第24話 鏖殺
「魔物風情が、一丁前に人間の真似事か」
逃げた魔物を追ってきていたはずが、逆にあちらの罠にはめられていたらしい。
その事実に驚きつつも、頭の中では冷静にこれからすべき事と、その方法が組み立てられていた。
「(見たことのない魔物が2種類。知能はおそらく人間並みで……人間の戦士の殺し方を心得ている)」
人類にとって最大の脅威とは何か?という質問に対する人々の答えは様々だ。
例えばそれは魔物であり、あるいは病気、もしくは自然災害と答える者もいる。しかし、特に多くの人々がこの質問に返す答えは、『人間』だ。
他の生物とは隔絶した高い知能を有し、テリトリーから人間をのぞく一切の生物を排除出来るだけの力もあり、そして何より同種であろうと場合によっては容赦なく滅ぼせる凶暴性も兼ね備えている。
では今、自分とゴドウィン隊長を取り囲んでいるこの魔物たちは、いったい何だ?
「(一匹たりとも、生かしておく理由は無い……!)」
刹那の睨み合い。
何匹かの半魚人が真っ先に飛び出そうとした瞬間、宙を漂っていた呪符が雷の槍と化してその全てを貫いた。
叫ぶ暇すらも与えない圧倒的な威力により、半魚人の身体は骨の髄までも瞬時に炭化して崩れ落ちる。
それを見た他の魔物達の動きが止まった。
ただ1体、フジツボの騎士だけはゆらりと上体をもたげ、鉄塊の如き大剣を担ぎ上げる。
「おや、もう仕組みに気が付くのか。本当に賢いな、お前たちは」
――ドオッ!
大地を蹴る。それだけで爆発にも似た音を立てて、フジツボの騎士は一瞬で目の前まで距離を詰めて来た。
振り上げられた大剣は丸太の如き腕に支えられ、ミシミシと音を立てている。
次の動きは当然、決まっている。
何もしなければ自分はこのまま振り下ろされた大剣により、柔らかなパンでも押し潰すように簡単に真っ二つにされて死ぬだろう。
もちろん、何もしないなどと言う選択肢は無いわけだが。
「ヴァァァァァッッ!!!」
「力比べを御所望かな」
東国の抜刀術に似せた動きで剣を構え――
「付き合ってはやらんがね」
抜き放つ勢いのままに相手の大剣に刀身を沿わせて勢いを殺しつつ、力が向いている方向を逸らして受け流した。
ゴシャッと鈍い音を立てて地面に突き刺さった大剣。その柄を握る腕は伸び切っている。
狙うのは、ここだ。
――グジャッ!
石のように固まった砂でも切ったような、気味の悪い感覚。
受け流してから間髪入れずに放った2撃目で、フジツボの騎士の右腕は肘のあたりから鎧ごとばっさりと無くなった。
絶叫をあげながら残った左腕で掴みかかろうとしてくるのを躱し、その腹部に呪符を1枚貼り付けて背後へと回り込む。
「『爆』」
次の瞬間、フジツボの騎士の腹部に貼り付けた呪符は凄まじい音を立てて爆発、鎧を易易と貫通して大穴が空けられた。
膝をついて倒れるフジツボの騎士。その首を背後から刎ねてトドメとする。
断面から、血は出なかった。
さて、残りの半魚人共とゴドウィン隊長の方はどうかと辺りを見渡せば、姿こそ見えないがゴドウィン隊長は遺跡の奥へと移動しながら戦っているようで凄まじい轟音が響いており、一方ここに残っている半魚人共は身動きが取れなくなっていた。
「仕組みに気が付きはしたが、対処法は無かったと」
一歩でも動けば、呪符が反応して死ぬ。
わかっているから動けないのだ。
自分が対象に選んだのは数の多い半魚人。
この魔術は一度に選べるターゲットの種類が一つのみだから、フジツボの騎士に呪符は反応しなかった訳だが。
勝算があって襲いかかってきたのかと思ったが、どうにも拍子抜けだ。
しかし何故この魔物たちは自分たちを襲って来たのか疑問に思う。
単に獲物として喰らうためなのか。何者かが使役している魔物であるのか。それとも彼らが何かしらの考えを持って、自発的に行ったことであるのか。
死を恐れるのは感情がある証拠だ。
それで動けなくなっているのは少々哀れにも感じた、が。
「(わざわざ情けをかけてやる理由もない)」
パチンと指を鳴らした瞬間に、1枚を残して宙に浮いて待機していた全ての呪符が発動し、またたく間に命を炭へと変えた。
この場に残ったのは自分と一匹の半魚人のみ。
相変わらず感情の読めない顔をしているが、恐怖しているのか歩み寄っていくと僅かに身体が強張ったように見えた。
「さて、何故私達を襲って来たのか、クレールをどこにやったのか、教えてもらおうか」
ぱくぱくと開いては閉じる首筋のエラ。
粘液と鱗に包まれた皮膚。
果たして――返答は甲高い咆哮と、爪を立てて飛び掛ってくる彼の姿だった。
最後の最後でどちらにしろ死は免れないことを悟ったのか、一か八かの賭けに出たのか。
当然、動きに反応した呪符に貫かれ、最後に残ったその半魚人も瞬時に炭化して死亡した。
「……はあ。獣に期待した自分が馬鹿だった」
精神的な疲れからか少し思考が鈍ってきているのかもしれない。
いくら魔物としては知能が高そうだからといって、会話が通じるかもしれないと何故一瞬でも考えてしまったのだろうか。
思わず頭に手を当ててため息をついてしまう。
「……いや、言葉が通じたところで会話にならない場合なんてしょっちゅうだろうに。何を、自分は」
とにかく、切り替えなければならない。
自分の方に来ていた魔物の群れは全て始末した。
フジツボの騎士の死骸も調査の為に持ち帰りたいが、持ち帰る準備は後でも構わない。
であれば、ゴドウィン隊長の応援に向かうのが最優先、だが。
「もう音がしない。あちらも終わったのか」
この程度の相手であれば、ゴドウィン隊長が不覚を取る可能性は万に一つも無い。
フジツボの騎士も確認出来た数は1体のみであるから、あちらに向かったのは半魚人の群れだけであろう。
そんな事を考えながら、ゴドウィン隊長が消えていった遺跡の奥へと踏み入ってゆく。
彼が通っていった道を辿るのは簡単だった。
なぜなら、戦いの余波により木々も遺跡も巻き込まれた全てが、ゼリーでも切ったみたいに抵抗の跡すらない滑らかな断面をさらして横たわっているからだ。
どんな守りすらも貫通してしまう圧倒的なパワー。
流石はバラム帝国騎士団の筆頭騎士だ。
こんな訳のわからない威力で振るわれる剣を受ければ、あの半魚人たちはおろか大型のドラゴンや金属のゴーレムすらひとたまりもないだろう。
痕跡と言うよりも、極小の災害が通っていったような跡。
「――隊長」
「そちらも、終わったか」
追っていけばやはり彼はそこに居た。
片手には今しがた殺したばかりらしい半魚人の生首を吊り下げ、もう一方の手に握られている剣は凄まじい勢いで振るわれ続けていたからか血の1滴すら付いていない。
あたりには半魚人の残骸がめちゃくちゃに散らばり、磯の匂いと血と獣臭とが混ざり合ってひどい状態だったが、自然と注目はある1点へと注がれた。
「残念だが……遅かったらしい」
ゴドウィン隊長がぽつりと、力なくそう呟いた。
木漏れ日の中、遺跡の中に沈むようにきらりと光る何かが転がっている。
それは、籠手を装着した人間の腕だった。




