雷獣 ④
さて、どうしようか。魔法の習得もモンスター退治も同じ。考えれば何かいい答えが浮かぶはず。闇雲にやるのは俺の性に合わない。
濃度の違いを見分ける方法はとりあえず分かった。濃度が高い魔力は速く、低い魔力は遅い。あとは、それを上手く分離して、濃い魔力だけを取り出せばいい。
ゆっくり、慎重にやろうとすれば、できないこともないだろう。……いや、無理か。ゆっくり魔力を動かすには、魔力同士をぶつけて勢いを相殺しなきゃいけない。ただでさえ混乱するのに、作業内容を増やしてどうする。
うーん……もっと他に、選別する時間を確保する方法は………。
「はい!」俺はその方法を閃き、右手を挙げながら立ち上がった。「またまたいいこと思い付いちゃった。今度こそ一発でオクスネピヨンを見せてやるよ!」
アルが鼻で笑う。
「ふんっ、そんな方法あるわけないだろ。いい加減諦めて地道な反復練習に移れ」
「へっへーん、やなこった。見てろよ。オクスネピヨン!」
俺はゲートを開くと、あえて深い位置にある魔力を動かした。深ければ深いほどいいが、離れすぎるとコントロールが効かなくなるので、とりあえず深さ10メートルの地点に狙いを定めた。そこにあった魔素が魔力に変わり、勢いよくゲートに向けて上昇してくる。
すると、移動距離が長い分、速い魔力が先行し、遅い魔力と勝手に分離し始めた。といっても、両者の距離は20センチ程度しか離れていないが、それで充分だ。
3秒ほどで先行していた魔力がゲートから噴き出す。その瞬間を見計らい、俺はすかさずゲートを閉じた。すると、遅れていた魔力は地上に出られず、裏世界に留まった。
作戦成功。俺はただ魔力を動かすだけで、濃い部分を取り出すことに成功したのだ。
喜んだのも束の間、飛び出した魔力の異様さに驚く。
それは、まるで黒い水のようだった。今までの煙のようにふわふわしていた魔力とは段違いだ。こちらの方がドス黒く、形は定まっていないが輪郭がくっきりしている。
黒い水は地上に出ると、矢の周囲をぐるぐる回った。ここから先はオクスヘッツとほぼ同じだ。慎重に回転を小さくしていき、鏃に纏わせていく。そして、ついに魔力を固着させることに成功した。
アルを見て言う。
「どうだアル! 成功だろ!」
アルは目を見開いて驚いていた。
「み、見事だ。いったいどうやって……」
「はっ、どうだ、恐れ入ったか! やっぱりあったじゃん、近道」
そう言いながら、魔力を解除した。魔力が水のように地面に落ちる。だが、ふわふわの魔力と違い、なかなか空気に溶けなかった。濃度が高い証拠だろう。
「すごいですゼラ様」とエミールが拍手する。「ゼラ様は闇魔法の天才ですね」
「えへへへ、そう? 天才のエミールがそう言うってことは、そうなのかなぁ? 凡人のアルはどう思う?」
「調子に乗るな。で、いったいどうやったんだ?」
「簡単だよ。あえて地上から離れた場所の魔力を動かしたんだ。そしたら距離がある分、速い魔力と遅い魔力で勝手に分離するだろ? あとはゲートを閉じて、遅い魔力を遮断すれば、速い魔力だけを取り出せるってわけよ。どうだ、驚いたか?」
「ああ、さすがのオレも驚いた。で、地上から離れた場所というのは、具体的にどれだけ離れてるんだ?」
「だいたい10メートル」
「そんな離れた場所の魔力も動かせるのか。さすがは潜影族といったところだな」
「そうだろ? 潜影族にできないことはない!」
が、それを遮るようにアルが声を張り上げた。
「だが、所詮は小賢しい手だ。そのやり方には致命的な欠点がある」
「欠点?」
「わざわざ離れた場所の魔力を使うということは、技を発動するまでに時間がかかるということだ」
「どこがだ! なんだかんだ5秒くらいでできてただろ!」
「オクスヘッツなら2秒でできるはずだ。その差は大きい。戦いでは命取りになる。そもそも、自分の体内にある魔力を使えればもっと早くできるんだ」
「へーんだ。いいもん。ラオは動きを止めてから攻撃するから。5秒かかっても確実に仕留められるもんね」
