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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
83/85

治安官 ①

 朝。そう、朝……。


 ついに来てしまった。休日は過ぎ去り、お仕事をしないといけない日が……。


 昨日は一日中遊んでいたのに、全身が異様に重かった。一歩も動きたくない。


 だというのに、ドアから耳障りなノック音が聞こえてきた。


「ゼラ様、起きてますか? 朝食を取りに行きましょう」


 エミールの声だ。今の俺に食欲なんてない。


 俺はのそのそとドアに近づいてこう言った。


「ごめん、俺、お腹痛いから、二人で治安官の話を聞いてきてくれる?」


 すると、ドアの向こうから笑い声が聞こえてきた。


「あっはっはっは。な? 言っただろう、エミール。絶対仮病(けびょう)を使ってくるって」


 その声は当然、アルだった。


 クソッ、何がそんなに楽しいんだ! 仲間が苦しんでるっていうのに! まあ、ホントに仮病なんだけど。


 俺は苛立(いらだ)ちながら嘘を続けた。


「嘘じゃないもん。ホントにお腹痛いもん……」


「ゼラ様、今日は治安官に大事な話が聞ける日ですよ。こんな日にまでサボってどうするんですか」


「うぅ……エミールまで俺の話を信じてくれないのか? なんて冷たい人間になっちゃったんだ。アルのせいか?」


(らち)が明かないな」と、アル。「エミール、あれをやってくれ」


「はい。分かりました」


 ん? あれってなんだ? まさか魔法でドアをぶち破るつもりか? いや、まさかそんなことをするわけ……。


 考えていると、エミールの呪文が聞こえてきた。


「ボルボッサ!」


 え? 聞いたことない魔法だぞ? いったい何をする気だ?


 不安を覚えながらドアを見つめる。が、しばらく経ってもなんの変化も起こらなかった。


 不気味だ。俺が気づいてないだけで、何かが起こってるのか?


 キョロキョロと部屋中を見渡す。が、変わった様子はない。


 答えが分からず、エミールに尋ねようとした時だった。俺の胸に、炎が(とも)った。本物の炎じゃない。本物以上に輝く、やる気の炎だ!


 炎はたちまち燃え広がり、俺は居ても立ってもいられず、レザータのチョッキと弓矢を()(つか)んでドアを開けた。


「早く行こう! エミール、アル!」


 すると、二人が笑って顔を見合わせた。


「成功ですね」


「ああ」


「ん、何が成功なんだ?」


「魔法ですよ。さっき、ゼラ様にやる気が湧く精神魔法をかけたんです」


「なるほど、このやる気は魔法のせいだったか。ま、どうでもいいか。もう何かやりたくてウズウズしてるよ。早く飯食って治安署に行こう。なんなら飯食わなくってもいいや」


「ゼラが良くても俺達が良くない」とアル。「飯は食ってくぞ」


(たる)んでんなアルは。でもエミールに(めん)じてそうしますか。今日も元気に、飯を食うぞー!」


 俺はレストランに向かって歩きだした。後ろからエミールが尋ねる。


「ゼラ様、お腹は痛くないんですか?」


「痛いわけないだろ! 仮病だ、あんなもん」


「そんな……。もしかしたら本当かもって心配したんですよ」


 俺は呆れて言った。


「エミール……今までの旅でいったい何を見てきたんだ。俺は自分の(ため)なら平気で嘘をつく人間なんだよ。アルを見習ってちゃんと疑わないとダメだ」


「しょーもない説教をするな」とアルがツッコむ。


 さて、久しぶりに二人と話しながらレストランへ。テーブル席に座り、さて何を頼もうかと悩んでいると、あれだけ燃えさかっていたやる気の炎が、嘘のように鎮火(ちんか)してしまった。


