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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
80/85

休暇 ②

 ドキドキしながら耳を()ましていると、アルが答えた。


「……そうだな。休みは四日間だから、一日100ガランで、400ガラン渡すとしよう」


 俺は歓声(かんせい)を上げた。


「うひょー、銀貨四枚も(もら)えるのか? たった四日で使い切れるかな」


「別に使い切れと言ってるわけじゃない。残しておいてもいいんだぞ?」


「いや、せっかくの休みだ。ぱーっと使い切らないともったいない。あー、400ガランか。何に使おうかな。こんな大金を生活費以外に使えるなんて……ん、待てよ? その400ガランって、宿代も込みか?」


「いや、それはオレがまとめて払っておこう。ただ飯代は400ガランから出してくれ」


「太っ腹! さすが勇者様! あー、何に使おっかなー。とりあえず屋台で買い食いしまくろっと。エミールもそうしようぜ?」


 だが、エミールは残念そうに言った。


「いえ、すみませんが、私は故郷(こきょう)の村に帰ろうと思います」


「えー、なんでだよ。一緒に遊ぼうぜ?」


「そうしたいのは山々ですが、私には払わなければならないお金がたくさんあります。自由に使うわけにはいきません。この休日とお金は、その支払いに使いたいと思います」


「えー、エミール真面目(まじめ)過ぎぃ。支払いなんてあとに回せばいいじゃん」


「そういうわけにもいきませんよ。既に何年も待ってもらってるんですから、払える時に払わないと」


 アルが頷いて言う。


「いい心がけだ。どっかの潜影族にも見習ってほしいものだな」


「余計なお世話だ!」と文句を言うが、アルが無視して続ける。


「その心がけに敬意を表して、エミールには追加で5000ガラン渡そう」


「5000ガランだと!?」俺は大声を上げずにはいられなかった。「金貨五枚もか!? なんでエミールだけそんなに貰えるんだよ! どっかの潜影族にも寄越(よこ)せ!」


「ダメだ。エミールは自分で使うわけじゃないからこれだけ渡すんだ。ゼラに渡したら無駄遣(むだづか)いするだけだろ」


「この世に無駄遣いなんて使い方は存在しないんだよ! 金は使うだけでみんなが幸せになるんだ! だいたい5000ガランもほんとに渡していいのか? 休みの後の生活費は払えるんだろうな?」


「心配するな。明日になれば1万ガランも貰えるんだ。それに、前のディアシュタインの依頼で既に5000ガラン貰ってる。足したら1万5000ガラン。エミールの取り分が三分の一で、ちょうど5000ガランだ。別にあげすぎってわけでもないだろ?」


「ま、まぁ、そう言われればそうだな。俺とアルの取り分は残ってるわけだし」


「そういうことだ。文句は無いな?」


「分かったよ。エミールのためだ」


「ありがとうございます。ゼラ様、アル様」と、エミールが頭を下げる。


「気にするな」とアル。「エミールが(かせ)いだ金なんだから」


 そうそう。俺もそれには同意だ。どの依頼もエミールがいてくれなきゃ達成できなかった。その働きを考えれば、5000ガランくらい貰えて当然だ。


 ただ、そうなると別の問題が生じる。


「なあ、でも心配じゃないか? もしエミールが一人でいる時に、5000ガランが(ぬす)まれでもしたらどうする?」


「ん、それもそうだな。今のエミールなら、大抵の盗賊は退(しりぞ)けられるだろうが……」


 アルはしばらく考え込み、こう言った。


「もしエミールが良ければ、オレが護衛(ごえい)として村まで送ろう。どうだ?」


 エミールは慌てた様子で答えた。


「いやいや、いいですよ、そんなことまで。せっかくの休日なんですから、アル様もゆっくりしてください。村には私一人で行けますから」


「いいや」と、俺は力強く否定した。「エミールがなんと言っても、絶対にアルを護衛に付けるべきだね。道中、何があるのか分からない。俺達はもうAランク冒険者になるんだぞ? そのことがギルド中に知れ渡るのは時間の問題だ。だからエミールが一人でいるところを見つけられたら、金目当ての悪い冒険者に(おそ)われるかもしれない」


