ノウム ③
エミールが視線を敵に向けながら言う。
「何か他にいい方法があるんですか?」
「うん。何もしなければいいんだ」
「え? どういう意味ですか?」
「だって、このまま攻撃を防いでいれば敵は魔力を使い果たすだろ? そうすれば簡単に反撃できる」
「……どうやって反撃するんですか?」
「どうやってって、魔法を使えばいい」
「その魔法も真似されたら?」
「いや、だから魔力が残ってないから真似できないんだって」
「……ゼラ様は敵の能力を理解していませんね。敵に私の魔法が通用しないのは、おそらく魔力を吸収しているからですよ」
「えっ、そうなの? てっきり魔法耐性がめっちゃ高いだけかと思ってた」
「あくまでも仮定ですがね。でも、そう考えれば敵が魔法を真似する理由も説明できます。魔力を吸収して、それをそのまま返しているんです」
「な、なるほど。じゃあ、魔力切れを狙ってもあんま意味ないな。魔法でトドメを刺そうにも、結局返されるんじゃ……。え、待てよ。それじゃあ、上級魔法を使っても無駄じゃないか? それも吸収されちゃうんだろ?」
「かもしれません。ですが、一度に吸収できる魔力の量に限界があるとすれば、押し切れる可能性もあります」
「くっ、危険な賭けだな」
「はい。ですが、残された手はそれくらいです」
「んん、やっぱりちょっと待とう。それは最後の手段だ。敵に上級魔法まで吸収されたら堪ったもんじゃない。このまま魔力切れを待つのが得策だ。そうすればトドメは刺せなくても、無力化はできる。こっちが攻撃しない限り、敵は何もできないんだからな」
その時、黙っていたアルが不穏なことを言った。
「そんな悠長なことができるかな」
「……できないの?」
「すぐに分かる」
「じゃあ言えよ! もったいぶるな!」
「……」
クソッ、口出したと思ったら黙りやがって。いったい敵に何ができるってんだ。もしライムケニオンを壊せる方法があれば、とっくに使われてるだろ。だいたい敵が化けてる冒険者はCランクだ。上級魔法なんて使えるわけがない。今使っているボアレイルが一番強い技だろう。
さて、このボアレイル、中級といっても結構ド派手な技だ。そろそろ魔力が尽きるんじゃないかな……。
そう思って敵を睨んでいると、次第に息苦しさを感じた。吸い込む空気が熱い。いや、息だけじゃない。結界内の気温が急上昇している。まるで真夏のような暑さだ。アルの言葉の意味が分かった。
「アルが言ってたのって、この暑さのことか?」
「そうだ。ライムケニオンでは炎を防げても、熱までは完全に遮断できない。このままだと、オレ達は暑さで死ぬぞ」
「分かってるなら水魔法で冷やしてくれ!」
「オレが力を貸さずとも、ゼラならなんとかできるはずだ」
「なんとかって?」
「自分で考えろ」
「ケチィ! どうせ裏世界に避難しろって言いたいんだろ? でも三人も裏世界に沈めたら俺の魔力がすぐに切れちまう」
「いや、オレは一人でなんとかする。裏世界に逃げるのはゼラとエミールだけでいい」
「え、そう? なら遠慮無くそうしますか。ってか、敵はいつまでボアレイルを出してるんだ! どんだけ魔力蓄えてんだよ! あと暑い!」
話しているうちに気温はどんどん上昇していく。額から垂れる汗を腕で拭い、エミールに声をかけた。
「そんじゃエミール、裏世界に逃げるぞ」
「はい。アル様、ご無事で」
「誰に言ってる」
俺は自分とエミールの足下にゲートを開いた。二人の体が裏世界に沈む。その瞬間、アルが「ルアケニオン」と呪文を唱えるのが聞こえた。
水属性の防御魔法だ。アルは水魔法の達人。炎魔法なんて怖くないだろう。
俺は適当な木の影にゲートを開き、エミールの手を引きながらそこに向かって泳いだ。ついでに今後の作戦を話し合う。
「こうなったら仕方ない。地上に出たら上級魔法を使おう。連続で使えば敵も吸収しきれないかもしれない」
「了解です。では、速度で勝るボアルインガを使いましょう」
「うん、頼んだ」
ゲートの真下に着き、そっと顔を出す。5メートル先でアルと敵が対峙していた。敵はボアルインガを止め、アルも既に水魔法を使っていない。
敵が剣を振り、波動斬を放つ。アルが呪文を唱えた。
「ハウケニオン」
すると、アルの周囲に突風が駆け抜け、敵の波動斬を左方向に受け流した。直撃した木の幹に亀裂が入る。
敵は何度も剣を振るが、アルは微動だにせずに見えない空気の刃を右へ左へと受け流していく。
