休暇 ④
レストランで飯をたらふく食べた後、部屋に戻って読書の続きに戻る。
ジェミネ大陸に渡った勇者は、そこで一人の魔術師に出会った。これこそが、かの有名な賢者、タオ・ハイメイだ。
ちなみに、俺はこの本を読んで初めて知ったのだが、タオが姓でハイメイが名らしい。今までずっと逆だと思っていた。ジェミネ大陸では、姓と名を言う順番が他の大陸と逆なんだとか。
まあ、それはともかく、タオは天才的な頭脳の持ち主だった。どれだけ頭が良かったかというと、なんとすべての国の言語を話すことができたという。しかも、そこにはヒト族の言語だけでなく、エルフ族やドワーフ族の言語も含まれている。
俺は母国語の文字を覚えることすら一苦労だったのに、それが世界中の言語となると気が遠くなってしまう。当時の人々から魔王を凌ぐ頭脳と評価されたのも納得だ。
しかし、天才だからといって、最強というわけではない。タオは軍師としてその頭脳をいかんなく発揮し、何度も魔王軍の侵攻を退けたが、魔王軍の圧倒的な兵力には敵わず、最終的には敗北を喫した。
その後、タオは魔王軍から逃れるために、魔法を使って姿をくらませた。そして、ジェミネ大陸に渡った勇者と、運命的な出会いをするのである。
これはもう神の助けがあったとしか思えない。勇者もタオも、互いのことを知らないまま、まるで最初から決められていたかのように顔を合わせるのだ。
物知りなタオはギルツバニカのことを知っており、一目で勇者が聖剣に選ばれし者だと気づいた。そこで、すれ違い様に勇者の国の言語でこう声をかける。
「私も連れて行ってくれませんか、勇者殿」と。
勇者は自分の目的が見抜かれたことに驚き、タオと初めて言葉を交わす。そして、彼のただならぬ才能を認め、魔王討伐のメンバーに加えたのである。
その後、勇者は何度もタオに助けられることになる。タオの優秀さは戦闘力の高さというよりも、敵を騙す知性の高さにあった。タオは魔族の言語もまるで母国語のように操るため、自分達が魔族の国、メレザからの使者であるかのように振る舞った。
その見識の豊かさから、魔族の幹部ですらタオの言説を信じ、すんなり関所を通してしまうのである。また、通行証の偽装もお手の物だった。
こうして、タオは勇者に無駄な戦いをさせることなく、アイナ大陸への渡航を可能にしたのである。旅の途中でギルツバニカの能力が魔王にバレなかったのは、ほとんどタオの功績といっていい。
くぅ~、カッコいいね。子供の頃はもっぱら勇者のファンで、脇役のタオにはまったく興味がなかったけど、今だったら違う。武勇に優れている勇者よりも、ずる賢いタオの方が俺に似ている。憧れるのは断然タオの方だ。ま、当然、タオは俺なんかよりも頭がいいけどね。
俺は一旦本から目を離した。「ふぁ~」と欠伸をする。もう寝る時間だ。続きが気になるが、明日にするか。休みはあと三日もある。たっぷり楽しもう。
俺はベッドに入り、冒険者になってからもっとも幸福な気持ちで眠りについた。
翌朝、レストランで朝食を取ってからすぐに本を開く。その後も食事と読書だけを繰り返して一日を過ごした。次の日も、そのまた次の日も同じだ。
さて、アイナ大陸に渡った勇者とタオは、最強の剣士、ジャバリ・キト・アモンディの話を聞く。アモンディはアイナでの大戦の際、単身で魔王軍に乗り込み、敵将の首を取るほどの強者だった。
しかし、剣士の中では敵無しのアモンディも、魔術師との相性は悪かった。敵の魔術師の罠に嵌められ、魔法で湖の中に封印されてしまったのである。
ちなみに、アモンディは『キト』というミドルネームを持つが、貴族ではない。アイナ大陸では平民でもミドルネームを付けるものらしい。俺が親から聞いた名前はジャバリ・アモンディで、ミドルネームは省略されていた。シャトー大陸ではややこしいから伝わっていないのだろうか。
それはともかくとして、アモンディの話を聞いた勇者とタオは、彼を新しい仲間に加えるために、さっそく湖に向かった。
湖には魔王軍の見張りがいるが、タオは彼らを上手く騙した。魔法で湖に細工を施し、アモンディの封印が解けそうになっていると見せかけたのである。
タオは自分が魔王城から派遣された魔術師であると嘘をつき、封印の強化を申し出た。見張りの番兵はその言葉をすっかり信じこみ、タオに封印の強化を依頼した。
