火の子 ②
馬車を降り、卵を抱えながらギルドへの道を歩く。すれ違う人々が卵を見てこそこそと話した。
「おい、パレラの卵だぜ」
「すげーな。あんな子供が取ってきたのかよ」
「俺なんか親鳥に殺されかけてすぐ諦めちまった」
驚きや賞賛の声が聞こえてくる。嬉しすぎてニヤニヤしたくなるが、必死で抑えた。キリッとした表情を保つ。
アルが言った。
「みんなゼラのことを褒めてるぞ。良かったな」
「そうだな、相棒」
「相棒? なんで急にカッコつけてんだよ」
「みんなが俺を見てるからだろうが」
「現金な奴だなぁ。ま、褒められてやる気を出す分にはいいが」
「だろ? もっと冒険者ランクを上げて、カッコ良くなろうぜ」
「カッコ良くない目標だな」
「うるせーサボり魔」
言い合いをしつつ、ギルドの中に入る。俺はカウンターに卵を置き、アルは依頼書を女の受付係に渡した。黒髪眼鏡のクール受付係だ。今の俺なら、胸に付けた名札が読める。『エマ・ルネス』と書いてある。
「たしかに、パレラの卵を受け取りました。依頼は達成です。お疲れ様でした。報酬の40ガランです」
ルネスさんは報酬をカウンターに置き、続けて言った。
「それから、ウリングレイ様とスヴァルトゥル様は、Fランクの依頼を三つ達成されたので、これからはEランクの依頼も受けられるようになります。ご検討ください」
アルを見て言う。
「ついに昇格のチャンスが来たな」
「ああ、気張っていけよ」
「それはアルも同じだろ」
「もちろん」
俺とアルが受付を離れながら会話していると、後ろから大きな声がした。ルネスさんの声だ。見ると、パレラの卵を両手で持ち上げている。
「今日の晩ご飯はパレラの卵ですよおおお」
それに呼応し、他の受付係が手を叩いて喜んだ。
「よっしゃあああ」
「楽しみー」
他の職員がいる二階からも声がする。
「今日の晩飯、パレラの卵だって」
「頑張って働いた甲斐があるな」
……なんだコレは。俺はアルに尋ねた。
「おい、どうしてアイツらが卵を食おうとしてるんだ?」
「ああ、今回の依頼者はギルドだったから」
「何!? じゃあ、俺はこいつらの晩飯のために命を賭けたってことか?」
「そうだ。何か問題でもあるか?」
「大ありだ! どうして俺がそんなことのために命を賭けないといけないんだ!」
「そりゃあ依頼を受けたからだろ。嫌なら受けなきゃいい」
「受けたのはアルだろ!」
「俺はちゃんと確認を取った。文句があるなら、早く文字を覚えて自分で依頼を選ぶんだな。それに、依頼の達成が命がけだったのもゼラが弱いせいだ。依頼者のせいじゃない」
「ぐぅぅ、ああ言えばこう言いやがって。クソッ、せっかくいい気分だったのに」
俺は腹を立てながらギルドを出た。昼食を取るためにいつもの飯屋に入る。今回はグナメナと、イライラを静めるためにコチャックのケーキを頼もうとした。だが、アルに止められた。
「デザートは止めとけ。これからゼラの武器を買うから」
「何!? アルの剣じゃダメなのか?」
「剣はあくまでオレの武器だ。そろそろゼラ専用の武器があった方がいいと思ってな。次はEランクの依頼を受けることだし、いい機会だろう」
「うーん、そういうことなら仕方ない。ケーキは次の依頼までお預けだな。昇格祝いに食うとしよう」
俺たちは普通の昼食を取り、外に出た。
次に向かったのは武具屋だ。チョッキを作ってくれたオヤジさんの店に行く。中に入ると、オヤジさんが挨拶してくれた。
「おっ、新米コンビじゃねーか。今日はどうした?」
アルが答える。
「武器を買いたいんですが、一番安いのはどれですか?」
「一番安いのは弓だな。一張40ガラン」
「弓ですか……。もっと扱いやすい武器がいいんですが。剣とか槍とか」
「だったら、兄ちゃんの後ろにある槍だ。一本50ガラン。弓を除けばそいつが一番安い」
俺はアルの後ろを見た。一本の槍が壁に掛けられている。木でできた柄に尖った刃を取り付けたシンプルな槍だ。
アルが槍を眺めて言う。
「では、これを買います」