 その瞬間、俺の心に冬が到来(とうらい)した。やる気が出ないどころか、ダルくて仕方ない。まるで風邪(かぜ)を引いたときみたいだ。


 俺は(たま)らず言った。


「あの、二人とも、信じてくれないかもしれないけど、俺、風邪を引いたかもしれない。めちゃくちゃダルい。今日はホントに無理かも……」


 すると、アルが何事も無いかのように言った。


「心配するな。それはさっきかけた魔法の反動だ。ボルボッサは効果が切れた途端(とたん)強烈(きょうれつ)気怠(けだる)さに(おそ)われる」


「は? 何が心配するなだ! それじゃ仕事に差し支えるだろ! どうするん、だ……」


 怒鳴っている途中で力が抜けてきた。もう怒るやる気も起こらない


 俺は席を立ち、部屋へ戻ろうとした。


「ゼラが部屋から出てこないのが悪いんだろ。って、おい、どこに行く?」


「どこって、自分の部屋に戻るんだよ。もう歩くだけでもしんどい。これは仮病じゃなくてホントだからな」


「ライムキース」


「え?」


 聞き慣れた呪文が聞き慣れない場所で響く。おなじみの光る鎖が現れ、俺の体を強く縛り付けた。鎖の一端をアルに引っ張られ、テーブルに引き寄せられる。


 俺は泣きそうになりながら言った。


勘弁(かんべん)してください勇者様。ホントに辛いんです。仮病使ったことは謝りますから」


「話を聞け。魔法の反動もしばらくすれば消える。大人しくしてろ」


「そうなの?」


「オレはゼラと違って嘘はつかない」


「……了解」


 俺は仕方なく椅子に座った。とはいうものの、食欲は無いし、頼む料理を考えるのもしんどかった。そんなわけで、俺はエミールと同じ料理を注文した。


 その後、料理が来るのを待っていると、突然、俺の心に春が訪れた。なんだか(おだ)やかな気持ちになる。反動が解けたみたいだ。


「ふぅー、急に楽になったな。仕事は面倒くさいままだけど」


「それが正常な心だ」とアル。


「アルも面倒くさいのか?」


「もちろん。オレも人間だからな。それでも、やるんだよ。仕事も鍛錬(たんれん)も」


(えら)いねぇ、勇者様は。あっ、ところでエミール。お金はちゃんと届けられたのか?」


「はい、おかげさまで」


 俺は二人から四日間の旅の話を聞いた。盗賊に襲われることもなく、無事に大金を届けることができたらしい。用事は二日で済み、三日目は別行動を取って、四日目に合流してパレンシアに帰ってきたのだという。エミールは故郷の村で家族と一緒に過ごしたそうだ。なんだかんだ休みが楽しめたようで良かった。


 アルの方はというと、エミールを護衛する時以外は鍛錬に費やしたという。つくづく物好きな奴だ。せっかくの休日だというのに。


 俺は二人の話を聞きながら運ばれた料理を平らげた。


 朝食が済み、外に出る。そのまま馬車乗り場に行って、ラグールに向かった。


 馬車の中で、アルが尋ねてきた。


「なあ、ゼラはこの四日間、何をして過ごしたんだ?」


「ああ、本を買って読んでた。本屋の店主に『勇者の伝説』を(すす)められてさ」


「ほお、感心だな。読書は見識(けんしき)を深めてくれる。これからもいろんな本を読むといい」


「でも、この本が高くてさぁ、200ガランもしたんだよ。てなわけで、買い取ってくれないか? 今なら特別に190ガラン、いや195ガランで売るぞ?」


「いらん。『勇者の伝説』なら何十回と読んだ」


「えー、じゃあエミールは?」


「私も遠慮しておきます。もう読んだことがあるので」


「もー、そんなこと言わずに買ってよ。あれ、デカいから邪魔なんだよ」


「だったら本屋に売ればいいじゃないか」とアル。


「……あっ、なるほど。本屋は本を売るだけじゃなくて買ってもくれるのか」


「そうだ。状態が良ければ買値に近い値段で引き取ってくれるだろう」


「へぇ、いいこと聞いちゃった。やっぱり持つべきものは仲間だな」


「もっと他の時にそう思ってくれ」


「思ってるよ。それはそうと、アルはやっぱり『勇者の伝説』を読む時、勇者に自分を当てはめて想像してたのか? さっき何十回も読んだって言ってたけど」


「……うるさい」


 アルは恥ずかしそうに顔を(そむ)けた。分かりやすいなぁ。


 俺は面白くなって(はや)し立てた。


「よっ、現代のコニー・フリース!」


「気安く呼ぶな! 勇者の名前を!」


 隣で聞いていたエミールがくすりと笑って言う。


「私は賢者タオに憧れてましたよ」


「あー、分かるわぁ。俺もタオのずる賢さに憧れたよ」


「え、そこですか? 私は魔術の腕に憧れましたが」


「そりゃエミールは魔術の才能があるもん。俺には無いし。だからタオ以上に異能者のイオネスクに感情移入してさ、なんたって――」


 その後、俺達は『勇者の伝説』について語り合い、気づけば目的地のラグールに到着していた。


 馬車を降り、治安署に向かう。ここは過去に盗賊を連れて行った時に一度来ている。ただ、その時は建物の中まで見なかった。


 治安署はギルドのように巨大な建物だ。まるで小型のお城のよう。


 治安署の前に立つと、罪人でもないのに緊張してきた。貴族とのご対面は慣れそうにない。相手はラトルソス卿よりも階級が低い貴族だけど、かといって平民と同じように接するのは許されないだろう。失礼がないようにしなければ。