そうなればあとは簡単で、タオは封印を強化する振りをして、逆に封印を解いた。
湖から解放されたアモンディは、背中の鞘から二本のロングソードを抜き放つと、番兵をあっという間に切り伏せてしまった。アモンディは二刀流の剣士なのだ。
その後、アモンディは自分を仲間に加えてほしいと願い出た。もちろん勇者は了承し、三人でシャトー大陸へと向かうのだった。
アモンディを助けたことで、勇者達は魔王軍に目を付けられることとなった。だが、その分、仲間になった最強の剣士は大活躍した。どれだけ多数の敵に囲まれても、簡単に撃破してしまうのだ。
そして、勇者一行は無事にシャトー大陸へと到着する。魔王軍に破壊された町並みを眺めて進んでいると、突然、空から漆黒のドラゴンが飛来した。どうやら魔王の手先らしい。
ドラゴンが三人の行く手に立ちはだかる。タオが魔法で攻撃をしかけるが、ドラゴンの硬い鱗には傷一つ付かない。そこで、アモンディが剣で切りつけると、傷つけることには成功したが、それもすぐに再生して、元の状態に戻ってしまう。
二人の攻撃が通用しない初めての強敵だった。そこで、今まで普通の剣で戦ってきた勇者が、ついに最後の切り札であるギルツバニカを抜いた。刀身から光が迸り、その剣で首を切りつける。すると、ドラゴンの首はいとも簡単に切断され、地面に落下した。傷口が再生することはなく、勇者は見事ドラゴンを退治したのである。
三人が先を急ごうとしたその時、誰かから声をかけられた。しかし、おかしなことに、声の主がどこにも見当たらない。三人の他にはドラゴンの死体が横たわっているばかり。だが、三人とも、たしかに声が聞こえるのだった。
しかも、ただの声ではない。まるで耳を通さず、直接脳に流し込まれるような不思議な声だった。しかも、語られるのは異国の言語なのだが、タオ以外の二人でも意味が分かった。
謎の人物が三人に語りかける。自分はドラゴンの腹の中にいるから、助けてください、と。
そこで、アモンディは剣を抜き、ドラゴンの腹を捌いた。すると、中から一人の少女が出てきたのである。
彼女は口を閉じた状態で三人に語りかけた。自分はテレパシーという異能力を持った人間で、あのドラゴンから逃げきれず、食べられてしまったのだと。
テレパシーとは、自分の思考を念じるだけで他者に伝える能力のことだ。また、他者の思考を読み取ることもできる。
彼女のテレパシーは魔法ではなく、生まれつき備わった能力であるらしい。
彼女の名前はボルバラ・イオネスク。イオネスクは両親を魔王軍に殺されており、その復讐を果たすため、勇者に同行したいと願った。勇者は快く彼女を迎えた。
その後、イオネスクのテレパシー能力は大活躍した。敵の思考がすべて分かるため、監視が少ないルートを選んで城へ行くことができた。
当然、戦いが避けられない場合もあるが、イオネスクは対峙している敵の思考を読み、声を使わず瞬時に仲間に伝えることができた。そのため、勇者達は常に戦いを優位に進めることができたのである。
俺はこのイオネスクに一番感情移入した。俺も彼女と同じ異能者だからだ。しかも、彼女は異能以外にこれといって特技があるわけではない。
タオは魔術が得意で頭がいいし、アモンディは剣術の達人で、人間離れした身体能力を持っている。勇者に至っては言うまでもなく超人なので、イオネスクはパーティーの中で一番地味であり、凡人に近かった。
俺も潜影能力を除けば凡人だ。いや、もしかしたら凡人以下といっていいかもしれない。
そんな俺だから、イオネスクを応援せずにはいられなかった。彼女が活躍すればするほど、俺は自分が活躍したかのように嬉しかった。
また、彼女も他の三人と自分を比べ、足手まといになるのではという不安と常に戦っていた。これも日頃の俺と同じだ。アルとエミールの足手まといとなり、パーティーから外されないかいつも怯えている。
そんな彼女が三人に不安を打ち明け、勇者から「強くなくてもいい。生きてさえいてくれれば」と励まされるシーンは涙無しには読めなかった。
俺もアルとエミールに不安を打ち明けたら、こうやって励まされるだろうか。……されないだろうな。エミールはともかく、アルは「不安なら強くなれ」とかなんとか説教して終わりだろう。クソッ、いいなイオネスクは。優しい仲間に恵まれて。