「柄の長さを調整できるが、どうする?」
「そうですねえ……。ゼラ、持ってみてくれ」
俺は壁の槍を手に取った。俺の背丈よりも長い。2メートルくらいだろうか。
「どうだ、重いか?」とアル。
「いや、別に……」
長さはあるが、一番重い刃の部分は20センチくらいしかないので、意外と軽かった。これならアルの剣の方が重いかもしれない。
「じゃあ、このままでいいな」
「うん、これでいい。オヤジさん、これください」
「おう。ボウズが使うのか?」
「そうだよ」
「冒険者のほとんどが最初はその槍を使うんだ。頑張れよ」
「うん、ありがとう」
俺たちは代金を支払い、店を出た。
その後は読み書きの授業。いつもの原っぱに行く。
「昨日出した課題は場所に関する言葉だったな。『パレンシア』『ラグール』『ガセウス』。あと、『森』と『川』だ。書いてみろ」
「了解」
俺は五つの言葉をすべて地面に書いた。
「うんうん、全部正解だ。ゼラは物覚えがいいな」
「ランク記号も覚えたぞ」
俺はFからSまでの記号をすべて地面に書いた。順番もばっちりだ。
「これも正解。よくできました」
「どんなもんじゃい」
「では、次の課題は数字だ。『1』から『10』までを書くから覚えてくれ。ついでに10より大きい数の表記方法も教える。この知識さえあれば、報酬がいくらなのか分かるぞ」
「一番重要な情報だな……」
「そうでもないだろ。がめつい奴め」
俺はアルから数字の表記方法を教わった。覚えるために何度も地面に数字を書く。隣でアルが言った。
「時間が余ってるが、ゼラはこれからどうする?」
「俺はここに残って数字を覚える。アルはまた鍛錬にでも行くのか?」
「ゼラがそれでいいなら」
「別にいいよ。好きなだけ鍛錬してきて。毎日素振りもしてるのに、勇者様は物好きだねぇ。日が暮れたら宿の前に集合して、晩飯を食べに行こう」
「……そのことなんだが、今日の晩飯は無しだ」
「ええっ!? なんで?」
「金が無いからだ」
「あといくら?」
「4ガラン」
「4ガラン!? 馬車代しかないじゃん」
「そうなんだ。宿を三日分借りたのがいけなかった。二日で止めておけば10ガラン残ったのに」
「……いや、でも部屋が埋まったら野宿だし。仕方ないって。それに、一番の原因は俺の武器を買ったことだろ?」
「なんだ。ゼラのことだからもっと怒ると思ってたんだが、すんなり許してくれるんだな」
「子供扱いすんな! それくらいの分別はあるわい!」
「ふっ、すまんすまん。とにかくそういうことだから、今日は宿の前で待ってなくていいぞ。部屋にいてくれ」
「了解」
俺はアルと別れた。しばらく数字とにらめっこをし、日が暮れた後、宿へ帰った。
部屋に入ると、アルがベッドに寝転がっていた。目はつむらず、じっと天井を見つめている。考え事だろうか。
アルが俺に視線を移して言った。
「おう、お疲れ」
「アルもね」
槍とチョッキを床に置き、アルの隣に寝転がる。
「やることもないし、早いけどもう寝るか」
そう言ってアルがランプの火を消そうとする。俺は慌てて言った。
「ああ、ちょっと待って」
「なんだ?」
「……いや、ランプは消していいんだけど」
アルがランプから手を離して言う。
「どうした。寝る前に相談したいことでもあるのか?」
「うん。……アルは、潜影族の事件についてどれくらい知ってるの?」
「……なんで急にそんなことを訊く」
「今日一人でいたら、なんとなくアルと会った日のことを思い出してさ。あの時言ってたよな。潜影族は10年ほど前に絶滅したはずだって。潜影族の事件はどれくらい有名なんだ? 俺、文字が読めないから、噂話を聞くくらいしかできなくて……」
「オレもあまり詳しくはない。ただ、当時は結構話題になったから、新聞の記事くらいは読んだ」
「新聞の記事って何?」
「新聞っていうのは、最近起こった事件が書かれた紙のことだ。で、その中身が記事。オレが読んだ記事には、大勢の潜影族が謎の死を遂げた、と書かれていた。死体に外傷は無く、死因は不明。その記事を書いた記者は、おそらく疫病が原因だろうと結論づけてはいた」
