ダンジョン探索 ⑨
薄暗い通路を歩く。しばらくすると、植物型モンスターがいた部屋まで戻ってきた。
驚くことに、エミールの魔法で凍らされた部分が見事に元に戻っている。いや、正確には茎の部分にはまだ白色が残っているから、完全に氷が溶けたわけではないらしい。
床を見ると、凍って白くなった蔓が根元から千切れて落ちていた。千切れた箇所からは新しい蔓が生えている。また、根も同様で、凍ったままの根の上を新しい根が覆っていた。
これでは元に戻ったのも同然だ。部屋に一歩でも足を踏み入れれば、すぐさま蔓に攻撃されるだろう。
俺はアルに尋ねた。
「どうする? ほとんど元に戻ってるけど」
「またエミールに頼んで突破しよう。魔力に余裕はあるか? エミール」
「おまかせください。ギアフリンガ」
エミールの杖から氷球が放たれた。まっすぐ茎に飛んでいき、着弾すると茎の花が一瞬で白く変わった。そこから凍る範囲が茎から蔓、根へと広がっていく。
「行くぞ」と言ってアルが走り出す。
俺達は植物が再生する前にその横を通り過ぎ、向こう側の入り口に到達した。
俺は背負われているだけだが、ほっとして言った。
「あー、ひやひやした。そういえば、アイツは結局倒さなくてもいいのか? 調査する人が困ると思うけど」
「調査隊にも氷魔法で対処してもらうしかないな。あれはオレでも駆除するのに骨が折れる」
「……ん、おい待てよ。骨が折れる? ってことは、駆除はできるってことか?」
「ああ。神命流の一の型で切れば、そこから魔力が漏れるようになる。そうすれば再生力も一気に落ちるから、そこを攻撃魔法で殲滅すればいい」
「じゃあ最初からそうしろよ! エミールにばっかり任せやがって!」
「何度も言わせるな。オレが全部やったんじゃ二人の修行にならない。それに『骨が折れる』って言っただろ? あの植物を完全に駆除するにはオレでもかなりの魔力を使う。無駄な魔力消費はなるべく避けたい」
「……」
「おい、なんで無視するんだよ」
「アルの真似」
「……そうか。次やったら殴る」
「は!? アルだって三回くらい無視しただろ! 殴るなら四回目からにしろよ!」
「いや、二回目で殴る」
「なんでだよ!」
会話しながら先に進んでいく。蛇のように曲がりくねった道をしばらく歩いていると、エミールが突然立ち止まり、声を上げた。
「えっ、あれ?」
アルも立ち止まって言う。
「やっぱり………エミールも変だと思うか?」
「はい、なんででしょう?」
どうやら二人とも同じ異変に気づいているらしい。俺はじれったくなって尋ねた。
「おいおい、何をそんなに驚いてるんだよ」
「気づかないか?」とアル。
「気づかないから訊いてるんだろ! もったいぶらずに教えてくれよ。怖いだろ」
「回転罠だ。あれが一度も作動していない。罠は曲がった道の途中に設置されていた。もうずいぶん歩いたから、罠がある地点を通り過ぎてるはずなんだが……」
「なのに回転しなかったわけだな? なんでだろ?」
「仕組みは分からないが、そうなる理由は分かる。もし帰る時にまで罠が発動すれば、侵入者の体は最深部に向かって回転することになる。そうなれば当然、侵入者を入り口に追い出すことができなくなるわけだ。だから入り口から奥に向かって歩く時にだけ発動して、逆の場合には発動しないんだろう」
「じゃあ、この罠は侵入者が入り口から歩いてきたのか、それとも奥から歩いてきたのかを判別してるってことになるよな。そんなこと、どうやってできるんだ?」
「分からない。罠を踏む足の向きから判断しているのか、それとも道全体に何か仕掛けがあって、移動してきた方向を判断しているのか……。とにかく、高度な技術であることは間違いない。最深部のゴーレムしかり、何百年も生きる植物型モンスターしかり、そしてこの回転罠しかり、とても古代人が考えた代物とは思えない。もしかしたら、古代人は現代人よりもよっぽど高度な文明を築いていたのかもしれないな」
エミールがうっとりとした顔で言う。
「もしそうだとしたらロマンチックですね。昔の人々はいったいどんな生活を送っていたのでしょう。もしかしたら現代人よりもずっといい生活を送っていたのかも」
そんなことはあり得ないと思い、俺はエミールに言った。
「ないない。今の人間の方がよっぽどいい生活を送ってるって」
