治安官 ①
朝。そう、朝……。
ついに来てしまった。休日は過ぎ去り、お仕事をしないといけない日が……。
昨日は一日中遊んでいたのに、全身が異様に重かった。一歩も動きたくない。
だというのに、ドアから耳障りなノック音が聞こえてきた。
「ゼラ様、起きてますか? 朝食を取りに行きましょう」
エミールの声だ。今の俺に食欲なんてない。
俺はのそのそとドアに近づいてこう言った。
「ごめん、俺、お腹痛いから、二人で治安官の話を聞いてきてくれる?」
すると、ドアの向こうから笑い声が聞こえてきた。
「あっはっはっは。な? 言っただろう、エミール。絶対仮病を使ってくるって」
その声は当然、アルだった。
クソッ、何がそんなに楽しいんだ! 仲間が苦しんでるっていうのに! まあ、ホントに仮病なんだけど。
俺は苛立ちながら嘘を続けた。
「嘘じゃないもん。ホントにお腹痛いもん……」
「ゼラ様、今日は治安官に大事な話が聞ける日ですよ。こんな日にまでサボってどうするんですか」
「うぅ……エミールまで俺の話を信じてくれないのか? なんて冷たい人間になっちゃったんだ。アルのせいか?」
「埒が明かないな」と、アル。「エミール、あれをやってくれ」
「はい。分かりました」
ん? あれってなんだ? まさか魔法でドアをぶち破るつもりか? いや、まさかそんなことをするわけ……。
考えていると、エミールの呪文が聞こえてきた。
「ボルボッサ!」
え? 聞いたことない魔法だぞ? いったい何をする気だ?
不安を覚えながらドアを見つめる。が、しばらく経ってもなんの変化も起こらなかった。
不気味だ。俺が気づいてないだけで、何かが起こってるのか?
キョロキョロと部屋中を見渡す。が、変わった様子はない。
答えが分からず、エミールに尋ねようとした時だった。俺の胸に、炎が灯った。本物の炎じゃない。本物以上に輝く、やる気の炎だ!
炎はたちまち燃え広がり、俺は居ても立ってもいられず、レザータのチョッキと弓矢を引っ掴んでドアを開けた。
「早く行こう! エミール、アル!」
すると、二人が笑って顔を見合わせた。
「成功ですね」
「ああ」
「ん、何が成功なんだ?」
「魔法ですよ。さっき、ゼラ様にやる気が湧く精神魔法をかけたんです」
「なるほど、このやる気は魔法のせいだったか。ま、どうでもいいか。もう何かやりたくてウズウズしてるよ。早く飯食って治安署に行こう。なんなら飯食わなくってもいいや」
「ゼラが良くても俺達が良くない」とアル。「飯は食ってくぞ」
「弛んでんなアルは。でもエミールに免じてそうしますか。今日も元気に、飯を食うぞー!」
俺はレストランに向かって歩きだした。後ろからエミールが尋ねる。
「ゼラ様、お腹は痛くないんですか?」
「痛いわけないだろ! 仮病だ、あんなもん」
「そんな……。もしかしたら本当かもって心配したんですよ」
俺は呆れて言った。
「エミール……今までの旅でいったい何を見てきたんだ。俺は自分の為なら平気で嘘をつく人間なんだよ。アルを見習ってちゃんと疑わないとダメだ」
「しょーもない説教をするな」とアルがツッコむ。
さて、久しぶりに二人と話しながらレストランへ。テーブル席に座り、さて何を頼もうかと悩んでいると、あれだけ燃えさかっていたやる気の炎が、嘘のように鎮火してしまった。
その瞬間、俺の心に冬が到来した。やる気が出ないどころか、ダルくて仕方ない。まるで風邪を引いたときみたいだ。
俺は堪らず言った。
「あの、二人とも、信じてくれないかもしれないけど、俺、風邪を引いたかもしれない。めちゃくちゃダルい。今日はホントに無理かも……」
すると、アルが何事も無いかのように言った。
「心配するな。それはさっきかけた魔法の反動だ。ボルボッサは効果が切れた途端、強烈な気怠さに襲われる」
「は? 何が心配するなだ! それじゃ仕事に差し支えるだろ! どうするん、だ……」