「ラオはそうかもしれないが、他の敵はどうする」
「その時はその時だ。また別の近道を探せばいい。近道は目的地の数だけあるんだからな」
エミールが両手を組んで言う。
「かっこいい……。名言ですね、ゼラ様」
「どこがだ!」とアルが慌てて否定する。「騙されるなエミール。こいつは楽な方へ流されていってるだけだ。だいたい、危なくなったら結局オレに頼るじゃないか」
俺は感謝の気持ちを込めて言った。
「そうだな。アルは俺とエミールにとって、馬車みたいなもんなんだよ。目的地がどれだけ遠くても、すぐに運んでくれる」
「人を馬車扱いするな! どちらかといえばオレが御者でゼラが馬だろ! 全然言うこと聞かないけどな!」
エミールが驚いて言う。
「ええ、じゃあ、アル様は私達のことを馬だと思ってるんですか? で、ご自身はそれをいいように操る御者だと?」
「あ、いや、あの、そういうことじゃないんだ。これは言葉の綾ってやつで……」
狼狽えるアルに俺が追撃を加える。
「そうだぞ。俺達は人間だ。馬と一緒にするな」
「お前が言うな! 最初に馬に例えたのはゼラだろ!」
「いいや、俺は馬車に例えたんであって、馬に例えたんじゃない。馬車は人間の御者あってのものだ」
「チッ、上手いこと逃げやがって。まあ、いい。オクスネピヨンの指導はこれで終了しよう。やり方は邪道だが、技を出せるようになっただけ上出来だ。よく今日だけで習得したな」
「ありがとうございます、勇者様。で、これから何して遊びます?」
「なんで遊ぶ前提なんだ。自由時間を与えるとは言ってないぞ。残りの時間はオクスネピヨンの扱いに慣れるために使え。明日はいよいよラオと決着をつける」
「そうだな。いよいよ、三人でな」
「別に二人でもいいんだぞ?」
「ダメだ。今回は絶対にサボらせないぞ」
エミールが嬉しそうに言う。
「緊張もしますが、なんだか楽しみでもありますね。今までもアル様には何度も助けてもらいましたが、最初から協力してもらうのは今回が初めてです」
「もうAランクだからな」とアル。「そろそろオレも前線に出る頃合いかもな」
「うんうん」と俺も頷く。「そんでもって、俺は後方に下がる頃合いかもな」
「そんな頃合いは一生来ない。死ぬ気で訓練しろ」
「へいへい、気楽に死ぬ気でやりますよ」
というわけで、俺とエミールは各々の訓練に移った。
いつもは弓の訓練だが、今日は俺も魔法の訓練だ。魔力切れを起こさないよう、休憩を挟みつつ何度かオクスネピヨンを出す。アルの指摘通り、どうしてもオクスヘッツより時間はかかるが、慎重にやれば発動に失敗することはない。敵の動きさえ固定できれば、確実に攻撃を当てられるだろう。
それにしても、本当にこれが上級魔法なのだろうか。オクスヘッツに比べ、魔力の見た目が水のように変化しただけだ。それほど強化されたようには見えない。試しに木の幹に打ってみても、普通に矢が突き刺さるだけだった。敵の魔力を吸収して威力を発揮する技だから、当たり前といえば当たり前なのだが、なんだか少し不安になる。
ま、もし弱くてラオを倒せなかったら、それは指導したアルの責任だ。その時は責任を持ってアルに倒してもらおう。
そう気楽に考え、気儘に魔力をいじっているうちに日が暮れて、俺達は宿に帰った。
翌朝、馬車に乗ってパルタンの森へ向かう。到着して馬車を降りると、昨日通った一本道を慎重に進んだ。
そして、前方に切断された木を見つけたところで足を止めた。アルが昨日、波動斬で切った木だ。つまり、ラオに奇襲をしかけられた場所にかなり近づいたことを意味する。
「よし、作戦開始だ」と俺が小声で言う。「エミール、ドラケニオンを頼む」
「はい。ドラケニオン」
エミールが呪文を唱え、杖の先から八つの雷球を出した。それらが前方に飛んでいき、壁の無い結界を作る。
俺達は木の陰に身を隠し、雷球を20メートルほど離れた位置から見守った。
ラオは雷が大好物。縄張りの中で雷魔法を使えば、すっ飛んで来るはずだ。
