休暇 ②
ドキドキしながら耳を澄ましていると、アルが答えた。
「……そうだな。休みは四日間だから、一日100ガランで、400ガラン渡すとしよう」
俺は歓声を上げた。
「うひょー、銀貨四枚も貰えるのか? たった四日で使い切れるかな」
「別に使い切れと言ってるわけじゃない。残しておいてもいいんだぞ?」
「いや、せっかくの休みだ。ぱーっと使い切らないともったいない。あー、400ガランか。何に使おうかな。こんな大金を生活費以外に使えるなんて……ん、待てよ? その400ガランって、宿代も込みか?」
「いや、それはオレがまとめて払っておこう。ただ飯代は400ガランから出してくれ」
「太っ腹! さすが勇者様! あー、何に使おっかなー。とりあえず屋台で買い食いしまくろっと。エミールもそうしようぜ?」
だが、エミールは残念そうに言った。
「いえ、すみませんが、私は故郷の村に帰ろうと思います」
「えー、なんでだよ。一緒に遊ぼうぜ?」
「そうしたいのは山々ですが、私には払わなければならないお金がたくさんあります。自由に使うわけにはいきません。この休日とお金は、その支払いに使いたいと思います」
「えー、エミール真面目過ぎぃ。支払いなんてあとに回せばいいじゃん」
「そういうわけにもいきませんよ。既に何年も待ってもらってるんですから、払える時に払わないと」
アルが頷いて言う。
「いい心がけだ。どっかの潜影族にも見習ってほしいものだな」
「余計なお世話だ!」と文句を言うが、アルが無視して続ける。
「その心がけに敬意を表して、エミールには追加で5000ガラン渡そう」
「5000ガランだと!?」俺は大声を上げずにはいられなかった。「金貨五枚もか!? なんでエミールだけそんなに貰えるんだよ! どっかの潜影族にも寄越せ!」
「ダメだ。エミールは自分で使うわけじゃないからこれだけ渡すんだ。ゼラに渡したら無駄遣いするだけだろ」
「この世に無駄遣いなんて使い方は存在しないんだよ! 金は使うだけでみんなが幸せになるんだ! だいたい5000ガランもほんとに渡していいのか? 休みの後の生活費は払えるんだろうな?」
「心配するな。明日になれば1万ガランも貰えるんだ。それに、前のディアシュタインの依頼で既に5000ガラン貰ってる。足したら1万5000ガラン。エミールの取り分が三分の一で、ちょうど5000ガランだ。別にあげすぎってわけでもないだろ?」
「ま、まぁ、そう言われればそうだな。俺とアルの取り分は残ってるわけだし」
「そういうことだ。文句は無いな?」
「分かったよ。エミールのためだ」
「ありがとうございます。ゼラ様、アル様」と、エミールが頭を下げる。
「気にするな」とアル。「エミールが稼いだ金なんだから」
そうそう。俺もそれには同意だ。どの依頼もエミールがいてくれなきゃ達成できなかった。その働きを考えれば、5000ガランくらい貰えて当然だ。
ただ、そうなると別の問題が生じる。
「なあ、でも心配じゃないか? もしエミールが一人でいる時に、5000ガランが盗まれでもしたらどうする?」
「ん、それもそうだな。今のエミールなら、大抵の盗賊は退けられるだろうが……」
アルはしばらく考え込み、こう言った。
「もしエミールが良ければ、オレが護衛として村まで送ろう。どうだ?」
エミールは慌てた様子で答えた。
「いやいや、いいですよ、そんなことまで。せっかくの休日なんですから、アル様もゆっくりしてください。村には私一人で行けますから」
「いいや」と、俺は力強く否定した。「エミールがなんと言っても、絶対にアルを護衛に付けるべきだね。道中、何があるのか分からない。俺達はもうAランク冒険者になるんだぞ? そのことがギルド中に知れ渡るのは時間の問題だ。だからエミールが一人でいるところを見つけられたら、金目当ての悪い冒険者に襲われるかもしれない」
アルも俺の意見に半ば同意する。
「まあ、ゼラの言ってることは少し大袈裟だが、一人でいると危険なのは確かだろう。どうする?」
「………お二人がそう言うのなら、お言葉に甘えて」
「うんうん」と俺は頷きながら言った。「仲間は甘えるためにいるんだよ。遠慮すんなって」
「だったらゼラも一緒に来るか?」
「いや、俺はパレンシアに残って遊ぶ」
「なんだよそれ。仲間のために来いよ」
「護衛はアルだけで充分だろ! 俺は残って二人の分まで遊んでやるから安心しろ!」
