ノウム ②
アルを先頭にして、真ん中をエミール、最後尾が俺の順で進んでいく。
今回の敵も、ラオのように突然襲ってくるだろうか。あの白いひょろひょろが俊敏に動く様は想像できない。
そもそも、好戦的な奴なのだろうか。一度攻撃すれば執拗に追いかけ回してくるようだが、こちらが手を出さなければ大人しい可能性も無いでは無い。
それはそれで困ってしまう。こんな広大な森の中で敵を探し出すのは難しい。向こうから襲いかかってきてくれれば、見つける手間が省けるのだが。
俺は歩きながら二人に話しかけた。
「なあ、どこまで歩けばいいんだ?」
アルが振り返らずに答える。
「ノウムと遭遇するまでだ」
「そんなこと言ってたら、森を抜けちゃうかもしれないぞ?」
「その時はまた来た道を戻ればいい」
「何往復するつもりだよ! もっといい方法考えようぜ?」
アルが突然立ち止まる。エミールがアルの背中にぶつかり、「いてっ」と声を上げた。
「どんな方法だ」
「襲われた冒険者と同じことをすればいい」
「同じこと? モンスターと戦うってことか? そんなことをしてなんでノウムを呼び寄せられる」
「勘だよ勘。ホントにできるかは分からないけど、やみくもに探すよりはいいだろ? 騒ぎを起こせば、ノウムが俺達に気づいて向こうからやってくるかもしれない」
「でも、そのためにわざわざモンスターと戦うんですか?」とエミール。
「まあ、それも一つの手だな。ノウムが血の臭いに誘われてこっちに来るかもしれない。ただ当然、無駄な戦闘も避けたいから、まずは簡単な方法から試そう。モンスターとの戦闘は最後の手段だ」
「簡単な方法?」
エミールが首を傾げる。
俺はエミールから森の奥に視線を移すと、その方法を実践してみせた。
「ノウムさあああああん! こっちに来てくださああああああい!」
ありったけの大声でノウムに呼びかける。
アルが呆れ顔で言った。
「そんなことでホントに来るのかよ」
「だからー、やってみないと分からないって言ってんだろ。試すだけ試せばいいんだよ」
エミールが怯えながら言う。
「『はーい』って返事をしてきたらどうしましょう」
「ちょっと、おっかないこと言わないでくれよ。夜眠れなくなるだろ」
が、アルはまったく怖がっていない。
「本当に怖いのは他のモンスターがこっちに来ることだ。その時にノウムも来られたら同時に相手をしなきゃいけなくなる。殺された冒険者みたいにな」
「だからあんま怖いこと言うなって。そんな気配しないだろ?」
「どうだかな」
「はっきり言えよ! アルなら気配くらい分かるだろ!」
「オレに頼らず、自分で察知してみろ」
「………んなこと言われても」
と言いつつ、耳を澄まして辺りの様子を探ってみる。風の音と鳥の鳴き声がするくらいで、何かが接近してきている気配は無い。
「大丈夫っぽいけどな。エミールは何か感じるか?」
「いえ……特に魔力は感じません。私の魔力感知能力はたかが知れていますが」
「うーん、てことは呼び出し効果は無しってことだな。ゆっくり近づいてきてるのかもしれないけど」
「そ、それはそれで怖いですね」
「うん、俺も今自分で言って『うわっ、怖っ』って思った。まあ、とにかく次の方法を試そう。次は魔法だ。おそらく、襲われた冒険者も魔法を使っていたはず。エミール、ちょっと一発ド派手な魔法を使ってみてくれ。その魔力に反応してノウムが近づいてくるかもしれない」
「なるほど、分かりました。では、ボアルインガを使ってみましょうか」
エミールは杖の先を道から逸れた森の奥に向けた。
「ボアルインガ!」
杖から火球が放たれる。火球は木の幹にぶつかり、その瞬間に大爆発を起こした。爆炎がこちらに届かないギリギリの距離だ。顔がほんのりと熱くなる。
砂煙が舞い、爆発した箇所が見えなくなる。それが晴れると、木の幹は根元から木っ端みじんに吹き飛んでいた。
いつ見ても上級魔法は凄い。爆発音もさっきの俺の声より大きかった。これだけの魔力を発散させれば、敵に感知されてもいいように思うのだが……。
周囲に目を配りながら、耳を澄ませる。だが、何かが近づいてくる気配はしなかった。
「作戦失敗ですかね」とエミール。
「いいや、まだ分からない。遠くにいるから察知できないだけで、ノウムはちゃんと近づいてきてるかもしれない。とりあえず、しばらくここで待とう」
というわけで、俺達はあえてその場に立ち止まった。敵を待ちながら、次の作戦について話す。
「魔力がダメとなれば、次は血の臭いで誘い出すしかないな。でも、モンスターと戦って無駄に力を消耗するのはゴメンだから、鳥でも殺して血を撒いてみよう。もしノウムが来なくても、焼いて食っちまえばいい」
「そういえば、ノウムはいったい何を食べてるんですかね。依頼書の絵には口が書かれていませんが」
「そうだよな。ミミズみたいだから土とか食ってんのかな」
「口が無いとは限らないぞ」とアル。「閉じている時は見えないだけかもしれない」
エミールが恐ろしげに言う。
「じゃ、じゃあ、耳まで避けた真っ赤な口がぱかっと開くかもしれませんね。中には鋭い牙がたくさん生えていて、人間を丸呑みに………」