木の陰で息をひそめて待つこと5分。狙い通り、敵が姿を現した。
美しい白い毛を靡かせながら、のそりのそりと雷球に近づく。その姿は迫力満点だったが、急に地面に伏せたかと思うと、喉をゴロゴロと鳴らし、雷球に顔や体を擦りつけ始めた。まるでボールで遊ぶ家猫のようだ。
「きゃー、かわいい」
エミールが声をひそめつつ、興奮気味に言う。だが、ラオマニアであるアルは全然嬉しそうじゃない。
「ああ、なんて情けない姿を。あんなラオは見たくない。早く殺してやろう」
なんて残酷なことを言う奴だ、と俺は内心引きつつ、作戦を進める合図を送った。
「エミール、少しずつ雷球を動かしてくれ」
「了解です」
八つの雷球が敵に向かって進む。そして、特に警戒されることなく、敵の体を囲い込むことに成功した。
「今だ、アル」
俺が言い終わるよりも早く、アルは呪文を唱えていた。
「ライムケニオン」
敵を囲む雷球を、さらに外側から光の結界が囲んだ。敵の動きを封じる二重結界。俺が立てた作戦の骨子だ。
俺達は木の陰から道の真ん中に出て、敵と対面した。敵が俺達に気づき、全身の体毛に雷が宿る。戦闘モードだ。
敵は雷を迸らせた爪で、光の結界を切り裂こうとした。だが、結界はその爪を弾き、ビクともしていない。何度も両腕での連続攻撃を受けるが、結果は同じだった。
よし、作戦通りだ。敵が使う雷はドラケニオンが吸収する。つまり、ドラケニオンの外側にあるライムケニオンには、普通の物理攻撃しか届かないのだ。雷攻撃を受ければ破壊されるライムケニオンも、物理攻撃になら耐えられる。我ながら完璧な作戦だ。
敵も結界から出られないことを悟ったのだろう。爪での攻撃をやめ、大きく口を開いた。口の中にバチバチと雷の魔力が集中する。そして、それらが光線となって一気に解き放たれた。
ライムケニオンであれば一溜まりもない威力だろう。だが、ドラケニオンであれば話は別だ。敵の光線を吸収し、雷球結界はむしろ強化されていく。
敵の光線はだんだん細くなっていき、やがて潰えた。心なしか敵の顔に疲れが浮かんでいるように見える。だが、結界は無傷。中級魔法でも、二つ組み合わせればAランクモンスターも封じられるのだ。
さて、アルとエミールはよく頑張ってくれた。ここから先は俺の仕事だ。
「ゼラ様」と、エミールが期待を込めた眼差しで言う。
俺は黙って頷くと、恐る恐る敵の前に近づき、弓を構えた。間合いは2メートル。これだけ近ければ確実に矢は当たるだろう。
敵は俺を睨むと、雷光のように白く鋭い牙を覗かせて咆哮した。
こ、怖すぎる。ホントにこの作戦で大丈夫かな……。
俺は今更ながら不安になった。この作戦には少しだけ欠点がある。それは、もしオクスネピヨンでトドメを刺せなかった場合、結界だけが破壊され、敵を解放してしまう可能性があることだ。
そうなった場合、当然アルが助けてくれると思うのだが、もしかしたら敵の動きの方が素早く、俺のような雑魚は瞬殺される危険性がある。そうなる前に足下にゲートを開いて逃げなくてはならない。それでも、俺の反応速度が敵に負ければ終わりだ。……いや、反応速度で俺が敵に勝てるわけないじゃん。じゃあ、やっぱアル頼みだな。
弓を構えながらぐずぐず考えていると、アルが怒鳴った。
「何やってるんだ! さっさとやれ!」
「わ、分かってるよぉ……」我ながら情けない声で答え、呪文を唱える。「オクスネピヨン」
裏世界の奥深くからドス黒い魔力を呼び出し、鏃にまとわりつかせていく。敵の眉間に狙いを定め、祈るような気持ちで矢を放った。
まっすぐ飛んでいった矢は、結界に衝突した瞬間に姿を消した。そして、結界が砕け散る音とともに、パンッという手を叩いたかのような渇いた音が響いた。
それは、オクスネピヨンが敵の頭部を消し飛ばす音だった。鼻から上の肉が綺麗に消滅している。全身に纏っていた雷光も消え去り、敵は口から血を流しながら地面に倒れた。
あまりの威力に言葉を失う。矢が途中で見えなくなったのは、敵の魔力を吸収して速度を急激に上げたからだろう。矢は敵の頭部を貫通し、森の奥へと消え去っている。