 アルも俺の意見に(なか)ば同意する。


「まあ、ゼラの言ってることは少し大袈裟(おおげさ)だが、一人でいると危険なのは確かだろう。どうする?」


「………お二人がそう言うのなら、お言葉に甘えて」


「うんうん」と俺は頷きながら言った。「仲間は甘えるためにいるんだよ。遠慮(えんりょ)すんなって」


「だったらゼラも一緒に来るか?」


「いや、俺はパレンシアに残って遊ぶ」


「なんだよそれ。仲間のために来いよ」


「護衛はアルだけで充分だろ! 俺は残って二人の分まで遊んでやるから安心しろ!」


「そうか。じゃあ、もしゼラが襲われても一人でなんとかしろよ?」


「ふんっ、潜影族を()めるな。俺を逃がさずに襲える冒険者なんてこの世にいないね」


「ここにいるだろ」


「アルは勇者だから別」


「なんだそりゃ」


 そんなこんなで、俺達は馬車乗り場に到着すると、一緒にパレンシアに帰った。


 依頼の報酬を受け取らなければならないので、アルとエミールがパレンシアから出るのは明日になってからだ。今日のところは二人とも町に残る。


 だから今日くらいは遊べばいいのに、やはりエミールはお金を使いたくないからと遠慮した。アルはというと、予想通り鍛錬に時間を使いたいらしい。二人とも真面目なこった。


 町に到着する。馬車を降りると、エミールはとりあえず宿に帰ると言った。アルは鍛錬のために町外れの森に向かうという。


 ここからは完全に別行動だ。俺は二人を見送り、その場に残った。


「んん………あぁ」


 伸びをして、深呼吸をする。空気が美味い。ふと空を見ると、()き通るような青色がどこまでも広がっていた。


 あれ、空ってこんなに綺麗(きれい)だったっけ……。


 いつもと同じ空のはずなのに、あまりの美しさにぼーっと見とれてしまう。いつまでもそうしていたい気分だが、はっとして首を振る。


 いけないいけない。空なんていつでも見られるが、休日は四日だけなんだ。有効(ゆうこう)に使わないと……。


 俺は考えながら歩きだした。さーて、いったい何を買おうかな。


 昨日まで空っぽだった俺の財布には、(きら)めく銀貨が四枚も入っている。一日一枚使えるから、今日だけで100ガランも使えるのだ。


「むふふふふ」と思わず笑みが(こぼ)れる。今の俺は世界で一番幸せなんじゃないかな。


 俺はニヤニヤしながら商店街を歩いた。まずは買い食いをしなければ始まらない。


 というわけで、さっそく甘ーい(にお)いを(ただよ)わせているお菓子屋に入った。店内に入ると、甘ったるい匂いがさらに強烈(きょうれつ)になる。まるで鼻に直接菓子を突っ込まれたみたいだ。


 店内はこぢんまりとしていて、(たな)にはたくさんのお菓子が所狭(ところせま)しと置かれている。


 いろんな種類のお菓子が並んでいるが、どれも食べたことがないから美味いかどうかは分からない。でも、あまりにもいい匂いがするので、口の中が(つば)でいっぱいになった。


