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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
89/94

ノウム ①

 冒険者ギルド、掲示板前。


 俺はある依頼書を見つけ、思わず驚きの声を上げた。


「おわっ、お、おいっ、これって」


「どうしたんですか?」とエミール。


「この依頼を見てくれ。駆除対象のモンスターの名前」


「ん?」


 エミールも依頼書に目を通す。そして、はっと息を()んだ。


 そこにはこう書かれている。『ノウムの駆除』と……。


 ノウムの怖ろしさは受付係のルネスさんに聞いている。元々は新種のモンスターで、Cランク設定だった。だが、依頼を担当したCランク冒険者を殺害し、Bランクに昇格。その後もBランク冒険者を殺害し、最終的にはAランク設定で落ち着いたという。


 ルネスさんは親しかった冒険者を失ってショックを受け、ギルドのシステムを変えるために自ら冒険者となった。そしてギルドマスターを目指したが、Aランクに昇格したところで断念した。


 このノウムは、そんなルネスさんにとって、まさに因縁(いんねん)のモンスターだ。


 依頼書を(のぞ)き込んでいたアルが淡々(たんたん)と言う。


「報酬は4万ガラン。ラオの二倍近くだな」


「相変わらず反応が薄いなぁ。ルネスさんの苦労話を聞いて、あんだけ号泣(ごうきゅう)してた奴が」


「別に号泣はしてない。それで、どうする? オレはあまりオススメしないが」


「えっ、なんで?」


「情報が少ないからだ。こいつはギルドに存在を認知されてからまだ日が浅い。つまり、詳しい生態が把握(はあく)されていないんだ。だからオレもこいつのことはまったく知らない。オレが読んだどの本にも、ノウムの情報なんて一切書かれていなかった」


「で、だからなんだよ」


「分からないか? オレが知らない相手だと、手助けが難しくなる」


「へっ、なんだよ、そんなことか。アルが知ってようと知ってなかろうと、俺とエミールはいつも情報がゼロの状態で戦ってるんだよ。それに、この先アルが知ってる相手とだけ戦えるわけじゃない。今までだってそうだ。盗賊を捕まえる時はどんな奴らか分からなかったし、ダンジョンも行ってみるまでどんな仕掛けがあるか分からなかった。知らない敵と戦いたくないなんて、贅沢(ぜいたく)言ってられないね」


「よく言った、ゼラ。それでこそ冒険者だ。じゃあ、今回はノウムの依頼を受けよう。ゼラとエミールだけじゃなく、オレも成長できるだろう」


「いや、知らない敵との戦いはできるだけ避けた方がいい。他の依頼を選ぼう」


「どっちなんだよ! さっきの意気込みはどうしたんだ」


「避けられない危険なら(おか)すしかない。でも、今回は他の依頼を選べばいいだけだ。もっと安全かつ、報酬が高い依頼を選ぼう」


「そんな依頼がAランクにあるわけないじゃないですか」と、エミールが珍しく反論する。


「でもノウムは特別怖いじゃん! ルネスさんの話を覚えてるだろ? 冒険者が何人も殺されてるんだ。そりゃあ、モンスターと冒険者のランクが釣り合ってなかったのかもしれないけど、それでも普通、逃げることくらいはできるはずだ」


「んー、たしかにそれもそうですが、私達が知らないだけで、死んでる冒険者はもっと一杯いると思いますよ? ノウム以外が相手でも」


「なんでエミールまでそんな怖いこと平然と言うんだよ! アルのクール病が移ってるぞ!」


「なんだよクール病って」とアル。「ただ、まあ、ゼラの言うことも一理あるな。不用意に突っ込むのはオレとしても避けたい」


「じゃあ、どうするんだ? 一回、戦わずに様子見だけするか?」


「それよりも手っ取り早い方法がある。ルネスさんに話を聞くんだ」


「ああ、なるほど」


 というわけで、俺達はルネスさんの受付に空きができるのを待った。その前に、依頼書の裏を見てノウムの姿を確認しておく。


「……なんじゃこりゃ?」


 それはなんとも異様な姿がだった。一言でいうなら、白くてひょろひょろの人型モンスターだ。腕と脚が細長く、そこからさらに細長い五本の指が伸びている。ここまでなら()せた人間と同じだが、異様なのは頭だった。細い首から、丸い頭部が生えている。丸い、といっても、綺麗(きれい)な球体ではない。その形を例えるなら、雨の後に葉っぱの先から垂れる(しずく)だ。丸い部分が頭頂部で、細く(くび)れた部分が首に(つな)がっている。


 そして、何より不気味なのは、顔のパーツが無いことだった。紙のように白いだけで、目も鼻も口も無い。


 こんなミミズみたいな奴がどうやって戦うんだろう。しかもAランクモンスターだから、かなり強いはずだ。とてもそうは見えないが……。


 姿を見ただけで疑問は尽きない。そして、珍しいのは絵だけではなかった。普通、依頼書の裏に書かれているのはモンスターの写し絵だけだが、この依頼書には注意書きが()えられていたのだ。


『ノウムは人間の姿に化けるので注意』


 不気味にもほどがある。人間の姿に化けるって何? そんなことどうやってやるんだ? 


