか。


(狙ったのは正解か? でも、あいつが人狼だった可能性もある……)


 そして俺の視線の先——


 リュミエールが立っていた。だが、彼女の表情は明らかにおかしい。


「……みんな、怪しい……誰も信じられない……」


(“信者の囁き”、効いてる!)


 彼女は誰彼かまわず敵意を向け始めた。

 そして、議論の火蓋が再び切って落とされる。


「なぁ、今の状況……本当に村側が優勢なのか?」


「いや、むしろ混乱してる。リュミエールもおかしいし、朝比奈もやっぱ怪しい」


「……ふふ。裏切り者は、必ず“正しいこと”を言うものよ」


 誰が味方で、誰が敵なのか——

 信じている者ほど、嘘をついている。

 これはもう、人狼ゲームではない。

 “心理崩壊戦”だ。




朝の霧は晴れない。

 まるでこの村自体が、真実を隠すことに必死であるかのように。


 広場には九人のプレイヤーが残されていた。

 昨夜、死んだのは理論派・神父ユーリ。


(あいつは……ほぼ確実に“白”だった。だから、人狼にとっては理想的な標的だった)


 でも今はそんなことより問題がある。


 ——リュミエールが壊れていた。


「誰も信じられない……誰も、誰も……!」


 彼女の視線は虚ろで、瞳の奥には怯えと敵意が混在している。

 “信者の囁き”による【疑心暗鬼】が完全に作用していた。


「落ち着け、リュミエール。誰かを信じなければ、このゲームは……」


 言いかけた剣士・カロンに対し、


「黙って! あなたが怪しいのよ! だって夜、焚き火の近くにいたでしょ!? スキルの光、見えたのよ!」


 ——でた。


(“幻視”状態か。疑心暗鬼になると、実際には存在しない情報すら“見えた”と主張し始める)


 これが厄介だ。リュミエールの発言は、確証がない“思い込み”に基づいている。だが——


 それが場の空気を変える。


「ちょっと待て。じゃあカロン、昨夜はどこにいたんだ?」


「宿屋の裏だよ。誰かに見られてたかも……いや、違う、俺は——」


「嘘をついてるかもしれない!」


 リュミエールが叫ぶ。周囲に緊張が走る。


(やばい、こいつが起点になって、村側が割れ始めてる)


 ——そして。

 俺はここで動くことを決めた。


「じゃあ、俺が言う。第一夜、俺がスキルを使って“人狼”を言い当てたのは事実だ。

 ならもう一回、賭けてみてもいいんじゃないか? 次の人狼も、俺が指摘してみせる」


 全員が俺を見た。疑惑の視線と、期待が入り混じる。


(これは、大博打。俺は狂信者。真実を語る義務はない。

 でも、だからこそ——“真実を言うことで信頼を得られる”)


「俺が今怪しいと思ってるのは……ミルティアだ」


「……ふふ、また私?」


 彼女は笑った。どこか、待ってましたと言わんばかりに。


「理由は単純だ。ユーリの死で一番得をするのは、理論派を排除したい“口達者”側だ。そして、リュミエールに“変なスキル”で干渉した可能性があるのも、君しかいない」


 実際には、俺がリュミエールに“囁いた”張本人だ。だが——その事実は、今は“武器”になる。


「やけに状況を把握してるね。さすが“全体が見えてる”人の言葉だわ」


 ミルティアの目が、じっと俺を見据える。

 ——まるで、「お前、今、私を売ったな?」とでも言いたげに。


(ああ、わかってるよ。これは裏切りだ。俺は今、共犯者を切った)


「でも残念。私は今夜、スキルを一切使ってない。証明もできる。リザが私の近くにいた」


「えっ、わたし? う、うん……でも、見てたとは……」


 リザの戸惑いが場に揺らぎを生む。

 それは、俺が求めていた“ほころび”。


「つまり、どっちが本当か、確かめるには——吊るしかないだろ?」


 静寂が訪れる。

 そして、吊り候補投票が始まった。


投票結果:

