雷獣 ①
俺は馬車に乗りながら依頼書を眺めていた。今日、受けることにした依頼は、ラオの駆除だ。報酬は2万5000ガランもある。
で、このラオ、どんなモンスターかというと、虎のモンスターらしい。そもそも、虎とは何か。アルによると、デカい猫だという。それだけ聞くと全然強そうじゃないが、依頼書の裏を見た俺は絶句した。可愛い猫ちゃんとは似ても似つかないごっつい体格で、威嚇する口からは鋭い牙が伸びていた。おまけに牙と同じくらい鋭い爪も両腕から伸びている。体長は3メートルもあるという。
可愛げは一切なく、むしろ恐ろしさしか感じられないが、まったく猫に似ていないわけでもなかった。犬と違って鼻が伸びていないところや、短く尖った耳などには、猫の面影が感じられる。
ちなみに、一般的な虎は黄色と黒の縞模様らしいが、ラオはというと雪のように白一色だった。
なんともおかしい話だ。普通、逆じゃね? なんで普通の虎は黄色と黒なんてド派手な見た目をしているんだろう。全身白い方がよっぽど自然だ。
また、普通の虎は魔力を使わないため、凶暴だがそれほど人間にとって脅威ではないらしい。だから、地域によってはモンスター扱いされず、普通の動物として見なされている場合もあるとか。
一方、ラオは違う。こいつは雷魔法の名手で、各地でゴリゴリにモンスター扱いされているらしい。
ラオの生息地は沼が多い森の中で、なんでも沼にいる雷魚が大好物らしい。雷魚は雷魔法を使って外敵を退ける魚の総称だ。その魔法のせいでラオに食われまくっているのだから、哀れというか皮肉というか。
また、ラオは雷魚だけではなく、自然現象の雷も大好きで、嵐の時には自らに落雷を引き寄せ、喜んでいるらしい。
その様は実に壮大なものらしく、よく詩の題材に使われるのだとか。
その中でも特に有名な詩があると言って、アルが吟じようとしたが、俺は興味がないので止めた。
アルが残念そうなので訳を聞くと、アルはこのラオが一番好きなモンスターらしい。
だったらアルに倒させてやるよと言ったが、「普通、逆だろ。なんで好きなモンスターを倒さないといけないんだ」と断られた。やっぱり、今回も俺とエミールだけで倒さないといけないらしい。
そんなこんなで、俺達は二時間も馬車に乗り、ラオが生息するパルタンの森についた。
馬車を降り、森の中を通る道を歩く。この道の通行人が最近ラオに襲われるようになって困っているのだという。おそらく、大量の雷魚を釣り上げた人間を襲ったことで、味を占めたのだろう。
それにしても、空気がじめじめして鬱陶しかった。地面の土も雨上がりのように湿っている。雨が溜まりやすい土壌なのだろう。だから雷魚がいる沼もたくさんあるわけだ。
先頭はアル、真ん中がエミール、後ろが俺の順番で進む。
俺は木々の間を歩きながら考えた。そういえば、森の中で敵と戦ったことは今までにない。……いや、あることにはあるか。ガルムレザータがそうだった。でも、こいつは鹿を食べて無防備なところをこっちから発見できた。仮にそうじゃなくても、ガルレザの動きはトロかったから、向こうから奇襲を受ける心配は少なかっただろう。
だが、ラオはおそらく違う。今回の敵はデカい猫。デカいトカゲと違って動きはある程度俊敏だろう。そして、ここは鬱蒼と草木が生い茂った森の中。敵は簡単に姿を隠すことができる。しかも、ラオマニアのアルによれば、鼻もいいらしい。縄張りの中にのこのこ入ってきた俺達は、敵からすればネズミみたいなもんだ。臭いを嗅ぎつかれて、先制攻撃を仕掛けられる可能性は充分ある。
まっ、ラオマニアのアルがいるから、その場合でもお得意のライムケニオンで守ってくれるだろうけど……。
そう思いつつも、不安は消えない。今まで俺が影から先制不意打ち攻撃を仕掛けてきたが、それを敵からやられてしまうかもしれないのだ。しかも、敵はAランクモンスター。今までの敵とはレベルが違う。
突然、音も無く茂みの中から飛び出してきたらどうしよう。そう思い、辺りをキョロキョロ見渡しながら歩く。左右だけじゃなく、上も後ろも見なければならない。ラオマニアの情報によると、なんと敵は木登りまでできるのだという。
右見て左見て上見て後ろ見て、また右を見る……と見せかけてフェイントで後ろを見る。
警戒は万全。少しでも敵の気配を感じたら、すぐさま影の中にエミールと一緒に逃げよう。マニアを残して。
などと考えながら後ろを見ていると、根っ子に躓いてすっ転んだ。
「ぐへっ」
「大丈夫ですか、ゼラ様」とエミールが手を差し伸べてくれる。