 あれこれ考えていると、ルネスさんが仕事を(さば)ききり、受付が空いた。さっそくカウンターの前に行ってルネスさんに声をかける。


「おはよう、ルネスさん」


「おはようございます。どうされましたか?」


「あのね、俺達今、ノウムの依頼を受けようか(なや)んでるんだよ」


「……」


 ルネスさんの()まし顔がぴくっと痙攣(けいれん)した。それほど聞きたくない言葉なのだろう。


「で、私に何を訊きたいんですか?」


 いかにも不機嫌そうに返される。俺はその反応に狼狽(うろた)えながら答えた。


「いや、あの、ルネスさんは、えっと、ノウムについて(くわ)しそうだから、話を聞こうって……アルが。痛っ」


 後ろからアルに脇腹(わきばら)を小突かれる。本当のことを言っただけなのに。


 が、おかげでルネスさんがくすりと笑った。


「ふふっ、そうですか。もう三人は立派なAランク冒険者です。私の教えなどいらないと思いますが」


「そんなことないよ。ノウムは珍しいモンスターだから、アルでも詳しく知らないんだ。例えばさ、依頼書に人に化けるって書いてあったけど、どういうこと?」


「そのままの意味です。ノウムは人間の姿に変身できるんです。しかも、かなり巧妙(こうみょう)に」


「へぇ、それって見分けられないの?」


「姿だけで見分けるのは非常に困難です。しかし、それほど知能は高くないので、会話をすれば違和感に気づき、見破れるはずです」


「えっ、じゃあ(しゃべ)るのか!?」


「はい。言葉の意味はちぐはぐで、まともな会話はできないようですが」


 訊いたらもっと怖くなった。まさか、あの白ミミズが言葉を発するなんて……。


 内心でビビりまくっていると、アルが質問した。


「ノウムはどんな攻撃をしてくるんでしょうか?」


「私が聞いた話によると、化けた人間と同じ攻撃をする、とのことです」


「同じ攻撃? ということは、人間のように魔法を使ってくるということですか?」


「はい。どうやらそのようです。なにぶんデータが少なく、ギルドも詳細を把握していませんが、ノウムと戦った冒険者がそう語っています。といっても、今までに観測されたノウムはたった二体。そして、それを倒した冒険者もたった二名だけです。そのうち一人は私と顔見知りですが、最近は見かけませんね。今頃どこで何をしているやら……おっと、話が脱線してしまいましたね」


 俺は少し気を取り直して言った。


「つまり、真似っこ野郎ってことか。そう考えるとあんまり怖くないな。自分の強さに自信が無いから人の真似をするしかないんだ」


「……ですが、油断は禁物(きんもつ)ですよ。ノウムの本当に恐ろしいところは、異様な執念(しゅうねん)深さです。ノウムに敵と認識されれば最後、どこまでもつきまとわれます。しかもその際、仲間に化けて襲ってくるので、それに気づかず殺されてしまうんです」


「なんだそれ。じゃあ、縄張りを出ても、ずっと追いかけてくるのか?」


「はい。森を出て、町に戻ってこようとも、ノウムはしつこく追跡してきます。まあ、ノウムに縄張りなんてものがあるのかは疑問ですがね。巣も観測されていませんし、生態に関してはほとんど謎です」


「うーむ、何から何まで例外だらけのモンスターだな……」俺は少し考えてから二人を見て、「どうする? ノウムの依頼、受けるか?」


「オレはどっちでもいい」とアル「二人が決めろ」


「あ、あの、私は反対です」と、エミールが遠慮(えんりょ)がちに言う。「ノウムは倒さない限りどこまでも追ってくるんですよね? ということは、一度撤退してから作戦を立てるって戦い方ができないってことです。そんなの危険過ぎますよ」


