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第7話 見えざる神の手



 何匹も捕獲されている、似たような奇妙な姿をした魚。

 それが決して奇形などではなく、正しい姿であるとしたらその数にも納得がいく。


 しかし、そうだとして1つ納得のいかない事があった。


「そこまでわかっていたなら、なぜ集まりの時に話さなかったんだ?」


 重要な情報だったはずだ。

 あれが奇形でないとするならば、調べる事も変わってくるだろうに。


「それについてはまず1つ、これが確定した情報ではない、私の憶測に過ぎないからです」

「本当に憶測で済まされる内容だったか? 少なくとも、私は貴女の説明に納得した」

「まあ、ベリルさんはそうでしょうけど……サンプルが少ないんです」


 ふむぅ、と不満気な声が聞こえる。


「私はこれでも研究者の端くれですから、発する情報には責任を持たなくてはいけないんです。確かに、今日見ることが出来たあの魚達は、皆一様に胸ビレが人の手に変化していました。ですが、例えばまた新しく奇形魚がとれたとして、それが別の奇形を持っている可能性はゼロではない。つまり、あの3匹に共通している奇形が、偶然似たような形になっただけなのだという可能性はゼロではない」

「3匹も同じ形をしていたら、とうに偶然では無いだろう。それに、そんな事を言っていたらいつまでも可能性の話から抜け出せなくなる」

「そのとおりではあるんですけどねぇ、せめて10は欲しかったところです。そうでなくても、今日の釣りで同じような奇形魚が釣れていたら、自信を持って話せたのですが」


 研究者には研究者のルールがあると言うことなのか。彼女自身、あの奇形魚たちの奇形は偶然に起きたものではないと、確信を持っているのだろうが。

 漁師達が用意してくれていた3匹では、そこまで断言するには足りなかったと言うことらしい。


「釣り人がよく捨てていくとも聞いたが」

「私達はそれを確認できていませんからね。噂話の段階では、根拠としてはお話にもなりませんよ」


 証拠さえ残っていれば使えたが、ただの話では意味がないというのが、彼女の主張だ。釣り人の件を話に挙げたのは自分だが、そういった彼女の主張には自分も同意する。


 戦いの場においても、斥候に選ばれるのは優秀で義に厚い者ばかりだ。敵の目を欺き正確に状況を確認できる優秀さ、決して裏切らず偽の情報を流すことの無い忠誠心、どちらも正確な情報を得るのに必要なものだ。

 真偽が定かでない情報には、価値など存在しないのだから。


「まあ、皆さんも状況からしてこの可能性は考えてたと思いますけどね、たぶん。皆さん賢い方ばかりですから」


 本当にその通りなら良いのだが。

 人間、思わぬところで見落としをするものである。


「それで、2つ目の理由ですが……この推論が当たっていたとして、果たしてあの奇形魚がこの地域にのみ生息している固有の種であるのか、はたまた何者かによって意図的に産み出されたものであるのか、まったく検討がつかないからですね。まだ調査も始まってすぐだと言うのに、余計なことで混乱を呼びたくは無い」

「固有の種……だとしたら、いきなり獲れ始めて困るような事にはならないのでは無いか? 普段から獲れるはずだ」

「どうでしょうかね。そもそもの個体群の少なさ、魚の群れの行動ルートによっては、何年も獲れないなんて事はあり得ない話ではないとも私は考えます」


 彼女の話を聞いて、自分でも考える。

 食用に向かない魚というのは、考えてみれば以前から存在する。たとえば、すぐに腐ってしまうので輸送も出来ないという魚や、あまりにも寄生虫が多いために人が食べるには適さない魚、毒を持っているために食べることはおろか触れることすら危険な魚。

 そういうものが居るのは、日常の生活を送る中で話に聞いたことがある。


 あの奇形魚たちがこの村の周辺にのみ生息していた種だとして、偶然彼らの回遊ルートが餌や海水温など何らかの影響を受けて移動した結果漁場と重なり、偶然獲れるようになったとして。

 それが見た目にも性質にも食用に適さない、漁の邪魔にしかならない魚であった、と。

 偶然の重なりだが、あり得ない話ではないと思った。


 それに、港で奇形魚を見せてくれたコリンという漁師は、漁のために遠出した船が奇形魚を持ち帰ってきた事は今のところ一度もないとも言っていたのを思い出す。

 彼の話が、コーレル村周辺にのみ生息している固有種であるという予想を、後押ししているように感じられた。


 そこまで考えて、また疑問がふと浮かんでくる。


「だとしたら、彼等はどういう進化をしたのだろうな?」

「おっ、素晴らしい目のつけどころですね」


 ぽつりと呟いたそれに、彼女がまた食い付いてきた。


「それこそが、今私が1番に目をつけているところなんですよ」

「進化がですか?」


 私がこの答えにたどり着くように、半ば彼女に誘導されていた気がしないでもない。だが、彼女が目をつけているというものは気になる。


「ええ、私はあの奇形魚について、進化の途上にある種なのではないかと考えています」

「それはまた……ずいぶん突飛な推論を立てましたね……」


 あの奇形の理由が、進化によるものだと言うのか。

 進化とは、生物が環境により適応するため、生存競争においてより優位に立つために、世代を重ねるごとに突然変異を起こし新たな種となっていく事。そのように自分は記憶している。


