第5話 それぞれの見解
釣りを終えて宿へと戻ると、食事の前に全員で集まって1日の成果を報告し合う事になっている。
とはいえ、今日は1日目だから誰も大きな成果は挙げていないだろうが。
まずは自分とキリエ博士のペア、そしてクレールとティム博士のペアである。
「サバが計7匹、アジが20匹とカワハギが2匹釣れました!」
「あと海竜の幼体が1匹釣れましたね。見たところフカムシリの幼体でしょうか……成体は沖合でシイラやサメといった大型魚を主食にしている体長8メートル程度の中型の海竜です。つがいで子育てをする種類なので、幼体だけでこんな浅瀬にまで来ているのは少し珍しいですね。親からはぐれて流されてきた可能性もありますが……」
調査と言うよりは釣果である。
わかっては居たが。
ティム博士の海竜についての報告で、かろうじて調査結果らしくなっているのが救いだ。
ただ、楽しげな釣りの成果の報告で雰囲気はいくらか和やかになった。
「では次はワタシとニール君からですかネ」
次はゴドウィン隊長とボーウェン博士のペアと、ユージーンという騎士とニール博士のペアだ。
この4人は奇形魚の解剖をすると言っていたか。
「魚のヒレ……人の手になっていた部分でスが、人間のものとほとんど変わらないようでしタね。信じがたい事ですが、魚の身体との境目から骨すらモまるきり違うのでス。魚の骨と、人の骨がごく自然に繋がっテいる。奇妙としか言いようが無イ」
「ヒレ以外の部分についても、特に変わった点もほぼ確認できませんでした。1点のみ気になったのは、脳の形についてです。サンプルが少ないのであまりはっきりとした事は言えないのですが……通常のものと比べて大脳が大きくなっていたように感じます」
「ああ、そレとこれは解剖する前からわかっていた事なのですガ、人間の場合ハ進化の過程で失わレたはずの水掻きが残っていまシた。魚なので当然必要でショうと言えばその通りなのでスが」
そう言って、彼等は解剖によって得られたスケッチを広げて見せる。彼等が話していた内容が、シンプルなタッチの絵でわかりやすく示されている。
「ホルマリン漬けの標本が作れないか試してみたのですがネ、急激に腐り始めテ大変な目にあいましたよ。漁師の彼ガ言っていた通りですねえ。見た目は兎も角、食用に使えないノも納得かなと」
そう言ってボーウェン博士は話を締めた。
そして、最後にカイルとノヴ博士のペアが海水について簡単に調べた結果が報告されて、全員の報告は完了した。
プランクトンの数が少し多めであるという程度で、おかしな点は無かったようだ。以降の成果の発表についてはそれぞれまとまった結果が出てからで、1日ごとには行われない。
2ヶ月間の滞在が予定されている、随分と気の長い調査である。
報告会が終われば、次は夕食の時間だ。
それぞれの部屋ではなく、宿の食堂で全員集まってとの事である。
一応護衛という立場だというのに、呑気に食事を共にして良いのかなどと当然疑問に思ったが、食事の毒見役も兼ねているから良いのだと言う。
どうせゴドウィン隊長が決めたのだろうと予想する。あの人は賑やかな方が好きだから、食事の時間は皆で楽しくなんて考えているのだろう。
一応、ゴドウィン隊長は今回調査に参加した騎士の中では唯一、ゴドウィン子爵という貴族出身の騎士であるから、平民出身が大半を占める学者達の為に毒見役をするなどおかしな話になるのだが。
「蓋を開けてみれば、毒見役なんてのはやはり方便でしたね」
「わかってた事だろぉ。ほら、ベリル不満気な顔すんなって」
結局、毒見などするはずもなく、皆楽しげに会話を交わしながら食事を楽しんでいる。
隣に座っていたクレールに、「まあ食事の時くらいリラックスしようぜ」なんて言葉をかけられながら、背中を軽く叩かれた。
きらびやかなシャンデリアに、壁には美しい絵画が直接描かれ、柱や天井に至るまで細かな装飾が施されている。
豪奢ではあるが、今どき貴族のお屋敷でもここまで古風なものは中々見まいと感じる。到着した時に見た宿の外観からして、やたら立派な造りだと感じてはいたが、宿になる前は何者かが所有する屋敷だったのだろうか。
長テーブルを囲うようにして皆が座り、ウエイターが運んでくる地魚を使った料理の数々に舌鼓を打っている。
「へ、へえ、では、桟橋で奇形魚は釣れなかったのですか」
「釣れるって聞いてたんですけどねぇ。まあそんな頻繁釣れたら困りますもんね。調査のためにも釣りたかったですけど、やっぱり変なものは釣れないのが1番です」
「エヘッ、エヘッ……ま、全く、その通りでっ、ですね。あっ、アジは、ボクも好きですよ。ふふ、フライに、すると非常に身が柔らか、で」
クレールとは反対側。
隣の席では、キリエ博士が向かい側の席に座っているノヴ博士と会話していた。
内容は本日の釣果についてのようだ。狙いの奇形魚は釣れなかったが、魚自体はそこそこ釣れたのでキリエ博士は機嫌が良い。釣れない時はさっぱり何も釣れないのだと、彼女は話していた。
