雷獣 ②
ここまで来れば敵も追ってはこないだろう。あとはアルを待つだけだ。
ふとエミールを見ると、心配そうに森の奥を見つめていた。
「そう心配すんなよ。アルが負けるわけないって」
「分かってます。でも、もし怪我でもしたら……」
「心配症だなぁ、エミールは。あのアルが怪我なんてするわけないだろ? 産まれた時から一回もしてないんじゃないかな」
「それはさすがにないでしょ。でも、たしかに想像できませんね。アル様が怪我をしてるところ」
「一回くらい見てみたいけどなぁ」
「悪いな。当分見せられそうにない」
「そこをなんとかって、うお!」
俺は驚いて後ろを見た。いつの間にかアルが立っている。当然、森とは反対方向だ。
「なんでそっちに立ってるんだよ!」
「二人を試したんだ。こんな簡単に背後を取られるようではまだまだだな」
「よくぞご無事で」とエミールが嬉しそうに言う。
「敵も無事だがな。二人のために、一切傷つけずに逃げてきた。感謝してくれ」
「するか! 俺達のことを思うならちょっとでも弱らせてくれよ!」
「贅沢なことを言うな。戦いは基本、殺すか生かすかだ。生かしたまま弱らせるなんて芸当はなかなかできない。まして、ラオ相手にそんなことをしようと思えば、こっちは命懸だ」
「俺達は普通に殺すだけでも命懸けなんだよ!」
「で、どうするんだ? オレが逃げている間に、ラオを倒す算段はついたか?」
「こんな早くに思い付くわけないだろ」
「甘いな。敵がいつも考える暇を与えてくれると思うか?」
「あー、もう。説教はうんざりだ。急いで考えりゃいいんだろ」
「そうだ。一秒でも早くな。もちろん、エミールも考えるんだぞ?」
「はい……でも、私達だけで倒せるでしょうか? あんな隙が無い強敵を……」
エミールの言う通りだ。敵には隙というものが無い。まず動きが素早い。半端な攻撃速度では避けられてしまう。しかも、雷の鎧があるから、攻撃の威力も求められる。
「うーん……」
考えを巡らせていると、エミールが意見を言った。
「敵は私のギアフリンガを雷攻撃で打ち消して、ボアルインガも回避しました。ということは、敵にとって当たればマズい攻撃だってことですよね。なんとか敵の動きを止められないでしょうか……」
「動きを止めるだけならできると思うよ。エミールの魔法次第だけど」
「えっ、私次第? どういう意味ですか?」
「エミールって、全属性の魔法が使いこなせるんだよな? てことは、雷の結界も張れるんじゃないか? ほら、みんな大好きケニオンシリーズの雷バージョン」
「ああ、ドラケニオンですか。それなら使えますが」
「ちょっと見せてくれない?」
「分かりました。ドラケニオン」
エミールが呪文を唱えると、杖の先から青白い八つの雷の球が放たれた。直径は30センチほどで、バチバチと音を立てながら宙に浮かんでいる。それらが縦横に二つずつ、同じ間隔で並んだものが2セット出来ていた。上と下に四つずつ分かれており、下部の雷球は地面にすれすれの位置で浮かんでいる。ケニオン系なのに、壁という感じでも、結界という感じでもない。
「これでどうやって敵の攻撃を防げるんだ?」
「これもライムケニオンと同じように結界なんです。八つの雷球が浮かんでますよね? あれを角にした四角い結界が出来ていると考えてください。結界の壁はありませんが、敵が中の空間に触れようとすると、球から雷が発生して感電します。そうやって敵の侵入を防げるだけではなく、敵の雷魔法も雷球が吸収するので、防ぐことができます」
「よし、予想通りだ。つまり、ラオのあの雷攻撃も吸収できるってことだろ? てことは、エミールの魔力切れを心配する必要はないわけだ」
「は、はい。それは大丈夫かと。ですが、ゼラ様。敵も雷魔法の使い手。この結界では雷の光線は防げても、近接攻撃は防げません。敵は感電したらむしろ喜ぶでしょう」
「いいんだよ、それで。むしろ、喜んでくれる方が助かる」
「助かる? どうしてですか?」
俺はエミールの問いに答える前に、アルに尋ねた。
「ただし、敵の動きを止めるには、アルの力も借りなきゃいけない。それくらいはいいだろ?」
「ダメだ。二人の力だけでなんとかしろ」
「ケチ! 別に最上級魔法を使ってくれって頼みたいわけじゃないんだ。さっきみたいにライムケニオンを使ってくれればいい」