俺はその手を借りて立ち上がった。
「いてて、ありがとうエミール」
「だらしないぞ」とアル。「敵に隙を見せるな。いきなり襲いかかってくるかもしれないんだぞ」
「それが分かってるから警戒してたんだ! で、キョロキョロしてたら転んだ!」
「じゃあ下もよく見ろ」
「言われなくてもそうするわい!」
と、俺が言い返した時だった。左手の茂みからガサガサと音がした。三人とも黙って茂みを見つめる。
俺は緊張して固まっていたが、そこから出てきたのは、一羽の小さなウサギだった。それが俺達の間を横断し、向こうの茂みに消えていく。
「なーんだ、ウサギかよ。ビビらせやがって」と、俺が安心したのも束の間、二人が同時に呪文を唱えた。
「ライムケニオン」「ライムケニオン」
光の結界が二重に俺達を囲む。次の瞬間、茂みを飛び越えて巨大な獣が飛びかかってきた。両前足が結界に叩きつけられる。
結界は壊れなかったが、それを足場にして獣はくるりと一回転すると、俺達の前に立ち塞がった。
グルルルと低い唸り声を響かせながら、鼻に皺を寄せて威嚇している。引き上げられた口角からは恐ろしく鋭い牙が覗いていた。
やはり不意打ちをしかけてきやがった。こいつがラオ……。
依頼書に描かれていた通り、全身が真っ白い毛で覆われていた。また、アルの言っていた通り、体長は3メートルほどもあった。
たしかにカッコいいな、と自分でも呆れるほどのんきなことを考える。
とにかく、不意打ちは防いだ。あとはどう反撃するかだ。
敵はこちらを睨んだまま動かない。これなら落ち着いて作戦を考えられるな。
そう悠長に考えていたのだが、敵の様子が急変した。
バチバチッと、何かが弾けるような音がする。そして、敵の体毛が輝き始めた。音の正体は、敵の体から迸る雷だった。体毛の一本一本から雷が発生しているようだ。
気づけば、敵の全身は雷で出来た青白い光に包まれていた。その向こうから、鋭い目が俺達を睨んでいる。
「美しい……」とアルがうっとりと呟いた。
そんなこと言ってる場合か、と思いつつも言葉が出ない。敵の迫力がそれを許さなかった。強烈な殺気が明るい雷光となって放たれている。
この凄まじい迫力は、ドラゴンのゼス以上だ。俺達人間はモンスターを狩る側ではなく、狩られる側なのだという現実に、否応なく気づかされる。
臨戦態勢が整ったのか、敵が天高くに咆哮した。ゼスの咆哮を思い出す。ゼスは荒々しい感じがしたが、ラオの咆哮は研ぎ澄まされた刃のようだ。
こりゃ詩人も喜ぶなと、あえて余裕ぶった感想を心の中に浮かべていると、敵が動いた。
目にも止まらぬスピードで結界に迫ってくる。気づいたときには、雷光を帯びた爪を結界に叩きつけていた。
外側の結界が一瞬で崩壊する。エミールが内側の結界を強化しようと、強化魔法を唱えた。が、それと同時にアルが叫ぶ。
「ゼラ! エミールと影に逃げろ!」
俺は返事をせずに自分とエミールを裏世界に沈めた。顔が沈みきる寸前、強化された結界が粉々に砕け散るのが見えた。
なんとか無事に逃げ切り、とりあえずほっとする。敵の攻撃は相当強力だ。アルのライムケニオンを破るだけでも凄いのに、エミールが強化した結界までも一瞬で壊してしまったのだ。ディアシュタインの頃から感じていたが、やはり中級魔法が通用しなくなってきているのだろう。
さて、ではどうしようか。
とりあえず、離れた場所から地上に出よう。今、アルが敵と戦ってるはずだから、それを木に隠れつつサポートすればいい。
俺はエミールにそのことを伝え、近場の木の影にゲートを開いた。そこから二人で地上に出る。木の影からこっそり様子をうかがうと、予想通り、アルは敵と相対し、攻撃をしかけていた。
剣を振り、波動斬を連続で放っている。が、敵は見事な身のこなしでそれを躱していた。敵の後ろにあった木が波動斬で切断されていく。
さすがはアルだ。敵は波動斬を避けるので精一杯のようだ。
しめしめ、これなら俺も安全に攻撃できる。
俺は矢を一本取り出し、弓につがえた。雷の鎧も貫けるように呪文を唱える。
「オクスヘッツ」
影から闇の魔力を取り出し、鏃に集中させた。宙に浮かんだ敵が着地する一瞬の隙を狙って矢を放つ。
食らえや!
心の中で叫ぶ。が、次の瞬間、敵の体から猛烈な雷光が迸った。眩しくて思わず目をつむる。
手を前に出して光を遮りつつ、無理やり目を開ける。この状態で攻撃が来たらマズいな、と思っていたが、幸い光はすぐに収った。
敵はその場で静止している。では、あの雷光はいったいなんだったんだろう。というか、俺の矢は?
