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とある漁村にて発見された奇妙な魚について  作者: 青蛙


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第3話 桟橋の4人



 木製の桟橋の上では釣りを楽しむことが出来る。

 とはいえまだ時刻は16時前。この時期はまだ陽も高く、釣りに適した時間とは言えないだろう。

 確か、日の出もしくは日の入りの時間帯が釣れやすいのだったか。自分はそれほど釣りに詳しいわけでは無いが、そんな話は小耳に挟んだ事がある。


「私もやるんですか」

「まあ気長に行きましょう。あ、普通の魚も釣れたら取っておいてくださいね。そっちも調べるので」


 キリエ博士はといえば、仕事柄慣れたものなのかそれとも趣味でやり慣れているからなのか、糸の先端の小さなカゴに丁寧に餌を詰め込み、いくつも疑似針のついた糸を器用に操って餌をまいたあたりをめがけて投げ込んでいる。

 機嫌良さげに鼻歌なんか歌い始めているから、慣れている理由はたぶん後者なのだろう。彼女の動きを観察しながら、自分も見様見真似で餌を針に付けて海へと投げ込んだ。


「これで良いのか……?」

「いい感じですよベリル君。あとはまあ気長にやりましょう」


 そう言って柔和な笑みを見せるのは、ティム博士だ。年齢は40過ぎ程度、眼鏡をかけた中肉中背の穏やかな雰囲気の男で、何かと癖の強い学者たちの中では珍しい落ち着いた(かた)だ。

 研究は主に水棲のドラゴンについてなのだと先程話していた。魚についてはそれほど知識が無いし、人体についてはさっぱりだから、自分がなぜこの調査隊に選ばれたのかわからないと苦笑いしていたのが印象深い。


「おいベリル、撒き餌は足りてるか? 少ないと意味無いって釣具屋の爺さん話してたろ」

「大丈夫だ……たぶん」

「ハハハお前さんにしちゃ随分弱気だな。戦場とは大違いだ」

「慣れてない事をやるのは、得意じゃない……」


 餌で濁った水面を見つめて渋い顔をしていたら、同僚のクレールに見られていたのか笑われた。

 彼とはそれなりに長い付き合いになる。騎士団に入るよりも前の候補生時代、寮生活をしていた頃からだったと記憶している。

 何かと面倒見の良い性格で、仲間たちの中心にいつも居る事が多かった。あと、顔が良いから女性にはよくモテた。艷やかな黄金の御髪にすっきりと整った中性的な顔立ち。ああ言うのが良いらしい。


「逆に、お前は割と慣れた様子に見えたな」

「しょっちゅうって訳じゃないが、付き合いで少しな」


 奇形魚の調査をしていたはずが、気が付けば自分とキリエ博士のペア、クレールとティム博士のペアの計4人でのんびり海釣りと、随分和やかな時間が流れていた。


「(一応、仕事は護衛のはずなんだがな)」


 なぜ自分たちまで釣りに参加させられているのだろう。


 トンと糸の付けられたカゴが底に付いたらしい感覚が手に来る。こいつをゆっくりと大きく持ち上げて、そしてゆっくりと降ろす。そうすると、カゴの中の餌がほどよく外に出て魚を惹きつけるのだと言う。


「(これで本当にあっているんだろうか……)」


 眉間にシワが寄る。


 海中がどうなっているのか、水面近くはよく澄んでいるから見えているが、それより深くは何か小さなものが泳ぐ影は見えているくらいでよくわからない。


 魚がかかるのを待っていた時、ふと自分の足元の近く、桟橋に使われている木の板に妙な模様がある事に気が付いた。

 (すみ)で描かれているらしく少し滲んでいるのと、木の板そのものの色に紛れてわかりにくくなってはいるが、なんとなく何が描かれているのかは理解できる。

 大きな円の周囲に、東方の勾玉とかいうアクセサリーらしき形をしたものが並んでいる。円の内側には牙が並んだ口のようなものも見えた。

 全体的な形は、子供が描いたような『太陽』の形だろうか。それが、手のひらに収まる程度の大きさで、木の板の上に描かれていた。


「(子供の落書き……にしては少々丁寧過ぎるか?)」


 目立つようには描かれていないように感じる。

 たまたま誰かが落書きした板でも使われた、そんな可能性もあるが。


 自分以外はこの妙な落書きに気が付いたのかと思って、他の3人に目を向ける。

 キリエ博士は釣りに夢中、クレールは釣りをしつつも周囲の警戒を続けていて――ティム博士と、目があった。


「!!」

「……どうかしましたか、ティム博士?」


 急に目が合ったのに驚いたのか、緊張した表情で固まっている彼に声をかける。他の二人も、急になんだといった様子でティム博士と自分を見比べるように眺めていた。


「あ、ああいえ……ベリル君が何か気になっている様子だったのでね」

「ええまあ。この模様は何だろうなと思いまして。ティム博士は何かご存知ですか?」


 そう言って、足元にある模様を指で示す。

 キリエ博士も気になったのか、「ほぉ〜」なんて声を口から漏らしながら模様を観察し始める。


 ティム博士は少々困ったような顔になり、顎に手を添えてうーんと唸っていた。


「港、に関係があるかどうかは知りませんが……東方の勾玉に似た模様が確認できますねぇ? 観光客のいたずらでしょうか……ベリル君の方がそう言った事については詳しいのでは? 君のその黒い髪、ベリル君は東方の血を引いているでしょう」