エミールが少し怒った様子で言う。
「どうしてそんなことが言い切れるんですか? 古代人のことを知っている人は誰も生きていないんです。だったら、古代人が高度な文明を築いてたって説は誰にも否定できません。ほら、ゼラ様も言ってたじゃないですか。幽霊がいるかどうかは誰にも証明できないって。それと同じです」
「いいや、同じじゃないね。だってそれだとおかしなことがある。どうしてこの遺跡に眠る王様の一族は、今の王様のご先祖に王位を奪われたんだ? たしか高祖様とか言ったっけか。もし高度な文明を持ってたら、古代人の王様が、高祖様と戦をしても負けないはずだろ?」
「そ、それは………高祖様の軍も高度な文明を持ってたんです……」
「苦しい言い訳だな。じゃあなんでその技術は今の王様に伝えられてないんだ? 昔の王族だって文字を使えるんだから、そんなに凄い技術があるなら書物に書き残してるはずだ。だから現代のこの国にもその技術が広まってないとおかしい。そうだろ?」
「むむ……そ、そうですね。ゼラ様の言う通りです……」
エミールは残念そうに口を閉ざした。
黙って聞いていたアルが口を開く。
「ふむ、面白い議論だった。ゼラにしては珍しく鋭いことを言うじゃないか」
「珍しくないですぅ。しばしば言いますぅ」
「普通に考えればゼラの意見の方が正しい。が、反論の余地はあるぞ?」
エミールがぱっと笑顔になって言った。
「ほんとですか?」
「ああ。仮に古代の王が高度な文明力を持っていたとしても、文明力で劣る高祖様の軍に敗北する可能性は考えられる。例えば、民がそれを望んだ場合だ」
「なんだそれ。自分の王様が敵国の王様に負けるのを望むってことか? そんなのあり得ないだろ」
「あり得るさ。もし古代の王が暴君で、酷い政治をしていた場合、民も王様に愛想を尽かす。だから兵士の士気は低いし、なんなら高祖様に寝返る者まで出てくるだろう」
「うーん、なるほどねぇ。部下に裏切られるわけか」
「そういうことだ。ま、これはあくまでも一つの可能性の話だがな。本当はどうなのかは分からない。エミールの言う通り、幽霊と同じだ」
「そうかねぇ。もし裏切り者がいたとしたら、その凄い技術とやらも高祖様に伝えると思うけど」
「それはどうかな。重要な情報ほど知っている人間は限られる。裏切るような下っ端には渡らないさ。だから、古代の王とその重臣さえ死ねば、それらの情報もまた歴史の闇に葬り去られる」
「うーん……そう言われると言い返せないな……」
俺が反論に困っていると、エミールが勝ち誇ったかのように言った。
「どうですかゼラ様。やっぱり古代高度文明説は誰にも否定できないんですよ!」
「なんでエミールが得意げなんだよ。俺を言い負かしたのはアルだろ」
「議論の勝敗なんてどうでもいいんです。大事なのは古代人のロマンが守られたかどうかです!」
「そんなの俺にはどっちだっていいよ」
話が一段落ついたところで、俺達はまた歩きだした。曲りくねった道を進んでいく。
その時、俺はふと気づいた。この曲がった道も、一つの仕掛けなのだ、と。もし道がまっすぐだと、回転罠を踏んで体の向きが反転した時に、入り口から届く光が見えてしまう。そうすると侵入者の方向感覚が狂っていても、体の向きが変わったことに気づいてしまうから、道を曲げて入り口が見えないように工夫しているのだ。
俺はもの凄い発見をした気がして、さっそく二人に言った。
「なぁ、今気づいたんだけどさ、この曲がった道も仕掛けの一つなんだよ!」
だが、エミールが平然と答える。
「ええ、入り口が見えないようにするための工夫ですよね」
アルもまた平然と言う。
「今更気づいたのか? 一番その仕掛けに翻弄されてたくせに」
「うっ……違うね。ほんとはもっと前に気づいてたけど、今そのことを思い出しただけだ」
エミールが俺をまっすぐ見て尋ねる。
「本当ですか? ゼラ様」
「………嘘です。今気づきました……」
「しょーもない嘘をつくな」とアル。
そんなことを話しているうちに、入り口の光が見えてきた。眩しい光に迎えられながら、ついに遺跡の外へと出る。こんなに眩しいのに、外はもう夕方になっていた。
俺は目をしばたかせながら言った。
「さすがに今からラトスロス卿の家に行くのは遅いよな」
