雷獣 ③
影から闇の魔力が溢れ出る。オクスヘッツと同じ要領で魔力を移動させるが、その勢いは凄まじく、あっという間に矢全体が魔力に覆われてしまった。楕円状の黒い塊が完成する。まるで真っ黒焦げのパンみたいだ。
訊くまでもないような出来映えだが、一応、アルに尋ねた。
「どうだ、アル。俺のオクスネピヨンは」
「……無様だな。それじゃあ、ただ無駄にデカいだけのオクスヘッツだ」
「でしょうね! 指導者の教え方が悪いからな!」
文句を言いながら魔法を解く。黒い魔力が空気に溶けて消えていった。
「オレの指導はまだ終わってない。どうだ? 失敗したが、学んだこともあるんじゃないか?」
「学んだこと? そんなもんねーよ」
「それは魔力に意識を向けてないからだ。ここら先は感覚の世界。感覚を研ぎ澄ませて魔力を観察しろ。視覚じゃなくて、感覚でな。もう一度やってみろ」
「……了解。オクスネピヨン」
呪文を唱え、矢に魔力を注ぐ。だが、結果は同じで、また真っ黒焦げのパンが完成した。一息ついて言う。
「ふぅ、だいぶ良くなったな」
「どこがだ」とアルが呆れ気味にツッコむ。「さっきとまったく一緒じゃないか」
「分かってるよぉ。でも俺にはこれが限界なんだ」
「早々に自分の限界を決めるな。で、何か気づいたか?」
「なんにも分かんないよ。魔力の集まりがいつもより速いってことくらい」
「そうか。じゃあもう一回やれ」
「おいおい、ホントにこのまま続けるつもりか? 何回やったって結果は同じだろ?」
「そんなことはない。何回も繰り返すうちに感覚が掴めるはずだ」
「何回もって、何回だよ」
「それはやってみなければ分からない」
「なんだよそのふにゃふにゃな方針は! そんな無駄かもしれないことに力なんて使いたくない!」
「我儘を言うな! 文句を言わずにやれ! 気絶するまでな!」
「絶対やだ! もっと効率のいい方法じゃないとやりたくない!」
「これが効率のいい方法なんだ。都合のいい近道なんてあると思うな」
アルと言い合っていると、エミールが遠慮がちに口を挟んだ。
「あ、あの、ちょっといいですか?」
「うぅ、エミール助けて。アルがいじめてくる」
「アル様は普通に指導してるだけですよ。魔法の指導なんてこんなものです」と言ってから、アルに視線を移し、「あの、差し出がましいかもしれませんが、私から提案があるのですが」
「そんなことはない。遠慮無く、なんでも言ってくれ」
「はい。魔法を使う速度を変えてみてはどうですか?」
「速度を変える? もっと速くしろってことか?」
「それでもいいんですが、遅くしてもいいと思います。極力速くしたり、遅くしたりを繰り返せば、魔力のムラに気づきやすくなると思うんです」
「ふむ……なるほど、いい考えだ。エミールの方が魔法の指導者に向いてるかもしれないな」
「いえ、そんな」とエミールが照れている。
「そういうわけで、ゼラ。望み通り方針を変えよう。魔力を集める速度を変化させてみろ」
「ほらな! 何が『都合のいい近道なんてない』だ! ちゃんとあるじゃないか!」
「ふっ、それはどうかな。いいからやってみろ」
「なんだよ、負け惜しみ言いやがって。エミールの方が教え方が上手いって証明してやる。オクスネピヨン!」
俺は呪文を唱え、今度は極力魔力の集中を速めた。1秒足らずで魔力が矢に接触する。が、勢いがつきすぎて固定するのが難しくなった。それを修正しながらなんとか一箇所に固めていく。
その結果、またしても黒焦げパンが完成した。一息ついて言う。
「ふぅ、エミールの言う通り、上手くいったな」
「どこがだ!」と当然のごとくアルにツッコまれる。「さっきと変わらないじゃないか」
「何か気づきませんでしたか?」とエミール。
「うーん、別に気づいたことは特にないかな。普通に魔力を集めるよりも大変だったなってことくらいしか……」
「そうですか」とエミールはしょんぼりした様子で、「では、次はゆっくり魔力を集めてみてください」
「うん、やってみる。オクスネピヨン」
影から魔力が溢れ出る。すぐに矢へ持っていきたくなるが、なんとかそれを押さえた。裏世界に注ぐ俺の魔力を少なくすればいい、という問題ではない。こちらの制御を無視し、闇の魔力が突然勢いを増す時もあるから、それを必死で他の魔力で押さえ込まなければならない。つまり、魔力同士をぶつけて勢いを殺すのだ。
……なんだこの虚しい作業は。これじゃあ早く魔法を使う時よりも余計に魔力を消費してしまう。こんな馬鹿げた作業になんの意味があるんだ。
そう思えてならないが、とりあえずエミールに従って、極力ゆっくりと魔力を矢に集めていった。