 だが、あの魚の胴体に意味もなく張り付いたような形の赤子の手が、進化によって生まれたものだとは到底考えられなかった。

 彼等は水中で生活しているのだ。あのような手の形になってしまっては、いくら水掻きがあると言っても水の抵抗も大きくなるだろうし生存競争においてむしろ不利になってしまっている。


 しかし、自分の訝しむような声色も気にせず、キリエ博士は更に続けて話した。


「ベリルさんは、魚が両生類に進化した話はご存知ですか? 幼生はエラ呼吸を行い、成体になると肺呼吸へと変わるカエルやイモリといった生物です」

「それは、ええ」

「現生種でも、肺を持つ魚というのは確認されていますね。こういった種が、やがて手足を得て陸へと上がり、エラを捨てる進化を経て様々な生物に枝分かれしていった……そう考えられています。この枝分かれした進化の先には、私達『人間』も存在すると主張する研究者も居ます」

「……まさか、いくつも進化を飛ばしていきなり人間の手だけを手に入れた、なんて滅茶苦茶な事は考えていませんよね?」


 いくら何でもそんな事はあり得ない。

 まるであらかじめ決められた進化のチャートがあって、生き物がそれを盗み読みして進化の先を選んだとでも言うような話だ。

 そもそも、進化なんてものは個々の自我が選択できるような概念ではない。それを決めるのは生物の本能であり、そこに思考は介在しない。


「もしそうだと言ったら?」

「……生き物の進化を好きに弄くる()()()()でも居るかのようだ」

「あら、今だって普通にやってるじゃないですか。丈夫で美味しく育つ野菜だけ育てて品種改良してみたり、家畜だって元々は野生に居たものをそういう風に人間が改良して生み出したんですよ」

「そういう話じゃない。それはあくまで自然な進化から、こちらが都合のいい結果を選択して生き残るように保護したに過ぎない。だが、今回のものは――」

「だーかーらー、夕食の席で貴方の説について私は褒めたじゃないですか。ほら、合成獣(キマイラ)の。ベリルさん目のつけどころは良いんですよね、常識に囚われてそこから先に行けないだけで」


 なぜ今になってその話題が出てくる。

 合成獣(キマイラ)はあくまで生物兵器を作り出す魔術だ。あれで作られた魔物は長生きも出来なければ、繁殖など絶対に出来ない。

 性質が似ているように感じたから挙げた例であり、それが奇形魚とは何も関係のないものであるとは自分も、キリエ博士も認めていたはずである。


合成獣(キマイラ)を作成する魔術を使って滅茶苦茶な姿の魔物を作る人間のように、好き勝手に生き物の設計図を弄る何らかの術を持つ何者か、居てもおかしくないとは思いませんか? まあ、自然にああなった可能性が無いとも言い切れませんけど」


 もう頭の中はひどくこんがらがっていた。

 奇形魚のあの姿は彼らにとって正しいものであり、その原因は自然なものか人為的なものか、どちらにせよ進化によるものだと彼女は考えている。

 だが、そうだとして何故あんな意味のない姿にさせたのか。いや、自分が気がついていないだけで、本当はあの姿にも意味があると言うのか。


「ま、答えが出るのはまだとうぶん先ですよ。今までの全部私のただの雑語りなんで。そろそろお風呂あがりますねー」

「そうですか……今度こそ、部屋の外で待機させて貰います……」

「はいどうぞどうぞ。着替え終わったら呼びますね」


 彼女の話に付き合っているだけなのに、どっと疲れた。

 ふらふらと壁に手をつきながら立ち上がる。


 ふと、風呂場の方からまた声がした。


「あっ、そういえば昼間にベリルさんが気にしてた落書きについて、ちょっと思い出しましたよ。確か件の芸術家の個展では『魔除け』って題名で飾られてました」

「魔除け……魔除けですか。魔を払ってくれるなら、縁起がいいですね」


 温まった脳味噌を冷やすようにパタパタと手で自分の顔を仰ぎながら廊下に出る。

 しばらく扉の前で立っていると、1人で歩いてきたカイルとばったり出会った。


 なんでも、1階にバーがあるのを見つけたから晩酌に出かけるのだと言う。護衛の方は良いのかと思ったが、どうやらここまで気を張っているのは自分くらいのようで、他の皆は案外緩くやっているらしい。


 だからと言って、自分のやり方を変えるつもりも無いが。


 二言三言会話して、そのまま去っていこうとした彼に、ふと気になって質問をする。


「そうだ、もしもお前が自分の思い通りの魚を創り出せる力を持っていたとして、どんな魚を創る?」


 そう聞くと、彼は「ん〜」と唸りながら少しだけ首を捻り、


「すげー養殖が楽で、めっちゃ太らせやすくて、しっかり脂が乗った味も完璧なマグロ創るかな」


 中々良い考えだと思った。



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