「それなら心配いらないよ」


「なんでですか? どこからそんな自信が湧いてくるんです。さっきはできるだけ危険を避けるべきって言ってたのに」


「おいおい、忘れたのか? 俺達には勇者様がついてるんだぞ? 俺達が倒せなくても、アルがちゃちゃちゃーっと倒してくれるさ」


 エミールの顔がぱっと明るくなる。


「それもそうですね。じゃあ、受けましょうか」


「待て待て待て待て」と、アルが早口で止める。「なんでオレが簡単に倒せる前提(ぜんてい)なんだ。ゼラの人頼み病が移ってるぞ」


「え? だって、アル様が苦戦するわけないんですもん。ねえ、ゼラ様」


「そうそう。アルは勇者だからな」


「だからオレは勇者じゃないって言ってるだろ。何度言わせるんだ」


「ええええええっ!? 勇者じゃないの!?」


小芝居(こしばい)やめろ! 前にも言ったはずだ。勇者に比べればオレは足下にも及ばないと。あまりオレを過信するのはよせ」


「やだ。アルが負けるとこなんて想像できないもん。決めた。ノウムの依頼を受けよう。ルネスさんも賛成だよね」


「反対です」


「ええええええっ!? どうして!?」


「なんですかそのオーバーリアクションは」


「え、いや、これはあながち演技じゃないよ。なんで反対なの? アルでも倒せないってこと?」


「いえ、冗談です。『反対です』と言った方が面白いかと思いまして」


 俺は思わずズッコケそうになった。(りん)とした顔で冗談を言わないでほしい。


「びっくりした。ルネスさんそんなキャラじゃないでしょ」


「失礼いたしました。ですが、賛成というわけでもありませんよ。責任が重大すぎて、私では賛成とも反対とも言いかねます。今のお三方の戦力も、敵の戦力も把握していないので」


「まあ、そりゃそうだよね。でも、反対じゃないならいいや。ルネスさんにはてっきり猛反対されるんじゃないかと思ってたからさ」


 ルネスさんが静かに首を振る。


「あなた達はもうAランク冒険者。止める理由はありません」


「俺達なら絶対に勝てるよね?」


「それは答えかねます」


「もぉ、真面目だねぇ、ルネスさんは。こういう時は嘘でも勝てるって言ってよ」


「そんな無責任なことは言えません。ただ、これだけは言わせてください。三人とも、絶対に死なないでください。いいですね?」


「もちろん! こんなところで死んで(たま)るかってんだ。まだ(せん)、おっと、潜影族(へんへーほふ)の謎が解けてないからな」


 俺は危うく潜影族と口にしそうになり、他の言い方に変えた。ルネスさんは既に俺が潜影族と知っているから、つい口が(すべ)りそうになってしまった。他にもたくさん人がいるのに。


 俺の言葉を聞き、ルネスさんははっとした表情をして言った。


「あっ、そうそう。近日、そのへんへーほふに関する依頼が来そうですよ」


「えっ、ホントに? どんな依頼?」


「それは生きて帰ってこれば教えてさしあげます」


「だってさ、アル。ちゃんと俺達を守れよ」


「やだ」


「勇者が我儘(わがまま)を言うんじゃない!」


 俺はそう言うと、掲示板の前に行き、ノウムの依頼書を()がした。それを持ってルネスさんの受付に戻り、手続きを済ませる。


 俺達三人はギルドを出た。驚いたことに、ノウムがいる場所はここからほど近い場所だった。パレンシアの町外れにある森の中だ。


 冒険者になった最初の日、この森の手前で野宿をした。(なつ)かしさを感じるとともに、こんなおっかないモンスターが出る森の側で野宿をしたのかと思い、背筋が冷たくなる。


 まあ、この森が本当にノウムの生息地であり、縄張りなのかは分からない。もしそうであれば、もっと目撃情報があってもいいはずだ。こいつはどこか遠い場所からふらふらとこの森にやってきただけかもしれない。目的なんて分からないけど。エサを求めてとか?


 そんなことを考えながら目的地に向かって歩く。今回は近いので馬車も必要無い。


 依頼書によれば、ノウムは既に冒険者を一人殺しているらしい。ランクはCで、他のモンスターを駆除しようとしている最中に、偶然ノウムと遭遇(そうぐう)し、戦いを挑んだら返り()ちにあったのだという。それで他のパーティーメンバーはギルドに逃げ帰り、ノウムの依頼を出したというわけだ。


 それにしても、ルネスさんはノウムは異様に執念深いと言っていた。しかし、そのパーティーメンバーは襲われず、無事にギルドに帰ってきている。おそらく、彼らはノウムに攻撃を加えず、すぐに逃げたからだろう。賢い判断だ。


 森の前に到着。そこには一本の細い道が通っていた。殺された冒険者も、この道を通ったらしい。


 俺達も同じ末路(まつろ)辿(たど)らなければいいが……。


 嫌な未来を嫌でも想像しつつ、先が見えない道に足を踏み入れた。


《②に続く》

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