「怖い怖い怖い! どうしてそんな怖い方に寄せてくんだよ。もっと可愛い姿を想像しようぜ。口はあるけど、めっちゃ小さくて見えないだけかもしれない。目もそうだ。これだったら怖くないだろ?」
「………それはそれで不気味じゃないですか?」
「うん。俺も今自分で言いながらキモいなって思ったよ。これのどこが可愛いんだ!」
「誰に怒ってるんですか。あんな化け物に可愛い部分なんてありませんよ」
「だよなぁ………」
会話が途切れ、沈黙が流れる。相変わらず敵の気配は感じられない。その状態で5分ほど経過した後、アルが口を開いた。
「そろそろ次の作戦に移った方がいいんじゃないか?」
「うん、そうだな。じゃあ、鳥を探そう。いや、鳥よりもウサギとかの方が殺すの楽かな」
「可哀想ですけど、仕方ありませんね」
「そうだ。このままノウムを放っておいたら、新しい犠牲者が出ちゃうからな」
「で、どうやって生け贄を探す?」
「そうだなぁ。道を逸れて、森の奥を探した方が見つかりやすいかもな」
「でも、それだと遭難してしまうかもしれませんよ」
「それは分かってるけど、道の側に動物の巣があるとは思えないだろ? どんな動物でも人間を警戒するから」
「いや、この道は通行人が少ない。先に進めば、鳥くらいは見つかるかもしれないぞ?」
「んー、それもそっか。じゃあ、アルの意見を採用して、先に進もう」
というわけで、俺達はまた道を進んだ。並ぶ順番はさっきと同じだ。
周囲を見渡しながら歩く。鳥らしき生き物の鳴き声は聞こえてくるのに、肝心の本体はどこにも見当たらない。まさか敵どころか鳥を見つけるのにも苦労するとは。
いったいいつまで歩かなければならないのだろう。木の枝に目を凝らすのも疲れてきた。
そろそろ休憩でも、と思ったところで、アルが立ち止まった。
「おっと」とエミールもぶつからないように止まる。
「どうした、休憩か?」
俺はアルに尋ねて道の前方を見た。すると、そこには一人の男が立っていた。歳は二十代くらいで若い。腰に剣を下げ、アルと同じような軽鎧を身につけている。冒険者だろうか。本人に直接尋ねてみる。
「こんにちは。ねえ、お兄さん冒険者?」
男はアルに向けていた視線を俺に向け、爽やかな声で答えた。
「俺はモンスターを倒したいんだ。たくさん倒したいんだ」
「あー、やっぱ冒険者だね。俺達もモンスターを倒しに来たんだ。ノウムって言うんだけど、知ってる?」
「知ってる。俺はノウムを倒した」
「えっ、なんで!? ギルドの依頼は俺達が受けたのに! もしかして、お兄さんはギルドの会員じゃない冒険者だとか?」
「俺はギルドの依頼を受けた会員じゃない冒険者だ」
……ん、どういう意味だ? それってつまり、ギルドの会員じゃないのにギルドの依頼を受けたってこと? そんなことできないだろ。
てか、最初から薄々感じていたが、この人、喋り方がおかしい。
俺はルネスさんの言葉を思い出した。ノウムは人に化けるが、会話をすれば正体を見破れる。まさか……。
「まさか、お兄さん、ノウム?」
「俺はノウムを倒した。一緒に倒そう」
その時、アルが腰の剣を抜き、男に向けて構えた。それに合わせ、男も剣を抜いて構える。
俺は慌ててアルを止めた。
「待てってアル! まだこの人がノウムって決まったわけじゃないだろ!」
「ルネスさんに言われたことを忘れたか? ノウムは人に化けるが、言葉を完璧に操れるだけの知能は無い。こいつはどう考えてもノウムだ」
「いやいやいや、そうかもしれないけど、この国の言葉に慣れてない外国人って可能性もあるだろ?」
アルが男に尋ねる。
「おいっ、どうなんだ。お前は外国人か?」
「俺は外国人か?」
「こっちに訊くな!」と俺がツッコむ。「でも、この答え方もなんとなく外国人っぽくないか?」
「埒が明かないな。エミール、試しに攻撃してみてくれ」
「えっ、いいんですか? もしノウムじゃなかったら」
「下級魔法でいい。怪我をしない程度に打て」
「は、はい。では………ドーラ」
エミールが前に出てきて、呪文を唱える。杖からバリバリと雷が迸り、男に命中した。
が、男は微動だにせず攻撃を受けた。なんのリアクションも無い。
エミールが攻撃を止める。俺は驚きながら言った。
「うわぁ、こいつ、やっぱりノウムだ。こんなに上手く人間に化けるんだな」
俺が言い終わるや否や、突然、男の、いや、敵の姿が変化した。体が衣服や鎧ごとぐにゃりと曲がったかと思うと、色も形も忽ち変化し、なんと、最終的にはエミールの姿になってしまった。まるで鏡のようにそっくりで、その手には宝玉の指輪と、杖まで具えている。
「う、嘘だろぉ」
呆然と呟くと、敵が杖をこちらに向け、呪文を唱えた。
「ドーラ」
声までもエミールにそっくりだ。そして、雷魔法がエミールに襲いかかる。
すかさずエミールは呪文を唱えた。
「ライムケニオン!」
俺達の周囲を光の結界が囲み、雷魔法を受け止めた。下級魔法くらいなら余裕で耐えられるだろう。
それにしても、敵は姿や声だけでなく、魔法まで完璧に真似してしまった。俺でも闇属性以外の魔法は使えないのに。いったいどうやってるんだ?