敵がいる場所をよく見ると、足下にバラバラになった矢が散乱していた。
どうやらあの雷光は俺の攻撃を防ぐためのものだったらしい。アルの波動斬と違い、避けるまでもないということだ。完全に俺のことを舐めてるらしい。でも、ここまで実力が離れてると腹も立たない。俺の方が敵より格下なのは明白。どうかもっと手加減してください!
そんなことを考えていると、隣にいたエミールが呪文を唱えた。
「ギアフリンガ」
氷の球体が杖の先端に形成され、敵に向かって飛んでいく。
すると、敵はその氷球から逃れるために後ろに飛び退いた。
その判断の速さに驚く。敵は俺の攻撃は避けなかったのに、エミールの上級魔法は瞬時に危険と判断したのだ。なんて頭のいい奴。俺よりいいな。
「やったれ、エミール!」
今までの威勢はどこへやら。敵は小さな氷球から逃れるため、ひたすら後退を続けた。
「逃げんな、臆病者!」
俺は調子づいてそんな煽り文句を口にしたが、後退する敵の狙いは、魔法の回避だけではなかった。
敵の動きが突然止まったかと思うと、まるで獲物にかぶりつこうとするように口を大きく開けた。
え、まさか、氷球を食うつもりか?
そんな馬鹿げた予想が頭を過ぎった瞬間、アルが横に跳躍しながら叫んだ。
「二人とも後ろに下がれ!」
なんかヤバそうなので即座に従う。敵を視線を向けながら慌てて後退した時だった。
敵の口から、雷の光線が発射された。光線は氷球を飲み込み、木々を破壊しながら森の奥へと消える。
それは数秒の出来事だったが、俺はその絶大な威力に目を見張った。そして、分かりきっていたことをエミールに尋ねた。
「な、なぁ、エミール。ギアフリンガはどうなった?」
「……敵の攻撃で消滅しました。」
「だよな……」
それもそのはずだ。まるで目の前に雷が落ちたかのような迫力だった。たとえ上級魔法といえども一溜まりもないだろう。
敵の圧倒的な強さに、俺はさっそく戦意を喪失し、どう逃げるかを考え始めていた。だが、エミールは違った。
「ゼラ様は危ないので下がっててください」と頼もしいことを言うと、俺より前に出て新たな魔法を放った。
「ボアルインガ」
火球が敵に向かって一直線に飛んでいく。これも直撃すれば危険と判断したのだろう。敵は後方に飛んで攻撃を避けた。が、ボアルインガはそれだけでは終わらない。火球は地面に着弾した瞬間、大爆発を起こした。爆発の範囲は直径6メートルにも及ぶ。敵は直撃を避けても、この爆炎からは逃れられなかっただろう。
エミールもそれは例外ではなく、ボアルインガを放った直後にライムケニオンを唱えていた。
光の結界が爆炎から術者を守る。
俺はその頼もしい背中を眺めながら思った。
エミールは冒険を通して格段に成長している。惚れそう。もっとカッコ良くなって、これからも俺を守ってくれ。
そんなことを木の幹に隠れながら思っていると、爆発で舞い上がった土煙が晴れてきた。さて、敵は無傷では済まないはず。殺すまではいかずとも、弱体化してくれれば――。
その時、敵はいつの間にかエミールの目と鼻の先にいた。音も無く一瞬で忍び寄ったのだ。
マズい! と直感で思う。エミールの結界では敵の攻撃は防げない。このままだと結界を突き破って直撃する。
と思った瞬間、なぜか敵は攻撃せずに後ろに飛び退いた。それなのに、結界が破壊される。そして、結界の背後にあった木の幹も真っ二つになって崩れた。
どうやらアルが敵を狙って波動斬を放ったらしい。しかも、結界には当たってもエミールには当たらないギリギリの軌道で。まったく、危ないことをしやがる。
敵はエミールから離れた後、またアルと向き合った。アルが距離を詰めようとする敵に波動斬を放つ。敵はそれを避けつつ、また口を開いて雷の光線を放った。今度はアルが横に跳躍してそれを避ける。
戦いを観察しながら思う。敵は曲がりなりにもエミールの炎魔法を食らったはずだ。それなのに傷一つ負っていない。動きは俊敏なままだ。おそらくというかやはりというか、あの体に纏う雷が鎧の役割をしているのだろう。
とはいうものの、敵は一応回避行動を取ったから、直撃さえすればさすがにダメージを与えられるはずだ。しかし、あの俊敏な敵に攻撃を直撃させるのは難しい。現に、アルの波動斬ですら一度も当たっていないのだ。
これはお手上げだろうか。作戦を考えるにしても、一度撤退した方が良さそうだ。
俺はアルに声をかけた。
「アル! 撤退するぞ!」
「分かった! ゼラ達は先に逃げろ! オレが敵を引きつける!」
「了解!……てことでエミール、さっさと逃げよう」
「で、でも、アル様が」
「そのアル様が逃げろって言ってんだよ! 大人しく従うぞ!」
「は、はい」
俺はエミールと二人で来た道を戻った。後ろの様子をうかがいながら走る。幸い、敵に襲われることなく森の外に出られた。
《②に続く》