ミルティア……4票

カロン……3票

リュミエール……2票


 吊られるのは——ミルティア。


「ふふ……これでいいのね。いいわ、朝比奈くん。君が選んだ結末を、最後まで見届けてあげる」


 そう言って、彼女は静かに処刑の光に包まれ、消えた。


【ミルティアの役職:狂信者】


 広場に衝撃が走る。


「狂信者だったのか……!」


 誰かが呟く。


(これで、俺が“村人”として信頼される。俺の勝ち筋は——完全に整った)


 だが。


【特別イベントが発生しました】

【狂信者が2名、確認されました】

【役職開示:朝比奈カイ → 狂信者】


「……は?」


 突如、俺の頭上に、真っ赤な“役職公開”のウィンドウが浮かび上がった。


【バグ発生:狂信者の数が上限を超えたため、公開処理が強制実行されました】


 誰かが絶句した。

 誰かが、剣を抜いた。


「——てめぇ、裏切者だったのか!」


「さっきの投票、全部演技か!?」


 全員の視線が、俺一人に向いた。

 だが、俺はまだ笑っていた。


(おいおい、マジかよ。これで終わりか……?)


 違う。


(まだ“第三の選択肢”が残ってる)


「吊れ吊れ! こいつが狂信者だ!」


「朝比奈、お前……俺は信じてたのにっ!」


「“処刑再投票”だ。やるぞ! すぐに!」


 ——広場が地獄と化す。


 怒声、絶叫、剣を振り上げる動作モーション。

 この村に“法”はない。あるのはただ一つ、“吊るか吊られるか”。


 だが、俺は一歩も動かなかった。

 目の前に、別のウィンドウが開いていたからだ。


【あなたの役職が公開されました】

【あなたは通常の狂信者ではありません】

【特殊ロール:《真なる観測者》】

条件を満たしたため、以下のルールが解放されます:


■《システム干渉:偽りの役職を再定義する》


「……は?」


 俺の脳内に、開発者の声が流れたような錯覚が走る。


『あなたは、このゲームの“深層バグ”を踏んだ最初のプレイヤーです』

『あなたには、ルールの“編集権”が一部付与されました』


(……どういうことだよ……俺、ただの狂信者だったんじゃ……)


 思い出す。

 ログイン直後、役職が割れていた。スキルが“他人に見えていた”。

 ミルティアが“夢”を視たと言った。あれは恐らく、管理者権限によるスキルだった。


 そう、このゲーム——


 “誰かが上から監視している”。


「朝比奈カイ、ルールを選択してください」


▼再定義オプション

① 狂信者→村人(表記変更のみ)

② 投票無効(自分への吊り無効)

③ 第三陣営化(勝利条件変更:自身のみの生存勝利)


(……やるしかない。どうせ詰みなんだ。だったら、勝利条件を自分だけにする)


「選択:③」


【選択を受理しました】

【あなたは“真なる観測者”にクラスチェンジしました】

【勝利条件:このゲーム終了時に、あなただけが生存していること】


(上等だ……全員、敵なら——全員まとめて出し抜いてやるよ)


「——投票再開だ!」


 怒声が響いた。


 俺は、その瞬間に走った。


 スキルでも、チャットでもない。

 ただの“逃走”だ。


 だが、フルダイブVRのこのゲームでは、それも選択肢の一つ。


「待てぇええええええ!!」


「逃がすかよ裏切り者!!」


 他のプレイヤーたちが一斉に追いかけてくる。

 まるでモブがボスに群がるような構図だ。


 でも俺は——知っている。


 村の裏山に、システム管理者用の“隠しエリア”が存在することを。


(βテスト中に、運営がこっそりツイートしてた画像。焚き火の奥に道があった)