 確かに、自分の祖父が東方の島国から来た男だという話は、小さい頃に両親に聞かされた記憶がある。

 が、自分は東方の島国についての知識はほとんど無いと言って良い。産まれも育ちもバラム帝国だから、遠い島国になど興味が無かったと言うか。数年前まで周辺国との小競り合いでピリピリと緊張した空気が続いていたから、余計なことに思考を向ける余裕が無かったと言うか。


「いえ、そういった知識は特に。浅学なもので」

「おやそうでしたか。失礼。しかし他に思いつくような事もありませんなぁ……キリエ博士は何かご存知で?」

「ん〜、無いですねー。あ、でも昔お兄様に連れていって貰った芸術家の個展でこんなの見ましたね。その人、ここに遊びに来てたんですかね〜」


 では単なる落書きか。

 妙に興味を持って観察してしまったのが恥ずかしい。毛筆を使って描いたような雰囲気が、自分も使っている呪符と似た雰囲気だったから何か意味があるものかと考えてしまった。


 そうしている内に、キリエ博士の竿に魚がかかったらしく、大はしゃぎで魚を釣り上げていた。

 釣れたのは小ぶりのサバが2匹。どちらもごく普通の見た目で、特に異常は見受けられない。


「この子達もちゃんと調べますよ。見た目は普通ですけど、ヒレがあんな風に変化する原因が水にあるならこの子達にも何かしら普通の個体とは違うものがあるはずですから」


 生かしたまま宿に連れて帰る予定らしく、水をはった木桶の中に2匹を入れている。


 水槽やポンプなど、魚を飼育するための機材は帝都の研究所から馬車で運んできたものがあったはずだ。ガラスで全面から中の様子が見られるようになっている最新式のもので、大きさは猫が3匹は入れそうなくらいに大きい。

 透明なガラス板をあれだけ使ったものだから、相当に値が張るものなのは間違いない。あれを運ばされた馬車の御者は、到着して水槽が無事であることを確認するまで気が気でなかった事だろう。


「カワイイでちゅね〜。これからちょっとチクッとしたりするけど大丈夫でちゅからね〜」

「何してるんですか……」


 木桶の前にしゃがみ込んで、2匹の魚を嬉しそうに眺めながら赤ちゃん言葉で話しかけている彼女を見て、思わず心の声が漏れてしまった。


 バッとこちらを振り向いた彼女と目が合う。


「なんですかそのフナムシでも見るような目は」

「いえ、ご機嫌だなと」

「取り繕っても無駄ですよ〜」

「……魚に向かって赤ちゃん言葉で話しかけているのを見て少し引きました」

「へへぇ……」


 そこまで言って彼女は自分が何をしていたのか今更気が付いたのか、顔をほんのり赤くしてはにかみ笑いをする。

 よほど魚が好きなのか。夢中になると周りが見えなくなるたちなのだろう。そう思うと、少し微笑ましくも感じた。


「あと何匹釣りますか? 6時までに宿に戻るようには決まっているので、目的の数集まるか時間が近付いたら切り上げるように――」


 懐中時計を取り出して予定を確認しようとしていた時だった。ふと、意識が逸れて言葉が止まった。


 誰かに、見られている。


「? どうしました?」


 不思議そうに首を傾げるキリエ博士。

 急に話が止まったからか、おやといった様子でこちらを振り向くティム博士。


 視線は港の方から来ている。

 建物に隠れるように、人影が動いていたのが視界の端に見えた。


 クレールだけは、同じく視線に気が付いていたのか、釣りを続けている様子は変えないままにこちらと視線が合うと静かに頷いた。


「観察されている」

「どっちが行く?」

「俺の能力は追跡向きじゃ無いからな。ここは俺に任せて、お前が行ってこいよベリル」

「わかった。こちらも注意はしておくが……万が一の時は死ぬ気で護れよ」

「言われるまでもない」


 護衛という点において、クレールの能力は帝国騎士最強のゴドウィン隊長にも匹敵すると自分は考えている。だから、一旦キリエ博士の無事を彼に預ける事について迷いは無かった。


「ベリルさん?」

「すみませんキリエ博士。数分の間、貴女の護衛をクレールに任せることになりました」

「……問題があるなら、宿に戻った方が良いのでは?」

「今は動かない方が得策です。それに、まだ問題があると決まったわけでは無いですから」


 何もかかっていない釣り竿を桟橋にあげ、濡れた手を拭いて外していた籠手を付け直す。まだ追いかける対象に視線は向けない。

 少し席を外すといった様子で、桟橋から港に向けてゆったりと歩き始めた。その瞬間。


「(視線が無くなった。バレたか)」


 相手がどういう人間か知らないが、手慣れた者である事は間違いない。

 耳を澄ませて、逃げていった何者かの足音が響く方へと駆け出した。




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