 子供の頃を思い出す。父さんと母さんがまだ生きていた頃、たまーに町に出かけることがあった。その時は必ずお菓子をせがんで買ってもらったものだ。


 我が家はかなり貧乏だったから、お菓子なんて贅沢品(ぜいたくひん)はいつも一つしか買ってもらえなかった。今思えば、集落にいた潜影族は全員(まず)しかっただろう。


 ……でも、今の俺なら好きなだけ買うことができる。こうなったら全種類買ってやろう。


 俺は店主のおじさんに尋ねた。


「ねえ、これ一ついくら?」


「一つ1ガランだよ。全部そうだ」


「全部? 安いね」


「安い? どこの菓子屋もこれくらいの値段だと思うが」


「ふーん、そうなんだ。今の俺にとっては安いよ。全部のお菓子、一つずつちょうだい」


「そんなに買ってくれるのか! 兄ちゃん金持ちだな」


「へへへ、そうなんだよ」


「兄ちゃん、入れ物持ってないだろ。麻袋(あさぶくろ)があるからそれに入れてけよ。袋は2ガランだ」


「うん、それも買う」


 というわけで、店主は麻袋に全部のお菓子を入れてくれた。袋を俺に手渡して言う。


「菓子は全部で21種類だから21ガラン。それに袋の代金も合わせて23ガランだ」


「23ガランね……」


 俺はポケットから財布を出した。中には銀貨が四枚入っている。そのうちの一枚を(つま)まんで尋ねる。


「銀貨で払いたいんだけど、おつりはある?」


「銀貨だって? ほんとに金持ちなんだな。()(せん)ならあるから安心しな」


「じゃあこれで」


 俺はおじさんに銀貨を渡した。おじさんはそれを受け取ると、棚からお金がたくさん入った箱を取り出した。そこへ銀貨を入れ、代わりに銅貨を取り出す。


「えっと、100ガランから23ガラン引いて………おつりは77ガランだな。ちょっと待ってくれよ」


 おじさんが銅貨を数え、カウンターの上に十枚ずつ置いていく。それを七回繰り返し、最後に七枚出すと、それらをまとめて俺にくれた。


「はいよ、77ガランだ」


「ありがと」


 俺は大量の銅貨を財布に入れた。こんなにお菓子を買ったのに、まだたくさん金が残っている。これが金持ちの感覚か……。


 重たくなった財布を持ってほくほくしていると、店主が言った。


「この町にいるってことは、兄ちゃんも冒険者なのかい?」


 おお、よくぞ聞いてくれました。絶好(ぜっこう)自慢(じまん)チャンスだ!


 俺はそう思い、得意になって答えた。


「ふふん、そうだよ。しかも、Aランク」


「Aランク!?」


 店主が驚いて大声を上げる。正確にはまだ閣下の依頼が達成扱いじゃないからBランクだけど、この際細かいことはどうでもいい。


 ああ、自慢するのは気持ちいいねぇ。さぁ、()めてくれ。


 俺は今か今かと称賛(しょうさん)されるのを待っていたのだが、店主は笑いながらこう言った。


「ははは、兄ちゃん嘘はいけねぇ。その歳でAランクになれるわけないだろう」


「嘘じゃないって!」と、俺は必死で言い返した。「だから銀貨も持ってるんじゃないか!」


「たしかに銀貨は(めずら)しいが、冒険者なら持っててもおかしくない。ほんとはDランクくらいじゃないのか? それならそうと言いなよ。その歳ならDランクでも充分すごいことなんだから」


「だ、か、ら、Aランクだって言ってんじゃん!」


「はいはい、分かった分かった。信じるからそう怒るなって」


 と言っているが、店主はどう見ても俺を小馬鹿にした感じで、ちっとも信じている様子ではなかった。


 俺は持っている会員証をカウンターに叩きつけてやろうと思った。が、会員証にはAランクではなく、Bランクと書かれている。


 クソッ、さっき欲張ってAランクなんて言うんじゃなかった。これじゃあ会員証を見せても、結局嘘をついたことがバレてしまう。


 俺は腹を立てながらも、(だま)って店を出るしかなかった。


 チクショウ、せっかくの休日が台無しだ。あのクソ店主め、二度とこの店には来ないからな!


 俺は店の看板(かんばん)を忘れないように(にら)み付けた後、とぼとぼ歩きだした。


 手にはお菓子の入った袋がある。最初は宝の山のように思えたが、今じゃ店主のせいでほとんど魅力(みりょく)も感じない。食ってやるのが(しゃく)だ。


 とはいうものの、さすがに捨てるのはもったいない。


 俺は袋を開け、中のお菓子を取り出した。


 最初に出てきたのは手の平サイズのケーキだった。安宿時代に食べていたコチャックのケーキを思い出す。鼻を近づけると、なんともいい匂いがした。


 あの人を見る眼がないクソ店主が作ったケーキだ。どうせ甘いだけで大して美味くないだろう。


 そう思いながらケーキを一口(かじ)る。その瞬間、俺の口内を(さわ)やかな風味と甘酸(あまず)っぱさが(おそ)った。驚いてケーキを見ると、中から赤色のソースが()れている。


 このソースが甘すぎず酸っぱすぎず、卵風味の生地(きじ)絶妙(ぜつみょう)にマッチしていた。


 道の真ん中で立ち止まり、目をつむる。今は口の中にだけ意識を集中していたかった。もはや町の雑踏(ざっとう)など耳に入らない。


 しっかりと味を堪能(たんのう)した後、名残(なごり)()しさを感じながらケーキを飲み下す。そして、まだ食べていないケーキを口に頬張(ほおば)り、味の再会に歓喜(かんき)した。