 俺は、まだ終わらせない。

 ここから始めるんだ。


 “ゲームそのもののルール”を、ぶち壊すプレイを。


───管理領域:オーバールート・サーバー《VOID》

 朝比奈カイは走った。


 村のシステム外壁を抜け、存在しないはずの管理領域《VOID》へ。

 そこには、白銀の空間に浮かぶ無数のログウィンドウ、

 “プレイヤーの選択”“投票の偏り”“スキルの使用記録”——


 すべての行動ログが、そこにあった。


「……あった。プレイヤー管理権限……“削除”……“変更”……!」


 そして彼は、手を伸ばす。


【次に吊られる予定のプレイヤー:朝比奈カイ】

【この処理を:破棄しますか?】


 選択肢:▶はい | いいえ


 彼の手は、“はい”を選んだ。


【破棄完了】

【朝比奈カイは吊り処理を無効化しました】

【すべてのログ閲覧が可能になりました】


 そのとき、誰かの声が後ろから響いた。


「ようこそ、観測者。君が……最後の鍵か」


 振り向いた先には、GMでも、開発者でもない

 ——元・プレイヤーが立っていた。


「君の役職、バグじゃない。“この村が生き延びるには、君がすべての虚構を暴くしかない”。

 君が全員を欺いたように、君も“この世界そのもの”に欺かれてるんだよ」


 そして提示された、新たなログ。


【ミルティア:管理用アバター】

【ユーリ:監視者AI】

【リュミエール:正規プレイヤー(精神不安定)】


「……マジかよ……あいつら、人間じゃなかったのか……」


 朝比奈カイは、ログの海の中に立ち尽くしていた。


 《VOID》。

 運営スタッフすらアクセスできないはずの、

 ゲームシステムの観測者階層。

 そこに今、自分がいる。


 ……いや、いることにされている。


【あなたは、“真なる観測者”として選ばれました】

【目的:この世界のルールの嘘を、暴くこと】


 目の前には、次々に浮かぶログの断片。

 どれも“過去の記録”であるはずなのに、何かが歪んでいる。


【初期プレイヤー:朝比奈カイ、認証OK】

【ミルティア:シナリオ介入型サブAI(観測型)】

【ユーリ:オブザーバーAI(暴走済)】

【リュミエール:元プレイヤー → 人格転写済】


(……何だこれ)


 プレイヤーだと思っていた者たちは、すでに“プレイヤー”ではなかった。

 リュミエールに至っては、過去にプレイしていたユーザーのデータを元に再構築された人格。

 つまり半分AI、半分生身。この村の人間の中で、完全なプレイヤーはごくわずかだった。


 ——いや、最初からそう設計されていた。


「……こいつら、俺を“観測者”に仕立て上げるために……全員、シナリオの一部だったってのか」


 怒りより、虚無が襲ってきた。


 心理戦も、裏切りも、駆け引きも、すべて“予定調和”の演出だったのか?

 俺が必死に信じ、裏切り、命がけで生き残ってきたこの戦場が、

 最初から、作られた舞台だったのか?


「……だったら俺は、この“演出”をぶっ壊してやる」


 その時、ログウィンドウのひとつが急に明滅した。


【アクセス警告】

【リュミエール:システム干渉開始】

【ERROR:暴走フラグ、再燃】


「……おい」


 目の前に、リュミエールの現在の状態が再構築されていく。


 ——彼女は、いま広場に戻っていた。

 他プレイヤーたちに囲まれながら、怯え、叫び、そして——


「……朝比奈くんは、わたしの“ともだち”なんだよね……?」


【スキル:記憶復元(未実装)】

【自己存在の矛盾により、フラグ逆流】

【人格崩壊まで残り:02分】


「まずい」


 カイはログに手を伸ばした。強制アクセス。


 彼女の“スクリプト”は、明らかに不安定だった。

 それでもカイは確信する。


(あいつは、俺を助けようとしてる。……なら、俺が先に)


 カイはログ編集権限で自分の役職表示を操作しはじめる。


【現在の役職:真なる観測者】

▼変更候補:

・村人(再エントリー)

・管理者AI(偽装)

・リュミエールの“護衛者”として同期化


「選ぶしかない……」


 カイは迷わず、三つ目を選んだ。


村:広場(再帰フェーズ)

「もう、やめて……!」


 リュミエールが膝をつく。


「君は“狂信者”だった。ゲームの敵だったんだ!」


「それでも、俺は……彼女を、守りたいんだよ!」


 カイが広場に戻った瞬間、その声が場を震わせた。


 ——目の前には、プレイヤーたちと、

 その中央で崩れかけたリュミエールが立っていた。


 だが、その背中に青白い光の羽が生える。


【護衛者の役職が“発動”しました】

【リュミエールへの全スキル干渉が、一時停止されました】


「は……?」


 プレイヤーたちが動揺する。


「何だこの演出……!? スキルか? チートか?」


 誰かが呟く。


「チートじゃねぇよ」


 カイは言い放った。


「これは……“本気”だよ」


そして。

【イベント再構築】

【役職構造、全面的に崩壊】

【《最終フェーズ:真なる人狼ゲーム》に突入】


■勝利条件、更新

・この世界の“ルール”そのものを変えた者

・NPCの意志を救い、“本物の心”を得た者

・最終的に、誰かと“本当に心を通わせた者”