なんて頼もしい背中だろう。やっぱりアルは強い。Aランクの敵と対峙してもその強さはまったく見劣りしない。
俺はゲートから出て、エミールを引っ張り上げると、小声で提案した。
「このままアルに任せて逃げちゃおうぜ?」
「ダメですよ! アル様、ボアルインガを撃ちます! 下がってください!」
アルは返事をせず、後ろに跳躍した。アルの斜め後ろの位置からエミールが魔法を放つ。
「ボアルインガ」
火球が真っ直ぐに飛んでいく。敵は尚もアルを狙って攻撃を続けており、火球には目もくれていない。防がれることもなく直撃した。
……だというのに、火球が爆発することはなかった。敵の胴体にめり込んだかと思うと、そのまま形を変えずにゆっくりと内部に飲み込まれていく。
エミールの推測が当たった。敵は魔力を吸収することで、魔法を真似していたのだ。もしかしたら、敵は人間の魔法をエサにしているのかもしれない。
ふとそんなことを考えた後、俺はエミールに指示を出した。
「エミール、連打だ! 吸収する前に追撃しろ!」
「ボアレイル」
二発目を放つ。火球は一発目と重なるような形で着弾。だが、それもまた敵の内部へと飲まれていく。
「ボアレイル」
三発目。一発目が完全に飲まれた頃に着弾。だが、これも見たところ効果は無く、それまでと同様に飲み込まれていく。
そうこうしているうちに、敵の姿が変化した。火球を飲み込みながら形と色を変えていく。おそらくエミールの姿に変身するつもりだろう。そして、飲み込んだ火球を返してくるはず。
「ボアレイル」
エミールの声に疲れが滲んでいた。連続で上級魔法を使ったのだから当然だ。四発目が敵に着弾。その頃には敵の変身は完了し、エミールの姿になっていた。三発目の火球が飲み込まれ、四発目を受ける。それも問題無く飲み込んでしまいそうだった。
クソッ、こいつは無限に魔力を吸収できるのか? だとしたら、こっちは必死に魔力を消費して、敵を強化しているようなもんだ。
これがAランクモンスターの実力。今更ながら目の前の敵に底知れない恐怖を抱き始めた。
エミールが五発目を唱えようとした時、先に敵の杖が動いた。
「ボアレイル」
敵がエミールと同じ声で呪文を唱え、火球を放つ。俺は急いで足下にゲートを開き、エミールと一緒に避難した。裏世界に落ちる。地上から響く爆発音は、ゲートを閉じるとともに途切れた。
俺は離れた位置にゲートを開き、エミールと泳ぎながら作戦を考えた。
さて、どうしたものか。上級魔法でごり押しする戦法も通じないとなれば、とりあえず敵に魔法を無駄撃ちさせて、魔力を枯渇させるしかないだろう。
問題は無力化した敵をどうやって殺すかだ。魔法も物理攻撃も効かないのに、倒す方法なんてあるのか?
いや、ルネスさんが言ってたじゃないか。ノウムを殺した冒険者は二人いると。倒す方法は絶対にある。でもどうやって………。
答えが出ないままゲート下に到着し、そっと顔を出して外の様子をうかがう。アルがエミール姿の敵と対峙していた。アルは距離をとって光の結界を張っている。そこに敵がボアルインガを放った。
結界で魔法を受け止めるのかと思いきや、さらにアルが呪文を唱える。
「エレツ」
アルと敵の間に土が盛り上がり、火球がそこに直撃した。土は粉砕されたが、結界は爆炎を受けるだけで済んだ。これならいくらボアルインガが飛んできても、結界が壊される心配はないだろう。
俺は地上の安全を確認し、エミールをゲートから引き上げた。さて、アルが攻撃を防いでくれているうちに、作戦を練らなければ……。
エミールは心配そうにアルを眺めながら、偶にちらりとこちらを見た。その目はいかにも「早く作戦を考えてください」と訴えている。
うーん、このまま敵が魔法を撃っていれば、直に魔力が尽きるだろう。その時が攻勢に移るチャンスだ。
問題はどうやって攻めるか。魔法で攻撃すれば魔力を回復するから論外だとして、そうなれば物理攻撃しかない。だが、敵は矢で胸を貫いても再生した。そんな奴に矢を百発打ったって殺せるようには思えない。
いや、待てよ。再生するのにも魔力を消費するんじゃないだろうか。だとすれば、魔力が枯渇した状態で再生はできないということになる。その状態で体を切り刻めば、さすがの敵も死ぬだろう。