怒鳴っている途中で力が抜けてきた。もう怒るやる気も起こらない
俺は席を立ち、部屋へ戻ろうとした。
「ゼラが部屋から出てこないのが悪いんだろ。って、おい、どこに行く?」
「どこって、自分の部屋に戻るんだよ。もう歩くだけでもしんどい。これは仮病じゃなくてホントだからな」
「ライムキース」
「え?」
聞き慣れた呪文が聞き慣れない場所で響く。おなじみの光る鎖が現れ、俺の体を強く縛り付けた。鎖の一端をアルに引っ張られ、テーブルに引き寄せられる。
俺は泣きそうになりながら言った。
「勘弁してください勇者様。ホントに辛いんです。仮病使ったことは謝りますから」
「話を聞け。魔法の反動もしばらくすれば消える。大人しくしてろ」
「そうなの?」
「オレはゼラと違って嘘はつかない」
「……了解」
俺は仕方なく椅子に座った。とはいうものの、食欲は無いし、頼む料理を考えるのもしんどかった。そんなわけで、俺はエミールと同じ料理を注文した。
その後、料理が来るのを待っていると、突然、俺の心に春が訪れた。なんだか穏やかな気持ちになる。反動が解けたみたいだ。
「ふぅー、急に楽になったな。仕事は面倒くさいままだけど」
「それが正常な心だ」とアル。
「アルも面倒くさいのか?」
「もちろん。オレも人間だからな。それでも、やるんだよ。仕事も鍛錬も」
「偉いねぇ、勇者様は。あっ、ところでエミール。お金はちゃんと届けられたのか?」
「はい、おかげさまで」
俺は二人から四日間の旅の話を聞いた。盗賊に襲われることもなく、無事に大金を届けることができたらしい。用事は二日で済み、三日目は別行動を取って、四日目に合流してパレンシアに帰ってきたのだという。エミールは故郷の村で家族と一緒に過ごしたそうだ。なんだかんだ休みが楽しめたようで良かった。
アルの方はというと、エミールを護衛する時以外は鍛錬に費やしたという。つくづく物好きな奴だ。せっかくの休日だというのに。
俺は二人の話を聞きながら運ばれた料理を平らげた。
朝食が済み、外に出る。そのまま馬車乗り場に行って、ラグールに向かった。
馬車の中で、アルが尋ねてきた。
「なあ、ゼラはこの四日間、何をして過ごしたんだ?」
「ああ、本を買って読んでた。本屋の店主に『勇者の伝説』を勧められてさ」
「ほお、感心だな。読書は見識を深めてくれる。これからもいろんな本を読むといい」
「でも、この本が高くてさぁ、200ガランもしたんだよ。てなわけで、買い取ってくれないか? 今なら特別に190ガラン、いや195ガランで売るぞ?」
「いらん。『勇者の伝説』なら何十回と読んだ」
「えー、じゃあエミールは?」
「私も遠慮しておきます。もう読んだことがあるので」
「もー、そんなこと言わずに買ってよ。あれ、デカいから邪魔なんだよ」
「だったら本屋に売ればいいじゃないか」とアル。
「……あっ、なるほど。本屋は本を売るだけじゃなくて買ってもくれるのか」
「そうだ。状態が良ければ買値に近い値段で引き取ってくれるだろう」
「へぇ、いいこと聞いちゃった。やっぱり持つべきものは仲間だな」
「もっと他の時にそう思ってくれ」
「思ってるよ。それはそうと、アルはやっぱり『勇者の伝説』を読む時、勇者に自分を当てはめて想像してたのか? さっき何十回も読んだって言ってたけど」
「……うるさい」
アルは恥ずかしそうに顔を背けた。分かりやすいなぁ。
俺は面白くなって囃し立てた。
「よっ、現代のコニー・フリース!」
「気安く呼ぶな! 勇者の名前を!」
隣で聞いていたエミールがくすりと笑って言う。
「私は賢者タオに憧れてましたよ」
「あー、分かるわぁ。俺もタオのずる賢さに憧れたよ」
「え、そこですか? 私は魔術の腕に憧れましたが」
「そりゃエミールは魔術の才能があるもん。俺には無いし。だからタオ以上に異能者のイオネスクに感情移入してさ、なんたって――」