アルが拍子抜けした表情で言う。
「んっ、なんだ、そんなことでいいのか。それくらいなら構わないが、ライムケニオンでも奴の攻撃は防げないぞ? ケニオムールで強化しても砕かれるだろう」
「ふっふっふ、そんなことはこの目で見たから分かってるよ。俺の作戦はだな――」
俺は二人に敵の動きを封じる作戦を伝えた。エミールが目を輝かせて言う。
「さすがゼラ様です! それなら敵も動けませんね!」
が、アルは表情を変えずに尋ねてきた。
「で、そこからどうやって敵を仕留めるんだ?」
「そこなんだよなぁ。二人が魔法を使ってるから、あとは俺がトドメを刺せばいいだけなんだよ。でも、オクスヘッツは効かなかっただろ? なんとかならないもんかね。一度、パレンシアに帰って、武具屋のオヤジさんに相談してみないか? そしたら超強力な武器を紹介してくれるかもしれない。今の俺達には金がある。俺の新武器を手に入れるいい機会だ」
「そうですね」とエミールも賛成してくれる。「私の杖も1000ガランで買ってもらったことですし、ゼラ様にも高価な武器を買っていただきましょう」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるねエミール。てなわけで、アル。パレンシアに帰ろう」
が、アルは冷たく言い放った。
「ダメだ。武器は買わない」
「なんでだよ! エミールには杖も指輪も買っておいて、俺だけ何も買わせないのはおかしいだろ! パーティー差別だ! いじめハンターイ!」
「差別でもいじめでもない。ゼラにはそろそろ、新技を教えてもいい頃だと思ってな。武器を買い換えるんじゃなくて、新技で敵を倒せばいい」
「新技?」
「オクスヘッツは中級魔法だ。ここから先の戦いでは通用しなくなってくるだろう。というわけで、ゼラにはこれから上級魔法を教える」
「上級魔法!? 魔術師でもないのにか? ホントに俺なんかに習得できるのか?」
「それはやってみなければ分からない。とにかく、一度パレンシアに帰って特訓しよう」
「えー、特訓めんどくさい。武器を買う方が楽じゃないのか?」
「甘ったれたことを言うな。そんな都合のいい武器があるわけないだろ。強力な武器があったとしても、それを使いこなすには結局、それなりの訓練が必要になるんだ」
「うーん、言われてみれば……」
たしかにそうだ。武具屋のオヤジさんに「これが一番威力が高いぞ」って言われて、特大の斧を紹介されても、俺じゃ持ち上げることすらできないだろう。結局は辛い鍛錬をしなければならないのだ。
エミールが励ましてくれる。
「ゼラ様には闇魔法の才能があります! きっとできますよ!」
「それは裏世界の魔力に頼れるからだろ? 俺自身には魔法の才能が無いからなぁ……」
不安に思いつつ、近くの町に向けて歩き出す。その道中で俺はアルに尋ねた。
「それで、いったいどんな魔法を教えてくれるんだ?」
「オクスヘッツの強化版魔法だ。名前はオクスネピヨン。当然、闇属性魔法だが、ゼラは闇属性が持つ二つの特質を覚えてるか?」
「うん。暗くて地味」
「全然違うぞ。吸収と侵蝕だ。オクスヘッツはその侵蝕作用によって敵の魔法を打ち消すだけだが、オクスネピヨンは一味違う。敵の魔力を吸収して取り込み、攻撃の威力を上げるんだ」
「なるほどな。その技が使えれば、敵の強力な雷魔法をこっちが利用できるってわけだ」
「その通り。これから先、ラオ以上の強敵が待ち構えている。そいつらの力を逆に利用できるこの技は、習得しておいて損はない」
「損はないどころか、必須スキルになるんじゃないかな。もし俺が習得できなかったら、エミールに習得してもらおう」
「その場合、闇の宝玉が必要になる。ゼラが使えなきゃ意味がないぞ」
「だったら闇の宝玉を手に入れればいいだけだ」
「簡単に言うな。闇の宝玉を持ったモンスターは少ない。オレが知っている限りだと、ラオよりも強いモンスターしかいないぞ? だから何が何でもゼラに習得してもらうしかない」
「そんなぁ……。あんまプレッシャーかけんなよ」
と言った側から、エミールが期待という名のプレッシャーをかけてきた。
「ゼラ様には裏世界の豊富な魔力があるから大丈夫ですよ。私と違って宝玉に頼る必要はありません。なんだかんだ言っても、オクスヘッツだって一日で習得しちゃったじゃないですか」
