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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
93/94

ノウム ⑤

「ああ、どうしてこんなことに。毒でしょうか。回復魔法では解毒できないし」


 (あわ)てふためくエミールをアルが(なだ)めた。


「心配するな。高濃度の闇の魔力に当てられて、拒絶(きょぜつ)反応が起きているだけだろう。時間が経てば元に戻る」


「ホントかよ。医者でもないくせに勝手な判断はしない方がいいぜ? とりあえず病院だな」


「ゼラ、バッグから(びん)を出してくれないか。宝玉を入れたい」


「おう」


 俺はアルのウエストバッグから小さな瓶を取り出した。(ふた)を取ると、アルがそこに宝玉を落とす。


 俺は蓋を閉め、瓶をバッグに戻した。


 それが済むと、アルは呪文を唱えた。


「ルーア」


 空中に水が集まり、球体を作る。そこに左手を突っ込み、ノウムの体液を洗い流した。透明だった水に体液が溶け出し、真っ黒に変色する。汚れた水を地面に落とすと、左手に付着していた体液は無くなっていたが、肌は紫色のままだった。


「応急処置はこれくらいでいいだろう。心配をかけたな。帰ろう」


 そう言ってアルが歩き出す。が、俺は立ち止まったまま言った。


「なあ、待てよ。俺、さっきの戦いで魔力が尽きてヘトヘトなんだよ。悪いけどアル、おんぶしてくれないか?」


 アルが振り返って怒鳴った。


怪我(けが)人によくそんなこと言えるな! 病院に行けって言ったのはどこのどいつだ!」


「俺を背負いながら行けばいいだろ。あと、治療費は(おご)ってやるよ。()()4万ガランからな」


「……」


 アルは俺を無視すると、足下にあったノウムの死骸(しがい)(ひろ)い上げた。それをエミールが引ったくるようにして受け取る。


「ダメですよ、アル様は怪我人なんですから。死骸くらい私が運びます」


「すまない。頼んだ。体液に触れないよう気をつけてくれ」


「了解です」


 二人は俺を無視したまま歩き出した。


「待って待って待って」と、急いで二人に駆け寄って「仲間をなんだと思ってるんだ!」


「こっちのセリフですよ」とエミールが怒って言う。「アル様は怪我人なんです。ゼラ様ももっと(いたわ)ってください」


「おい、エミール。あんまりアルを()めるなよ。アルは左手が(くさ)り落ちたって俺達より強いんだ」


「縁起でもないことを言うな!」とアルがまた怒鳴って、「だいたいゼラは疲れてるだけで元気だろ。ちゃんと歩け」


「でも、俺の力が無きゃノウムを倒せなかっただろ? もっと貴族みたいに(あつか)ってくれてもいいんじゃないか?」


「それを言うなら、オレが宝玉を抜き取らないと勝てなかっただろ。ゼラの力だけじゃない」


「そうですよ。あと、私の『心臓?』の一言が無ければ、アル様が宝玉を抜き取ろうとも思わなかったわけですから、私も貢献(こうけん)してます」


「それは言い過ぎだろ!」と俺は否定したが、アルがすんなり肯定した。


「いや、エミールの言う通りだ。あの一言があったから咄嗟(とっさ)に心臓を引き抜こうと思えたんだ。結果的には宝玉だったがな」


 なんか俺への感謝と尊敬が少ないので、声を大にして言った。


「でも! 一番! 貢献! したのは! 俺だろ!」


「もちろん、それは分かってますよ。ノウムを倒せたのはゼラ様のおかげです」


「うんうん、エミールは分かってくれるよな。アルはどうだ? ちゃんと俺のおかげって分かって、尊敬してるか?」


「……まあ、一番の勝因は運だな」


「違うだろ! 俺の潜影能力と、天才的な(ひらめ)きのおかげだ!」


「どうだかな。あと、そんなに(さわ)げるならたいして疲れてないだろ」


「関係無い! おんぶ!」


「ガキか! 歩け!」


 アルがケチなので、仕方なく歩き続ける。幸運なことに、この森はラグールに近い。ラグールには王立病院がある。アルの怪我が悪化する前に治療してくれるはずだ。問題は治療費(ちりょうひ)だな。