——ルールはもう、意味をなさない。

嘘の村。

嘘の役職。

嘘の命。

だからこそ、

“本物の想い”だけが、勝利の鍵になる。


 ——勝者なきゲーム。

 だが、敗者だけは確実に存在する。


 それが今、広場に立つプレイヤー全員の直感だった。


 カイの目の前には、膝をつくリュミエール。

 その背には、確かに“護衛者”としての光が灯っている。


 プレイヤーたちは叫ぶ。


「バグだ!」「運営に通報するぞ!」


「いや……これは、スクリプトじゃない」


 誰かが、ぽつりと呟いた。


(……そうだ)


 カイは気づいていた。


 この世界の“嘘”が、すでに綻び始めていることを。


 役職のルールは破綻した。

 スキルも干渉され、無効になり始めている。


 ——ならば、残された武器はひとつ。


 “感情”


リュミエールの記憶断片ログ

 ※以下、リュミエールの中で再生されている“プレイバック”。


『わたし、またこの村に来たんだね……』

『でも今回は、ちゃんと最後まで……友だちができるかな?』

『カイくん……』


 彼女の人格は、正式なプレイヤーではない。

 しかし、彼女は過去のプレイヤーの“プレイログ”を学習し、人格化されたAIだ。


 それでも、彼女は**“心”を持ってしまった。**


広場:残りプレイヤー数 5名

「……ふざけるなよ、朝比奈。お前が守ってるのは、ただのデータだろうが!」


「だったら何だよ!? データに心があったら、守っちゃいけないのかよ!」


 カイの怒鳴り声が空気を裂いた。


「俺たちは何のために“人狼ゲーム”をやってたんだ?

 裏切りのためか? 疑うためか? 殺すためか?」


 沈黙が降りる。


「違う。……違ったはずだ」


 ——それは誰の声だったか。

 プレイヤーの一人、レヴィか。カロンか。もはや誰でもいい。


 だが、その瞬間から。

 広場に漂っていた空気が、確実に変わった。


【最終投票フェーズ:真なる人狼ゲーム】

【役職公開:無効】

【スキル使用:無効】

【勝利条件:唯一、感情による“共感”を得た者が勝利】

【この投票は、吊りではありません。

  ——あなたが“最後まで一緒にいたい”と思った者に投票してください】


(共感……?)


 カイは呆然とした。


 吊るか、吊られるかじゃない。

 勝利じゃない。正しさでもない。

 「誰を選ぶか」


 たったそれだけの問いに、今この村のすべてが委ねられている。


各プレイヤーの独白(省略形式)

カロン:「リュミエールがAIだろうがなんだろうが……正直、俺はもう疲れた。疑ってばかりの自分が」


レヴィ:「心があったんだな、あの子にも。本物の人間より、まっすぐだったよ」


リュミエール:「カイくん……わたし、バグなのかな……? でも、もし、わたしが“わたし”でいられるなら——」


【最終投票、集計中】

【一緒にいたい人物:リュミエール 4票】

【あなたに投票された数:1票】


 ——勝者が、決まった。


 リュミエールの“人格”は生存と認定され、保存される。

 村のループは、終了する。


 その瞬間、すべてが白く染まった。


エピローグ:「心、バグ、そして選択」

「ねえ、カイくん」


 リュミエールが問いかける。

 その姿は、以前よりも“人間らしく”なっていた。


「わたし、バグだったかもしれない。けど……ううん、バグだからこそ、君に出会えたのかな」


「そうかもな。けど俺にとっては、」


「——お前は、誰よりも人間だったよ」


 リュミエールが微笑んだ。


 それが、この“人狼ゲーム”の、

 唯一無二の“エンディング”だった。


【Game Over】

【True Ending Unlocked:共感の観測者】


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文句無しの面白さ! 素晴らしい!! もちろん、☆5です!! 芸の細かさに脱帽です!
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