「そうか。じゃあ、もしゼラが襲われても一人でなんとかしろよ?」
「ふんっ、潜影族を舐めるな。俺を逃がさずに襲える冒険者なんてこの世にいないね」
「ここにいるだろ」
「アルは勇者だから別」
「なんだそりゃ」
そんなこんなで、俺達は馬車乗り場に到着すると、一緒にパレンシアに帰った。
依頼の報酬を受け取らなければならないので、アルとエミールがパレンシアから出るのは明日になってからだ。今日のところは二人とも町に残る。
だから今日くらいは遊べばいいのに、やはりエミールはお金を使いたくないからと遠慮した。アルはというと、予想通り鍛錬に時間を使いたいらしい。二人とも真面目なこった。
町に到着する。馬車を降りると、エミールはとりあえず宿に帰ると言った。アルは鍛錬のために町外れの森に向かうという。
ここからは完全に別行動だ。俺は二人を見送り、その場に残った。
「んん………あぁ」
伸びをして、深呼吸をする。空気が美味い。ふと空を見ると、透き通るような青色がどこまでも広がっていた。
あれ、空ってこんなに綺麗だったっけ……。
いつもと同じ空のはずなのに、あまりの美しさにぼーっと見とれてしまう。いつまでもそうしていたい気分だが、はっとして首を振る。
いけないいけない。空なんていつでも見られるが、休日は四日だけなんだ。有効に使わないと……。
俺は考えながら歩きだした。さーて、いったい何を買おうかな。
昨日まで空っぽだった俺の財布には、煌めく銀貨が四枚も入っている。一日一枚使えるから、今日だけで100ガランも使えるのだ。
「むふふふふ」と思わず笑みが零れる。今の俺は世界で一番幸せなんじゃないかな。
俺はニヤニヤしながら商店街を歩いた。まずは買い食いをしなければ始まらない。
というわけで、さっそく甘ーい匂いを漂わせているお菓子屋に入った。店内に入ると、甘ったるい匂いがさらに強烈になる。まるで鼻に直接菓子を突っ込まれたみたいだ。
店内はこぢんまりとしていて、棚にはたくさんのお菓子が所狭しと置かれている。
いろんな種類のお菓子が並んでいるが、どれも食べたことがないから美味いかどうかは分からない。でも、あまりにもいい匂いがするので、口の中が唾でいっぱいになった。
子供の頃を思い出す。父さんと母さんがまだ生きていた頃、たまーに町に出かけることがあった。その時は必ずお菓子をせがんで買ってもらったものだ。
我が家はかなり貧乏だったから、お菓子なんて贅沢品はいつも一つしか買ってもらえなかった。今思えば、集落にいた潜影族は全員貧しかっただろう。
……でも、今の俺なら好きなだけ買うことができる。こうなったら全種類買ってやろう。
俺は店主のおじさんに尋ねた。
「ねえ、これ一ついくら?」
「一つ1ガランだよ。全部そうだ」
「全部? 安いね」
「安い? どこの菓子屋もこれくらいの値段だと思うが」
「ふーん、そうなんだ。今の俺にとっては安いよ。全部のお菓子、一つずつちょうだい」
「そんなに買ってくれるのか! 兄ちゃん金持ちだな」
「へへへ、そうなんだよ」
「兄ちゃん、入れ物持ってないだろ。麻袋があるからそれに入れてけよ。袋は2ガランだ」
「うん、それも買う」
というわけで、店主は麻袋に全部のお菓子を入れてくれた。袋を俺に手渡して言う。
「菓子は全部で21種類だから21ガラン。それに袋の代金も合わせて23ガランだ」
「23ガランね……」
俺はポケットから財布を出した。中には銀貨が四枚入っている。そのうちの一枚を摘まんで尋ねる。
「銀貨で払いたいんだけど、おつりはある?」
「銀貨だって? ほんとに金持ちなんだな。釣り銭ならあるから安心しな」
「じゃあこれで」
俺はおじさんに銀貨を渡した。おじさんはそれを受け取ると、棚からお金がたくさん入った箱を取り出した。そこへ銀貨を入れ、代わりに銅貨を取り出す。
「えっと、100ガランから23ガラン引いて………おつりは77ガランだな。ちょっと待ってくれよ」
おじさんが銅貨を数え、カウンターの上に十枚ずつ置いていく。それを七回繰り返し、最後に七枚出すと、それらをまとめて俺にくれた。
「はいよ、77ガランだ」
「ありがと」
俺は大量の銅貨を財布に入れた。こんなにお菓子を買ったのに、まだたくさん金が残っている。これが金持ちの感覚か……。
重たくなった財布を持ってほくほくしていると、店主が言った。
「この町にいるってことは、兄ちゃんも冒険者なのかい?」
おお、よくぞ聞いてくれました。絶好の自慢チャンスだ!