 アルも同じ事を思ったのか、治安署に入る前に忠告(ちゅうこく)してきた。


「これから面会するラスト・ロモーネ男爵は貴族だ。くれぐれも失礼のないようにな」


「うん、分かってるよ。……あれ? そういえば貴族なのにミドルネームが無いんだな。どうやって呼べばいいんだ?」


「ラトルソス卿と違って土地を任されていないから、官職名が無いんだ。うーんと、そうだな。『治安官様』とお呼びすればいいだろう」


「ロモーネさんじゃダメなの?」


「そんな呼び方、口が()けてもするなよ。相手は貴族の中でも治安官。機嫌(きげん)(そこ)ねれば速攻(そっこう)牢屋(ろうや)にぶち込まれる」


「そ、そんなことで?」


「ああ、そんなことで、だ。貴族はある意味、モンスターよりも恐ろしい。みんなラトルソス卿のように優しい人ばかりじゃないんだ。注意しろ」


「そ、そっか。じゃあ、今回も話すのはアルに任せるよ。俺は隣で大人しくしてるから……」


「それはそれで困る。治安官に会うのはゼラのためだ。訊きたいことがあれば遠慮せずに訊くんだぞ。こんなチャンス、二度とないかもしれないんだからな」


「うぅ……がんばる」


「よし。じゃあ、行くか」


 俺達はついに治安署の中に入った。ロビーは広く、正面に受付カウンターがあった。驚くべきは受付係の数で、ギルドには三人しかいないが、ここにはなんと十人も並んでいる。しかも、すべての受付に行列ができていた。


 俺は感心して言った。


「うわ、すげぇー。ギルドと違って繁盛(はんじょう)してるな」


「別に商売をしてるわけじゃない」とアルが訂正(ていせい)する。「治安署は無料で犯罪の相談ができるんだ。だからこうしていつも人がごった返す」


「えっ、タダなの? じゃあギルドに相談するよりもいいじゃん」


「そうでもないぞ。ギルドの方が有料な分、解決が早いと聞く。あと当然だが、モンスターの駆除依頼はここでは受け付けていない」


「へぇー。じゃあギルドの商売は当分安泰(あんたい)ってわけだ」


「んん、まあ、そうだな。冒険者の仕事を商売っていうのもどうかと思うが」


 その時、エミールが斜め前を指さして言った。


「あそこの列が一番()いてます。あそこに並びましょう」


 というわけで、俺達は右から三番目の列に並んだ。空いている、といっても前には七人もの相談者がいる。が、一緒に話している組を見ると、三つに分けられそうだった。一組の相談が終われば二、三人抜ける。俺達の番が来るまでにそんなに時間はかからないだろう。


 と思ってたが甘かった。一組抜けるのに、軽く十分はかかる。しかも、二番目の組が受付係と激しい口喧嘩(くちげんか)を始めた。相談者の罵倒(ばとう)に、受付係も「殺すぞテメェ!」と怒鳴り返してる始末。治安署の治安が悪すぎる。もうここで犯罪が起こっちゃうよ。