これだけゆっくりでも、コントロールが難しい。一瞬でも気を抜けば、魔力があらぬ方向に飛んでいくからだ。それでもなんとか矢全体ではなく、鏃にだけ魔力を集中させていく。無理やり動きを遅くしているからできる芸当だ。これくらいできなきゃ、なんのために遅くしているか分からない。
歯を食いしばって技の完成を急ぐ。だが、俺の精神力が悲鳴を上げていた。急いでいるのに、魔力の速度を高められないのがもどかしくて仕方ない。
「ああ、ダメだ」
俺は耐えきれなくなり、魔力の勢いを解放した。途端に高速で魔力が動き出し、結局矢は無様な黒焦げパンと化した。
疲れ果てて膝と両手を地面に着き、矢を包む魔力を解く。
「はぁ、はぁ、はぁ」
呼吸が乱れ、しばらく喋ることができなかった。まるで全速力で走った後のような疲労感だ。ただその場で立っていただけなのに。
上からアルの偉そうな声が聞こえた。
「どうだ? オレの言っていたことの意味が分かっただろ? 修行に近道なんて無いんだよ」
その後、エミールが期待を込めた声で言う。
「ゼラ様、何か気づけたことはありませんか? ちょっとしたことでもいいんですよ?」
そんなことを言われても、「大変だった」以外の気づきはない。
俺は立ち上がり、清い気持ちで思いの丈を述べた。
「大変でした! 以上です!」
アルが大きな溜息をつき、エミールもがっくりと俯く。
俺は見かねて二人を慰めた。
「そうがっかりすんなって。俺は自分が無能でも平気なんだからさ」
「黙れ無能!」とアルが怒る。「もっと危機感と焦りを持て!」
「焦って技が習得できるならそうするさ。他にもっといい考えはないのか? これ以上やると俺の魔力が尽きて訓練できなくなっちゃうぞ? 裏世界の魔力を利用できるって言っても、俺の魔力だって消費してるんだからな」
「それは分かってる。だが、こればっかりは回数をこなさなきゃどうにもならない。次はもっとゆっくりやってみればどうだ?」
「そりゃ無理だ! 勘弁してくれ! さっきのでもめちゃくちゃ辛かったのに」
「なんでそんなに辛いんだ?」
「なんでって、魔力の速度を抑えなきゃいけないからだ。魔力で魔力を押さえ込むって、なんのために魔力を出してるのか分かんねーよ」
「そう思うなら、押さえ込まなきゃいいんじゃないか? 最初から魔力がゆっくり動くようにすればいいんだ」
「それができたら苦労しねーよ。アルは自分の魔力を使ってるから分からないのかもしれないけどな、裏世界の魔力ってのはそう融通が利かないんだ」
「なぜ利かない」
「そんなの知らねーよ。こっちが聞きたいくらいだ。とにかくコントロールが難しいんだよ」
「ゼラは自分の魔力を裏世界に流すことで、そこにある魔素を魔力化しているはずだ。そんなこと意識してないだろうがな。そして、その魔力を利用して、他の魔素をまた魔力に変換したり、魔力を運動させたりしている。普通に考えれば、ゼラが最初に流す魔力の量を少なくすれば、闇の魔力の動きは遅くできるはず。そうじゃないのか?」
俺は姿勢を起こし、地面にあぐらをかいて言った。
「そう単純な話じゃないんだな、これが。アルの言う通り、俺は自分の魔力を裏世界に流して、中にある闇の魔力を動かせる。ま、そんなことしてるって実感は無いけどな。手足を動かしてるのと同じ感覚だから。でも、そこから先が大変なんだ。裏世界の魔力は、手足と違って俺の言うことを素直に聞いてくれない。速く動かしたくてもそれほど速くならない時もあれば、遅く動かしたいのに速く動きやがる時もある。俺が最初に流す魔力の量は関係ないわけじゃないけど、それを増やしたり減らしたりするだけで、速度を完全に制御できるわけじゃないんだ」
「なるほど。で、どうしてそうなるんだ?」
「うるせーな! さっきから『なぜ』『なんで』『どうして』って! 俺は魔力に関してはド素人なんだから、こっちが聞きてーよ」
「投げやりになるな。真剣に考えろ。原因分析は問題解決の常套手段だ。ほら、ゼラもモンスターを倒す作戦を考える時、モンスターの行動を分析するだろ?」
「ん……まあ、たしかにな……」
「それを自分の行動でやるんだ」
「……」
俺は腕を組み、目をつむった。アルの言うことは正しい。思えば、俺は自分の潜影能力が当たり前すぎて、深く考えるということをあまりしてこなかった。
どうして裏世界の魔力はこんなにコントロールが難しいんだろう。「俺の魔力じゃないから」というのもたしかに原因の一つだろうが、それだけでは説明になっていない。