「だな。明日にした方がいい。今日は暗くなる前にポートスに行こう」
「この村に馬車乗り場なんかないから、ポートスまで徒歩だな。急がないと」
「そうだな」
そう言って、アルがその場にしゃがみ込んだ。
「ん、どうしたんだアル?」
「降りろ」
「なんで?」
「なんでじゃない! もうダンジョンの外だ。歩けるだろ」
「いやいやいやいや、外に出たって花粉の影響はまだ残ってるよ。それに急がなきゃダメなんだろ? フラフラな俺を連れてポートスまで行ったら夜になっちまうぞ?」
「そうなったら野宿だ。早く降りろ」
「ケチィッ」
と文句を言いつつも、仕方なくアルの背中から離れる。
まったく、自分の足で歩くのは面倒だな。だが、ダンジョンの外に出たからか、フラフラ感はだいぶ無くなっている。でも、どこまで方向感覚が戻ったかまでは分からない。
「よし、戻るぞ」
アルはそう言って穴の縁に手をかけ、地上までよじ登った。それからこちらに手を伸ばし、エミールを引っ張り上げる。
次は俺の番だ。俺は穴の縁まで近づき、アルの手を握ろうとした。が、突然アルがその手を引っ込める。
俺はアルを見上げて言った。
「おい、何してんだアル! ってあれ?」
そこにはアルがいなかった。視線を横にズラすと、アルがしゃがんで手を伸ばしている。
「オレはここだ。まだ治ってないみたいだな」
「あれ? さっき手を引っ込めなかったか?」
「そんなことはしてない」
「ほらな? 俺まだフラフラなんだって。アルの方から俺に近づいてくれ」
「まったく、しょうがない奴だな……」
アルが俺の前まで来て手を伸ばした。それを掴み、地上に引っ張り上げられる。
村を見渡すと、昼間と違って誰もいなかった。みんなもう家に帰っているのだろう。
なんだ、せっかくダンジョン踏破を知らせようと思ったのに。いや、でも、どのみちそのことを長々と説明してる暇はないか。
というわけで、俺達は誰もいない道を寂しく歩くことになった。これじゃあダンジョン内の通路と大して変わりない。
俺はあえて二人の後ろにつき、その背中から目を離さないようにして歩いた。だが、どうしても体がふらついて、視界から二人が消えてしまう。そして、一度消えてしまえば、もう進路が分からなくなってしまうのだった。
その度に先を進む二人に呼びかけ、向きを変えてもらう。こんなことを何度も繰り返していたら本当に夜になってしまうので、途中から進み方を変え、俺はアルの剣の鞘を掴みながら歩くことになった。
これで進路に迷うことはなくなった。だがその代わり、アルには歩く速度を少し抑えてもらった。
そんなこんなで、なんとか日が暮れる前にはポートスの町に着くことができた。その頃には俺のフラフラも治り、まともに歩けるようになっていた。
医者にかからずに済んで良かったのだが、新たな問題ができた。宿探しだ。
今日はパレンシアに帰らず、この町で一泊する。そうすれば明日すぐにラトルソス卿の屋敷に行けるから都合がいい。
そもそも既に暗くなっているので、パレンシアに帰ろうとしても馬車を出してもらえない。なんとしてでもここで宿を見つけなければ、野宿をする羽目になる。
土地勘も無く、どこにいい宿屋があるのかなんて分からないので、とりあえず一番最初に見つけた安宿に入った。幸い、部屋が三人分空いていたので、この宿に即決する。料金は一人15ガラン。悪くない。
俺は自分の部屋に入り、疲れた体をベッドに横たえた。そして驚く。
ベッドが異様に硬いのだ。まるで木の板に薄い布きれを敷いただけのように感じる。
俺は身を起こし、手でベッドを押してみた。だが、普通のベッドと同じように、一応厚みと弾力がある。
どうやら俺の体が、高級宿のふかふかベッドに慣れ、普通のベッドを受け付けなくなってしまったようだ。
まったく、贅沢な体になったもんだ。こんな柔な体でもし野宿なんてしたら死んじゃうんじゃないだろうか。甘やかすのも大概にしないと、過酷な冒険者生活に耐えられなくなるぞ。
そんなアルが言いそうな文句を頭に浮かべつつ、シーツを被って目をつむった。疲れているので早く寝たい……のだが、ベッドの硬さが気になって何度も寝返りをうつ。
あー、もう。早くパレンシアに帰って、ふかふかベッドで寝たい……。
《ダンジョン探索・完》