 でも、他の受付係は素知らぬ顔。武装した衛兵も何人か行き来してるけど、誰も気にしていなかった。どうやらこれが日常のようだ。(こえ)ーよ、治安署。


 結局、四十分も待たされて、ようやく俺達の番になった。あれだけ口喧嘩していた受付係の男が、取り()ました顔で言う。


「今日はどんな御用(ごよう)ですか?」


 アルが答える。


「ラスト・ロモーネ様に会いにきました。ラトルソス卿の紹介で」


「ふむ、少々お待ちください」


 受付係はカウンターを出て、階段を上がっていった。しばらくして戻ってきて言う。


「お待たせいたしました。身分証明書を確認させてください」


 アルがギルドの会員証を渡す。それを確認して、


「はい、たしかに。アルジェント・ウリングレイ様ですね。他のお二人はエミール・パトソール様と、ゼラ・スヴァルトゥル様でよろしいですか?」


「ええ、そうです」


「お手数ですが、一応お二人の会員証も確認させてください」


 俺とエミールは会員証を見せた。


「はい、確認いたしました。ありがとうございます。それでは、ロモーネ治安官の書斎(しょさい)へご案内します。どうぞ、こちらへ」


 やっとか。まったく、待つだけで疲れちゃったよ。


 受付係を先頭に二階へ移動する。二階の廊下には宿屋のようにいくつもの部屋のドアが並んでいた。そのうちの一つの前に立ち、受付係がドアをノックした。


「客人をお連れしました」


「ああ、入ってくれ」と、(しぶ)い男の声が返ってきた。


 ドアが開けられ、俺達は部屋に入った。こぢんまりとした部屋の両側は本棚で埋まっている。中にはぎっしり本やら資料やらが詰まっていた。奥には仕事机が一つ置かれ、そこに一人の男が座っている。四十代くらいの()せ形の男。銀髪で眼鏡をかけている。なんだか厳しそうな印象を受けるこの人が、例の治安官様らしい。


 治安官様が立ち上がって言う。


「さぁ、こちらに座ってくれ」


 仕事机の前には、客人用と思われるテーブルと椅子がある。俺達は治安官様と対面する形でそこに座った。


 受付係が部屋を出て行き、治安官様が言う。


「私が、潜影族の事件を担当したラスト・ロモーネだ。さっそくだが本題について話そう。悪いが(いそが)しくてね。片付けなきゃいけない仕事が山ほどある。君達と長話を楽しむわけにはいかないんだ。いったい何が訊きたい?」


 まあ、そりゃ忙しいだろうね、と思う。あの一階の様子を見せられたら誰もが納得するだろう。


 アルが丁重(ていちょう)に受け答えする。


「私達のために時間を()いていただきありがとうございます。では、さっそくですが質問させてください。八年前、事件を報じた新聞では、潜影族の正確な死因は不明とされていましたが、それは事実なのでしょうか?」


「……ああ、事実だ。治安官として面目(めんぼく)ないが、正確な死因は未だに特定できていない。不思議なことに、遺体(いたい)に外傷が一切無くてね、しかも苦しんだ形跡すら無かった。被害者のほとんどは家の中のベッドで、眠るように死んでいたんだ。ゆえに、被害者全員が、同日の夜に死んだと推測される。こんな事件、他に無いよ」


 治安官様はそこで大きな溜息をついた。今でも事件について深く悩んでいるようだ。


 アルが次の質問をする。


「記者は死因を疫病と推測していましたが、それについて治安官様はどうお考えですか?」


 すると、治安官様は小さく笑って言った。


「ふっ、治安官様か。そう言われて悪い気はしないが、こそばゆいから治安官でいい。ここにいる連中からはそう呼ばれている。で、死因が疫病かどうかについてだが、私はその可能性は低いと考えている。理由は複数ある。事件後、私は集落の近くに住む医者に聞き込みをしたんだが、事件が発覚する二日前に、潜影族の男が一人、病院に来たと言うんだ。だが、その男が来たのは脱臼(だっきゅう)した肩をはめてもらうためで、疫病とはまったく無関係だった。しかも、他人が疫病にかかったなんて話も一切しなかったらしい。もし集落で疫病が蔓延(まんえん)しているのなら、一刻も早く医者に報告するはずだ。その報告が無いということは、潜影族はある日突然疫病にかかり、即日死んだということになる。しかし、だ。もしそれほど感染力が強く、致死率も高い疫病が蔓延したのなら、集落近くの住民にも犠牲者(ぎせいしゃ)が出ていなければおかしい。だが、そんな住民は一人も報告されていない。大陸中に散らばった潜影族が、全員死んでいるにも(かか)わらずだ。ゆえに、疫病説は可能性が極めて低いと言わざるを得ない」


「……では、治安官は死因をどう推測されますか?」


 治安官は悩ましそうに眉間(みけん)(しわ)を寄せ、こう答えた。


「……ここだけの話だぞ。これはあくまでも推測だが、潜影族は、何者かに殺害されたのだと私は考えている……」


《②に続く》

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