速くしたいのに遅い魔力、遅くしたいのに速い魔力。いったい何が違うんだろうか。おんなじ闇の魔力なのに……。
「ああっ!」脳裡に答えが閃いて叫ぶ。「そうか! これが魔力のムラって奴なのか!」
答え合わせがしたくてアルの顔を見る。が、アルは困惑気味に言った。
「いや、『そうだろ?』みたいな顔でオレを見るなよ。オレは答えを知らない。裏世界のことに詳しくないからな」
「いいや、たぶん絶対そうだね。魔力の濃度が薄いと動きが遅くなるし、濃いと動きが速くなる。これ以外の説明ができるか!」
「できるかもな。学者なら」
「なんでそんな冷やかすようなことを言うんだよ! アルの言う通り分析して、見事に答えを導き出したのに!」
「ゼラが導いたのは答えじゃなくて仮説だ。真実かどうかは分からない。仮説を真実と断定するのは危険な行為だぞ? だが、仮説を立てることには大きな意味がある。それで問題を解決さえできれば、仮説の実証はそれこそ学者にでも任せておけばいいんだ」
「なんでもいいや。とにかく、これでオクスネピヨンを成功させる方法が分かった。速い魔力だけを選んで、遅い魔力は切り捨てればいいんだ。そうすれば濃い魔力の選別を簡単にできる」
「そう上手くいくかな」
「はっ、一発成功させてやらぁ! オクスネピヨン!」
意気揚々と呪文を唱え、影から魔力を取り出す。その過程で、速い魔力と遅い魔力を選別して……。
「ん、え、お、あ、あ、ああああああああ」
俺は頭がおかしくなりそうになり、魔法を中断して矢を地面に叩きつけた。
「分かりやすく混乱しましたね」とエミールが呟く。こうなることを予測していたような口ぶりだ。
そう、俺はまさに混乱した。そもそも、魔力は速いか遅いかで二分化できるものではない。それは比較して分かることであって、より速いかより遅いかという段階があるだけだ。どっからどこまでを速く、どっからどこまでを遅いと判断すればいいんだろう。
いや、これはそれほどの問題ではない。無理やりにでも線引きすればいいんだから、後からいくらでも調整がきく。
本当に厄介なのは、選別をする時間が短いという点だ。魔力が濃い部分と薄い部分を見極め、分離するという作業を瞬時にしなけならない。しかも、魔力のムラは複雑に混じり合っているから、それらの選別作業を同時に複数箇所でこなさなければならないのだ。こんなの混乱するに決まってる。頭が五個くらいないとできないんじゃないのか?
俺はアルを見て呟いた。
「あれ………無理かも?」
アルが笑って言う。
「ふっ、さっきの威勢はどうしたんだ?」
「そうですよ。自信を持ってください。ファイト!」と、エミールは馬鹿にせず励ましてくれる。
「いや、今のでどんだけオクスネピヨンが難しいのか分かった。さすが上級魔法だな。それにしても、エミールの凄さもよく分かったよ。こんな魔法をいつも瞬時に使ってるんだな。ホントに凄いよ」
「そんな、褒めすぎですよぉ」と、エミールは顔を赤くしながら体をくねらせた。「アル様の指導が上手いだけですから」
「いや、アルは指導が下手くそだから、全部エミールの功績だよ。俺は才能無いから無理。こんなのやろうと思ったら最低でも一ヶ月はかかるね。いや、もしかしたら一年かも」
「そう弱気になるな」とアル。「目標の難易度が分かっただけでも大きな進歩だ。今まではやることが漠然としすぎていて、難しいとすら思ってなかっただろ? 例えるなら目的地すら把握していない状態だ。でも、今のゼラは違う。目的地を特定したなら、あとはそこへ向かって進むだけだ。どれだけ遠い場所でもな」
「だからー、その目的地が遠すぎて二日じゃ到達できないって言ってんだよ。指導者なら馬車くらい出してくれ」
「無茶を言うな。そんなことができるならとっくにやってる。とにかく、ぐだぐだ愚痴を言っていてもオクスネピヨンは習得できないぞ。依頼の期限に間に合わなくても訓練は続ける。だから何度でも繰り返せ」
「もー、弱気になってんのはアルも一緒じゃん。『間に合わなくても』って堂々と言うなよ。間に合わないならやりたくない!」
アルが露骨にイラつきながら言った。
「じゃあ急げ! 文句を言ってる暇は一秒たりともないぞ!」
「そう急かすなよ。どうせやるなら、二日以内に確実に習得できる方法を探そう」
「だから、修行に近道はないって言ってるだろ」
「いいや、目的地があるなら、必ず近道もあるはずだ。意地でも探してやるぞ」
俺はそう言って腕を組み、目をつむった。
「素直に反復練習するのが一番の近道だと思うけどな」というアルの声が風と一緒に聞こえた。
《④に続く》