その後、俺達は『勇者の伝説』について語り合い、気づけば目的地のラグールに到着していた。
馬車を降り、治安署に向かう。ここは過去に盗賊を連れて行った時に一度来ている。ただ、その時は建物の中まで見なかった。
治安署はギルドのように巨大な建物だ。まるで小型のお城のよう。
治安署の前に立つと、罪人でもないのに緊張してきた。貴族とのご対面は慣れそうにない。相手はラトルソス卿よりも階級が低い貴族だけど、かといって平民と同じように接するのは許されないだろう。失礼がないようにしなければ。
アルも同じ事を思ったのか、治安署に入る前に忠告してきた。
「これから面会するラスト・ロモーネ男爵は貴族だ。くれぐれも失礼のないようにな」
「うん、分かってるよ。……あれ? そういえば貴族なのにミドルネームが無いんだな。どうやって呼べばいいんだ?」
「ラトルソス卿と違って土地を任されていないから、官職名が無いんだ。うーんと、そうだな。『治安官様』とお呼びすればいいだろう」
「ロモーネさんじゃダメなの?」
「そんな呼び方、口が裂けてもするなよ。相手は貴族の中でも治安官。機嫌を損ねれば速攻で牢屋にぶち込まれる」
「そ、そんなことで?」
「ああ、そんなことで、だ。貴族はある意味、モンスターよりも恐ろしい。みんなラトルソス卿のように優しい人ばかりじゃないんだ。注意しろ」
「そ、そっか。じゃあ、今回も話すのはアルに任せるよ。俺は隣で大人しくしてるから……」
「それはそれで困る。治安官に会うのはゼラのためだ。訊きたいことがあれば遠慮せずに訊くんだぞ。こんなチャンス、二度とないかもしれないんだからな」
「うぅ……がんばる」
「よし。じゃあ、行くか」
俺達はついに治安署の中に入った。ロビーは広く、正面に受付カウンターがあった。驚くべきは受付係の数で、ギルドには三人しかいないが、ここにはなんと十人も並んでいる。しかも、すべての受付に行列ができていた。
俺は感心して言った。
「うわ、すげぇー。ギルドと違って繁盛してるな」
「別に商売をしてるわけじゃない」とアルが訂正する。「治安署は無料で犯罪の相談ができるんだ。だからこうしていつも人がごった返す」
「えっ、タダなの? じゃあギルドに相談するよりもいいじゃん」
「そうでもないぞ。ギルドの方が有料な分、解決が早いと聞く。あと当然だが、モンスターの駆除依頼はここでは受け付けていない」
「へぇー。じゃあギルドの商売は当分安泰ってわけだ」
「んん、まあ、そうだな。冒険者の仕事を商売っていうのもどうかと思うが」
その時、エミールが斜め前を指さして言った。
「あそこの列が一番空いてます。あそこに並びましょう」
というわけで、俺達は右から三番目の列に並んだ。空いている、といっても前には七人もの相談者がいる。が、一緒に話している組を見ると、三つに分けられそうだった。一組の相談が終われば二、三人抜ける。俺達の番が来るまでにそんなに時間はかからないだろう。
と思ってたが甘かった。一組抜けるのに、軽く十分はかかる。しかも、二番目の組が受付係と激しい口喧嘩を始めた。相談者の罵倒に、受付係も「殺すぞテメェ!」と怒鳴り返してる始末。治安署の治安が悪すぎる。もうここで犯罪が起こっちゃうよ。
でも、他の受付係は素知らぬ顔。武装した衛兵も何人か行き来してるけど、誰も気にしていなかった。どうやらこれが日常のようだ。怖ーよ、治安署。
結局、四十分も待たされて、ようやく俺達の番になった。あれだけ口喧嘩していた受付係の男が、取り澄ました顔で言う。
「今日はどんな御用ですか?」
アルが答える。
「ラスト・ロモーネ様に会いにきました。ラトルソス卿の紹介で」
「ふむ、少々お待ちください」
受付係はカウンターを出て、階段を上がっていった。しばらくして戻ってきて言う。
「お待たせいたしました。身分証明書を確認させてください」
アルがギルドの会員証を渡す。それを確認して、