 気づけば、あっという間にケーキを(たい)らげている。


 俺は振り返り、お菓子屋の看板が見た。


 あの店主、性格は悪いがお菓子作りの腕は超一流だ。悔しいが、認めざるを得ない。ランクにすれば、Sランクに相当するだろう。


 そう思うと、腹立たしさも感じなくなった。あっちはSランク、こっちはAランクだ。向こうの方が上なのだから、自慢話をしたって仕方が無い。


「明日も行こうかな」


 そう独り言をいい、また前を向いて歩きだした。


 先ほどの怒りはどこへやら、俺はうっきうきで袋を開け、新しい菓子を取り出した。今度は(かた)(あめ)の棒で、全体が緑と白の縞々(しましま)で出来ていた。


 なんとも奇妙な見た目で、味が想像できない


 飴は好きだ。俺が子供の頃に買ってもらっていたのも、いつも飴だった。理由はずっと舐めていても無くならず、お得な感じがするからだ。


 さて、こいつはいったいどんな味で俺を楽しませてくれるのかな。


 期待しながらペロリと一舐(ひとな)めする。その瞬間、舌先に奇妙な刺激(しげき)が走った。これは、辛味? いや違う。スースーするが、痛くはない。なんか口の中が(すず)しい感じがする。何これ?


 刺激もさることながら、風味もまた奇妙だった。雑草(ざっそう)のような、なんとも変な味がする。飴とは思えないくらい不味(まず)い。


 俺は振り向き、遠くに見える看板に(つぶ)いた。


「けっ、雑魚(ざこ)が」


 そう言ってまた歩きだす。なーにがSランクだ。こんなクソ不味い飴、Fランクもいいとこだね。やっぱ明日は違うお菓子屋に行こう。まったく、1ガラン返してほしいぜ。もったいない。


 さてと、この飴どうしよっかな。捨てるのはもったいないし、アルにあげようか。でも四日後まで会えるか分からないし、それまでに(くさ)っちゃうかもしれないなぁ。………いや、でもアルなら腹を(こわ)さないかも。勇者だし。


 そう思いつつ、なんとなくまた飴を舐める。舌に刺激を感じるが、既に知っているので最初のような驚きと拒絶感(きょぜつかん)はない。そのせいか、刺激の奥に隠された新たな風味に気づくことができた。それは牛乳のようなクリーミーな味だった。おそらく、刺激的な雑草みたいな味がするのは緑の飴で、クリーミーなのは白い飴だろう。この白い方は甘くて美味しい。


 クソが。全部白い飴だったら普通に美味いのに。なんの勝算があって緑の飴を混ぜたんだ。あの馬鹿店主、余計なことしやがって。


 なるべく白い部分にだけ舌先を付けて舐めてみる。だが、どうしても緑飴も一緒に舐め取ってしまい、口内にあの不快(ふかい)な刺激と風味が()け込んでくる。


 ……いや、待てよ。そんなに不快か?


 俺は思いきって普通に飴を舐めてみた。刺激的な緑の風味と、甘くて優しい白の風味が絶妙に溶け合う。なんだこの唯一無二(ゆいいつむに)の風味は……。


 白い飴はたしかに美味い。が、もしこれ単独であれば、ありきたりな風味と甘ったるさにすぐ()きてしまうだろう。そこに緑の飴の刺激が加わることで、いつまでも舐めていたい味にレベルアップしている。


 俺は飴を口の中に突っ込み、ジュボジュボ音を立てて豪快(ごうかい)に舐めた。


 うん、やっぱり美味い。さっきはあんなに不味いと思った

のに、今じゃヤミツキになってやがる。こりゃどういう魔術なんだ!


 俺は感動して立ち止まり、また振り返った。店の看板が見えなくなっていたので、見える位置まで引き返し、こう呟く。


「あんた……天才だよ」


 満足して歩きだす。あの店主、Sランクどころじゃない。Sランク()えのギルドマスター、いや、お菓子マスターだ。


 もし冒険者の仕事に飽きたら、あの店主に弟子(でし)入りしようかな。そうすれば自分で美味いお菓子を作って好きなだけ食べられる。最高だな、そんな人生。


 (かがや)かしい未来に思いを()せながら歩いていると、前方に本屋が見えた。


 ほう、本屋か。ついこの間までは本屋なんて無縁(むえん)の場所と思っていたが、今の俺は違う。せっかく読み書きをマスターしたんだから、試しに入ってみるか。


 俺は本屋の前で立ち止まり、ドアを開けた。


《③に続く》

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