………いいや、それは甘いか。敵も馬鹿じゃない。曲がりなりにも人間の言葉を操り、騙そうとするくらいの知能はある。魔力を使いきる前に逃走を図るだろう。おそらく、殺された冒険者達もそれで騙されたんだ。敵が逃げ、自分達も撤退したところで、敵に奇襲をしかけられる。しかも、敵は仲間になりすましているから、まんまと攻撃を受けてしまうのだ。
……なんて恐ろしい奴。これじゃあまるで、無敵の殺人狂を相手取っているようなものだ。
敵が不意打ちを仕掛けてくる以上、撤退して作戦を練り直すこともできない。こうなれば、最後の手段に縋るしかないか……。
その前に、俺は一応エミールに尋ねた。
「エミール、何かいい方法はあるか? 俺はもう思い付かない」
エミールは静かに首を振った。
「私の上級魔法が効かないとすれば、もう打つ手はありません」
「そうか。じゃあ最後の手段だ。アルに頼るしかないな」
俺はアルに呼びかけた。
「アル、降参だ! 俺達には何もできない! アルが倒してくれ!」
アルが敵の方を向いたまま聞き返してきた。
「どうやって倒すんだ? 敵に魔法は通用しない。最上級魔法すら取り込まれたら、どうしようもなくなるぞ」
「アルには剣技があるだろ? ほら、一の型だっけ? あれを使えば、敵は魔力を使えなくなる。そうすれば再生もしなくなって、物理攻撃が通用するかもしれない」
「……ま、それしかないわな」
アルが呟くと、剣の刀身が光輝いた。結界を解除し、敵に向かって跳躍する。敵がボアルインガを飛ばすが、アルは軽々とそれを躱した。火球は道を逸れ、木の幹に触れて爆発する。その爆風を追い風とし、アルは瞬きするほどの速さで敵の胴体を切りつけ、そのまま後背へと通り抜けた。
敵の長い髪が後ろへ靡く。感情などあるのか分からないが、敵はまるで呆然としているかのように、無表情のまま立ち尽くしていた。
神命流は相手を傷つけない。その代わり、相手を封じる何かしらの効果を発揮する。言ってしまえば、剣技の呪いだ。
一の型の場合、切りつけた場所に見えない傷口を開ける。傷口からは魔力が漏れ出し、相手はまともに魔法を使えなくなってしまう。
これでアルは剛魔流の上級剣士であるローシュを打ち破った。そういえばローシュはAランク冒険者を殺したことがあると言っていた。そのローシュさえ倒した神命流。Aランクモンスターといえど為す術がないはずだ。
敵はどことなく不思議そうに振り返り、アルを見据えた。平気そうに見えるが、実際には魔力が垂れ流しの状態だ。待っているだけで魔力が枯渇するのか、アルに尋ねてみる。
「なあ、アル。このまま待ってれば敵の魔力は切れるのか?」
敵を睨みながらアルが答えた。
「……いや、何もしなければ、漏れ出る魔力は微々たるものだ。枯渇させたければ、魔法を使わせた方がいい」
「そうか。じゃあ、エミールの出番だな」
「えっ、でもゼラ様、私が魔法を撃っても、吸収されたら意味が無いのでは?」
「いいや、エミールの真似をして魔法を撃ってくれれば、魔力がガンガン漏れ出るはずだ。そうなると魔法は不発になるから、安全に魔力切れに追い込める」
「なるほど。では、上級魔法を撃ちましょう。そちらの方が敵の魔力消費も激しくなります」
「うん、頼んだ」
敵はこちらに背を向け、アルと睨み合っている。その背後にエミールが距離を取りながら立った。杖を構え、呪文を唱える。
「ボア――」
だが、エミールは呪文を中断した。敵が突如として動き出した。体がぐにゃりと歪み、色と形を変えていく。
俺はふと疑問に思った。この変身能力は魔力を消費しないのだろうか。もしするのであれば、神命流で封じられると思うのだが……。
エミールも同じことを考えているのか、黙って敵の変身を観察していた。
だが、敵の姿は見る見るうちに変わっていき、変身は問題無く完了してしまった。それは、アルの姿だった。杖が剣に変わっている。
成功したところを見ると、どうやら変身能力に魔力は消費しないらしい。こんなに魔法みたいなことやってんのに、モンスターってのは不思議なもんだ。
それにしても、アルに変身して、いったい何をするつもりだろう。アルは敵に攻撃魔法を使っていない。真似したところで何もできないと思うのだが……。
疑問に思いながら二人のアルを眺めていると、本物のアルの顔色が変わった。
「馬鹿な……そんなはずが……」
敵がこちらに振り返る。その手に持つ剣は、刀身が光輝いていた……。
《④に続く》