「うぅ……そうなればいいんだけど……」
不安を募らせながら歩く。1時間もかけてようやく町に着いた。そこからは馬車でパレンシアへと帰る。
昼食を取り、稽古場の原っぱに行くと、さっそくアルが指示を出した。
「今日は一日、オクスネピヨンの訓練に使うぞ。それでもダメなら明日も一日訓練に費やす。それでもダメなら、明後日の午前中まで訓練して、それでもダメならタイムオーバー。ラオの依頼は失敗だ」
「猶予は二日半だな」
「甘い。今日はもう半日過ぎてるから二日だ。それに、今日中に習得するくらいの心構えで挑め。でなければ何日経っても習得できないぞ」
「へいへい。精一杯頑張らせていただきますよ。パーティーのためにね」
「よし。では、さっそくやり方を教える。といっても、ほとんどオクスヘッツと一緒だ。基本は闇の魔力を矢に纏わせる。それだけだ」
「でも、難しいんでしょう?」
「ああ、上級魔法だからな。何が難しいのかと言えば、纏わせる魔力の濃度を高めることだ。オクスヘッツは呪文を唱えて、矢の周囲に魔力を固めるだけでいい。魔力の質は問われない。だが、オクスネピヨンは高濃度の闇の魔力でなければ成立しないんだ」
「濃度って濃さのことだろ? 魔力に濃いも薄いもあるのか?」
「……はぁ」
俺の質問に余程ガッカリしたのか、アルは深い溜息をついた。
「なんだよ、その溜息は! 馬鹿にしてんのか! こっちは真面目に質問してるだけだろ!」
「違う、馬鹿にしてない。当然の質問だと思ったんだ。そりゃあ、そうだよな。魔術のことなんて何も知らないんだから。あれだけオクスヘッツを使いこなせるんだから、濃度のことにも気づいてると思ってたんだが、どうやら甘かったらしい。これだと、一年経っても習得は無理かもな」
「何!? 今日中に習得しろって言ったのはどこのどいつだ! 潜影族を舐めんじゃねーぞ! それくらい一日でやってやらぁ!」
アルが小さく笑って言う。
「ふっ、そうだな。指導者が弱気になってたら世話がない。悪かった。話を戻そう。魔力にも濃い薄いがある。同じ体積に詰まっている魔力が濃ければ濃いほど、魔力の性質を最大限発揮できるんだ」
「んん、なんか難しいこと言ってんな。体積ってなんだ?」
「物の大きさだ。例えば、下級の炎魔法であるボーアと、上級のボアルインガ、どちらも炎の球体だが、もし大きさが同じでも、威力が高いのは当然上級のボアルインガだ。なぜかといえば、同じ体積に詰め込まれている魔力量が多いからだ。これを『魔力の濃度が高い』という」
「ふーん、だからボアルインガは弾けると大爆発するわけだな」
「その通り。凝縮されている魔力が一気に解き放たれるんだ」
「ふむふむ。で、その濃度の高い魔力を作るには、いったいどうすればいいんだ?」
「……感覚だ」
「は?」
「魔力にはかならずムラがある。つまり、濃い部分と薄い部分が混ざってるんだ。熟練の魔術師であれば、薄い魔力を練り上げて高濃度にするんだが、そんな高等技術は習得に何年かかるのか分からない。そこで、もっと効率のいい方法を選ぶ。最初から濃度が高い魔力を選んで、それだけを矢に込めるんだ。これならそれほど難しいことじゃないと考えてたんだが……どうだ? できそうか?」
「そんなこと言われてもなぁ……。要するに、裏世界の魔力を取り出す時に、濃度が高い魔力だけを選べばいいってことだろ? でも、どうやって濃度の高さを判断するんだ?」
「……感覚だ」
「それさっきも聞いたよ! 感覚って言われても分かんないんだよ!」
アルがもどかしそうに言った。
「オレだって言葉で説明したいんだ。でも、こればっかりは仕方がない。グナメナを食ったことがない奴にその味を正確に伝えられるか? それと同じだ。魔法の説明なんてものは、魔法を経験した人間にしか通じない」
エミールが深く頷く。
「うんうん、そうなんですよねぇ」
完全に他人事だ。俺が困ってるのを楽しんでいるようにすら見える。エミールからすれば、立ち上がろうとする赤ん坊を眺めている大人の心境なのかもしれない。
まあ、いい。俺は魔法に関しては赤ん坊みたいなもんだ。ここは素直に指導者様の言うことに従うことにしよう。
俺は矢を一本取り出し、呪文を唱えた。
「オクスネピヨン!」
《③に続く》