「はい、たしかに。アルジェント・ウリングレイ様ですね。他のお二人はエミール・パトソール様と、ゼラ・スヴァルトゥル様でよろしいですか?」
「ええ、そうです」
「お手数ですが、一応お二人の会員証も確認させてください」
俺とエミールは会員証を見せた。
「はい、確認いたしました。ありがとうございます。それでは、ロモーネ治安官の書斎へご案内します。どうぞ、こちらへ」
やっとか。まったく、待つだけで疲れちゃったよ。
受付係を先頭に二階へ移動する。二階の廊下には宿屋のようにいくつもの部屋のドアが並んでいた。そのうちの一つの前に立ち、受付係がドアをノックした。
「客人をお連れしました」
「ああ、入ってくれ」と、渋い男の声が返ってきた。
ドアが開けられ、俺達は部屋に入った。こぢんまりとした部屋の両側は本棚で埋まっている。中にはぎっしり本やら資料やらが詰まっていた。奥には仕事机が一つ置かれ、そこに一人の男が座っている。四十代くらいの痩せ形の男。銀髪で眼鏡をかけている。なんだか厳しそうな印象を受けるこの人が、例の治安官様らしい。
治安官様が立ち上がって言う。
「さぁ、こちらに座ってくれ」
仕事机の前には、客人用と思われるテーブルと椅子がある。俺達は治安官様と対面する形でそこに座った。
受付係が部屋を出て行き、治安官様が言う。
「私が、潜影族の事件を担当したラスト・ロモーネだ。さっそくだが本題について話そう。悪いが忙しくてね。片付けなきゃいけない仕事が山ほどある。君達と長話を楽しむわけにはいかないんだ。いったい何が訊きたい?」
まあ、そりゃ忙しいだろうね、と思う。あの一階の様子を見せられたら誰もが納得するだろう。
アルが丁重に受け答えする。
「私達のために時間を割いていただきありがとうございます。では、さっそくですが質問させてください。八年前、事件を報じた新聞では、潜影族の正確な死因は不明とされていましたが、それは事実なのでしょうか?」
「……ああ、事実だ。治安官として面目ないが、正確な死因は未だに特定できていない。不思議なことに、遺体に外傷が一切無くてね、しかも苦しんだ形跡すら無かった。被害者のほとんどは家の中のベッドで、眠るように死んでいたんだ。ゆえに、被害者全員が、同日の夜に死んだと推測される。こんな事件、他に無いよ」
治安官様はそこで大きな溜息をついた。今でも事件について深く悩んでいるようだ。
アルが次の質問をする。
「記者は死因を疫病と推測していましたが、それについて治安官様はどうお考えですか?」
すると、治安官様は小さく笑って言った。
「ふっ、治安官様か。そう言われて悪い気はしないが、こそばゆいから治安官でいい。ここにいる連中からはそう呼ばれている。で、死因が疫病かどうかについてだが、私はその可能性は低いと考えている。理由は複数ある。事件後、私は集落の近くに住む医者に聞き込みをしたんだが、事件が発覚する二日前に、潜影族の男が一人、病院に来たと言うんだ。だが、その男が来たのは脱臼した肩をはめてもらうためで、疫病とはまったく無関係だった。しかも、他人が疫病にかかったなんて話も一切しなかったらしい。もし集落で疫病が蔓延しているのなら、一刻も早く医者に報告するはずだ。その報告が無いということは、潜影族はある日突然疫病にかかり、即日死んだということになる。しかし、だ。もしそれほど感染力が強く、致死率も高い疫病が蔓延したのなら、集落近くの住民にも犠牲者が出ていなければおかしい。だが、そんな住民は一人も報告されていない。大陸中に散らばった潜影族が、全員死んでいるにも拘わらずだ。ゆえに、疫病説は可能性が極めて低いと言わざるを得ない」
「……では、治安官は死因をどう推測されますか?」
治安官は悩ましそうに眉間に皺を寄せ、こう答えた。
「……ここだけの話だぞ。これはあくまでも推測だが、潜影族は、何者かに殺害されたのだと私は考えている……」
《②に続く》