俺はそう思い、得意になって答えた。
「ふふん、そうだよ。しかも、Aランク」
「Aランク!?」
店主が驚いて大声を上げる。正確にはまだ閣下の依頼が達成扱いじゃないからBランクだけど、この際細かいことはどうでもいい。
ああ、自慢するのは気持ちいいねぇ。さぁ、褒めてくれ。
俺は今か今かと称賛されるのを待っていたのだが、店主は笑いながらこう言った。
「ははは、兄ちゃん嘘はいけねぇ。その歳でAランクになれるわけないだろう」
「嘘じゃないって!」と、俺は必死で言い返した。「だから銀貨も持ってるんじゃないか!」
「たしかに銀貨は珍しいが、冒険者なら持っててもおかしくない。ほんとはDランクくらいじゃないのか? それならそうと言いなよ。その歳ならDランクでも充分すごいことなんだから」
「だ、か、ら、Aランクだって言ってんじゃん!」
「はいはい、分かった分かった。信じるからそう怒るなって」
と言っているが、店主はどう見ても俺を小馬鹿にした感じで、ちっとも信じている様子ではなかった。
俺は持っている会員証をカウンターに叩きつけてやろうと思った。が、会員証にはAランクではなく、Bランクと書かれている。
クソッ、さっき欲張ってAランクなんて言うんじゃなかった。これじゃあ会員証を見せても、結局嘘をついたことがバレてしまう。
俺は腹を立てながらも、黙って店を出るしかなかった。
チクショウ、せっかくの休日が台無しだ。あのクソ店主め、二度とこの店には来ないからな!
俺は店の看板を忘れないように睨み付けた後、とぼとぼ歩きだした。
手にはお菓子の入った袋がある。最初は宝の山のように思えたが、今じゃ店主のせいでほとんど魅力も感じない。食ってやるのが癪だ。
とはいうものの、さすがに捨てるのはもったいない。
俺は袋を開け、中のお菓子を取り出した。
最初に出てきたのは手の平サイズのケーキだった。安宿時代に食べていたコチャックのケーキを思い出す。鼻を近づけると、なんともいい匂いがした。
あの人を見る眼がないクソ店主が作ったケーキだ。どうせ甘いだけで大して美味くないだろう。
そう思いながらケーキを一口囓る。その瞬間、俺の口内を爽やかな風味と甘酸っぱさが襲った。驚いてケーキを見ると、中から赤色のソースが垂れている。
このソースが甘すぎず酸っぱすぎず、卵風味の生地と絶妙にマッチしていた。
道の真ん中で立ち止まり、目をつむる。今は口の中にだけ意識を集中していたかった。もはや町の雑踏など耳に入らない。
しっかりと味を堪能した後、名残惜しさを感じながらケーキを飲み下す。そして、まだ食べていないケーキを口に頬張り、味の再会に歓喜した。
気づけば、あっという間にケーキを平らげている。
俺は振り返り、お菓子屋の看板が見た。
あの店主、性格は悪いがお菓子作りの腕は超一流だ。悔しいが、認めざるを得ない。ランクにすれば、Sランクに相当するだろう。
そう思うと、腹立たしさも感じなくなった。あっちはSランク、こっちはAランクだ。向こうの方が上なのだから、自慢話をしたって仕方が無い。
「明日も行こうかな」
そう独り言をいい、また前を向いて歩きだした。
先ほどの怒りはどこへやら、俺はうっきうきで袋を開け、新しい菓子を取り出した。今度は硬い飴の棒で、全体が緑と白の縞々で出来ていた。
なんとも奇妙な見た目で、味が想像できない
飴は好きだ。俺が子供の頃に買ってもらっていたのも、いつも飴だった。理由はずっと舐めていても無くならず、お得な感じがするからだ。
さて、こいつはいったいどんな味で俺を楽しませてくれるのかな。
期待しながらペロリと一舐めする。その瞬間、舌先に奇妙な刺激が走った。これは、辛味? いや違う。スースーするが、痛くはない。なんか口の中が涼しい感じがする。何これ?