「それは違う。疫病が原因なら俺も死んでるはずだ」
「オレも記者の推測はおかしいと思う。潜影族が疫病に感染したのであれば、他の人間も感染するはずだ。だが実際は、潜影族がいた集落の周辺で、疫病の報告は一切無かったらしい。もしかしたら潜影族にしか感染しない疫病だったのかもしれないが、これも可能性は低い。エルフやドワーフならともかく、潜影族は人間だ。潜影能力以外は普通の人間と変わりない。それなのに、潜影族だけ感染して、他の人間が感染しない疫病があるとは考えにくい」
「だよな。絶対に違う原因があるはずだ」
「もっとおかしな点もある。これは他の新聞記事で知ったんだが、世界中の潜影族が同じ日の夜に死んだらしいんだ」
「え、潜影族の集落って他の国にもあるのか?」
「ああ。もう記憶が曖昧だが、全世界に十箇所ほどの集落があったらしい。人口は合わせて千人程度。その千人が、一夜にして死んだんだ。ゼラを除いて」
「……みんな、誰かに殺されたんだ」
怒りで頭がおかしくなりそうになる。その熱を冷ますように、アルが冷静な声で言った。
「どうやって殺すんだ。死体に外傷は無かったんだぞ? 仮に痕跡が残らない方法で殺すにしても、犯人の目的が分からない。集落には金品がそのまま放置されていたらしい。盗みが目的じゃないのは確かだ。となれば、潜影族に恨みをもった者の犯行とも考えられるが、だからといって世界中の潜影族を皆殺しにするのはやり過ぎだ。しかも、わざわざ同じ日に殺す必要がない。この事件は分からないことだらけなんだ。調査を任された役人達は頭を抱えただろうな。結局、真相は闇の中だ」
「……なんで俺だけ生き残ったんだろう」
「あ、そうだ。ゼラは当時……いや、すまん。何も言わなくていい。無神経な質問だったな」
「いいよ。俺が当時何をしてたか気になるんだろ? つっても、自分の家で寝てただけなんだ。朝起きたら、みんな死んでた」
「……どこで死んでた?」
「ベッドの中。いつまで経っても起きないから、体を揺すったら冷たくなってた」
「そうか……。何かに抵抗した形跡は無かったってことだな」
「うん。寝てるみたいだった……」
「うーん、やはり不可解なことだらけだな、この事件は。……他に何か訊きたいことはあるか? オレが知ってることはこれくらいだが」
「冒険者ランクを上げていけば、何か分かることがあるかな?」
「そうだな……」アルは悩ましげな顔で言った。「それは昇格してみないことには、なんとも言えない。たしかに昇格すればするほど、多くの情報が手に入る立場にはなるだろう。コネも広がるしな」
「コネ?」
「知り合いのことだよ。Bランク以上になれば、役人や貴族と知り合いになれるかもしれない。そうなれば、国の要人しか掴めない情報を教えてもらえる」
「……とにかく、偉くなればいいってことだな」
「ああ。だが、その努力が報われるとは限らない。なにせ政府も答えを出せなかったんだ。どれだけ昇格しても、結局真相は分からず終いかもな」
「ふんっ、だからどうした。確実じゃないことに挑むから冒険者だ」
「おっ、言うねぇ。初めてゼラの言葉に感心したよ」
「うるせー。とにかく、さっさとEランクに昇格するぞ。明日のためにもう休もう」
「ああ、おやすみ」
「ん……おやすみ」
俺は照れながら眠りの挨拶を返した。「おやすみ」なんて言ったのはいつ以来だろう。たぶん、両親を失ったあの夜以来だ。
アルがランプの火を消す。暗くなった天井に、家族との思い出が浮かび上がった。父さんと一緒に釣りをしたこと。母さんと木の実を拾ったこと。二人に叱られたこと、褒められてこと……。
もし二人が生きていて、俺が冒険者になると言ったら、どう反応するだろうか。褒めてくれるだろうか。それとも、危ないから止めろと怒るだろうか。
目に涙が溜まり、考えるのを止める。こんなことを考えても悲しくなるだけだ。
俺は自分が大活躍してEランクに昇格する妄想をし、いつの間にか眠りについた。
《火の子 完》