 森を抜けた辺りで、アルに尋ねる。


「なあ、治療費っていくらくらいかかるのかな?」


「ゼラが奢ってくれるんだろ? この程度の怪我なら、4万ガランもかからないだろう」


「4万ガランもかかってたまるか。4ガランで手を打ってくれないかな」


「打つか。(けた)が二つ足りない」

「げぇ、じゃあ400ガランもするのかよ。参ったなぁ。回復魔法でなんとかならないのか?」


「無理だな。回復魔法では毒素を抜くことはできない。まあ、正確にはそういう魔法もあるんだが、オレには使えない」


「エミールは?」


「アル様も使えないんです。私に使えるはずがありません」


「クソォ、じゃあ医者に頼るしかないな。安く済みますように」


 俺達は町に入り、すぐに病院に向かった。町ゆく人々がじろじろとノウムの死骸を見る。そして、それを運ぶ俺達はいかにも怪しい人物として見られている。視線が痛い。


 王立病院には一度行ったことがあるので、場所は把握(はあく)していた。魔王化エミールが火傷を負わせてしまった女剣士、クレラさんのお見舞(みま)いに行った時だ。


 病院は教会のように白く大きな建物で、中に入ると壁際にずらりと入院患者が寝たベッドが並んでいた。個室で分けられていない宿屋のようだ。


 患者を看病する看護師さんは何人かいるが、医者の姿が見当たらない。どこにいるのだろうかと辺りをきょろきょろ見渡していると、手が空いた看護師さんが話しかけてくれた。青いワンピースに白いエプロンを着ていて、白い頭巾(ずきん)で頭と首を(おお)っていた。また白い布のマスクを耳にかけており、目元しか見えなかった。


「どうされましたか?」


 アルが答える。


「手を怪我しまして。医師の診察を受けたいのですが」


「手を見せていただけますか?」


 アルが左手を上げる。


「また、大変」と看護師さんは言うが、それほど驚いているようにも聞こえない。「診察室にご案内します。どうぞこちらへ」


 俺達は両脇に並ぶベッドの間を歩き、建物の奥に向かった。突き当りの壁にドアがあり、看護師さんがノックする。


「先生、患者さんが診察に見えましたが」


 すると、部屋の中から返事が聞こえた。


「ああ、入ってくれ。ちょうど手が空いたところだ」


 看護師さんがドアを開ける。診察室はこぢんまりとしており、薬品が並べられた棚が壁を埋めていた。


 そして、書類が散らばった机の前に、一人の老人が座っている。歳は六十代くらいだろうか。体格は小柄(こがら)で、髪はすべて白髪になっている。黒いローブを(まと)い、頭には(つば)の無い変わった帽子(ぼうし)を乗っけていた。黒色の帽子で、形は丸くて平べったい。そして、看護師さんと同じように白いマスクで口元を隠していた。この人が医者の先生らしい。


 先生は三白眼(さんぱくがん)でじろりとこちらを見て言った。


「患者は誰だね?」


「私です」とアル。


「こっちに来てお座り」


 アルは先生に(まね)かれ、前にある椅子に座った。看護師さんはそれを見届けて部屋を出て行く。


「どこが悪いんだね」


「左手なんですが」


 アルが紫色になった左手を見せた。先生はそれを右手で()れ、まじまじと観察する。


「痛いかね?」


「はい。あと(しび)れがあって上手く動かせません」


「ふむ………典型(てんけい)的な魔力中毒だな。君は闇の魔力に耐性(たいせい)が無いだろう?」


「そうです。見ただけで分かりますか?」


「ははは、この患部を見て分からないようでは(やぶ)医者だよ、君。ところで、ずいぶん無茶をしたようだね。君達、冒険者だろう。どんなモンスターと戦ってこうなったんだね?」


「これです」と、アルは後ろに視線を向けた。「ノウムというモンスターの死骸です。ご存じないですか?」


「ノウム? 聞いたことがないな。お(じょう)さん、その死骸をよく見せておくれ」


 エミールは抱えていた死骸を布のように広げて見せた。


 先生の三白眼が大きく見開かれる。


「ほう、まさか、これが全身かね?」


「はい」とアル。「ギルドからは大変珍しいモンスターだと聞いています」


「だろうな。私も初めて見た。それにしても見事な人型だ。それでいて体毛が一本も生えていない。君達が()いだわけじゃないんだろう?」


「はい。元々こんな奴でした。おまけに目鼻や口もありません」


「不気味なモンスターだ。それで、左手はどんな技を受けてそうなったのかね?」


「技を受けたわけではありません。こいつの胸に穴を開けて、中にある闇の宝玉を取り出したんです。その時に、体液に触れてこうなりました」


「なんて無茶なこと。体液が強力な毒だったらどうするつもりかね?」


「……すみません」


「ま、無茶をする人間じゃないと、冒険者なんてものは(つと)まらないだろうがね。ちょっとその死骸をよく見せておくれ」


「はい」とエミールは返事をし、死骸を先生に手渡した。


「うーん………」


 先生はじろじろと死骸を観察した後、胸に開かれた傷口に鼻を近づけ、くんくんと(にお)いを()いだ。その後、「ふむふむ」と何かを納得した様子で(うなず)くと、胸の中に人差し指を突っ込み、黒い体液を(すく)い取った。それを鼻先に近づけて再度匂いを嗅ぐと、なんと舌でべろんと舐め取ってしまった。


「うぅうげぇええ」


 俺は全身に鳥肌が立ち、思わず(うめ)いた。だが、先生は俺に(かま)わず、口を開けたり閉じたりして舌を鳴らし、体液の味を入念に確かめている。挙げ句の果てにはゴクンと飲み込んでしまった。