「アッ、そ、そうです。話は、変わりますが……き、奇形魚について、騎士のみなさんにも、け、見解を述べて頂きたく……」
不意にノヴ博士が自分とクレール、カイルの3人へとそれぞれ視線を向け、そんな事を言い出した。
当然、なぜ奇形魚が発生するかなど、そんな知識を持っているはずもないから返答に詰まる。
カイルに至っては「えっ、いきなりですか。自分はよくわかんないですね〜」なんて言いながら、早くも笑顔で誤魔化していた。
「(逃げるなお調子者め)」
「顔に出てるぞ」
横からまた小突かれる。
とは言え、自分にも例の奇形魚について言及できる内容は無いから困った。
しかし、いつの間にかキリエ博士からも期待の目を向けられている。
「なんか無いんですか?」
「そんな揺すれば何かしら出てくるだろうみたいな言い方しないで下さい……」
また眉間にシワが寄ってしまう。
と、その時ふと、魚では無いが似ている存在を1つ思い出した。
「あっ、1つ近いものに心当たりがあります」
「出てきたじゃないですか」
少し黙っていて欲しい。
「コホン……素人の知識なのでところどころ間違いがあるかもしれませんが……『合成獣』に近いように感じました」
合成獣。
その名の通り、複数の生物の身体を合成させて作られた人造の魔物の総称である。あくまで人造のと指定したように、グリフォンやコカトリスといったような、複数の生物の特徴を持つが元から自然界に生息している魔物はこれに含まれない。
一般に売られている図鑑などでは、獅子と山羊の双頭に獅子の身体と蛇の尾を持つ姿で描かれる事が多いが、実際のその姿は多岐にわたる。
「黒魔術、いわゆる国により禁止指定されている魔術によって産み出された人造の魔物ですね。クレールはつい最近もこれと戦ったと聞いていますが」
「ああ、そういや2ヶ月くらい前に帝都で犯罪組織の摘発をするって出動した時に、大きいやつが1頭出てきたな。確かあの時は下半身が大蜘蛛、上半身が熊で手だけ爪が長いタイプの小型のドラゴンになってたと思う。それぞれ詳しい名前までは知らねえけど」
規制されていても、隠れて合成獣を製造する者は絶えない。
理由は単純だ。
魔術によって産み出される魔物である為に、術者に対して非常に従順である事。
中型から大型のドラゴンのように強靭であるがそれゆえに捕獲が困難である魔物を1頭捕まえて調教するよりも、比較的捕獲が容易である魔物を複数捕まえる方がコストがかからないと言う事。
個人が用意できる兵器として、非常に優れている。
「ただ、この合成獣にも問題点は存在します。それは寿命が極端に短くなってしまっている事です。まったく性質の違う生き物を無理矢理につなぎ合わせているのですから、当然の結果ですが。禁止指定されている魔術なので研究は進んでいないと聞いていますが、こういった特性から死霊操術の派生系なのではと主張する方も居るそうです」
「お、おお、思ったよりも、く、詳しいのですね。単に、見た目が似通っているという程度で、きっ、合成獣を挙げたのかと、てっきり」
「市民の安全を護る為に戦うのが仕事ですから。相手の事はよく知っておく必要がある、とは考えています」
「べ、勉強熱心で、大変宜しいですねえ。わ、私が教えている、学生達も、そ、それぐらい熱心に学んでくれると、嬉しいのですが」
ノヴ博士はそう言って困ったような笑顔を見せた。
学生というのは、帝都の学院に通っている貴族の子女の事だろう。
未来のバラム帝国を担う彼等は、大切に守り育てなければならない国の宝だ。
今でこそ学問は一般市民にも広く門戸が設けられ、文字の読み書きや簡単な計算は国により義務化されている。
だが、貴族の彼らが学ぶものはそれよりも遥かに高度で、人によってはより専門的になっていくのだと聞く。一般市民でも類稀なる才があれば帝都の学院の門を叩くことが出来るが、最初から優秀であれと高貴なる血筋の彼らには最初から門は開かれていた。
「(学びか……)」
貴い血など1滴も流れていない自分に、彼らの苦労はわからない。ただ、期待を背負わされるのは苦しいだろうなとは、なんとなく思う。
その点、何の気苦労も無く己の望むままに学びを与えられた自分は恵まれているという自覚はあった。
人相手であれば、魔術や剣の流派など。魔物相手であれば、その種が持つ特性から弱点まで。個人的な考えだが、覚えておいて損はない。興味のある知識とは、乾いた海綿が水を吸うように、いとも簡単に見に染み付いてゆく。
自分に剣を教えてくれた育ての親も似たような事を言っていたから、それが自分にも移ったのだろうと思う。
「それで、ベリルさんは例の奇形魚の正体が合成獣だと考えているんですか?」
ふと、ノヴ博士との会話に割り込むように、隣からキリエ博士が話しかけてきた。
知り合ってまだ少しだから相手の事などほとんどわからないが、その表情は妙に機嫌が良さそうに見えた。
「奇形魚がですか?」
確かに、近いと考える存在として合成獣を例に挙げはしたが……。
「いえ、それは無いと考えています」
そう答えた瞬間、彼女の口がにんまりと三日月のような孤を描いた。