敵の雷魔法が収る。
そのタイミングで俺はエミールに提案した。
「なあ、魔法を使ったら真似されるから、一旦俺の矢で攻撃してみようと思う。でも、それも真似されるかもしれないから、その時はまた結界を張ってくれ」
「了解です」
「よし、俺が弓を構えたら、結界を解いてくれ」
俺は筒から矢を取りだし、弓に番えた。敵に狙いを定めた瞬間、ベストタイミングで結界が解除される。敵との間合いは3メートル。絶対に当たる距離だ。
エミールの姿に化けているので心苦しいが、躊躇している暇は無い。
俺は即座に矢を放った。狙い通り、胸のど真ん中に命中する。さらに、弾かれることなく深々と突き刺さった。
「どうだ!?」
敵の反応をうかがう。だが、敵は不気味な無表情をたたえ、まったく苦しそうではない。そして、杖を持たない左手で矢を掴むと、強引にひっこ抜いた。胸に小さな穴が空くが、血は流れず、瞬く間に塞がっていく。
「やっぱりこの程度の攻撃じゃダメか。エミール」
「ライムケニオン」
再び光の結界が張られる。その間に、敵の姿が変化した。どうせ俺の姿に化けて、矢を放ってくるつもりだろう。
と、思っていたのだが、変身したのは、元の若い男だった。持っていた矢を地面に落とし、剣を構える。そして、それを振り上げたかと思うと、一気に降ろした。
その瞬間、結界に見えない何かが衝突した。けたたましい衝撃音が響く。
これは波動斬だ。おそらく、変身している男が敵に使ったのだろう。あれは敵に殺された冒険者の姿だ。
敵は何度も剣を振り、波動斬を放ってきた。結界にヒビは入っていないが、どこまで持ちこたえられるのかは分からない。
「ケニオムール」
エミールが強化魔法を唱えた。結界の光が増し、衝撃音も小さくなる。
攻撃は無意味と悟ったのか、敵の動きが止まった。だが、休む暇も無く次の攻撃を仕掛けてくる。
「ボアレイル」
敵は剣を持っていない左手を前に突き出し、呪文を唱えた。指先から炎が線を描いて飛んでくる。真っ直ぐに伸びていた炎線は、結界に衝突すると方向を変え、ぐるぐると蛇のように結界の周囲に巻き付いた。
これはエミールも使っていたから知っている。中級の炎魔法だ。これくらいならライムケニオンで問題無く防げるだろう。今のうちに作戦を立てなければ。
「どうしよっかエミール。俺もエミールもあいつに攻撃しちゃったから、倒さない限りずっと追ってくるぞ」
「敵が使っているこの技は、おそらく敵が過去に受けた魔法ってことですよね?」
「だろうな。あの変身してる冒険者が使ったんだ。で、返り討ちにあって殺された」
「ということは、敵にボアレイルは通用しないということです。それから矢のような物理攻撃も。そうなると、打つ手は一つだと思います」
「一つって、何をするんだ?」
「中級魔法でダメなら、上級魔法を使うしかありません」
「た、たしかにそうだけど、もし、それで倒せなかったら……」
「はい、敵も同じ魔法で反撃してくるでしょう」
「その場合、ライムケニオンで防げるか?」
「ケニオムールで強化すれば一発くらいは耐えられるでしょう。ですが、それ以上は難しいかと」
「んん……」
上級魔法を使うのは危険すぎる。こちらが使えれば頼もしいが、敵に使われればこの上なく厄介だ。だが、それに頼らなければどうにもならないのも事実。他にいい方法なんて無いし……いや、待てよ。
「あっ、いいこと思い付いた」
《③に続く》