俺は呆然としながら、ゆっくりと顔を二人に向けた。エミールは目を見開き、口を両手で押さえている。この反応は予想通り。だが、隣を見ると、アルまで同じような表情をしていた。あんぐり開けた口を両手で隠してはいなかったが。
「なんでアルまで驚いてんだよ!」とツッコまずにはいられない。「こうなることが分かってたんじゃないのか!」
「……いや、まさかここまでとは思わなかった。凄いな……」
「他人事か! もし敵を仕留められなかったらどうするつもりだったんだ! 結界から出た敵に襲われてたかもしれないんだぞ!」
「その時はもちろん助けるつもりでいたさ」
「ホントか! ありがとう!」
感謝するしかないので感謝しておく。
エミールも俺を褒めてくれた。
「これでゼラ様も立派な魔術師ですね! 上級魔法を使いこなせるんですから!」
「いいやぁ、俺が魔術師なんてそんな。闇魔法しか使えないのに」
照れながら頭を掻く。でも、エミールの言う通りかもしれない。上級魔法を杖と指輪に頼らずに使える魔術師はそんなにいないはずだ。闇魔法限定でもすごいことなんじゃないかな。
そう思ってニヤニヤしていると、アルにぴしゃりと言われた。
「『闇魔法しか』じゃないだろう。正しくは『オクスヘッツとオクスネピヨンの二つしか』だ。自惚れるなよ」
「違いますぅ、オクスも使えますぅ」
「それでも三つだけだ。普通の魔術師であればもっと多彩な魔法が使える。ゼラなんてまだまだだ」
「でも上級魔法を使える魔術師はそんなにいないだろ? しかも杖無しで」
「……いいや、ウジャウジャいる」
「何!? ホントかエミール?」
「いいえ、大嘘です」
「やっぱ嘘じゃねーか! なんで騙そうとするんだ!」
「そうですよ」とエミールも同調する。「地味に私も傷つくような嘘はやめてください」
「すまん、そういうつもりじゃなかった。ゼラを調子に乗らせたくなかったんだ。たしかに上級魔法を魔道具に頼らず使える魔術師は少ない。だからといって、ゼラは魔法が得意ってわけじゃないからな。自分の実力を過信するなよ」
「言われなくても分かってるって。俺一人じゃ絶対ラオを倒せなかったからな。エミールとアルのおかげだよ」
「分かってるならいい。さてと、じゃあ、アレを回収するか」
「アレ? アレってなんだよ」
アルは返事をせずに死体に近づくと、その胸に剣を突き刺した。皮を裂き、袖をまくって中に腕を突っ込む。血まみれの腕を出すと、指先に直径3センチほどの、青白い球が摘ままれていた。
エミールが嬉しそうに言う。
「雷の宝玉ですね!」
「ああ。パレンシアに帰ったら指輪に加工してもらおう」
俺は心を読む魔道具屋の店主を思い出した。
「けっ、あの不気味なババアにまた200ガランも取られるのか」
「あのお婆ちゃんは腕がいいですから、200ガランを出す価値はありますよ」
「性格も良ければ文句ないのにな。でもまぁ、ラオの毛皮が高く売れれば、実質タダか。200ガラン以上で売れてくれないかな。頭吹っ飛ばしちゃったけど」
ラオの美しい毛皮は需要が高く、高値で売買されているらしい。だから今回はちゃんとペロンの筒も買っておいた。
アルは水魔法で腕の血を洗い流した後、ウエストバッグから筒を取り出した。炎魔法で火を付け、虹色の狼煙を上げる。
こんな町外れの森の中でも、ペロンはきっちりやって来た。着地したペロンに、エミールが興奮しながら抱きつく。思う存分、もふもふの毛皮に顔を埋めた。
それが済むと、ペロンはラオの死体を回収した。背中に担いだ鉄箱に死体を放り込み、上空に飛び去っていく。
俺達も連れてってくれればいいのに。そう思いながら、瞬く間に小さくなっていくペロンの姿を見送った。
「死体の方が俺達より楽に移動できるって、おかしな話だな……」
「帰るぞ」とアル。
「なんだよ、その返し! 雑すぎるだろ!」
そんなこんなで、俺達は無事に依頼を達成し、勝利の余韻に浸りながら来た道を戻った。
《雷獣・完》