「お、美味しかった?」と俺が感想を訊く。


「美味しいわけあるか!」


 なぜか俺の方に常識が無いかのように言い返された。


「じゃあなんで飲んだんだよ! そっちの方がよっぽど無茶なことしてるだろ!」


「はっはっは、無茶ではない。毒性の弱さはそこの剣士の患部を見て確認済みだ。風味から判断して、やはりこの体液には高濃度の闇の魔素が含まれている。が、有害な成分はそれくらいだな。放っておいても治るだろう」


「どれくらいで治りますか?」


「そうだな。普通の人間なら三日程度で完治するだろうが、君は耐性が低いから、十日くらいはかかるんじゃないかな」


「そんなにですか……」


 アルが声を落とす。反面、俺は(うれ)しくなって言った。


「いいじゃん、十日で治るならそのままでも。高い治療費を払う必要ないって。帰ろうぜ?」


「ゼラは仕事を休みたいだけだろ」


「うっ、バレたか」


「先生、もっと早く治すことはできませんか?」


「もちろんできる。私が調合した特別な薬を()れば、一日で魔素が無毒化される」


「では、その薬をお願いします」


 俺はすかさず口を(はさ)んだ。


「なあ、先生。その薬はいくらするんだ?」


「200ガランだ」


「くぅ……高いなぁ」


「高い? 君達は冒険者だろう。ランクは?」


「ふふん、何ランクだと思う?」


「ふむ、珍しいモンスターを倒したようだから、Cランクってところかな?」


「不正解! 驚くなよ? 俺達はAランクだ! すごいだろ!」


 が、先生は驚かず、淡々(たんたん)と言う。


「そうか。じゃあ、薬代は400ガランだな」


「は!? さっき200ガランって言ってただろ! なんでランクで値上がりするんだよ!」


「Aランク冒険者ともなればたくさん(かせ)いでるだろ。400ガランでも安いはずだ」


「関係あるか! 足下見やがって。200ガランじゃないと買わないぞ」


「そうケチくさいことを言うんじゃない。君達からたくさん取る分、ランクが低い冒険者の治療費はもっと安くしてやれる。可愛(かわい)後輩(こうはい)のためだと思って我慢(がまん)したまえ」


「……ごめんなさい。ホントは俺達、Cランクなんです。見栄(みえ)を張って嘘をつきました。だから200ガランにしてください」


「そうか。じゃあ800ガランだな」


「なんでだよ! いい加減にしろよジジイ! ランク下がって倍になってんじゃねーか!」


「嘘をついた(ばつ)だ」


 アルが呆れて言う。


「いい加減にするのはゼラの方だ。多少値段が高くても、他の冒険者の治療費に回されるならいいじゃないか」


「そうですよ」とエミールも同調する。「ガンドラさんやアミューンさんも、それで安くしてもらったんですから」


「……二人とも優しすぎるんだよ。いつかその優しさにつけ込まれて、ぼったくられても知らないぞ」


 ふてくされる俺をアルが無視して言う。


「オレ達の冒険者ランクはAです。嘘をついたことは謝りますから、400ガランで手を打ってくれませんか?」


「うむ。君に(めん)じてそうしよう。今薬を作るから、ちょっと待っててくれ」


 先生は立ち上がると、棚の一つを開けて瓶を三つ取り出した。一つには粉が、もう二つには液体が入っていた。粉は色が白く、液体は二つとも透明(とうめい)だった。それらを白い器の中に入れ、木のヘラで()り合わせる。混ざり合った薬品は、なぜか黄金色に輝きはじめた。


「よし、出来た。手を出してくれ」


 どうして白と透明が混ざって金色になるのかさっぱり分からないが、とにかく、先生はその怪しい薬をアルの手にヘラで塗りつけ、その後、包帯を巻いて治療は完了した。


「これで明後日には治る。ただ、副作用で死ぬほど(かゆ)くなるが、絶対に掻いてはならんよ。掻けば掻くほど症状が悪化するからな」


「こえーな」と、俺は横から文句を言った。「もう毒みたいなもんじゃねーかよ、それ」


 先生が頷いて答える。


「その通り。すべての薬は毒となり、またすべての毒は薬となる。薬か毒かは成分ではなく、使い方が決めるのだ。これぞ薬学の神髄(しんずい)だよ」


「じゃあ、先生は毒使いってことだな」


 俺は皮肉のつもりでそう言ったが、先生は嬉しそうに笑った。


「はっはっはっ、まだまだヒヨッコだがね」


 アルがお礼を言う。


「ありがとうございました。お代はこちらでお渡しすればいいですか?」


「うむ、受け取ろう」


 アルがバッグから財布を取り出し、銀貨四枚を側の机に置いた。そのうちの一枚を()まみ、先生が言う。


「金もまた、薬であり毒だな」


 俺の薬返せ、と内心で思いながら、二人と一緒に診察室を出た。そのままベッドの間を抜け、病院を出る。そこから馬車乗り場に向かい、パレンシアに帰った。


《⑥に続く》

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