俺はイオネスクに憧れと嫉妬を抱きつつ、物語を読み進めた。
さて、四人は強敵達と戦いながら、ついに魔王が座す魔王城へとたどり着く。
ここまで読み進めた頃には、もう休日は最終日を迎えていた。休み中に読み終えようとは思っていなかったが、こうなれば意地でも今日中に読んでしまいたくなる。
王都メレザ(三つの大陸がすべてメレザ国になっているので、元々の領土はこう呼ばれている)にいた敵幹部は全員倒していた。当然、ここまで来ると魔王は勇者達の存在に気づいている。だが、魔王城から逃げ出さず、中で四人を待ち受けていた。
そして、ついに四人が魔王と対峙する。もはやギルツバニカの力を隠す必要はない。勇者は思う存分聖剣の力を使い、魔王を撃破した。
魔王が討伐されたことは全世界に知らされ、人々は魔王軍に反旗を翻した。魔王軍が占領していた土地は次々と奪還され、魔族は全員処刑された。メレザ国は滅亡し、世界に平和が戻ったのである。
勇者の伝説はここで終わるのかと思っていたが、まだ続きがあった。その後、勇者は母国のリスケルに戻り、国王から公爵の地位を授かる。
勇者は農民から貴族に出世して、めでたしめでたし……かと思えばそうではなく、国王から新たな命令を下された。
いつかまた、第二第三の魔王がこの世に現れるだろうから、その時にはギルツバニカを使い、世に平和を取り戻してほしい。その時が来るまで、魔法で眠りにつくように、と。
「えぇ………」
俺はどん引きした。せっかく魔王を倒したのに、眠らなきゃいけないのか? しかもそれが何年かも分からない。百年なのか千年なのか、一万年なのか……。
そんなことを命令されたら、俺なら絶対ブチギレるが、勇者は違った。正義感が強い勇者はその命令を受け入れ、聖剣を握りしめたまま、長い眠りについたのである。
だから、千年経った今でも勇者は生きていて、リスケルの城の中で眠っているという。次の戦いに備えて。
そこでページは終わった。
……え? 嘘だろ?
俺は最後のページの端を摘まみ、もう一枚ページが重なっていないか確かめた。が、やはりそこが正真正銘、最後のページだった。
………後味悪。
俺はこの本を読んだことを少し後悔した。まさかこんな悲しい結末を迎えるとは。なんか本の中ではハッピーエンドみたいな感じになってるけど、全然違うだろ! なんだよ最後の王様の命令! この国王に人の心はあるのか!
たしかに新しい魔王が生まれる可能性はあるし、そうじゃなくてもリスケルが他国に侵略される危険はあるだろう。でも、だからって、せっかく世界を救った勇者を眠らせることないだろ。これじゃあ封印してるようなもんだ。これが命がけで平和を取り戻した英雄への褒美か!
俺は激しい怒りが湧き、一人でリスケルを罵倒した。
「こんなクソ国家、さっさと滅びればいいんだ! なんでこんな国がまだ残ってるんだよ! 隣国はさっさとリスケルを滅ぼして、勇者を解放してやれ!」
怒鳴り散らして息を切らせる。が、俺はふと冷静になった。
いや、待て待て。こんなの嘘に決まってんじゃん。俺としたことが、騙されるところだった。
勇者がまだ生きているわけがない。たとえ眠っていたって、人間は歳を取るだろう。エルフじゃあるまいし、千年間も生きられるわけがない。
おそらく、リスケルも勇者が生きていると言った方が都合がいいからそう言っているだけなのだろう。そっちの方が他国に侵略される危険性が減る。ま、他国もこんな話、信じてないだろうけど。
そう思うと、いくらか気分が晴れた。これはあくまでも『伝説』。本当の歴史じゃない。
ていうか、この話には嘘くさいところが他にもいっぱいあった。
例えば魔王の強さだ。魔王はあらゆる魔法を使いこなせたらしいのだが、その威力がどう考えてもおかしい。炎魔法を使えば旱魃を起こし、水魔法を使えば洪水を起こし、地魔法を使えば地震と地割れを起こせたという。
こんな災害レベルの魔法が使えたら、もはや神様だ。人間離れしているにもほどがある。こんなこと、魔王化エミールにだってできないはずだ。
が、もっと嘘くさいのは光魔法と闇魔法だ。魔王は光魔法で夜を昼に、闇魔法で昼を夜に変えることができたという。
絶ッッッ対に嘘だ。どういう理屈でそうなるんだよ! 魔法を使うだけで太陽が無くなるのか! そんな馬鹿な話があるか!