刺激もさることながら、風味もまた奇妙だった。雑草のような、なんとも変な味がする。飴とは思えないくらい不味い。
俺は振り向き、遠くに見える看板に呟いた。
「けっ、雑魚が」
そう言ってまた歩きだす。なーにがSランクだ。こんなクソ不味い飴、Fランクもいいとこだね。やっぱ明日は違うお菓子屋に行こう。まったく、1ガラン返してほしいぜ。もったいない。
さてと、この飴どうしよっかな。捨てるのはもったいないし、アルにあげようか。でも四日後まで会えるか分からないし、それまでに腐っちゃうかもしれないなぁ。………いや、でもアルなら腹を壊さないかも。勇者だし。
そう思いつつ、なんとなくまた飴を舐める。舌に刺激を感じるが、既に知っているので最初のような驚きと拒絶感はない。そのせいか、刺激の奥に隠された新たな風味に気づくことができた。それは牛乳のようなクリーミーな味だった。おそらく、刺激的な雑草みたいな味がするのは緑の飴で、クリーミーなのは白い飴だろう。この白い方は甘くて美味しい。
クソが。全部白い飴だったら普通に美味いのに。なんの勝算があって緑の飴を混ぜたんだ。あの馬鹿店主、余計なことしやがって。
なるべく白い部分にだけ舌先を付けて舐めてみる。だが、どうしても緑飴も一緒に舐め取ってしまい、口内にあの不快な刺激と風味が溶け込んでくる。
……いや、待てよ。そんなに不快か?
俺は思いきって普通に飴を舐めてみた。刺激的な緑の風味と、甘くて優しい白の風味が絶妙に溶け合う。なんだこの唯一無二の風味は……。
白い飴はたしかに美味い。が、もしこれ単独であれば、ありきたりな風味と甘ったるさにすぐ飽きてしまうだろう。そこに緑の飴の刺激が加わることで、いつまでも舐めていたい味にレベルアップしている。
俺は飴を口の中に突っ込み、ジュボジュボ音を立てて豪快に舐めた。
うん、やっぱり美味い。さっきはあんなに不味いと思った
のに、今じゃヤミツキになってやがる。こりゃどういう魔術なんだ!
俺は感動して立ち止まり、また振り返った。店の看板が見えなくなっていたので、見える位置まで引き返し、こう呟く。
「あんた……天才だよ」
満足して歩きだす。あの店主、Sランクどころじゃない。Sランク越えのギルドマスター、いや、お菓子マスターだ。
もし冒険者の仕事に飽きたら、あの店主に弟子入りしようかな。そうすれば自分で美味いお菓子を作って好きなだけ食べられる。最高だな、そんな人生。
輝かしい未来に思いを馳せながら歩いていると、前方に本屋が見えた。
ほう、本屋か。ついこの間までは本屋なんて無縁の場所と思っていたが、今の俺は違う。せっかく読み書きをマスターしたんだから、試しに入ってみるか。
俺は本屋の前で立ち止まり、ドアを開けた。
《③に続く》