あと、よく考えてみると炎魔法で旱魃を起こせるなら、ラゴス大陸の雪も全部溶かして、さっさと侵略できただろ。これじゃあ辻褄が合わない。
しかも、そんな神のごとき魔王を勇者は殺したわけだが、その勝ち方もなんか気に入らない。ギルツバニカの聖なる力とやらで、魔王の力をすべて無力化して倒したらしい。
なんか展開が雑だ。せっかくの最終決戦があっさりしすぎている。そりゃあギルツバニカが強いのは分かるけど、神のごとき力を持った魔王を、そんな簡単に倒せるもんかね。
子供の時にはまったく気にならなかったが、今の俺には味気なく感じられる。これじゃあ他の戦いの方が読んでいて面白かった。例えば賢者タオと、アモンディを封印した魔術師との一騎打ちだ。敵の魔術師は狡猾な奴で、自分一人では勇者達を倒せないと判断し、全員を隔離して一人ずつ封印しようと企む。が、タオはそれを阻止しようと、魔術師に一人で戦いを挑むのだ。
この戦いは読んでいて面白かった。今まで戦闘を避けてきたタオが、ここで初めて本格的に魔術師としての強さを見せつけるのだ。「あれ、実はタオってそんなに強くないのか?」と思わせておいてのこの裏切り。カッコ良すぎる。
他にもアモンディがモンスターの大群と戦う場面は見物だった。この戦いではイオネスクのテレパシーも活躍する。なんと、彼女はモンスターの思考も読み取ることができるのだ。それが判明しただけでも面白いが、その能力を駆使し、群のリーダーを見極めてアモンディが殺すのである。リーダーを失った群は統率が取れなくなり、混乱したモンスターをアモンディが次々と切り伏せる。結果、ほとんどアモンディとイオネスクの二人だけで、大群を壊滅させるのだ。こんなエピソードは両親からも聞いていなかったから、気づけば息をするのも忘れて読んでいた。
それに比べて最終決戦の大雑把なこと。嘘でもいいから作者はもっと読み応えのある戦いを書けよ! 俺の方が上手く書けるんじゃねーのか。嘘を考える能力には自信があるぞ。
……そうだな。将来は小説家になるのもいいかもしれない。なんたって一冊200ガランにもなるんだから。何冊も作ればボロ儲けじゃないか。
うへへ、いいねぇ。お菓子屋もいいが小説家も捨てがたい。さっさと冒険者の仕事なんか辞めて、どっちかの修行をしたいもんだ。
……。
その時、俺の心に暗雲が立ちこめた。そうだ、今日で休みは終わりなんだ。明日からまた、地獄の任務をこなさなくちゃいけない………。
窓を見ると、既に日が沈んで薄暗くなっていた。
嫌だ! 太陽よ沈まないでくれ!
が、俺は魔王じゃないから、そんなことを願ったところでどうにもならない。夜は必ず来るし、明日も必ず来る。
「うぅ……」
俺は泣きそうになりながら、とりあえずレストランで食事を取ることにした。せめて残金でご馳走を食べようとしたが、明日が嫌すぎて食欲も湧かなかった。高価な物を食べるほど、虚しい気持ちになる気がする。
そこで、俺はあえてレストランを出ると、安宿時代に通っていた飯屋に入った。そこで思い出の味であるグナメナを注文する。
テーブルに料理が置かれた。馴染みの灰色の肉が皿に乗っている。それをフォークで一口サイズに切り、口の中へ運ぶ。
うん、やっぱり美味い。最初、俺はこれを食うために働いていたんだ。
俺は完食するともう一皿グナメナをおかわりし、それもすべて平らげ、代金を払って宿に帰った。
グナメナのおかげで初心に帰ることができた。冒険者の仕事をすれば、グナメナがいつでも好きなだけ食える。それに感謝しないと。
部屋に戻り、ベッドに寝転がる。満腹だから、すぐに眠気が襲ってきた。
ああ、これで寝たら明日になっちゃう。嫌だ。寝たくない。もうちょっとだけ起きてたい。やることもないけど。
そう思って必死で目を開けていたが、抵抗も虚しく、気づけば深い眠りに落ちていた。
《休暇・完》




